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39話 幻惑の森(2)

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 僕はうんちスタイルのワン太に駆け寄って行った。

 ワン太はやっぱり、うんちだった。地面からお尻をあげてくるりと振り向くと、山盛りのそれを満足げにくんくん嗅いでる。

 大丈夫、無事かな?

 と、思ったら。

 ワン太の足元からいきなり、大量の木の根っこが吹き出してきた!
 木の根はワン太の大きな体に、網のように巻きついた。

 木の根っこに全身を絡めとられたワン太が、怒ってグルルっと唸る。

「ワン太!」

 僕はワン太を絡めとる根っこをつかんだ。引っ張る。
 でもびくともしない。

「ううっ!離してよワン太を!食べてもおいしくないよっ!」

 僕はなんとかその太い根っこを引き剥がそうと、懸命に引っ張り続けた。
 でもうんともすんとも言わなかった。なんて力だ。

「ヨウっ!」

 背中にレンの声が聞こえた。
 レンが後ろから僕の手を掴んだ。焦った口調で、

「馬鹿やめろっ、俺たちまで……」

 言いかけた時、僕が掴んでいた根っこが突然、ワン太から剥がれた。

「やった……」

 なんて喜んだのが甘かった。

 木の根っこはいきなり空高く跳ね上がった。
 そして、僕と僕の手を掴んでいたレンの体も、跳ね上がる。

 僕とレンの体は、パチンコ玉のようにぽーんと森の上空を飛んだ。
 眼下に展開されるのは、高みから見下ろす印象派絵画のように淡く美しい、この森の全体像。

「わーーーーーーーっ!」

 僕は弾丸のようにどこまでも飛び退りながら、空中でレンの手を必死に握った。
 やがて放物線を描いて、僕らの体は再び森の底へと落下していく。

 し、死ぬのかも。
 死ななくても、ぜったい、むっちゃ痛い。

 地面に叩きつけられる覚悟を決めて、僕は目をつむった。

 ……ぐちゃり。

 全身にがへどろに沈むような感触を得て、僕ははっと身を起こして目を開ける。

 僕は腰まで、どろっとした黄金色の液体の中につかっていた。

 周囲は半透明の白い壁。壁と言うか、花びらっぽい。巨大な花びらの壁?

 僕は、巨大な筒のような形の花の中にいた。
 上を見上げると、花びらの壁に丸く縁取られた青空が見えた。

 どうやら僕は、巨大な花の中に落下したらしい。
 おかげで地面にたたきつかられずに済んだのか。

 隣を見ると、レンもこのどろどろ液の中に落下していた。

「きたねっ、なんだこれ」

 立ち上がり、顔についた黄金色の液体を手でぬぐっている。
 この液体はなんだろう、すごく甘いにおいがする。
 この花の蜜かな?

「レンっ!ご、ごめんね僕のせいでっ」

「あー、まったくだ」

 うう、ぐうの音も出ません。

「ま、とにかくここから脱出しねえとな……って、うわっ!?」

 レンが腰まで浸っている黄金の液体を見てびっくりしている。
 僕も見下ろし、どきりとした。

 液体が、渦をまいていた。
 渦潮のように。

 すごい勢いの回転だった。体が渦に巻き込まれる。

「うそっ……!う、わああああっ!」

 僕もレンも、ぐるぐると蜜の中に飲み込まれて行った。
 胸までつかり、首までつかり、さらに頭まで。

 僕らは巨大な花の深部へと、飲み込まれていった。
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