悪夢〜やまの恵多短編集〜

やまの恵多

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肉食

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20代前半、まだモテていた頃、とあるメンヘラっぽい年下の子と付き合っていました。

たいへん情念の強い子で、喜怒哀楽の全てが非常にストレートで、愛情も深すぎる程深い。そんな子でした。

当然、夜の行為に関してもとても激しく、何度も何度もせがんでくるその子に、付き合いたて当初の私は同じ熱量で応えていたのですが、だんだんとそれが億劫になるとともに、重荷に感じるようになっていきました。

で、ある日の行為の後、別れを切り出しました。

その子の性格上、暴れ喚き散らされることは覚悟していましたが、「わかった」と呆気なく承諾されました。

拍子抜けしながらもほっとしている私に、その子は「別れてあげる。でも最後のお願いを聞いて」と言い出しました。

「あなたの肉、食べさせて」と。

その子曰く、好きな人と行為をしていると、一体感をより得たくなり、「相手と混じり合ってしまいたい、相手を取り込んでしまいたい」、という衝動に駆られるそうで、実際に行為中に、肩や胸、腕などを強く噛まれることもたびたびありました。

私は、この子ならばそんなことも考えかねないな、と納得するとともに、それで穏便に別れられるのであればと、その子の申し出を受け入れ、恐る恐る右手を差し出しました。

するとその子が、差し出した右手の中指に齧り付き、幅5cm、深さは2mmほどの肉を食いちぎり、咀嚼し始めました。

激痛に涙目になりながら、その子の様子を見ていると、
何かに取り憑かれたような、至福を通り越し狂喜に歪んだ不気味な笑顔で、口の端から血を滴らせながら口角を上げて笑っています。

底知れぬ不気味さを感じ、私は早々に身支度を整えると、その子を置いてホテルを出ました。

その後数年が経過し、幾人かの女性とお付き合いし、別れて、を繰り返した私は、ある日偶然、その子と再会します。

別れ際の気味悪い思いも薄れていた私は、当時フリーだったこともあり、その子を食事に誘い、ホテルまで連れ込みました。

数年ぶりに激しく行為をし、私は寝物語に別れの日のことを切り出しました。

あのときの君は言っちゃ悪いけど、不気味だったよ、と。いまだ中指に残る傷跡を見せながら。

するとその子はキョトンとした様子で、私の方を見、「えっ、それって、◯◯君の方だよね?」と言いました。

その子曰く、最後の行為をし、別れ話を切り出され、までの記憶は私と同様でしたが、その後、私の方から「君の肉を食べさせて欲しい」と言い出し、その時の私のただならぬ雰囲気に圧されたその子は、感情的になる暇もなく、渋々承諾したのだそうです。

「ほら、ここ」

と、その子が指し示した、その子の腰の辺りには、確かに肉が削れたような傷跡が残っていました。

肉を食いちぎり、咀嚼しているときの私の顔は、何かに取り憑かれたような笑顔だったそうです。

互いに傷跡を見せ合い、互いに当時の記憶を話し合い、なんとも言えない気味悪さを感じた私達は、同時にあることに気づきます。

たまたま入ったホテルの部屋。数年前、最後の行為をした部屋と、全く同じでした。

慌てて私達はホテルを出て、連絡先を交換することもないまま、別れました。

あれから20年近く経ちますが、いまだにあの出来事がなんだったのか、よくわかっていません。
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