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第四部 婚礼
第38話 ◆番外編◆ シェンバー、子どもになる①
しおりを挟む「お前は誰だ? どうして、このベッドにいる?」
ぼくは、何が起こったのかわからなかった。思わず、うつむいて考えた。
目の前で起きていることが現実とは思えない。いつもより遅い起床になったのは確かだが、もしかして、自分は寝ぼけているのだろうか。久々の旅で浮かれすぎていたのかもしれない。滅多に飲まない酒を、少しだけと勧められるままに飲んだのもいけなかったのか。
まるで刺すような視線を感じて、顔を上げた。目の前にいるのは、確かに彼の面影を宿した少年だった。
「え、えっと? 君は⋯⋯」
「馴れ馴れしい! 人に名を聞くなら、まず自分から名乗るべきだろう!」
「いや、それはそうなんだけど。⋯⋯確かに言う通りなんだけど」
「⋯⋯刺客というわけではないのか? 取り立てて目立つところもないし、やけにのんびりしている。いや、敵の目を欺くには、取るに足りないような容貌の者こそ注意が必要だと聞いた」
ぶつぶつと呟く言葉が、いちいち心に刺さる。これは結構なことを言われている⋯⋯。
輝く金髪を揺らして、青白い炎のように燃える瞳が、ぼくを睨みつけた。
心の中で冷や汗をかきながら、覚悟を決めた。ぼくは、ごほんと咳ばらいをした。
「えっと、ぼくはイルマ・ラスシュタ・フォレス。フィスタの第4王子だ」
続けてもう一つの名を言おうとしたけれど、少年の声に阻まれた。
「フィスタの? スターディアの同盟国ではないか。あの国の王子と王女は美男美女ぞろいだと聞いていたぞ?」
不審げな顔に、ぼくの頭の中でぷつりと何かが切れた。ぼくは、目と目をしっかりと合わせて、ぐいと少年に顔を近づけた。
「人の外観についてとやかく言うのは品がないことだと、誰からも教えてはもらえなかったの? そして、ぼくは君が言った通り、ちゃんと名乗ったつもりだけど!」
大きな瞳を瞬いて、相手の顔が一瞬、悔しそうに歪む。形のいい小さな唇は、淡く紅をさしたようだ。そこから出てきたのは、薄々予想してはいたが、信じたくない言葉だった。
「私は、スターディア第2王子、シェンバー・ラゥ・スティオンだ」
「年はいくつ?」
美しい瑠璃色の瞳が訝し気に光り、その後、ふんと顔を背ける。
「いきなり年をたずねる無礼を知らないのか?」
「⋯⋯ぼくはね、君の年を知らないと困るんだ」
「?」
「年がわからなかったら、服の大きさの見当がつかない」
目の前の少年は、自分の体を見た。上質な絹の寝衣がずり落ちて、白い肩が丸見えになっている。
「⋯⋯えっ?」
体に合わぬ寝衣を身に着けていることに、初めて気づいたようだった。零れ落ちそうに大きな瞳に動揺を見て、ぼくは思わずため息をついた。
部屋の扉から顔を出せば、セツとレイの二人がすぐに気づいてくれた。
十歳位の貴族の子弟が着る服を数着、至急用意してくれ。食事は寝室まで運んでほしいと頼めば、二人は目を丸くしつつも頷く。
レイが服の調達を引き受けて飛び出ていった後、ぼくはセツにベッドを見るよう言った。ひょいと覗いたセツの背が、びくりと跳ねる。
「あちらは、どなたです?」
「シェンバー・ラゥ・スティオン」
「イルマ様、何でまたそんな御冗談を」
「⋯⋯どうもこうもないよ。朝起きたら、ああなっていたんだ」
セツの顔色が変わる。シェンだと名乗った少年は、だぶだぶの寝衣をきちんと身につけようと四苦八苦していた。
セツは人形のように固まったまま、ベッドを見て、ぶるぶると震える。
「た、たしかに、シェンバー王子によく似ておいでです。⋯⋯弟君は」
「ミケリアス殿下しかいないだろう?」
衿をきちんと合わせ、紐を幾重にも細い腰に巻き付けた少年がこちらを見た。朝のお茶の道具を揃えてぼくの後ろに立つセツを、少年は真剣に眺める。やがて、感心したように言った。
「基方は美しいな。まるで花が咲き誇るようだ」
ぼくとセツは顔を見合わせた。幼くても褒め言葉は流暢なのがすごい。セツは余程動揺したのか、手に持った茶器がガチャガチャと揺れる。心配そうな瑠璃色の瞳が目に入った。
「⋯⋯幼いシェンは、セツが気に入ったのかな」
「は!? まっぴらですッ!」
セツが叫んだ途端に、少年がむっとした顔をぼくたちに向けた。
「この侍従は、顔と違って口が悪いな。侍従の躾は主の責任だぞ!」
「⋯⋯うーん、その口の悪さは、人のことを言えないと思うんだけど」
ぼくたちは、セツからお茶を受け取った。砂糖を入れてほしいと頼む少年に、思わず笑みが浮かぶ。
「申し訳ないけど、着替えより先に朝食でいいかな? 今、君の服を用意しているから」
「⋯⋯私の侍従がいない。ここは西の宮殿じゃない」
「えっと、ぼくたちは旅に出たんだよ。昨夜からこの南の離宮に泊まっているんだ」
「南の離宮? じゃあ、兄上やミケリアスも一緒なのか?」
前にシェンに言われたことを思い出した。シェンは子どもの頃、兄弟たちと南の離宮でよく過ごしたと言っていた。
「今回は、王太子殿下もミケリアス殿下もいらしてないんだ。君とぼくだけで⋯⋯」
「なぜ、私と其方だけなんだ?」
「あの、それに答える前に一つ聞いていいかな? 先ほど年は9歳だと聞いたけれど、君はフィスタについてどのくらい知っている?」
「フィスタ? 北方にある、女神のおられる国だ。まだ行ったことはないが、森と山々に囲まれた美しい国だと聞いている。我がスターディアの同盟国で、父上とフィスタのディベルト国王陛下は古くからの友人だ。其方は、陛下の弟君なのだろう?」
⋯⋯困った。何と説明したらいいんだろう。どうもこの幼いシェン(だと思う)は体ごと記憶も9歳になっているらしい。彼の中に、ぼくはいない。いや、例えいたとしても5歳のぼくでは話にならない。
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