10 / 90
9.公爵家の招待
しおりを挟むスフェンはジードの言葉に、それ以上何も言わなかった。
琥珀がどうしたんだろうと思ってジードを見ると、少しだけ眉を下げる。ちょっと困ったような顔に、なんとなく、気軽に聞いてはいけない気がした。ピアスを付けた耳が、ほんのりと熱い。
「ようこそおいでくださいました」
王都屋敷に仕える人々に迎えられ、スフェンについていく。公爵家の食卓には、広いテーブルに真っ白なクロス。そして、たくさんの磨き抜かれたカトラリーが用意されていた。
……こちらでも、マナーは大切なんだろうな。王宮の職員食堂には、スプーンとフォークしかなかったけど。
ごく普通の家庭で育った俺は、残念ながら元の世界でもテーブルマナーといったものに馴染みがない。箸遣いは厳しく躾けられたが、こっちにはそもそも、箸がないんだ。
「あの、スフェン。俺、申し訳ないけど、こちらでの食事の作法がよくわからないんだ」
「ユウ、気にしなくていい。今日の食卓には私たち三人だけだ。君の好きなように食べてほしい」
「好きなようにと言われても……」
整然と並ぶ銀器を見て、最初から最後まで同じスプーンとフォークだけで食事をしていいとは、とても思えない。
「ユウの席は俺の隣に。できるだけ、近づけてくれ」
ジードが側に立つ給仕に告げる。あっという間にカトラリーが運ばれ、椅子が並んだ。
「ユウ、俺を見て食べればいい。スフェンが言うように、ここには俺たち三人だけだ。作法を間違ったところで、誰も咎める者はいない」
ジードの言葉に、ほっと胸を撫でおろす。そういえば、こんなことは前にもあった。
こちらの世界に慣れるために、王宮の職員食堂で昼食をとり始めた時だ。
食器を使うたびに騒めきが起こり、多くの人が俺を見た。出された食事の内容よりも、周りの人たちの視線と言葉が気になって、食ベ物の味なんか何もわからない。胃がぎゅっと締めつけられ、早く部屋に帰りたいとそればかりを考えた。毎日これが続くのかと思うとぞっとする。
そこに現れたのがジードだ。大柄な騎士が食堂に現れた途端、人々の注目は一斉にジードに移った。俺を見てにっこり笑い、盛り付けが少ないからと二人分の食事を注文する。誰もが普段見ない騎士の登場とその食べっぷりに仰天した。そして、ジードは言ったのだ。
『俺を見て食べればいい。他は気にするな』
ジードが勢いよく食事をする姿につられてぱくりと食べたら、味がわかった。気がついた時にはとっくに食事を終えた碧の瞳が、ほっとしたように俺を見ていた。
ジードにはいつも助けられている。魔獣から助けてもらったあの日から、ずっと。
「ありがとう、ジード」
「いや、公爵家の食事は王都でも美味だと評判だ。折角の招待だ。気兼ねなく味わった方がいい」
スフェンが、驚いたように目を瞬いた。
「……なるほど。君は思ったよりも気が回る。鍛えているのは、体だけじゃなかったんだな」
「お前の言葉は、昔から棘があるんだよ!」
料理人が今日の為に腕を振るったと言う料理の数々は、どれも素晴らしいものだった。何よりも、俺の前に置かれる皿は、量が少ない。これなら何種類も食べられる。
「ユウは少食だと聞いたから、ごく少なめにしてある。もっと食べられそうなら遠慮なく言ってくれ。すぐに用意させるから」
「スフェン、十分だ。ちょうどいい」
ジードが素早く自分の皿に目を走らせたのを、スフェンは見逃さなかった。
「ジード、君の分は通常の量にしてあるだろう。うちの料理で満足できなかったなどと言われては困るからな!」
「ふん、お前だってちゃんと気が回るじゃないか」
珍しく意地悪な笑みを浮かべるジードに、スフェンは嫌そうに目を細めた。
この二人は仲がいいのか悪いのか全然わからないな……。
俺がじっと見ていると、ジードは微笑んで、次に使うカトラリーを教えてくれる。嬉しくなって、いつもよりずっと食が進んだ。
68
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件
白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。
最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。
いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。
2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。
ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。
異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。
二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。
しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。
再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。
誓いを君に
たがわリウ
BL
平凡なサラリーマンとして過ごしていた主人公は、ある日の帰り途中、異世界に転移する。
森で目覚めた自分を運んでくれたのは、美しい王子だった。そして衝撃的なことを告げられる。
この国では、王位継承を放棄した王子のもとに結ばれるべき相手が現れる。その相手が自分であると。
突然のことに戸惑いながらも不器用な王子の優しさに触れ、少しずつお互いのことを知り、婚約するハッピーエンド。
恋人になってからは王子に溺愛され、幸せな日々を送ります。
大人向けシーンは18話からです。
【完】心配性は異世界で番認定された狼獣人に甘やかされる
おはぎ
BL
起きるとそこは見覚えのない場所。死んだ瞬間を思い出して呆然としている優人に、騎士らしき人たちが声を掛けてくる。何で頭に獣耳…?とポカンとしていると、その中の狼獣人のカイラが何故か優しくて、ぴったり身体をくっつけてくる。何でそんなに気遣ってくれるの?と分からない優人は大きな身体に怯えながら何とかこの別世界で生きていこうとする話。
知らない世界に来てあれこれ考えては心配してしまう優人と、優人が可愛くて仕方ないカイラが溺愛しながら支えて甘やかしていきます。
《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。
かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年
愛していた王に捨てられて愛人になった少年は騎士に娶られる
彩月野生
BL
湖に落ちた十六歳の少年文斗は異世界にやって来てしまった。
国王と愛し合うようになった筈なのに、王は突然妃を迎え、文斗は愛人として扱われるようになり、さらには騎士と結婚して子供を産めと強要されてしまう。
王を愛する気持ちを捨てられないまま、文斗は騎士との結婚生活を送るのだが、騎士への感情の変化に戸惑うようになる。
(誤字脱字報告は不要)
異世界に転移したら運命の人の膝の上でした!
鳴海
BL
ある日、異世界に転移した天音(あまね)は、そこでハインツという名のカイネルシア帝国の皇帝に出会った。
この世界では異世界転移者は”界渡り人”と呼ばれる神からの預かり子で、界渡り人の幸せがこの国の繁栄に大きく関与すると言われている。
界渡り人に幸せになってもらいたいハインツのおかげで離宮に住むことになった天音は、日本にいた頃の何倍も贅沢な暮らしをさせてもらえることになった。
そんな天音がやっと異世界での生活に慣れた頃、なぜか危険な目に遭い始めて……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる