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第四部 婚礼
第7話 君知るや①
しおりを挟む初めて貴方にお会いした日のことをよく覚えています。私は父に連れられ、王宮の門をくぐりました。
武門のヴァルツ家に生まれ、幼い頃から「王家の忠臣たれ」と繰り返し言い聞かされてきたのです。兄が伯爵家を継ぐと決まっていましたので、次男の私は王家のどなたかに仕えることになると、皆が思っていました。
「国王陛下には4人の王子がおいでになる。殿下方のどなたかが其方の主となるだろう」
父の言葉は、私の中でも至極当然のものでした。年齢的に合うのは第三王子のラウド殿下、もしくは第二王子のヨノル殿下です。どちらの王子の元へ行くのだろう。そう思っていましたが、国王陛下からの御命令は意外なものでした。
「末の王子を頼みたい」
王の間で、父の後ろに控える私を見て、はっきりと陛下は仰いました。
「特別な子だ。これまで、ろくに外に出したことがない。其方たちも顔を見たことがないだろう」
そう言えば、末の殿下は滅多に公の場にお姿を現されたことがありません。陛下は、私の顔をじっと御覧になって呟かれました。
「あれは祝福の子だ。国と民に幸せをもたらす、女神の愛し子。どうか王子を守ってやってくれ」
「御意のままに。必ずや、殿下の御為にこの身を捧げることを誓います」
祝福の子。
耳にしたことがあります。王家にその方が誕生されたら、国は安寧に包まれるのだと。
陛下のお言葉に少しだけ違和感を感じました。⋯⋯ひどく辛そうな声でいらしたからです。しかし、幼い末の殿下がご心配でいらっしゃるからだろう。尊い御方を御守りするのだと、役目に胸が震えました。
王子の元へと案内されたのは、部屋ではなく庭でした。あたたかな陽射しが降り注ぐ庭園の一角に、二人の子どもがおります。茶色のふわふわした髪と、黒髪の子です。二人は背を丸めて体をぴたりと寄せ合っていました。
「セツ、これはすぐにまるくなる」
「こっちはまるくなりません」
「どうして?」
お二人はなにやら真剣に地面を見ています。そっと覗くと、視線の先には小さな虫。指でつつくと、ころりと丸い形になるものとならないものがいる。それが不思議でならないご様子です。成程、侍女たちが遠巻きにしていたわけです。
「その二つはよく似ていますが、種類が違います」
思わず呟いてしまった私に、貴方が振り向きました。
茶色の髪が揺れ、こちらをご覧になった時。私は目が離せませんでした。あどけない顔の中に輝く黄金の瞳。
ああ、これが私のお仕えする方だ。祝福の子は世に二人とない瞳をお持ちなのだから。
即座に跪く私に、殿下は立ち上がって目の前まで来られました。
「だあれ?」
「は、はい。サフィード・ヴァルツと申します」
「サフィー⋯⋯は、よくしってるねえ」
貴方は私の手を引いて、黒髪の子どもの前に連れて行きました。
「ねえ、これ、どうやってみわけるの?」
乳母殿が止めてくださるまで、お二人と一緒に虫をいくつも転がしました。それが、思えば私の初仕事だったのだと思います。
★☆★
「⋯⋯手紙と言うのは、いざ書こうとすると難しいものだな」
サフィードは、凛々しい眉を顰めた。
想いを言葉にするのは、詩人でもなければ大抵は頭を悩ませる。手に取るのは剣の方が多い身だ。あらためて気持ちを綴ろうとするのは、無理があったのかもしれない。
──身内の式に手紙を渡した。
サフィードが婚姻の儀の警護について、第一騎士団や近衛騎士団の話し合いに呼ばれた時だった。雑談の中で、騎士の一人がそう言ったのだ。
身近にいると、なかなか気持ちを口にすることが難しい。ならばと、久々に気持ちを綴ったと。その話がなぜか忘れられず、守護騎士は就寝前に机に向かった。
⋯⋯親にすら、ろくに手紙を書いたことがない。
筆不精を母に嘆かれていたのを思い出して、サフィードの眉間には深く皺が寄っていた。
婚姻の儀を間近に控えて、王宮内は興奮と緊張がいや増すばかりだった。騎士団を纏める統轄司令官は「これが人生最大の仕事である」と言いきり、日々騎士たちに檄を飛ばしている。
西の宮殿の警備は、第一騎士団の騎士たちが増員された。イルマ王子を訪問する人々が増えたこと、取り分け、身内とはいえ同盟国の国王の存在が大きい。
国賓であるフィスタの国王は、たびたび西の宮殿に足を運んだ。
「父上、奥庭をご覧になりませんか? 花々も咲き揃って、見事な出来栄えです」
「ありがとう。それが、スターディア国王が自ら案内してくださるそうだ。私は、少し其方の騎士と話がしたい。ラウドと行っておいで」
イルマは成程と納得し、ラウドとセツと共に部屋を出た。すぐに第一騎士団の精鋭が後を追う。
故国の王と二人きりになるや、サフィードは深く頭を垂れて跪いた。国王は窓際に立ち、庭園の小道を歩く王子たちの姿を目で追っている。
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