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ぺちゃんこのひろみさん
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では、作り話をお話しします。
私、こういう名前でネット上では活動させていただいてる訳ですが、本名は「伊藤公太郎」っていいます。藤のほうの伊藤に、公園の公、で、普通の太郎ですね。だからまあ、子供の頃は「伊藤ハム」とか、「ハム太郎」なんて呼ばれてました。
歳はね。1978年11月29日生まれの47歳です。良い肉の日なもんで、伊藤ハムとセットで覚えてもらってました。大らかなO型。星座は射手座、午年です。
なぜこんな話しをするかといいますと、名前というものは、今の世の中において、さほど重要視されていないものだからです。まして、SNSの中だけの付き合いであれば、なおさら本名を知ることも、それほど多くはないでしょう。皆さんの中には私の本名を知っている方など、いないはずです。それをあえてお伝えしているという事、その意味をよく考えてみてください。
さて、私は普段ネット上に怖い話を書いています。それらは全て創作です。実話と創作というのも、この怪談という世界においては、なかなか線引きが難しいところがありまして、実話を取り上げるとなると、実在する方に迷惑をかけてしまうというリスクが発生します。
一方で、創作と言い切ってしまった場合、その時点で怪談としての怖さのランクが、1つ下がってしまいます。ですので、なかなかそのあたりの匙加減が難しいところでもあるんですが、この話は冒頭で「作り話をします」ということをお伝えしてます。どうぞ安心して聞いてください。
というわけで、私は創作怪談を作っておりますが、なかなか1から10までお話を作るというのは、骨が折れるものでしてね。普段は自分の頭の中で、1から10まで考え、書いて、発表する。そういった形をとっています。ですが、なかなか怖い話というものは、そんなにポンポンとは思いつかないものなんです。ですから結構煮詰まってきて、作品を書くペースが落ちてくる。でもなんとか絞り出す、そしてまた書けなくなる。そんな悩みを抱えていました。
で、こういった活動していますとね。怪談師の方なんかは、ご自分から話を集めに取材をしたり、そういったこともされているんですが、私のような者のところにも、たまにね。「こんなお話があるんですが」とDMをいただいたりすることがあります。
これまで私は、そういったDMをいただいても、ありがたくお話はお伺いするんですが、それを自分の話に反映させたりといったようなことはしていなかったんですね。ただ、ある方からDMをいただいたその時、私は新しい話をなかなか産み出せない状況に陥っておりまして。「お話の全てを頂戴するわけでは無いけど、聞いたお話のエッセンスを、一部だけでも取り入れて、怖い話を書いてみようかな」、そんな思いに駆られたんです。
で、そのDMの送り主の方に、詳しくお話を聞かせていただけませんか、といった返事をしました。それで、幸いなことに住んでいる場所もある程度近くだったので、その方に直接お会いして喫茶店でお話を伺ったんです。
その方、Xでのお名前は骸(むくろ)さんという、30代位の男性の方でした。その骸さんのお話してくれた体験談というのが、「人に悪霊を取りつかせる方法」についての話しだったんです。
なんでも、結婚式を翌日に控えた、幸せの絶頂にあった女性が、大型トラックにひき逃げをされて。美しかったその容姿が、見るも無惨にぺしゃんこに潰されて、死んでしまった。その女性がね、醜く死んでしまった無念とね、自分を轢いたトラックの運転手への恨みを抱いて悪霊となって、この話を聞いた人に、次々と取り憑いていくんだそうです。
