生き残りたければわたしを愛でろ!

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第2話 目覚めはすっきりいきましょう

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 香ばしい匂い。最初に感じたのはそれだった。

 ひどい頭痛がする。瞼を上げるのでさえおっくうで、寝返りをうつように身体をひねりながら、なんとか手をつき、上半身を起こした。

 どこだ、ここは……

 全身がだるい。毒薬を飲まされたうえで火箸で腹の中を掻き回されたらこんな気分になるだろうか。術師団でのながい、そして死をも賭けた訓練の間にもこんな状態になったことはなかった。

 ぼんやりしていた視界はすこしずつ周囲の状況を捉えはじめていた。指で眉間を揉む。

 まずはじめに見えたのは、丸太組みの壁、すぐそばのちいさなテーブルに置かれた灯り、そしてなにか飲み物が注がれたカップ。知らない部屋だった。薄暗いが、静かで清潔な部屋。そこに俺は横たえられていたらしい。

 意識がはっきりするにつれ、先ほどからの匂いを強く感じるようになっていた。これは……肉料理の匂いか。すっとするような香気と、あぶらを焼いた匂いと、いかにも食欲をそそる香りだった。

 しばらく格闘した末にベッドから脚をおろし、白い分厚いマットに腰掛けた。どういうわけか、動くたびにベッドから、料理とも違う匂いがする。女がつける香水の匂い。馴染みがないが、王室の貴族たちを護衛したときに似たような匂いを嗅いだ気もする。あまり好きではなかったが。

 と、脈打つような頭痛とともに記憶がかえってきた。

 「……エルレア」

 凄まじい劫火の渦、狂った獣の絶叫のような音、俺は覚悟とともに爆砕のほんのわずか手前にいたのに。

 かつて戦場で、交渉の場で、なんども目にした敵将、エルレア。整っているがどこか沈んでいる、ながい茶色の髪。

 どうしてそれが、俺の目の前にあって、あんな状況で、俺は……。

 術師団に女はいない。神式をあやつる能力がある女、<ゼディアの祝福>を受けた聖女はみな、王室の管理のもと、慎重に秘匿された<楽園>で、国を支えるしごとに就いていた。戦場を主な職場とする術師団とは縁がない。

 歩けるかどうかの幼い時分から術師の父にあらゆる神式を叩き込まれ、物心ついたときには術師幼年団で四つ飛び級し、十も年上の術師候補たちを指揮していた。王にすら、史上最強の守護術師と呼ばれた、そんな俺が、女などと接触をもてるはずもない。

 なのに。

 「あー! 起きたの?」

 唐突な、素っ頓狂な声で俺は我にかえった。

 「おはよー! いま親方呼んでくるからまっててね」

 いつのまにか部屋の扉を開けて顔を覗かせていた、少年? 少女? 薄暗がりでもわかるような明るい金色の髪を、頭の後ろで束ねていて、声を出すたびにそれが揺れていた。

 「あっ、おい」

 「んー?」

 いったん扉を閉めようとした子供が、また隙間から顔を覗かせる。不思議な灰色の瞳がまっすぐに俺を見ていた。

 「ここは……どこだ」

 子供は、にぱっ、と音が聞こえるような笑顔を浮かべた。

 「いーところ。あとで親方とねーちゃんから聞いて」 

 びっくりするような音を立てて、扉が閉められた。

 なんだったんだ、あれは……。

 思うまもなく、扉の向こうからどすどすと遠慮のない足音が響いてきた。足音やら呼吸音から相手のすがたかたちさえ思い浮かべることのできる訓練を積んだ俺だが、次に扉の向こうから顔をだすのがどんなものであるのか、想像の必要すらなかった。

 「おー、やっと目が覚めたか。ずいぶんうなされてたぞ」

 ひげだらけの顔の奥に、くるんとした愛嬌のある目。身長は俺より少し低いが、胸板と肩周りの肉付きから見て取れる格闘戦の能力。俺は思わず身構えようとして、再びのぼってきた頭痛に顔をしかめた。

 「そんな警戒するこたあねえよ。俺はロア。この酒場の主人だ」

 「……酒場?」

 「まあ、なんでこんなとこにいる?って顔だよな。もっともだ」

 ロアと名乗った男は腰に手を当て、からからと笑った。

 「もうすぐあいつも来るからよ。いろいろ訊いてやってくれ」

 「あいつ……とは」

 「なに言ってんだ、おまえのコレだよ」

 ロアが指でつくったのは、想い人を意味するしるしだった。

 「な、ば、馬鹿な」

 「俺もあいつから聞いて笑ったぞ。あんたあいつに抱きついたらしいじゃねえか」

 俺が何度目かの目眩に見舞われたのは、先刻からの匂いにむせりそうになったからか、ロアが発した言葉の意味が理解できなかったからか。

 「まあいいや。もうちょっと待ってろ。あいつ接客中だから」

 「接客?」

 「手伝ってもらってんだ。あんたよりずいぶん早く目が覚めてたからな」

 ロアの横から先ほどの子供が顔をだす。

 「親方ー。ねーちゃん、終わったみたいだよ」

 「そうか、じゃあ呼んでくれ……あ、ちょっとまて、おいあんた腹減ってねえか?」

 言われて、急に空腹を覚えた。最後に糧食をかじったのはいつだったか。こんな状況で、なにが起きたかすらわからないままに腹が減る自分に呆れた。

 「無理もねえよ、まる三日寝てたんだからな。立てるか?」

 「ああ」

 「じゃこっちに来い。厨房にまかないがあるから一緒に喰おう。コン、エルレアも呼んでやってくれ」

 「はーい」

 子供の名前は、コン、というらしい。扉から元気よく走り出していった。

 「……まあ、混乱してるよな。とにかく、そういう時はあれだ」

 「?」

 ロアはまた、巨大な、という形容詞が似合いそうな笑顔を作った。

 「酒だ。ぱーっと呑んで、ぱーっと騒げばだいたいは解決する」

 自分でも驚くことに、思わず出そうになった手を抑えることに成功した。


 ◇


 第二話を読んでいただきありがとうございます!
 ほんとにほんとにうれしいです!

 エルレアを気に入っていただいたなら……
 評価とフォローをいただくと泣きながらお礼にうかがいます。

 今後とも、わたしのエルレアを見守ってやってください。
 またすぐ、お会いしましょう。
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