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Ⅵ.番外編 レイとセツ

第3話 あなたに溺れて① ※

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「好き?」
「はい、セツ様をお慕い申し上げております」

 僕は、呆然とレイを見た。

 少年から青年へと移ろうとしている凛々しい顔。
 レイの顔はこんなだっただろうか。
 毎日のように見ている顔だ。でも、何かが違う。⋯⋯何が?
 はっと気づいた。

 ──瞳だ。

 レイの瞳は、シェンバー王子がイルマ様を見る時の瞳と同じだ。
 優しさと切なさと、それだけじゃない。
 相手を飲みこみ、焼き尽くしてしまいそうな。

「レイ、僕は⋯⋯」

「ええ、わかっています。セツ様は、私を弟ぐらいにしか思ってらっしゃらないでしょう?」
 レイは、悔しそうに目を伏せた。

「⋯⋯」
「スターディアからフィスタに行った時、私はまだ14でした。侍従の中で一番語学が出来るからと、シェンバー殿下に指名されたのです。異国に行くのは初めてで、ずっと緊張していました」

 ああ、そうだった。シェンバー王子は、祖国から侍従をレイしか連れて来なかった。あとは近衛が二名だけ。あどけなさの残る侍従は、一生懸命フィスタに慣れようとしていた。


「忘れもしません。フィスタで、一カ月が経とうとした時のことです」



 ☆★☆



 15歳の誕生日だった。
 スターディアの王宮に上がってからも、今までは実家から贈り物が届いた。
 侍従仲間が皆で祝ってくれたこともある。
 けれど、フィスタに来て間もない誕生日は、一人きり。

 シェンバー王子の遣いを済ませて、部屋に帰ろうとしていた。
 王宮の廊下の窓から、青空が見える。
 ──あの向こうに、スターディアがあるんだ⋯⋯。
 弱気になっていたのかもしれない。涙が浮かんで、慌てて手の平でこすった。

 ぽんぽん、と頭が撫でられた。

「これ、食べる?」
「⋯⋯セツ様」

 輝く碧青の瞳が覗き込んできた。
 目が合うと、少女かと思うほど綺麗な顔がある。大きな瞳に桜色の唇。
 さらさらした肩までの髪が揺れて、にっこり笑う。
 見惚れているうちに、手の上に、小さな包みが渡された。

「味見用にもらったんだけど、あげる」
「え、え! これ?」
「イルマ殿下のお供で孤児院に持っていくお菓子なんだ。スターディアにはないかなあ。親が子どもの為にお菓子を焼く日」
「⋯⋯ないです。子どもの成長を祝う日はあるけど」
「まあ、似たようなものか。じゃあ、レイにもお祝いだよ」

 ふふふ、と悪戯っ子のように笑って、まだ子どもだからね、と言った。
 他の侍従には内緒だよ、と細い指を口元に当てる。
 侍従たちの間では、セツ様は憧れの人だった。

 涙なんか、とっくに引っ込んでいた。
 セツ様が、自分にくださった。そう思ったら顔が熱くなった。
 手の中の包みから甘い香りがする。

 セツ様は、大きな包みを抱えて行ってしまった。
 自分の胸の動悸だけが、いつまでもおさまらなかった。


 ☆★☆


「そんなこと、あったっけ⋯⋯」
 シェンバー王子が無理やり、孤児院についてきたことなら覚えている。
 あの日は一日中忙しくて、レイに菓子を渡したことは記憶になかった。

「嬉しかったんです。いただいた菓子を、ずっと食べられずに持っていました」
「⋯⋯そうだったんだ」
 異国に来たばかりで寂しかったのだろう。
 レイが、そんな切ない思いをしていただなんて。

「あの頃からずっと、セツ様は優しかった」
 レイが懐かしそうに笑う。
 自分が覚えてもいないことで感謝されて、なんだか落ち着かない。
「ごめん、全然覚えてなくて。僕は、いつだって自分の仕事のことばかりだ」
「⋯⋯私には、大切な思い出です」

 レイが僕の手をとる。
 騎士たちがするように、僕の手の甲に口づけた。
 思わず、びくりと体が震える。
 ⋯⋯子どもだと思っていたのに、こんなことをするようになるなんて。

 視線が合った。

「嫌ですか?」
「⋯⋯い、嫌じゃないけど!」

 あっと思った時には、もう一度抱きしめられていた。
 熱の籠もった声がする。


「貴方を、あきらめなくてもいいですか」




 半日も無断でいなくなった僕を、イルマ様は大層心配してくださった。
 困ったことに、もういいから休むようにと言われた。

「セツ! これは命令だよ。ぼくのことはいいから、今夜は早く休んで!!」
「⋯⋯わかりました」

 自室のベッドに寝転がって、ふう、とため息をつく。
 ベッドの脇の小卓には件の香油の瓶が乗っている。

「そうだ!」
 ⋯⋯そもそも、自分で試してみようと思っていたんだった。
 香油の瓶を、開けてみた。
 透明でとろみを帯びている。ほんのり、柑橘のような爽やかな香りがする。

 僕は、服を脱いだ。


「⋯⋯ん、はッ」

 とろりとした液体を指先に取って、自分の後孔に塗り付けた。それだけだったのに。
 自分の前は、さっきから緩く勃ち上がって、透明な雫を零し続けている。
 後ろは、ひくひくと疼いて止まらない。
 ベッドにうつ伏せて、顔を布に埋めた。
 必死に快感を抑えようとしても、布に触れたところが刺激になる。
「ひ! あッ!!」
 自分で先端を擦りつければ、腰が止まらなくなる。
 ──これ、絶対、媚薬が入ってる⋯⋯。
 にこにこと愛想のいい商人の顔が浮かんだ。


 コンコン。
 扉を叩く音がする。

 コンコン、コンコン。

「セツ様? 具合が悪いとお聞きしましたが」

 ⋯⋯どうして、レイが?
 ちょっと、今は! 今はダメだ!!

「あっ! ⋯⋯んっ」
  抑えようとしたら、変に声が出る。

「セツ様!?どうなさったのです!大丈夫ですか!」
 ガチャガチャと、扉を開けようとする音がする。

 え⋯⋯え!? 冗談じゃない!! 鍵、鍵はちゃんとかけただろうか。
 汗がこめかみを伝う。冷汗なのか興奮からなのか、わからない。

「開いた!」
 ──!!!!!
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