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第四部 婚礼
第21話 愛し子①
しおりを挟むラウド王子はサフィードを従えて庭園を進んだ。
王妃の繊細な好みに合わせて作られた一画が現れ、早咲きの薔薇が咲き誇っている。その中に、白薔薇に囲まれた四阿があった。
「あ、いたいた」
「⋯⋯?」
「お前にだけは、どうしても会っておきたいのだそうだ。全く、少しだけでも姿を見せてやればいいものを」
「ラウド殿下?」
四阿に二人の人物を認めると、座っていた一人が、こちらに気づいてすぐに立ち上がった。
⋯⋯真っ直ぐに伸びた背に見覚えがある。サフィードは、はっとして目を見開いた。
「まさか⋯⋯」
「そのまさか、だよ。イルマの式を見届けたから、明日の朝早くに帰国すると言う。数日ゆっくりしていけばいいと思うのに、その気はないらしい」
ラウドが手を振れば、二人は四阿の外に出て来た。美しい礼をとる姿に、サフィードは一瞬、時が巻き戻ったのかと思った。
その頃、イルマは祝宴の間の隣にある控えの間にいた。傍らには緊張した面持ちのセツが立っている。目の前にはセツの長兄が跪いていた。
「久しぶりだね、オルグ」
「ご無沙汰しております。殿下には今日の佳き日を迎えられ、誠におめでとうございます。大事な日にお時間を頂戴し、ありがとうございます」
「構わないよ。祝宴はもはや外交の場だ。ぼくたちがいてもいなくても、明日まで宴は続く」
オルグは、くすりと笑った。人の好い笑みは、見る者の心を和ませる。
「お変わりございませんな。殿下の御目は昔から周りをよく見ておいでだ」
「ふふ。ずっと鍛えられてきたからね」
「⋯⋯弟よりお聞き及びかと思いますが、わたくしは名代にございます。此度のご招待に当人が出席できぬ非礼をお詫び申し上げます」
イルマは静かに微笑んで、首を振った。ヴェールが静かに揺れる。
「いいんだ。まさか、オルグがわざわざ代わりに来てくれるなんて、と驚いたけど。⋯⋯来てくれるとは元々、思っていなかったんだ。もしかしたら、と思って招待状を出してしまった」
「イルマ殿下、今日の晴れのお姿、誠にご立派です。このオルグがしかと目に焼き付けました。式のご様子共々つぶさにお伝え致しますので、どうぞご安心ください」
「ありがとう。⋯⋯その、変わりなく過ごしているだろうか? もう長く会っていないものだから、どうしているかと気になって」
「はい、おかげさまで恙なく日々を過ごしております」
「そうか、それならば何よりだ」
イルマがほっとしたように静かな笑顔を見せた時、傍らから、ふうううう──────と、長い長いため息が聞こえた。腹の底から吐き出されたような息だった。驚いたイルマとオルグが視線を向けると、そこには青ざめたセツがいた。形のいい眉を顰め、真っ直ぐに兄を見る。そのまま左右に首を振れば、オルグがさっと顔色を変えた。
「⋯⋯兄上、やはり、私には無理です」
「セツ!」
「こんな茶番、とても続けられません」
「待て! 話が違う」
セツはかっと瞳を見開き、兄を睨みつける。オルグは弟の迫力に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「いい加減にしてください! 私はこの先もずっとイルマ様にお仕えする身です。主を騙すような真似は、これ以上出来ませんよ!」
「セツ? 一体、何の話をしてるんだ⋯⋯」
セツはイルマの問いには答えず、兄を見た。オルグは大きな手を額に当てて天を仰いでいる。
「今、どこにいるんです?」
「庭園に⋯⋯。白薔薇を見に行くと言っていた」
「わかりました。イルマ様、少しだけお時間をください」
イルマの黄金色の瞳が忙しなく瞬くのを見て、セツは深々と頭を下げた。
「理由はどうぞ本人からお聞きください。私もお叱りを受ける覚悟は出来ております」
「はあ⋯⋯」
イルマはわけもわからぬままにヴェールをたくし上げ、セツについて小走りに走った。オルグも慌てて後を追う。
王宮の庭園は、そこここが花で満ちている。
白薔薇が一際誇らしげに花開き、甘い香りを漂わせる場所に、セツとイルマは覚えがある。王宮庭師の長であるテオが、自ら手入れをしていた場所。そこは、王妃の為の庭だった。
先を走っていたセツが、ぴたりと足を止めた。くるりと後ろを振り返って道を開ける。
「イルマ様。どうぞお先に」
セツの瞳に、強い意志と怒りが混じっている。小道の先には四阿があり、幾つも人影が見えた。息を整えながらイルマが進むと、見慣れた背格好が飛び込んできた。
「サフィード⋯⋯、ラウド兄上?」
サフィードの前から小柄な人物が、ひょいと顔を出した。目の中に捉えた途端に、イルマは他が何も見えなくなる。
白い手が口許を押さえた。
──⋯⋯ああ、あれは自分を育てた手だ。
碧青の瞳が大きく見開かれた。
──⋯⋯どんな時も見守ってくれた。大丈夫だからと励ましてくれた。
唇がひとつの名前を呼ぶ。
──⋯⋯彼女の言葉が、今日までぼくの命を生かしてきた。
イルマの足が勝手に走り出した。ヴェールが外れて風に舞う。
細い手が差し出されたのを見て、その胸の中に一目散に飛び込んだ。
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