【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

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第四部 婚礼

第30話 ともに②

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 サフィードは、自室で正装を身に着けていた。王侯たちは、式から三日も過ぎれば、あらかた自国へと引き上げる。
 ⋯⋯フィスタの国王陛下には、自分の口から進退を告げるべきだ。
 帰国される前に、と騎士は拝謁を願い出ていた。

 ルチアが、庭園でそっと言った言葉がよみがえる。
 散々虫を転がして四阿に向かえば、王子の乳母と近衛騎士が微笑んでいた。

「⋯⋯サフィード様、愛情の形は一つではありません。揺れても迷っても、ご自分の御心を見つめてお進みください。人が本当に辛いのは、自分の心に嘘をついた時だけです」
 ⋯⋯それだけは、後々まで残ります。

 ──自分の心に嘘をつかぬこと。

 乳母の心遣いに、サフィードは深く感謝した。時ならぬ嵐に見舞われた船は、灯を頼りに唯一つの港へと向かおうとしていた。



 フィスタの国王は、黒髪の騎士を静かに見つめた。脇にはラウド王子が控えて、部屋の中には3人しかいなかった。騎士は自国の王の前で跪き、深く頭を垂れている。

「⋯⋯心は定まったのか。もっとゆっくり考えても構わぬが」
「陛下のご恩情に深く感謝申し上げます。己に問うて唯一つの道を進むべしと心を新たに致しました。どうかイルマ殿下のお側に在ることを、今後ともお許しいただきたく存じます」
「フィスタに、戻る気はないと?」 
「⋯⋯イルマ殿下が戻られる日があれば参ります」

 騎士は頭を上げ、王の穏やかな青い瞳を見た。黒い瞳には信念と決意がある。故国に戻りたいかとルチアに問われた時に、自分には何の迷いもなかった。それは、騎士としての心が、唯一人の主を見失ってはいなかったからだ。

「其方は流石、ヴァルツの子だな」

 国王は嘆息し、目を細めて騎士を見た。正装で自分の前に現れた時から、騎士の決意は余すところなく伝わってきた。連綿と続いてきたヴァルツ家の教えは血となり肉となって、彼の根幹を成すのだろう。

「恐れながら、ヴァルツの男としては失格かもしれません」
「なぜ?」
「王家の為に生きよと言われて育った者が、国を離れることを選びました」

 国王とラウド王子は、互いの目を見交わした。

「⋯⋯それこそが忠義の表れだろう」
「陛下?」
「フィスタを離れても、イルマが我が王子であることに変わりはない。だが、故国で並ぶ者がないと誉れ高い騎士が、他国でも同じ扱いを受けるとは限らぬ。小国の王子に付き従う一騎士としか思わぬ者もあるだろう。其方にはイルマの為に全てを捨てる覚悟がある」

 国王の言葉はサフィードの心に深く染みわたった。己の足元が暗く見えない時も、迷った時も、唯一つの場所へと向かえばいい。敬愛する王の言葉は、どんな時も自分の心の励みとなるだろう。

「サフィード・ヴァルツ、イルマを頼む。王として、父としての願いだ。何があっても、あの子を守ってやってくれ」
「⋯⋯この命に代えましても」

 サフィードの瞳は静かだった。凪いだ水面のように美しい輝きに、フィスタの国王は微笑む。

「勝手な話だと思うかもしれないが、其方にはイルマの元にいてほしい気持ちも、フィスタで新たな道を選んでほしい気持ちもあった」
「⋯⋯陛下」
「何より、其方とイルマはあまりに近くにいすぎて、互いの存在が離れることがあるとは考えもせぬように思ったのだ。祝福の子と守護騎士の絆は、他の王族と守護騎士よりもずっと深い。それは幸いであると同時に危うくもある」

 何物をも顧みない強い信頼は、知らぬ間に依存と慢心にすり替わることがある。

「⋯⋯主と守護騎士は、何度でも互いの絆を確かめ合わねばならぬ。これからもだ」
「陛下のお言葉を心に銘じます」

 依存と慢心。
 サフィードの心に、深く二つの言葉が刻まれた。
 知らぬ間に、互いが己の足で立てぬ状況にならぬように。



 あの日、庭園でイルマ王子は言った。

「ぼくはサフィーが側にいるのが当たり前になっていた。恥ずかしいことだけれど、自分の幸せがまるでサフィーの幸せでもあるかのように思っていたんだ。その思い上がりを父に指摘されたから、あんなに動揺したんだと思う。うろたえるままに守護騎士を解消できるだなんて言ってしまった。セツに怒られたんだ。勝手に自分やサフィーの幸せを決めるな、って」

「イルマ様。⋯⋯私の幸せはイルマ様と共にあることです」

 イルマは泣きそうな顔でサフィードを見た。

「サフィー、ぼくはもっと、サフィーや自分のことをしっかり見つめられる人間になりたい。⋯⋯ぼくが守護騎士と定めたからではなくて、サフィーに、進んで選んでもらえる人間になれるよう努力する。⋯⋯だから」
「イルマ様」
「至らないことが多いけれど、これからも共にいてほしい」

 主は、唇を噛み締めて、泣くのを堪えていた。自分の手を取って、ごめん、と謝る。震える小さな手を、両手で包みこんだ。

「⋯⋯望外の喜びです、イルマ殿下」



 ──愛情の形は一つではない。

 ルチアの言葉が静かに耳の奥によみがえる。

 そうだ、この心が何を求め、何をすべきなのか、自分だけは知っている。ほどけそうになったら、何度でも絆を結びなおせばいい。

 主の隣に誰が並び立とうとも。

 自分の道は間違いなく、唯一人の主に繋がっているのだから。
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