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第5話 お酒に頼らず生きましょう
しおりを挟むレリアンは眉間を抑え、ずっと黙っている。
ロアは眠ってしまったコンを部屋へ連れて行き、そのままどこかでしごとをしていた。わたしたちを二人にしてくれたのだろう。レリアンのことはずっと前から話していたし、隠すことはなにもなかった。だけど、気遣いに感謝した。
革命軍の本拠地にほど近い、この小さな町でロアは何代も続く酒場を営んでいた。もちろん昔から革命軍があったわけでもなく、そのための酒場でもなかったが、自然と兵や術師たちの溜まり場のようになっていた。
はじめはしごととして相手をしているだけだったが、やがて純情で直情な革命軍の若者たちの親のような気持ちになっていったという。なんども彼らを戦場に送り出して、帰ってくるものは抱擁し、かえらないものには、その好きだった酒をグラスに注いでひとばん飾ったと、わたしがはじめてここにきたときにロアはそう話してくれた。
ちょうどその頃、ロアは、この革命のほんとうの意味を知った。酒場に立ち寄った地方官吏のことばを聞いたらしい。世界を動かすちから、<証>をめぐる、取引。王室にも革命軍にも、そしてその背後の勢力にもそれぞれの思惑と、利益があった。
ロアは送り出した子らを思い出し、怒り、絶望し、なんにちも泣き、やがて答えに辿り着いたという。俺が、こいつらを守らなくては。
酒場ではどちらの勢力の情報も耳に入った。それを利用し、できるだけどちらにも有利にならず、均衡がはかられる方向で、撒いた。うまくいくときもそうでない時もあったけど、やがてロアのもとには志を同じくするものが少しずつ集まるようになった。知り得ないような秘密も集まるようになった。わたしが<術師の庵>の存在を初めて聞いたのは、ロアからだった。
わたしは、ロアのこどものひとりとして扱われた。あるときわたしは、ちからをロアに明かした。ロアは、男性になったわたしを驚いたように見つめたけど、すぐにおおきい笑顔を作ってくれた。革命軍は寄るべき場所となりつつあったが、ロアの酒場は、わたしとコンの、家だった。
「……なら、革命軍の誰かが<証>が王宮に残っていることを知りながらあえて攻撃を指示した、と言うんだな。あの魔式は王宮の複合防御をやすやすと突破した。貴様も俺も死にかけた。つまり、貴様ら革命軍は本気で<証>の破壊を仕掛けたということか」
レリアンがやおら口を開いた。
「そんなわけない。革命軍は魔物の集団じゃない。祝福のちからを失ってひとが生きられなくなった世界を誰が引き継ぎたいと思う。わたしたち……革命軍の本当の目的を、命じられていることを、あなたは知っている」
「ふん。バランスか。これまでのいくさで死んだやつらに聞かせてやれよ」
「……<主人>を奉じる気持ちはこの国の民ぜんぶ、そして王宮や術師団と変わらない。とにかくわたしたちには<証>を破壊する意図はないし、少なくともそんな兵も術師もわたしのまわりにはいなかった」
「ならなぜ……っぷ」
「いいかげん飲み過ぎ。跳躍から間もないんだから無理しないで」
「うるさい。ほうっておけ。だいたいそんな話は信じられん……それに貴様こそはじめから<証>を奪う目的で術師団に潜んでいたんじゃないのか。あのときだって俺の隙を見て奪うつもりで」
「そのつもりなら術師団に加わった時点であなたやみんなを殺して奪ってる。それに自分の部隊にわざわざ自分を攻撃させながら危険を犯して戦闘中の王宮に忍び込む理由はない。そもそもあなたはどうしていまここにいる? どうやってここにきた? あのときわたしは、なんと言った?」
わたしの目を見て、レリアンはうぅと妙な声を出した。懐に収めた<証>の上に手を置いて息を吐く。
「……これを俺たちに護ることを命じて、あの方は<楽園>に戻られた。だれにも言うな、と言い置いて。そんなことはいままで一度もなかった。<証>はつねに<主人>とともにあるべきだ。俺は、あの方の御身に危険が及んでいるのだと思った。それを察知して、あの方はこれを託されたのだと考えた。だから術師団の主力をすべてあの方に供させた。貴様、いやエーレを含めてな」
「そう、はじめはあなたの指示のまま<楽園>に向かうつもりだった。今回の革命軍の作戦計画はよく知ってたし、決定的な危険はないと思っていたから。だけど、嫌な予感がした。どうしていま術師団の主力全部が<庵>を出るのか。だから抜け出して、進軍中の革命軍、わたしの部隊を確認しに行った。でも、そこにいたのは……わたしが知っている、わたしの仲間たちではなかった」
無言で進軍する、革命軍の兵たちと魔式術師たち。よく知っている顔ばかりだった。だけど、まったく知らない眼をしていた。意思が感じられない表情で、まえを見ていた。みな、前だけを見ていた。不自然なほどに揃う足音。わずかに紅く、昏く光る眼。
わたしは総毛立った。なんだこれは。あのときと同じ、あの夜と同じ、絶対にあってはならないものがそこにあることを感じた。
