【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第四部 婚礼

第2話 招待②

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「⋯⋯お名前を伺ってもよろしいですか?」

 こくりと頷いたイルマが文官の耳元で一言囁くと、文官はすぐに元の場所に戻る。
 急ぎ目を通した中に、王子の目当ての人物たちからの返信はない。

「どちらも、まだお返事が届いておりません。天候が悪いので、特使の到着が遅れているのかもしれません」
「そうか⋯⋯。ありがとう」

 頷いた後に、とぼとぼと廊下を歩いていく王子を見ると、何やら哀れな気持ちになる。文官は、弱った小動物を見るようだと思った。
 ⋯⋯よほど婚儀に参列してほしい相手なのだろう。
 文官は聞いたばかりの名前をしっかりと手元の帳面に書き留めた。返信が届いたら、すぐに王子に知らせようと心に決める。
 

「ああ、よかった! お戻りになった」
 部屋に入ろうとすると、セツが待ちかねたように飛び出て来た。
「イルマ様、サウルが別室に見本を持ってきております。御目通りを願い出ておりますが」

 イルマは思わず眉を顰めて小声になる。
「⋯⋯サウルだけだよね?」
「ええ、サウルだけです。ご安心を」

 二人は目を見交わし、強く頷き合った。
 第二王子の婚儀が発表されてからというもの、国中の話題は婚姻の儀一色だ。

 婚姻の儀に関しては専門の部署が作られ、全ては担当官を通す手筈になっている。しかし、長年王室の用を務める古参の商人たちは、ただ黙って指示を待ちはしなかった。
 セツは王宮のあちこちで、見知らぬ者に話しかけられ、袖の下を渡されそうになった。イルマの行く先々には、さりげなく見かけないものが置かれている。

「全く冗談じゃないですよ。ちょっと西の宮殿を出れば、偶然を装っては売り込みにくるし!」
「ぼくが朝の祈りを捧げに庭の神殿に行ったら、扉の前に宝石や玉が転がっていた。きらびやかな絹地が小道の木にかかっていたこともある」
「商魂たくましいとは、このことです。まあ、彼等は王宮までは入れますから、一度気に入られればと思っているんでしょうね」
「だからと言って、許可なく庭に入り込むのだって命がけだろうに」


 最初の頃は商人たちの手口だとは気がつかずに、誰の落とし物かと慌てて持ち帰った。
 朝食の席でシェンバーに伝えると、見事な宝石や布地を見て、第二王子は呻いた。そして、大きなため息をつく。

「⋯⋯普段は、こんなことはないんだが。事が事だけに、彼等も勝負に出ているのだろう。イルマが気に入れば、大きな取引が転がり込んでくるからな」
「えっ?」
「婚儀の正装は、ほぼ決まっている。ただ、全く変更がきかないわけじゃないんだ。私に言ってくるより、イルマの心に訴えるのが効果的だと思うんだろう」

「それって⋯⋯。ぼくが言ったら、シェンは身に付けるものを替えるってこと? 婚礼の衣装なのに?」
「イルマがそうして欲しいと言うのなら」
 シェンバーが、笑顔になった。ちらりと美しい瞳を向けられ、イルマの胸が高鳴る。

「そ、そうなんだ⋯⋯」
「前にも言ったように、婚儀に際してイルマの望みがあったら言ってほしい。招待客でも衣装でも何でも」
 ⋯⋯イルマの望む通りにしよう。
 優しく声をかけられて、イルマは思わず頬が熱くなるのを感じた。こくこくと頷いたら、にっこりと微笑まれる。


 ──だけど、これと言って、強い望みがあるわけじゃないんだ⋯⋯。
 シェンバーの表情を思い出しながら、イルマは考え込む。

 部屋に入ると、サウルが布を広げているところだった。

「こちらが、ご注文の品です。なんとか手に入れました。いかがでしょう?」

 サウルは傍らから美しい布を一巻き、イルマの前に広げて見せた。滑らかで光沢があり、透けるように織られた布は繊細で美しい。布そのものが、うっすらと輝くようだった。
 イルマが声もなく見つめていると、サウルは続けた。

「国一番と言われた職人が腕によりをかけたものです。手触りも質の良さも、これ以上のものは見当たりません」

 布を手に取って、イルマは感触を確かめた。するりと指の間を通り、まるで重さが無いように軽い。これならば、さぞかし見事なヴェールになるだろう。

 広い部屋の中には大きな布が広げられ、その上に色とりどりの布が並べられている。

「他にも、色々ご用意しました。何か気に入ったものがあれば」

 イルマは、ふと生成りの布を手に取った。ふわりと優しい肌触りだ。頬に当てると少しあたたかく、ずっと触れていたくなる。

「⋯⋯これも、もらえるかな」
「かしこまりました」

 セツが不思議そうな顔をしたが、イルマは一人、満足気に微笑んだ。
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