私、そのあたりまで話しを聞いて、「これ以上聞きたくないな」って思ったんですね。私、怖い話を作るのが好きですし、話すのも好きなんですが、実際に自分の身に何かしら降りかかるような、そういう障りのある話しっていうのが嫌なんです。ですので、「結構です。これ以上お話ししなくても」って、途中で耐えられなくなって、その骸さんのお話しを遮ったんです。
でもね、骸さん、お話を辞める気配もなくて、こんなこと言ったんですね。「あともう少しで終わりなんで、最後まで聞いてもらっていいですか?」って。
私もね、もうそれ以上聞くとね、ほんとに何か起こりそうだったんで、「いえいえもう結構ですから」ってお断りをしたんですが、間髪入れずに骸さん、こんなこと言ったんですよ。
「ひろみさん、ぺちゃんこだから、どこにでも入れるね」
それ聞いた瞬間ね、私、そのひろみさんっていうのが悪霊の名前だ、っていうことがわかってしまった。それから、大型トラックに潰されて、ぺちゃんこになって死んじゃった、って話を先に聞いてたんで、その姿を想像しちゃったんですね。
そしたら、私の様子を見た骸さんがね、ニヤッて笑って、「今、想像しましたよね」って。
「ぐちゃぐちゃに潰れた女性が、冷蔵庫の脇だったり、タンスの引き出しの中だったり、普通の人なら入りようのないところ。そんなところにも、潰されてぺちゃんこになった状態だから入れてしまう、そういう姿をイメージしましたよね」って。こんなこと言ったんですね。
で、「今、想像したそのひろみさん。家に帰ったらね、いますから。頭の中、思い描いたその場所に。その姿で」って。
私、まさかそんなね、自分の身に降りかかってくるような話を聞かされるなんて、思ってなかったんで。骸さんにね、「これ、すいませんけどほんとに家に帰ってね。そういうの見ちゃったら、私どうしたらいいんですか?骸さんは、今無事なんですよね。っていうことは、何か対処されたってことですよね」って聞きました。
そうしましたら骸さん、こんなこと言うんです。「もちろんもちろん、大丈夫ですよ。体験談を探してるっていうことだったんで、実際に怖い体験していただこうって思って教えただけなので。もしね、ひろみさんに居られちゃ困るっていうことであれば、私の本名をお教えしますから、その本名を念じながら、何々さんのところに帰ってください、ってそう言えばね、ひろみさん消えますから。それで、私のところに戻ってきますから」
って。それで私、骸さんの本名をお伺いしたんですね。で、忘れないようにしっかり覚えて。骸さんと別れたあと、本当にそんなものが見えるのかなあ、なんて不安に思いながら家に帰ったんです。
帰った頃にはもうすっかり夜になってたんで、部屋の中は暗くなってました。リビングの明かりをつけて、気にしないようにはしてたんですが、やっぱり話を聞いたときに思い浮かべてしまったひろみさんの姿がね。頭からどうしても離れないんです。冷蔵庫の脇、タンスの引き出し、戸棚の裏、そういった人が入れるはずがない隙間に、ぺちゃんこになった血まみれの女性がいるんじゃないか、ってそんなこと思いなから、しばらくソファに座って、動けずにいました。
それでね。どれくらい時間が経ったか、キッチンからね。バタバタバタバタ…っていう音がし始めたんですね。もう心臓が止まりそうになったんですけど、でも、何の音だろうと。確かめなきゃいけないんで、見に行ったんですよ。
それで、音が聞こえてくるのは冷蔵庫の脇なんですね。うちの冷蔵庫っていうのはキッチンの壁際に設置されてまして、壁と冷蔵庫の間にわずかな、5センチ程度の隙間があるんですけど、当然そこに何か入り込むようなスペースは無いんです。でも、そこから聞こえてくるんです。それで私、骸さんから聞いた、ぺちゃんこのひろみさんの話をね、思い出して。これ覗き込んだら、ひろみさんがいるのかな、なんて思って。でも音の正体は確かめないといけないから、恐る恐るね。その冷蔵庫と壁の隙間、覗いてみたんです。
そしたらね。何もなかったんです。
