セラフィエルの憂鬱

笑顔猫

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幼少期編

第9話 長兄ソロン

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 母上から仰せつかった使命を果たすため、ひとまずソロンにミネルヴァとの取り次ぎをお願いすることにした。

「すまん、メイドよ。ソロン兄上はどこに……」

「!?!!?!??!」

 ん?
 メイドの目が見開き、驚きに満ちている。

 私が何かしたか?

「イザベラ様、そのお怪我は!」

 あ、しまった。母上に打たれた頬のまま歩き回ってしまった。切れた唇から血が流れていたかもしれない。
 口元を拭った袖口は真っ赤に染まっていた。

 母上、教えてくれてもいいだろう……。

「すまん、治療を頼めるか。理由は聞くな」

「……かしこまりました。しかし、メイド長に報告はさせていただきます」

「不要だ。母上もご存知だの事だ。大した問題ではない」

「しかし……」

「くどい。いいから癒者を呼べ」

 早くしなければまた怪我が増えることになるだろ。


 治療を受けた私はそのままソロン兄上の居場所を聞き、メイドと共にソロンの部屋に到着しノックをした。

「ソロン兄様、イザベラが来ました。開けていただけますか?」

「はッ!?」

 ドタバタと慌てる音がする。一体何が起きているんだ。

 
 バンッ!!

 
「!?」

 びっくりした、何の音だ。

「入っていいぞ」

 のそり、と扉から顔を出したソロン兄上が言った。
 不安だな……。

「失礼いたします。お前は扉の外で待っていろ。案内ご苦労だった。感謝する」

 メイドに聞かせるには重たい話だ。案内への感謝を述べ部屋に入る。
 
 ソロンの私室は、殺風景だった。最低限の机、愛用の剣、魔法の教本。勉学と鍛錬の跡は見えるが、それだけだ。
 広々とした部屋が、空虚に感じる。あのドタバタ音は何だったのか逆に気になるが、突っ込まないようにしておこう。

 中心にあるテーブルの椅子に座り、早速本題を話す。

「兄様、頼みがあります」

「おいおい、いきなり本題か?  お茶くらい用意してやるから少し良い子で待っていろよ」

 良い子で待ってろって。私は子供じゃないんだから……。
 いや、子供か。子供だったな。

「はい」

 好意は受け取るべきだ。素直に返事をしよう。


 ソロンの淹れてくれた紅茶は、非常に芳しい香りの良いものだった。正直私には茶葉の善し悪しは分からんが、これは上物だと分かる。
 茶葉については、クロエがうるさかったな。私が一度茶を淹れた際は、マグカップを投げつけられたことがあった。暴虐の姫が過ぎるだろう。

「イジー、最近の魔法の鍛練の成果はどうだ?」

 ソロンがニコニコしながらそう言った。
 イジーとは私の愛称だ。今のところソロンぐらいしか使っていないが。
 いつの間にか愛称まで知られているな。

「順調ですよ。私の扱うものは、魔法とは少し毛色が違うようですが」

「へぇ!どう違うんだ?」

 ……これは自然な会話だ。よくある兄妹の世間話だろう。だが、こやつは私の『監視』を請け負っている可能性が高い。このやり取りは、私の力を把握するためのやり取りだと仮定した方がいいだろう。

 ここはもう無理やりにでも本題に入ってしまうか。

 
「それは、『監視』の一環ですか?ソロン兄様」

 
「…………」

 
 刹那の静寂。互いに交わされる視線。
 
 黒、だな。瞳孔が開いた。
 そして、表情が崩れていない。ここは崩れてしかるべき場面だろう。白なら尚更だ。
 表情を取り繕うことに関しては母上が一枚も二枚も上手だ。母上ならば、驚く演技くらい呼吸のようにこなすだろう。

「今の反応で確信しました。背後にいるのはミネルヴァ様ですね?」

「……イジーにはやはり驚かされるな。どこで気づいた?」

 ソロンは諦観の苦笑いで私に聞いてきた。
 案外早く認めたな。私が確信している事で諦めたか。

「怪しかったのは日頃に感じる視線です。アレでは誰でも気づきますよ」

「はっ、一応隠蔽魔法を使ってたんだがな。誰でも、ときたか」

 隠蔽するなら気配を消すんじゃない、気配を誤魔化すものだ。戦場の経験が無い若造には分からないだろうが。
 視線は感じるのに気配が無いというのは不自然だ。こちらを監視するのに最適な場所に気配が微塵もないというのはおかしい。徹底的に捜索されるし、必ずバレる。
 
