【祝福の御子】黄金の瞳の王子が望むのは

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
186 / 202
第四部 婚礼

第32話 幸い②

しおりを挟む

「何か御用がおありですか?」

 話があるなら、ここでさっさと済ませろと言わんばかりのセツに、セリムはイルマを見た。ハートゥーンの訴えかける瞳も同時に突き刺さる。イルマは、それぞれに何か言いたいことがあるのだと察した。

「えっと、セツ。少し話をしたらどうかな。折角、式の為にクァランから来てくれたのに、セツとはすれ違いで全然話していないだろう。普段はなかなか会えないんだし」

 イルマにそう言われては、セツに断る理由はなかった。いいえ、こいつはしょっちゅう山のような手紙を送ってきて、全然久しい感じがしません!と叫ぶわけにもいかない。

「私はイルマ殿下とまだゆっくり話したい。二人は庭園でも眺めながら話してきては?」

 砂漠の民のさりげない言葉が、ハートゥーンへの援軍となった。

 渋々外に出たセツと緊張したままのハートゥーンは、木陰に並んで座っていた。
 セツと二人きりになることに成功したものの、商人は非常に困っていた。すぐ隣に、あれほど恋焦がれた相手がいるのだ。今までのように美辞麗句を並べ立てて、さっさと手土産を渡せばいい。頭ではそうわかっているのに、すぐに行動に移せない。これではまるで、初めて恋をした子どものようではないか。

「あ、あの、セツ殿」
「はい?」
「⋯⋯砂漠で、珍しいものを手に入れました。よかったら、お側にと思って」
「折角ですが、装飾品には興味がありません」
「装飾品にもなりますが、どちらかといえばセツ殿のになるものです」

 護り? セツは、南の商人から以前渡された石を思い出した。あれは全部割れてしまったけれど、確かに自分の身を守ってくれたのだ。

「護り、って」

 ハートゥーンは、服の隠しの中から小さな革袋を取り出した。セツの手に渡されたそれには、確かな重みがある。

「壊れやすいので、そっと開けて」
「⋯⋯」

 頷くと、セツは革袋の紐を解いた。中に入っていた柔らかな布を開けば、石の薔薇が咲いている。砂漠の砂と同じ薄い茶色の、触れたら崩れそうなほどに繊細な花びらだ。

「⋯⋯薔薇?」
「砂が長い時間をかけて石になり、花に形を変えることがあります。元は水があったところでしか出来ないので、クァランでは滅多に見ることがない。オアシスの近くでごくたまに見つかります」
「すごい。あの砂漠でこんなものができるなんて」

 どこまでも続く灼熱の砂漠に、生き物の姿を見つけることは出来なかった。長い長い時間をかけて砂がこんなにも美しいものになるとは。セツは目を輝かせてハートゥーンを見た。

「これが護りになると?」
「この石は、不安を取り除き調和を呼ぶと言われているんです」
「⋯⋯へえ⋯⋯」
「宮廷暮らしの中では、色々気が張ることもあるでしょう。側に置くだけで自分の中の悪い気を遠ざけると言うから、セツ殿にぴったりだと思って」

 ⋯⋯自分のことを、商人がそんなにも心配してくれるなんて思わなかった。セツは驚きを隠せない。じっと見つめれば、ハートゥーンは赤い顔をして目を伏せた。

「あ、ありがとう。大事にする」

 セツに手渡された薔薇は、白い手の平の上で穏やかに咲いている。
 ハートゥーンは照れくさそうに、にっこり笑った。まるで少年のような笑顔が、セツの心に深く残った。



「あっ! セツ!! それは、砂漠の薔薇だね。すごいものを持ってるね」
「砂漠の薔薇? イルマ様、ご存知ですか?」

 セツがハートゥーンにもらったと差し出すと、イルマは感嘆のため息を漏らした。

「前にガゥイの宝飾品市場で見たことがあるよ。⋯⋯そんなに綺麗なものはなかったけど。商人が滅多に手に入らない品だって言ってた。ハートゥーンは、本当にセツのことが好きなんだね」
「心配してくれたようです」
「セツ⋯⋯。その石の持つ言葉って、知ってる?」