で、覗き込んだと同時に、そのバタバタバタっていう音も止まって、聞こえなくなったんです。まぁ私、何も見えなかったって言うことで少し安心しましてね。冷蔵庫のバタバタっていう音も、まぁおそらく冷蔵庫自体が何かね、異音を発するとか、たまに今までもそんなことがありましたから、そういうことかなと思いまして。
逆にその何も見えなかった、っていうことで、ちょっと気が大きくなりましてね。自分からどんどん、人が入り込めないような隙間、家の中のそういった場所をね、自分から確認しに行ったんです。タンスの引き出しを開けてみたり、戸棚の裏を覗き込んでみたり、浴室に入って浴槽の蓋を開けてみたり。でもどこにも何も見えなかったんですね。
で、すっかり安心して私ね、ソファまで戻ってきたんですね。ソファに腰掛けてね。骸さん、鬼気迫る話聞かせてくれたけど、これ結構使える話かもしれないな。そんなこと思いながら、スマホをいじろうとしたんです。
その瞬間です。ソファの下から私の両足首を何かがガッチリ掴んだんです。私の座ってるソファっていうのは、床との間に、ロボット掃除機も通れない位のすごくせまい隙間しかないんです。だからそこに人とかね。入れるわけなんてないんです。でもそのソファの下から、真っ赤な手がね、私の足首を掴んで離さないんです。
私ね、悲鳴をあげて、なんとかね、その手を振り解こうと両足に力を込めて、蹴り上げるように動かしたんですね。そしたらね。ずるずるずる、って、私の足首を掴んでる腕の根本。それが引きずり出されてきたんです。
ぺちゃんこに潰された頭。髪が長いから、かろうじて女ってわかりましたけど、顔もぐちゃぐちゃ、体もぐちゃぐちゃです。でもね、なぜか笑ってることだけは、わかりました。そいつがね、笑いながら私のね。膝にもたれかかってくるんです。
「ああああああ゛あ゛あ゛ーーーーー」って、すごいうなり声をあげながらね。で、だんだん膝から腰、胸、顔のあたりまでどんどんどんどん這い上がってきてね。
私、その時とっさに思い出したんです。骸さんの本名。そいつを骸さんのところに返そうと思って、私必死で叫んだんですよ。
「伊藤公太郎さんのところに帰ってください」
「伊藤公太郎さんのところに帰ってください」
「伊藤公太郎さんのところに帰ってください」
さて、なぜ今私が、こんな話をしてるかと言いますと、やっぱりネットで知り合ったような人の言うことって、信用できないということです。
私がうかつだったんですよ。骸さんのおっしゃった本名。これが本当なのかどうかって、確認しなかったんです。まぁ初対面でね。なかなか免許証見せてください、マイナンバーカード見せてください、そんなこと言えないですよね。個人情報にうるさいこの世の中ですからね。
今この話を聞いた皆さん。私がね、お話しした私の本名。私、最初に「作り話をします」とお話ししました。ただ、どこまでが作り話で、どこからが本当なのか。そこまではお話ししてないですよね。
もしかしたら全部作り話かもしれませんし、あるいは最初に申し上げた私の本名、これだけが作り話かもしれません。もしそうだったら私は、皆さんに骸さんと同じことをしているということになります。骸さんが教えてくれた「伊藤公太郎」、という名前。いくら叫んでもね。ひろみさん、消えなかったんです。
だからね。私も骸さんに返す事は諦めて、誰かにね。ひろみさんを引き継いでもらいたいんですよ。
私の体験談をお話ししたことで、皆さんにもひろみさんのイメージっていうのは、十分に湧いたと思います。ご自分のおうちのね、人が入り込めないような隙間。そこにぺちゃんこになった女の人が入ってて、こっちを見ている。そういうことを皆さん、想像されたと思います。
「ひろみさん、ぺちゃんこだから、どこにでも入れるね」
もうこれで完璧です。あとは皆さんにお任せします。ひろみさんを、よろしくお願いします。
でももし、ひろみさんに耐えられなくなったら、最初にお話しした私の本名をね。ひろみさんに言ってください。そうすればね、ひろみさんは私のところにね、帰ってくると思いますから。忘れないように、最後にもう一度だけ、私の本名をお伝えしますよ。
