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番外編 王太子妃になり損ねたオメガ
1.幼き日①
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人生はいつだって不公平だ。
僕が生まれた頃には、生家のヘルマン伯爵家は没落寸前の貧乏貴族だった。
――祖先には優秀なアルファもいたが、当代は限りなくベータに近い凡庸なアルファだ。伯爵家はそう長くはもつまい。
使用人たちの嘆きは幼子の耳にも届く。父は由緒正しい家柄の嫡子としておっとり育ったためか金勘定に疎く、人を疑わないところがあった。
他の貴族に泣きつかれれば話の中身を精査もせずに金を渡し、自分の好む絵画や音楽などにばかり時間を使う。見かねた家令が苦しい財政を訴えても、まともな対策ひとつ打ち出すことができない。次第に使用人たちへの給金の支払いは滞りがちになり、愛想をつかして他家に移る者も多かった。
そんな父に嫁いだせいで母は苦労の連続だったらしい。ヘルマン家よりもずっと裕福な伯爵家に育った母は、実母を早くに亡くし、後妻に入った継母に疎まれた。年頃になった途端、家柄だけが取り柄の相手との結婚を押し付けられたのだ。
父母の結婚後すぐに生まれた兄はアルファで、父よりも余程優秀だった。しかし、兄の気質は穏やかで人と争うことを好まない。長じて父に進言することはあっても、己の我を通すことはしなかった。兄から十年ほど離れて僕が生まれた時には、母も兄も貴族の暮らしとは言えないような質素な毎日を送っていた。
十六になった兄は貴族の子弟が学ぶ王立学園に通うことができたが、それは母が実家から手切れ金代わりに持たされた持参金や宝飾品のおかげだった。母は父の代でヘルマン伯爵家が終わっても仕方がない。しかし、子どもたちだけは貴族としての誇りを忘れずに育ってほしいと思ったらしい。ここぞという時に差し出された金と宝石に家令は泣き崩れたという。
兄が王立学園の寮に入るために家を出た後、母は魔術師を呼んで僕の第二の性を調べさせた。貴重なオメガだとわかると、母は僕に言い聞かせた。
「良いですか、メイネ。もっと大きくなるまで、自分がオメガだと決して人に言ってはなりません。……オメガの幸せはアルファ次第。相手をよく見るのです」
そうは言われても、子どもに環境は選べない。手入れの行き届かない古い屋敷を訪れる相手はおらず、遊び相手は使用人の子どもぐらいだ。彼らは皆ベータで、アルファなんて父と兄しか知らなかった。
長期の休みにしか屋敷に帰らなかった兄だが、帰る時は必ず僕に土産を持ってきてくれた。甘い砂糖菓子や子ども用の美しい本は僕のために選ばれたものだ。僕は兄に会える時が一番の楽しみだった。たった一度だけ、兄が学友を連れてきた事がある。父に挨拶した後、彼らが庭を散策するのをこっそりのぞいた。
――もっと社交界に出るべきだ。このままではヘルマン伯爵家は名ばかりの貴族になってしまうぞ。お父上にその気がないのなら、跡継ぎである君が率先して人脈を築かないと。
学友の言葉に兄は何も言わなかった。お茶を飲んだ後、友人は帰っていったが、兄は一人で庭に立ち尽くしていた。
僕は兄の側に駆け寄り、服の袖を引いた。
「兄様、名ばかりの貴族って?」
意味はよくわからなかったけれど、兄の友人の言葉は僕を不安にさせた。兄は困ったように眉を寄せ、しゃがんで僕と視線を合わせた。
「心配しなくていいよ、メイネ。お前のためにも、兄様がもっと頑張るからね」
僕は兄が好きだった。穏やかで優しい兄の青い瞳を見ていたら、寂しさも不安もなくなる。
「たくさん頑張らないとだめなの?」
「うん。アルファならもっと色々なことができないといけない」
「いろいろ? 難しいこと? ぼくがお手伝いしようか?」
「ふふ、ありがとう。メイネがもっと大きくなったらね」