「よくないことが起こると思った。だからすぐに王宮に戻った。そしてあなたを探している間に攻撃がはじまった。作戦とはまったく違ったし、わたしが指示したことでもない、あんな危険な魔式の発動などあり得ない」
「なぜ、よくないことが起こると思った。なにか知っていたんじゃないのか。そもそも……貴様がエーレとして術師団に潜んでいた理由は、なんだ」
「今回のことを知ってたわけじゃない。それは本当。でも、なにかがあり得るとはずっと思っていた。それが術師団に入った理由」
あの夜の意味を知るためには、この不安の原因を知るためには、<楽園><主人>そして<証>に近づかなければならない。わたしは直感でそう感じていたから、術師団に加わることを決めた。もちろん、エルレアではないわたしで。
加入すること自体はまったく困難ではなかった。王宮の守護、治安維持、他国との交渉など、革命軍との戦闘以外にもいくらでも仕事があったから、人材はいつでも募られていた。神式の潜在的な能力さえあれば採用される。試験すらなかった。<主人>の命をうけた聖女が応募者に触れることで、判定がなされた。わたしのときには、聖女たちになにか、ざわめきのようなものが起こった気がする。その意味はよくわからなかった。
採用され、名前を問われて、なんとなくエーレと答えてしまった。失敗したと思った。本名に近すぎるが、やむを得ない。わたし……エーレは、一定の訓練を経て王宮守護に配属された。レリアンにはじめてあったのはそれからまもなくだった。戦闘神式で高い成績を収め続けたわたしを、<楽園>守護を職分とするレリアンが勧誘したのだ。
レリアンと行動するようになったが、得られるものは多くはなかった。ときどき思考を読む神式を試みたが、相手がいま関心をもっているものを見て取れる程度のちからだから、格闘で優位に立つことはできてもこういうときにはあまり役に立たない。
時間ばかりが経ち、焦燥感を感じるなかで、不安が現実になったのだ。
納得がいかない顔でまた黙り込んだレリアンに、わたしは別のことを訊ねた。
「<主人>があなたにそれを託した理由は? あなたが最強の術師であることは知ってる。でも、違和感がある……<証>を手元からはなして守らなければならないくらいの危険が迫っているなら、王室を動かすでもなんでもできたはず。どうしてそうしなかったか」
「俺にもわからん。できなかったのか、それともなにか別の理由があったのか。とにかく俺は主命を遂行するほかなかった。そして俺たちにとってもっとも安全な場所は、俺たちの巣だった」
そういってまた<証>に手を置く。
「ともかく、これをただちにお返しにあがらなくてはならない。なにが起きているのか、これからどうすればよいのかはあの方が教えてくださるだろう。術師団に戻る」
「明日にしよう。そんな酔っ払いが現れたら皆も<主人>もびっくりする」
「誰が貴様を連れていくと言った。素性がわかったいま貴様と行動はともにできん。貴様が革命軍の密偵という疑いが晴れたわけじゃない」
「まだわからないの。敵は革命軍じゃない。わたしのちからが必要だ。わたしもいく。ただし、明日だ」
「世話になった。俺はいくぞ」
立ち上がったレリアン。しかし、上半身が左斜め後ろに傾き、そのまま壁にどんと倒れかかる。なんとか身体をひきはがし、体勢をととのえようとしたが、テーブルと逆の方へ半回転してしまった。しばらく浮遊して、もう一度半回転。どすんと椅子に戻り、立ち上がる前と同じ姿勢で、ふうと息を吐いた。
「……明日、朝に出る。朝には出るぞ」
わたしはうむとうなづき、ロアを呼ぶために立ち上がった。立ち上がる予定だった。強力な麻痺神式でも使用されたか、足腰が指示に従わない。ふっと気合いを入れる。テーブルに手をつき上半身を上のほうへ持ち上げる。腰が指一本ぶんくらい浮いたところで諦めた。わたしも椅子に戻り、ふうと息を吐いた。
「……たてないのか」
「たてないわけじゃない。立ちあがろうとしていない。あなたこそ歩けないじゃない」
「歩けないわけなかろう。俺を誰だと思ってる。貴様が明日にしろとしつこく言うから……ときに貴様、酒に弱いのか」
「あなたほどじゃない」
「貴様」
ロアが戻ってきたとき、ちょうどわたしの雷撃神式、レリアンの重力制御神式の起動準備が完了したところだった。げんこつがふたりのあたまに順番に炸裂した。
◇
第五話までおつきあいいただきありがとうございます!
ほんとにほんとにうれしいです!
酒は呑んでものまれるな!
次回はジェクリルがメインです。
「あの夜」になにがあったか、明らかになる……?
あなたもエルレアを好きになってきたなら……
評価とフォローをお願いいたします!
今後とも、わたしのエルレアを見守ってやってください。
またすぐ、お会いしましょう。
応援ありがとうございます!
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