「私の名前は、伊藤公太郎です」
以上でございます。ありがとうございました。
私、こういう名前でネット上では活動させていただいてる訳ですが、本名は「伊藤公太郎」っていいます。藤のほうの伊藤に、公園の公、で、普通の太郎ですね。だからまあ、子供の頃は「伊藤ハム」とか、「ハム太郎」なんて呼ばれてました。
歳はね。1978年11月29日生まれの47歳です。良い肉の日なもんで、伊藤ハムとセットで覚えてもらってました。大らかなO型。星座は射手座、午年です。
なぜこんな話しをするかといいますと、名前というものは、今の世の中において、さほど重要視されていないものだからです。まして、SNSの中だけの付き合いであれば、なおさら本名を知ることも、それほど多くはないでしょう。皆さんの中には私の本名を知っている方など、いないはずです。それをあえてお伝えしているという事、その意味をよく考えてみてください。
さて、私は普段ネット上に怖い話を書いています。それらは全て創作です。実話と創作というのも、この怪談という世界においては、なかなか線引きが難しいところがありまして、実話を取り上げるとなると、実在する方に迷惑をかけてしまうというリスクが発生します。
一方で、創作と言い切ってしまった場合、その時点で怪談としての怖さのランクが、1つ下がってしまいます。ですので、なかなかそのあたりの匙加減が難しいところでもあるんですが、この話は冒頭で「作り話をします」ということをお伝えしてます。どうぞ安心して聞いてください。
というわけで、私は創作怪談を作っておりますが、なかなか1から10までお話を作るというのは、骨が折れるものでしてね。普段は自分の頭の中で、1から10まで考え、書いて、発表する。そういった形をとっています。ですが、なかなか怖い話というものは、そんなにポンポンとは思いつかないものなんです。ですから結構煮詰まってきて、作品を書くペースが落ちてくる。でもなんとか絞り出す、そしてまた書けなくなる。そんな悩みを抱えていました。
で、こういった活動していますとね。怪談師の方なんかは、ご自分から話を集めに取材をしたり、そういったこともされているんですが、私のような者のところにも、たまにね。「こんなお話があるんですが」とDMをいただいたりすることがあります。
これまで私は、そういったDMをいただいても、ありがたくお話はお伺いするんですが、それを自分の話に反映させたりといったようなことはしていなかったんですね。ただ、ある方からDMをいただいたその時、私は新しい話をなかなか産み出せない状況に陥っておりまして。「お話の全てを頂戴するわけでは無いけど、聞いたお話のエッセンスを、一部だけでも取り入れて、怖い話を書いてみようかな」、そんな思いに駆られたんです。
で、そのDMの送り主の方に、詳しくお話を聞かせていただけませんか、といった返事をしました。それで、幸いなことに住んでいる場所もある程度近くだったので、その方に直接お会いして喫茶店でお話を伺ったんです。
その方、Xでのお名前は骸(むくろ)さんという、30代位の男性の方でした。その骸さんのお話してくれた体験談というのが、「人に悪霊を取りつかせる方法」についての話しだったんです。
なんでも、結婚式を翌日に控えた、幸せの絶頂にあった女性が、大型トラックにひき逃げをされて。美しかったその容姿が、見るも無惨にぺしゃんこに潰されて、死んでしまった。その女性がね、醜く死んでしまった無念とね、自分を轢いたトラックの運転手への恨みを抱いて悪霊となって、この話を聞いた人に、次々と取り憑いていくんだそうです。
私、そのあたりまで話しを聞いて、「これ以上聞きたくないな」って思ったんですね。私、怖い話を作るのが好きですし、話すのも好きなんですが、実際に自分の身に何かしら降りかかるような、そういう障りのある話しっていうのが嫌なんです。ですので、「結構です。これ以上お話ししなくても」って、途中で耐えられなくなって、その骸さんのお話しを遮ったんです。
