【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第四部 婚礼

第3話 恋は病①

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 シェンバーの毎日は多忙を極めている。

 騎士団の統轄の移譲が本決まりとなり、やらねばならぬことは山積みだった。
 少しずつ仕事を引き継ぐと同時に、今後の改革についても進めていかなければならない。上級・下級問わず騎士たちからも意見を聞き取り、新体制の素案を作り議論を交わす。同時に婚姻の儀についても、日々、細々とした打ち合わせがなされていた。
 その結果、肝心のイルマと過ごす時間が極端に減った。

 ──こんなはずでは、なかったのに。

 シェンバーは無情にも、ドン!と目の前に積まれた書類に殺意を募らせた。

「これでは、南の離宮に居た方がよほどましだったな」
「何を言っておられるのです。折角イルマ殿下が王宮で暮らすことをご了承くださったと言うのに! 弱音を吐くのが早すぎます」

 逞しい体躯に鋭い瞳の男がじろりとシェンバーを睨む。王子を咎めているのは、統轄司令官だ。
 先代の第二王子の近衛騎士だった男は、王家への忠節一筋に生きてきた。主が亡くなった後に自決しようとしたところを、現王に止められたと言われている。
 最近は、シェンバーに全権を引継ぎ、補佐していくことに命を燃やしていると、専らの評判だった。

「⋯⋯お前たちが、ここぞとばかりに仕事を運んでくるからだろう。ろくに休む暇もないではないか」
「仕事の引継ぎと婚儀と、どちらも遜色なく進めようとなされば、休む時間などありません。イルマ殿下に婚姻の儀をお求めになった以上は、殿下が骨身を削るしかないでしょう」

 きっぱりと言い切られて、シェンバーは、ぐっと言葉を飲み込んだ。

 ⋯⋯確かに、その気の無いイルマに強引に式の挙行を迫ったのは自分だ。

 シェンバーは積まれた書類を手元に引き寄せた。あっという間に書類に目を走らせ、次々に署名を行う。
 司令官の隣に立つ副官が目を剥いている。

「⋯⋯とは言いましても、忙しすぎるのも事実です」

 無言で書類を片付けるシェンバーに、統轄司令官の声が柔らかくなる。

「まずは御体が大切ですからな。当面は仕事を調整致しましょう。最近は、イルマ殿下となかなかお食事もご一緒できないと聞き及んでおります」
「其方⋯⋯。よく知っているな」

 統轄司令官は、微笑んだだけだった。

 かろうじて朝食は一緒に摂っているが、二人は夜まで顔を合わせる暇もない。
 シェンバーが部屋に戻るまで、イルマは先に眠ろうとはしなかった。
 早寝早起きのイルマに、夜更かしは辛い。シェンバーは、長椅子でうたた寝しているイルマの姿ばかり目にしていた。



 夜も更けた頃。
 シェンバーが自室に戻ると、静まり返った部屋の中には、蝋燭の明かりが揺らめいている。
 イルマは、長椅子で寝息をたてている。上掛けを纏ってすやすやと眠る姿に、シェンバーの眉が下がった。

「⋯⋯イルマ」
「ん⋯⋯。シェン、お帰り」
「こんなところで眠ったら風邪をひく」

 シェンバーが、大きな手で、そっとイルマの頬に触れた。
 イルマはにっこりと笑う。目をしょぼしょぼさせながら瞼を何とか見開こうとする姿に、シェンバーは胸を詰まらせた。

「先に休んでいれば良かったのに」
「うん⋯⋯いいんだ。ぼくが、待っていたかっただけだから」

 何度、同じ台詞を互いに繰り返したことだろう。

 シェンバーは、思わずイルマを抱きしめた。柔らかい髪に口づけていると、だんだん腕の中の体から力が抜けていく。
 眠ってしまったのかと、そっと体を離そうとした時だった。
 すり、とシェンバーの胸にイルマの頬がつけられた。

「イルマ?」

 すりすり、とまるで動物が体を擦り付けるように、イルマがシェンバーに体を摺り寄せてくる。
 シェンバーが抱きしめれば、再びゆるゆると力が抜けていく。安心したのか、寝息まで聞こえてくる。

 可愛い。
 ⋯⋯可愛い。

 シェンバーは、胸の鼓動が激しくなるのを感じた。このままではベッドに押し倒してしまいそうで、天井を見上げる。
 ⋯⋯何とか気持ちを逸らさなくては。もう夜も遅い。
 連日寝不足の伴侶に無体な真似は禁物だと、強く自分を戒めた。
 大きく息をついて目線を下げれば、イルマがふっと目を開けた。じっと見ていると、蜂蜜色のとろりと眠そうな瞳が近づいてくる。

 ちょん、と軽く唇が触れあった。

「⋯⋯しぇん、だいすき」

 少しだけ掠れた声が甘く響く。背伸びしていたのだろう、イルマの足が床に着いた。体と体がわずかに離れただけで、シェンバーはひどく寂しくなる。
 シェンバーは前かがみになって、イルマの体をぎゅうっと抱きしめた。

「ふぁ、シェン?」
「足りないんだ」
「⋯⋯足りない?」
「イルマが足りない」
「んん?」

「⋯⋯私は、イルマが不足すると、まともに動けなくなる病なんだ」
「そんな馬鹿な⋯⋯」
「昔から、恋は心の病だと言うから、仕方がないだろう」

 イルマの頬がほんのりと赤く染まる。
 シェンバーは、今度は自分からイルマに口づけた。
    
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