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あーん
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これは、僕が、以前、とある男性の方に取材させていただいて、聞いた話なんですけれども。
その男性、喫茶店で待ち合わせしましてね。初めて顔を合わせた、その瞬間に、すごく特徴的と言いますか、こう、大きく口を「あーん」て開けて、笑ったんです。
僕もね、色んな方に取材させていただく中で、変わった方だなー、なんて思うことも結構あるんですけれども、その男性は、特徴的な笑い方以外は至って普通の方でね。コーヒーを飲みながら、数年前に体験したというお話を、聞かせて頂きました。
その男性、仮にYさんとしますね。Yさんは、小さな印刷会社を経営されていたんですけれど、親から引き継いだ時には、もうだいぶ赤字で。なんとか立て直そうと頑張ったそうなんですが、どうにもならなくなっちゃって。
で、Yさん、死のうと。海に飛び込んでしまおうと。経営も苦しいし、Yさん独り身で、悲しむ家族もいないし、もうどうにでもなれ、って思いで、海辺に車を走らせたんだそうです。
で、その道中、Yさん、妙なことに気づくんですね。向こう側から歩道を歩いてくる女性がいたんですが、
あれ?さっきも居なかったっけ?
って。季節は夏場、うちわで顔のあたりを扇ぎながら、薄い水色のワンピースを着た女性が歩いてくる。でも、さっきも全く同じ女性とすれ違ったよな、って。
そう気づいたYさん、もう歩道に視線が向いちゃって、車を走らせながら、うちわ持った女性がまた歩いてこないか、見ていたんだそうです。
そしたら、また歩いてきた。三度目です。うちわ持って、水色のワンピースで、その女性が。
で、今度は目が合った。
目が合った途端、女性は口を「あーん」て大きく開けて、笑ったんだそうです。Yさん、気味が悪くてね、すぐ目を逸らしたらしいんですが、すれ違ってから、ミラー越しに見ると、女性が車の方を振り返りながら、ずーっと笑ってたんだそうです。
普通なら、これだけでも十分、怖い話しだと思うんですけどね。Yさんは死のうと思って海に向かってた訳ですから、まあ気にしてもしょうがないってんで、そのまま進んでって、展望台を兼ねた駐車スペースに車を停めて、そこから歩いたんだそうです。飛び込む場所を選ぶ為に。
で、ちょうどいい、切り立った岩壁があったんで、そこに登って。あとは飛び降りるだけ、ってとこまで行ったんだそうです。でもまあ、死ぬわけですから、やっぱりためらいますよね。Yさん、岩壁に立って、ちょっと周りをこう、キョロキョロと見回しました。
そしたらですね、ちょっと離れた別の岩壁に、女の人が立ってたんだそうです。
Yさんと同じように、今から飛び降りようとしている雰囲気でね。
Yさん、そこでまた気づきます。女性の服装。薄い水色のワンピースです。で、よーく見ると、女性の足元に、うちわも置いてあります。
さっき三度もすれ違った人だ。Yさんも流石に驚いて、その女性から目が離せなくなります。
Yさんに背を向けて、だいぶ離れたところに立ってたんで、女性はYさんに気づくこともなく、両手を合わせて何秒か拝んだ後、海に飛び込んだそうです。