でもね、骸さん、お話を辞める気配もなくて、こんなこと言ったんですね。「あともう少しで終わりなんで、最後まで聞いてもらっていいですか?」って。
私もね、もうそれ以上聞くとね、ほんとに何か起こりそうだったんで、「いえいえもう結構ですから」ってお断りをしたんですが、間髪入れずに骸さん、こんなこと言ったんですよ。
「ひろみさん、ぺちゃんこだから、どこにでも入れるね」
それ聞いた瞬間ね、私、そのひろみさんっていうのが悪霊の名前だ、っていうことがわかってしまった。それから、大型トラックに潰されて、ぺちゃんこになって死んじゃった、って話を先に聞いてたんで、その姿を想像しちゃったんですね。
そしたら、私の様子を見た骸さんがね、ニヤッて笑って、「今、想像しましたよね」って。
「ぐちゃぐちゃに潰れた女性が、冷蔵庫の脇だったり、タンスの引き出しの中だったり、普通の人なら入りようのないところ。そんなところにも、潰されてぺちゃんこになった状態だから入れてしまう、そういう姿をイメージしましたよね」って。こんなこと言ったんですね。
で、「今、想像したそのひろみさん。家に帰ったらね、いますから。頭の中、思い描いたその場所に。その姿で」って。
私、まさかそんなね、自分の身に降りかかってくるような話を聞かされるなんて、思ってなかったんで。骸さんにね、「これ、すいませんけどほんとに家に帰ってね。そういうの見ちゃったら、私どうしたらいいんですか?骸さんは、今無事なんですよね。っていうことは、何か対処されたってことですよね」って聞きました。
そうしましたら骸さん、こんなこと言うんです。「もちろんもちろん、大丈夫ですよ。体験談を探してるっていうことだったんで、実際に怖い体験していただこうって思って教えただけなので。もしね、ひろみさんに居られちゃ困るっていうことであれば、私の本名をお教えしますから、その本名を念じながら、何々さんのところに帰ってください、ってそう言えばね、ひろみさん消えますから。それで、私のところに戻ってきますから」
って。それで私、骸さんの本名をお伺いしたんですね。で、忘れないようにしっかり覚えて。骸さんと別れたあと、本当にそんなものが見えるのかなあ、なんて不安に思いながら家に帰ったんです。
帰った頃にはもうすっかり夜になってたんで、部屋の中は暗くなってました。リビングの明かりをつけて、気にしないようにはしてたんですが、やっぱり話を聞いたときに思い浮かべてしまったひろみさんの姿がね。頭からどうしても離れないんです。冷蔵庫の脇、タンスの引き出し、戸棚の裏、そういった人が入れるはずがない隙間に、ぺちゃんこになった血まみれの女性がいるんじゃないか、ってそんなこと思いなから、しばらくソファに座って、動けずにいました。
それでね。どれくらい時間が経ったか、キッチンからね。バタバタバタバタ…っていう音がし始めたんですね。もう心臓が止まりそうになったんですけど、でも、何の音だろうと。確かめなきゃいけないんで、見に行ったんですよ。
それで、音が聞こえてくるのは冷蔵庫の脇なんですね。うちの冷蔵庫っていうのはキッチンの壁際に設置されてまして、壁と冷蔵庫の間にわずかな、5センチ程度の隙間があるんですけど、当然そこに何か入り込むようなスペースは無いんです。でも、そこから聞こえてくるんです。それで私、骸さんから聞いた、ぺちゃんこのひろみさんの話をね、思い出して。これ覗き込んだら、ひろみさんがいるのかな、なんて思って。でも音の正体は確かめないといけないから、恐る恐るね。その冷蔵庫と壁の隙間、覗いてみたんです。
そしたらね。何もなかったんです。
で、覗き込んだと同時に、そのバタバタバタっていう音も止まって、聞こえなくなったんです。まぁ私、何も見えなかったって言うことで少し安心しましてね。冷蔵庫のバタバタっていう音も、まぁおそらく冷蔵庫自体が何かね、異音を発するとか、たまに今までもそんなことがありましたから、そういうことかなと思いまして。