 だが、森のあるところに木が一本生えたところで誰も気づかないだろう。全ては工夫だ。その手の事に関して、魔人は我々の幾つも先をいっていた。
 皮肉なことに、魔術の急激な発展は魔人のおかげでもあるだろう。

「それと、父様とのやり取りの際に兄様は介入しませんでした。私の魔力を警戒して動きませんでしたね?」

「あぁ、正直ビビったよ。少なくとも四歳児が出していい魔力じゃあない。あそこで暴れられたら親父は死んでたな」
 
 ……これはハッタリだ。今のソロンに私は勝てない。ソロンが本気で父上を守ろうとしたなら私は殺し切ることができないだろう。
 自分を弱く見せることで私の油断を誘うつもりか。背後にミネルヴァがいることは認めたが、警戒は解いていない。

 うむ、やはり王太子はそうでなくてはな。ただの馬鹿者とばかり思っていたが、考えを改めねばならないだろう。
 ソロンは強い。それに、謀略にも通ずる力も持っている。

「決定的なのは、書斎での兄様の登場ですよ」

「ん?書斎?  俺がイジーと遊ぼうとしたのがそんなに怪しかったか?」

「いいえ、それは年の離れた兄妹としては自然です。私も深く思考を巡らせてようやく気づきました」

 そう、あの時のソロンの登場はおかしかった。

「私は、書斎へ向かいましたよ」

「!!  そうか、そうだったのか」

 私はあの日、ナタリアを連れてコソコソと書斎に忍び込んだのだ。魔術で隠蔽もした。
 
 私の魔術で、だ。
 
 それでも、ソロンは私が書斎にいる事を確信して登場した。登場したこと自体に目を引かれ、違和感に気づけなかった。
 なぜ、気づかれていたのか。そこを考えれば自ずと答えは導かれる。
 
 つまり、今の私の魔術をもってしても気づかれてしまうような熟練の隠密に尾けられていたのだ。そのような暗部の戦力など、国王であるユリウスか、その妃のミネルヴァくらいしか所有していないだろう。

 母上は第二王妃だが、ミネルヴァとは家格が違う。まともな戦力など宛てがわれてはいないし、所持もしていない。
 ユリウスに私を監視する意図が無いとしたら、ミネルヴァしかいない。そして、その後にソロンの登場だ。
 これでミネルヴァとソロンは繋がった。私がソロンを怪しいと踏んだのはこれが原因だ。

「しまったな。功を急いて結果だけを聞き出した俺のミスだったか」

「ええ、綻びは多数ありましたよ。まだまだですが、その歳の王太子としては十分能力が備わっています。正直、ソロン兄様は救いようのないただの阿呆だと思っていました」

「イジー、親父のようなことを言うのはやめてくれ。お前にですら王太子の心構えを語られては俺の胃に優しくない」

 悲しそうな顔で話すソロン。
 全く、甘ったれの王太子だな。
 
「何を言うかと思えば。次期国王の兄様が臣下の進言に耳を傾けるのは当然の義務ですよ」

「……今のは、お前の本心か?」 

 ソロンの真剣な眼差しが私を見つめている。

「はい。私とアルベールに王冠は必要ありません」

 ソロンが私の本心かどうかを確かめたのは、ミネルヴァの監視理由の本質の話だからだ。
 臣下としての態度を貫くことでいらぬ争いを避けられるなら、そうするべきだ。

 私はもう一度王になるつもりは毛頭ない。

「……イジーと話すのは母上と話す以上に疲れるな、全く」

 心外だ。私も来たくてここに来たわけではない。
 お前の母が勝手に暴走して、私はアナスタシアから頬を引っ叩かれ、壁に打ち付けられるほどの暴行を受けたのだ。
 少し疲れるくらいどうということはないだろうに。

 そういえば、来る時部屋から大きな物音がしたな。
 あれは何だったのか問うと、 
「イジーが来たから慌ててベッドから起き上がったせいで滑り落ちたんだよ。これで私も腰痛持ちの仲間入りだ。感謝でもしておこうか?」

 呆れた。
 私のせいにするんじゃない。間抜けめ。

 

「それで、本題は何だったんだ?」

 ソファにぐったりとした様子で背もたれに寄りかかるソロンが、気の抜けた顔で聞いてきた。
 あぁ、私としたことが聞くべきことを忘れていた。

「ミネルヴァ様に取り次ぎを。勘違いを正さねばなりません」

「フン、お安い御用だ。俺もついて行ってやろう」
 
 それはありがたい。正直アレは苦手だ。
 母上が化け狐と呼んでいたがその通りだろう。ソロンよ、頼りにしているぞ。

 ソロンは今までとは違う、挑戦的な笑みを浮かべていた。
 
 
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