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79.琥珀の思い出
しおりを挟む「スフェン? ……スフェンっ!」
淡い光がふっと消えて、ペンダントからはもう、何も聞こえない。手にも背にもびっしょりと汗をかいていた。
声が聞こえたのは、幻聴? ペンダントを見る度にエイランのことを考えていたから、現実との境がおかしくなっているのかもしれない。
馬鹿だな……。自分で帰るって決めて、ここにいるんじゃないか。
俺はスフェンのペンダントをヘッドボードに戻した。すぐ隣にある革袋の中には、琥珀のピアスが入っている。でも、帰ってきてからはずっと見ていない。どうしても、ピアスをくれた時のジードのことを思い出してしまうから。
異世界に行ってから、俺は毎日、生徒手帳のカレンダーに〇をつけていた。自分の誕生日が来るのはわかっていたけれど、誰にも言えない。当日は一人で食事をしてさっさとベッドに入った。浅い眠りの合間に家族が誕生日を祝ってくれる夢を見て泣いた。翌朝の目覚めは最悪で、ジードが俺の顔を見た途端に叫んだんだ。
『ユウ、どうした? 瞼が腫れてる』
『家族が誕生日を祝ってくれる夢を見て……、よく眠れなかった』
『誕生日? ユウの誕生日は、いつなんだ?』
『もう終わったよ』
昨日だった、と言うとジードは眉を寄せた。こちらでも、誕生日は大切な日として祝うのだと言う。生を授けてくれた女神トリアーテと父母に感謝を捧げる。そして、心を込めて誕生日の当人を祝う。
ジードは数日経ってから、誕生祝だと言って革袋を渡してくれた。中には見事な琥珀のピアスが入っていた。
『ユウの瞳の色と似ているだろう?』
ジードは片方のピアスを俺の手から取って耳に当て、よく似合うと言った。とても優しい笑顔に、胸が詰まった。
自分のことを気にしてくれる人がいる。その事実が何よりも嬉しかった。
──……ユウ。
名前を呼ぶ声が耳の奥に甦る。いつだって優しいその声が聞きたい。面影を探して、革袋の中から、とうとうピアスを出した。
「えっ?」
……琥珀って、こんな色だった?
確か、もらった時は黄金色を帯びた美しい茶色だったはずだ。それが黄褐色のまるで光のない石になっている。
震えながら琥珀に触れれば、ひどく冷たい。ジードから受け取った時は、仄かに琥珀に温もりがあった。穏やかで、あたたかい。まるで、彼の心のように。
「俺が傷つけた、から?」
俺が何も言わずに帰ってきたから? ジードに一言の相談もせずに決めてしまったから?
ジードの琥珀は、色や温もりを失くしてしまったんだろうか。
「……ぅ、あああああッ!」
ずっと堪えてきた涙が、幾つも幾つも落ちていく。琥珀の上にも落ちていく。俺はジードの琥珀を握りしめたまま、ベッドで体を丸めて泣いた。
日々は流れるように過ぎていく。母は俺が帰ってから一週間後には退院して、急速に回復した。俺は部活をしばらく休み、母とゆっくり話すようにしている。
もうすぐ9月も終わろうとする金曜日。午前の授業が終わってすぐに、花井が俺のクラスにやってきた。
「佐田、ちょっと話があるんだ。一緒にお昼食べてもいい?」
「うん、いいよ」
昼休みに花井がうちのクラスに来るなんて珍しい。花井と俺はクラスが違うので、昼飯は別だ。天気もいいし、二人で中庭に向かう。今年は残暑が厳しいが、中庭は木陰があって涼しいのだ。
以前、校舎からこの中庭を見下ろして、俺は自分の恋が破れたのを知った。好きだった先輩は、彼の想い人と抱き合っていたから。その時のショックは今も覚えているけれど、もう痛みはない。月日は流れて、あんなに辛かったことも思い出に変わっていく。
ベンチが空いていたので、二人で腰かけて弁当を広げる。花井はいつもお手製弁当だ。今日は小ぶりな稲荷寿司と卵焼きに浅漬けが彩りよく詰められていた。決して食べるものに手を抜かない姿勢はすごい。
花井は保冷袋から弁当の包みをもう一つ取り出し、俺にずいっと差し出した。
「はい、これ。佐田の分」
「へ?」
「余分に作ったから、食べて」
「えっ、でも、弁当あるけど」
手にしたビニール袋を見せると、きっと睨まれた。花井は目が大きくて、美少女みたいに可愛い顔をしている。睨まれると結構、迫力がある。
「弁当って、最近ずっとゼリードリンクでしょ!」
「何で知って……」
「佐田の噂なんか、放っておいても耳に入ってくるんだよ!」
俺はこのところ、ろくにものが食べられなくなっていた。家族の前で何とか食事はできる。それでも量は減った。夏バテだと言えば納得してもらえたが、本当はそれどころじゃなかった。食欲がわかないし、何を食べても美味しいと思えないのだ。仕方なく、昼はさっと飲み込めるゼリードリンクで済ませていた。
「佐田、気がついてる? 帰ってきてからすごく痩せたよ」
「それは夏バテだって」
「じゃあさ。こっちに帰ってきてから……何か、作った?」
咄嗟に答えることが出来なかった。
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