逆にその何も見えなかった、っていうことで、ちょっと気が大きくなりましてね。自分からどんどん、人が入り込めないような隙間、家の中のそういった場所をね、自分から確認しに行ったんです。タンスの引き出しを開けてみたり、戸棚の裏を覗き込んでみたり、浴室に入って浴槽の蓋を開けてみたり。でもどこにも何も見えなかったんですね。
で、すっかり安心して私ね、ソファまで戻ってきたんですね。ソファに腰掛けてね。骸さん、鬼気迫る話聞かせてくれたけど、これ結構使える話かもしれないな。そんなこと思いながら、スマホをいじろうとしたんです。
その瞬間です。ソファの下から私の両足首を何かがガッチリ掴んだんです。私の座ってるソファっていうのは、床との間に、ロボット掃除機も通れない位のすごくせまい隙間しかないんです。だからそこに人とかね。入れるわけなんてないんです。でもそのソファの下から、真っ赤な手がね、私の足首を掴んで離さないんです。
私ね、悲鳴をあげて、なんとかね、その手を振り解こうと両足に力を込めて、蹴り上げるように動かしたんですね。そしたらね。ずるずるずる、って、私の足首を掴んでる腕の根本。それが引きずり出されてきたんです。
ぺちゃんこに潰された頭。髪が長いから、かろうじて女ってわかりましたけど、顔もぐちゃぐちゃ、体もぐちゃぐちゃです。でもね、なぜか笑ってることだけは、わかりました。そいつがね、笑いながら私のね。膝にもたれかかってくるんです。
「ああああああ゛あ゛あ゛ーーーーー」って、すごいうなり声をあげながらね。で、だんだん膝から腰、胸、顔のあたりまでどんどんどんどん這い上がってきてね。
私、その時とっさに思い出したんです。骸さんの本名。そいつを骸さんのところに返そうと思って、私必死で叫んだんですよ。
「伊藤公太郎さんのところに帰ってください」
「伊藤公太郎さんのところに帰ってください」
「伊藤公太郎さんのところに帰ってください」
さて、なぜ今私が、こんな話をしてるかと言いますと、やっぱりネットで知り合ったような人の言うことって、信用できないということです。
私がうかつだったんですよ。骸さんのおっしゃった本名。これが本当なのかどうかって、確認しなかったんです。まぁ初対面でね。なかなか免許証見せてください、マイナンバーカード見せてください、そんなこと言えないですよね。個人情報にうるさいこの世の中ですからね。
今この話を聞いた皆さん。私がね、お話しした私の本名。私、最初に「作り話をします」とお話ししました。ただ、どこまでが作り話で、どこからが本当なのか。そこまではお話ししてないですよね。
もしかしたら全部作り話かもしれませんし、あるいは最初に申し上げた私の本名、これだけが作り話かもしれません。もしそうだったら私は、皆さんに骸さんと同じことをしているということになります。骸さんが教えてくれた「伊藤公太郎」、という名前。いくら叫んでもね。ひろみさん、消えなかったんです。
だからね。私も骸さんに返す事は諦めて、誰かにね。ひろみさんを引き継いでもらいたいんですよ。
私の体験談をお話ししたことで、皆さんにもひろみさんのイメージっていうのは、十分に湧いたと思います。ご自分のおうちのね、人が入り込めないような隙間。そこにぺちゃんこになった女の人が入ってて、こっちを見ている。そういうことを皆さん、想像されたと思います。
「ひろみさん、ぺちゃんこだから、どこにでも入れるね」
もうこれで完璧です。あとは皆さんにお任せします。ひろみさんを、よろしくお願いします。
でももし、ひろみさんに耐えられなくなったら、最初にお話しした私の本名をね。ひろみさんに言ってください。そうすればね、ひろみさんは私のところにね、帰ってくると思いますから。忘れないように、最後にもう一度だけ、私の本名をお伝えしますよ。
「私の名前は、伊藤公太郎です」
以上でございます。ありがとうございました。
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