それを見てたYさん、女性が飛び降りてから、海面にぶつかるまでのほんの数秒が、まるでスローモーションみたいにゆっくり見えたんだそうです。スポーツ選手が極限まで集中力を高めると、ボールがゆっくり見えたり、観客の声が聞こえなくなったりする、ああいう感じかな?ってYさんは言ってました。
女性が飛び込む様子が、Yさんにはコマ送りみたいに見えてたそうです。で、私、そこまで聞いて、相槌うちながら、思いました。あー、これ、よくあるパターンのやつかなー、って。
ほら、よく言うじゃないですか。海に飛び込み自殺する人を、連続写真で偶然撮っちゃって、海面にぶつかる瞬間、無数の手がウワァッッ、って伸びてるのが写っちゃった、みたいなやつ。私、それだと思ってました。
でもね、違ったんです。Yさんが見たのは、
女性が海に飛び込む瞬間、海全体が、大きな顔になって、「あーん」って口を広げて、女性を飲み込む姿、だったそうです。
その光景に圧倒されたYさんは、自殺を思い止まって、そのまま家に帰りました。で、何を始めたか。
カメラを持ち出して、また海に行って、岩壁に登って、自分が死のうとした場所から、海の写真をひたすら撮ったそうです。
で、その写真を元に、カレンダーを作って、売り出しました。カレンダーは不思議とよく売れて、会社の方も、危機的状況はなんとか脱したんだそうです。
と、ここまで聞いて、私はYさんに尋ねました。Yさん、自殺を思い止まったのはわかりましたが、どうして写真なんか撮ろうと思ったんですか?と。カレンダーにして売るなんて、飛び込んだ女性からしたら、良い気はしないんじゃないですか、って。
そしたらYさん、言いました。
私、また見たいんですよ、忘れられないんですよ。あの顔。
海がね、全部、あんな綺麗な女の顔になるなんてね。
皆にも知ってほしくてね。
そう言って、Yさん、口を「あーん」って開けて、笑いました。
その取材からしばらくして、Yさんが、水死体で発見された、ってニュースを見ました。それを見て、私思ったんです。
Yさんは、海が女性の顔になる瞬間をまた見たかった。でも、他人の飛び込み自殺を目の当たりにする機会なんて、滅多にあるわけもない。
だから、我慢できなかったんじゃないか、って。
女性の顔を見たいが為に、自分が飛び込んだんじゃないか、って。
その、Yさんを虜にした海。
それを写したカレンダーが、どこに何枚出回ってるか、私にはわかりません。でも、もし、そのカレンダーをじっくり見てしまったら。
口を「あーん」と大きく開けた女性の顔が、写っているかもしれません。
その男性、喫茶店で待ち合わせしましてね。初めて顔を合わせた、その瞬間に、すごく特徴的と言いますか、こう、大きく口を「あーん」て開けて、笑ったんです。
僕もね、色んな方に取材させていただく中で、変わった方だなー、なんて思うことも結構あるんですけれども、その男性は、特徴的な笑い方以外は至って普通の方でね。コーヒーを飲みながら、数年前に体験したというお話を、聞かせて頂きました。
その男性、仮にYさんとしますね。Yさんは、小さな印刷会社を経営されていたんですけれど、親から引き継いだ時には、もうだいぶ赤字で。なんとか立て直そうと頑張ったそうなんですが、どうにもならなくなっちゃって。
で、Yさん、死のうと。海に飛び込んでしまおうと。経営も苦しいし、Yさん独り身で、悲しむ家族もいないし、もうどうにでもなれ、って思いで、海辺に車を走らせたんだそうです。
で、その道中、Yさん、妙なことに気づくんですね。向こう側から歩道を歩いてくる女性がいたんですが、
あれ?さっきも居なかったっけ?