 首を傾げるセツに、イルマは眉を寄せた。自分が下手なことを言うわけにはいかない。セツに教えてほしいと頼まれたが、答えを渋った。

 セツが砂漠の薔薇の意味を知ったのは、二人の男が旅立つ時だった。




 空はどこまでも晴れていて、王都は婚姻の儀の名残を留めていた。街のあちこちに花が飾られ、華やいだ雰囲気が漂っている。
 イルマたちは、王都を出る砂漠の民の為に、東の大門まで見送りに来ていた。旅支度の済んだ二人は、別れの挨拶を笑顔で交わす。

「ハートゥーン、セリム。はるばる来てくれてありがとう。どうか元気で」
「殿下方も、どうぞまたクァランにおいでください。心から歓迎致します」

 セツは、はっと気がついた。馬に乗りこもうとするハートゥーンの服の袖を掴む。

「あ、あの! 砂漠の薔薇をありがとう。⋯⋯石には意味があると聞いたんだけど」

 ハートゥーンは、ぐっと言葉に詰まり、セツを見た。自分を見る碧青の瞳は心を射抜くようだった。一瞬目を瞑り、息を整えて小さく告げる。

「⋯⋯枯れぬ愛、です。セツ殿、どうぞ貴方の日々がいつも幸いで満ちていますように」

 砂漠の商人は、静かに微笑んだ。馬にまたがり、一度も振り向かぬままに門を出る。セリムだけが振り返り、一度大きく手を振った。荷馬車が何台も続き、セツは何も見えなくなるまで、呆然としながら見送った。



 砂漠の薔薇は、セツの自室の机の上に置かれた。イルマからもらった刺繍入りの手布に、砂漠の鷹を小さく縫ったものがある。それを敷布にすると、鷹と薔薇とが並ぶ。見るたびに、砂漠から乾いた風が吹き抜けるようだった。

 一日の終わりに、セツはいつも机に向かう。それは、一日の中でも大切な時間だった。今日あったことを振り返り、必要なことをまとめ、問題点があれば洗い出す。時には感情が荒ぶって、机に突っ伏す日もある。
 気が遠くなるほど長い時を重ねて、花の形をとった砂。確かに、その石を見つめていると心が凪いでいくような気がした。

「⋯⋯御礼の手紙を書こう」

 セツは初めて、ハートゥーン宛てに手紙を綴った。
 後日、砂漠の商人が感激のあまりに熱を出したのを、セリムは名誉を重んじて誰にも言わなかった。
しおりを挟む
感想 33

あなたにおすすめの小説

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」

星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。 ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。 番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。 あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、 平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。 そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。 ――何でいまさら。オメガだった、なんて。 オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。 2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。 どうして、いまさら。 すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。 ハピエン確定です。(全10話) 2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。

【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました

  *  ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。 BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑) 本編完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 きーちゃんと皆の動画をつくりました! もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。 インスタ @yuruyu0 絵もあがります Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら! 本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけです! 名前が  *   ゆるゆ  になりました。 これからもどうぞよろしくお願い致します! 表紙や動画はAIを使用していますが、文章にはAIを一切使用しておりません。

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【完結】100回生まれ変わっても心のないオレの心を奪ったのは黒い竜

MINORI
BL
100回生まれ変わり、98回黒い竜に殺され、99回の人生の記憶を持つ、心と感情を持たない主人公が、唯一の記憶がない初回人生をすごした6体の竜が統べる異世界に、自分の魂を確実に消し去る方法を探す旅に出るお話。 竜が主人公を取り合い、BLになる・・・はず・・・ですが、大分遠いかもしれません・・・。 ※このお話は、ムーンライトノベルズ様の方で先行投稿しております。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

処理中です...