兄に抱き上げられて、僕は嬉しくてたまらなかった。アルファって大変なんだな。でも、大丈夫。僕が必ず兄様を助けてあげる。兄にそう言うと、笑いながら頬ずりをされた。
僕が生まれた頃には、生家のヘルマン伯爵家は没落寸前の貧乏貴族だった。
――祖先には優秀なアルファもいたが、当代は限りなくベータに近い凡庸なアルファだ。伯爵家はそう長くはもつまい。
使用人たちの嘆きは幼子の耳にも届く。父は由緒正しい家柄の嫡子としておっとり育ったためか金勘定に疎く、人を疑わないところがあった。
他の貴族に泣きつかれれば話の中身を精査もせずに金を渡し、自分の好む絵画や音楽などにばかり時間を使う。見かねた家令が苦しい財政を訴えても、まともな対策ひとつ打ち出すことができない。次第に使用人たちへの給金の支払いは滞りがちになり、愛想をつかして他家に移る者も多かった。
そんな父に嫁いだせいで母は苦労の連続だったらしい。ヘルマン家よりもずっと裕福な伯爵家に育った母は、実母を早くに亡くし、後妻に入った継母に疎まれた。年頃になった途端、家柄だけが取り柄の相手との結婚を押し付けられたのだ。
父母の結婚後すぐに生まれた兄はアルファで、父よりも余程優秀だった。しかし、兄の気質は穏やかで人と争うことを好まない。長じて父に進言することはあっても、己の我を通すことはしなかった。兄から十年ほど離れて僕が生まれた時には、母も兄も貴族の暮らしとは言えないような質素な毎日を送っていた。
十六になった兄は貴族の子弟が学ぶ王立学園に通うことができたが、それは母が実家から手切れ金代わりに持たされた持参金や宝飾品のおかげだった。母は父の代でヘルマン伯爵家が終わっても仕方がない。しかし、子どもたちだけは貴族としての誇りを忘れずに育ってほしいと思ったらしい。ここぞという時に差し出された金と宝石に家令は泣き崩れたという。
兄が王立学園の寮に入るために家を出た後、母は魔術師を呼んで僕の第二の性を調べさせた。貴重なオメガだとわかると、母は僕に言い聞かせた。
「良いですか、メイネ。もっと大きくなるまで、自分がオメガだと決して人に言ってはなりません。……オメガの幸せはアルファ次第。相手をよく見るのです」
そうは言われても、子どもに環境は選べない。手入れの行き届かない古い屋敷を訪れる相手はおらず、遊び相手は使用人の子どもぐらいだ。彼らは皆ベータで、アルファなんて父と兄しか知らなかった。
長期の休みにしか屋敷に帰らなかった兄だが、帰る時は必ず僕に土産を持ってきてくれた。甘い砂糖菓子や子ども用の美しい本は僕のために選ばれたものだ。僕は兄に会える時が一番の楽しみだった。たった一度だけ、兄が学友を連れてきた事がある。父に挨拶した後、彼らが庭を散策するのをこっそりのぞいた。
――もっと社交界に出るべきだ。このままではヘルマン伯爵家は名ばかりの貴族になってしまうぞ。お父上にその気がないのなら、跡継ぎである君が率先して人脈を築かないと。
学友の言葉に兄は何も言わなかった。お茶を飲んだ後、友人は帰っていったが、兄は一人で庭に立ち尽くしていた。
僕は兄の側に駆け寄り、服の袖を引いた。
「兄様、名ばかりの貴族って?」
意味はよくわからなかったけれど、兄の友人の言葉は僕を不安にさせた。兄は困ったように眉を寄せ、しゃがんで僕と視線を合わせた。
「心配しなくていいよ、メイネ。お前のためにも、兄様がもっと頑張るからね」
僕は兄が好きだった。穏やかで優しい兄の青い瞳を見ていたら、寂しさも不安もなくなる。
「たくさん頑張らないとだめなの?」
「うん。アルファならもっと色々なことができないといけない」
「いろいろ? 難しいこと? ぼくがお手伝いしようか?」
「ふふ、ありがとう。メイネがもっと大きくなったらね」
兄に抱き上げられて、僕は嬉しくてたまらなかった。アルファって大変なんだな。でも、大丈夫。僕が必ず兄様を助けてあげる。兄にそう言うと、笑いながら頬ずりをされた。
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