って。季節は夏場、うちわで顔のあたりを扇ぎながら、薄い水色のワンピースを着た女性が歩いてくる。でも、さっきも全く同じ女性とすれ違ったよな、って。
そう気づいたYさん、もう歩道に視線が向いちゃって、車を走らせながら、うちわ持った女性がまた歩いてこないか、見ていたんだそうです。
そしたら、また歩いてきた。三度目です。うちわ持って、水色のワンピースで、その女性が。
で、今度は目が合った。
目が合った途端、女性は口を「あーん」て大きく開けて、笑ったんだそうです。Yさん、気味が悪くてね、すぐ目を逸らしたらしいんですが、すれ違ってから、ミラー越しに見ると、女性が車の方を振り返りながら、ずーっと笑ってたんだそうです。
普通なら、これだけでも十分、怖い話しだと思うんですけどね。Yさんは死のうと思って海に向かってた訳ですから、まあ気にしてもしょうがないってんで、そのまま進んでって、展望台を兼ねた駐車スペースに車を停めて、そこから歩いたんだそうです。飛び込む場所を選ぶ為に。
で、ちょうどいい、切り立った岩壁があったんで、そこに登って。あとは飛び降りるだけ、ってとこまで行ったんだそうです。でもまあ、死ぬわけですから、やっぱりためらいますよね。Yさん、岩壁に立って、ちょっと周りをこう、キョロキョロと見回しました。
そしたらですね、ちょっと離れた別の岩壁に、女の人が立ってたんだそうです。
Yさんと同じように、今から飛び降りようとしている雰囲気でね。
Yさん、そこでまた気づきます。女性の服装。薄い水色のワンピースです。で、よーく見ると、女性の足元に、うちわも置いてあります。
さっき三度もすれ違った人だ。Yさんも流石に驚いて、その女性から目が離せなくなります。
Yさんに背を向けて、だいぶ離れたところに立ってたんで、女性はYさんに気づくこともなく、両手を合わせて何秒か拝んだ後、海に飛び込んだそうです。
それを見てたYさん、女性が飛び降りてから、海面にぶつかるまでのほんの数秒が、まるでスローモーションみたいにゆっくり見えたんだそうです。スポーツ選手が極限まで集中力を高めると、ボールがゆっくり見えたり、観客の声が聞こえなくなったりする、ああいう感じかな?ってYさんは言ってました。
女性が飛び込む様子が、Yさんにはコマ送りみたいに見えてたそうです。で、私、そこまで聞いて、相槌うちながら、思いました。あー、これ、よくあるパターンのやつかなー、って。
ほら、よく言うじゃないですか。海に飛び込み自殺する人を、連続写真で偶然撮っちゃって、海面にぶつかる瞬間、無数の手がウワァッッ、って伸びてるのが写っちゃった、みたいなやつ。私、それだと思ってました。
でもね、違ったんです。Yさんが見たのは、
女性が海に飛び込む瞬間、海全体が、大きな顔になって、「あーん」って口を広げて、女性を飲み込む姿、だったそうです。
その光景に圧倒されたYさんは、自殺を思い止まって、そのまま家に帰りました。で、何を始めたか。
カメラを持ち出して、また海に行って、岩壁に登って、自分が死のうとした場所から、海の写真をひたすら撮ったそうです。
で、その写真を元に、カレンダーを作って、売り出しました。カレンダーは不思議とよく売れて、会社の方も、危機的状況はなんとか脱したんだそうです。
と、ここまで聞いて、私はYさんに尋ねました。Yさん、自殺を思い止まったのはわかりましたが、どうして写真なんか撮ろうと思ったんですか?と。カレンダーにして売るなんて、飛び込んだ女性からしたら、良い気はしないんじゃないですか、って。
そしたらYさん、言いました。
私、また見たいんですよ、忘れられないんですよ。あの顔。
海がね、全部、あんな綺麗な女の顔になるなんてね。
皆にも知ってほしくてね。
そう言って、Yさん、口を「あーん」って開けて、笑いました。
その取材からしばらくして、Yさんが、水死体で発見された、ってニュースを見ました。それを見て、私思ったんです。
Yさんは、海が女性の顔になる瞬間をまた見たかった。でも、他人の飛び込み自殺を目の当たりにする機会なんて、滅多にあるわけもない。
だから、我慢できなかったんじゃないか、って。
女性の顔を見たいが為に、自分が飛び込んだんじゃないか、って。
その、Yさんを虜にした海。
それを写したカレンダーが、どこに何枚出回ってるか、私にはわかりません。でも、もし、そのカレンダーをじっくり見てしまったら。
口を「あーん」と大きく開けた女性の顔が、写っているかもしれません。
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