セラフィエルの憂鬱

笑顔猫

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幼少期編

第18話 婚約者

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「エイルが来ているので、挨拶に行きますよ」

 多少おめかしした母上に言われたのは今朝の話だ。
 
 私の婚約者の名はエイル・オズ・ルベリオ。
 私より三つ年上で、ルベリオ王国第一王女の息子、らしい。
 
 母上は第二王女になるため、アナスタシアから見れば私の婚約者は甥っ子だ。
 ただ、その第一王女と第二王女である母上は腹違いらしく、エイルと私の血の繋がりはかなり薄い。
 この辺はやや複雑だ。

「はぁ……」

 溜め息も出るというものだ。会いたくもない婚約者に会い、したくもない挨拶をし、振るいたくない暴力をこれから振るうことになるだろう。

 憂鬱な気持ちで母上に連れられ、婚約者のいる客間に入った瞬間。
 

 
「やぁ、僕の可愛い婚約者ちゃん。初めまして、エイルだよ。愛しい君」



「なっ」


 
 と声を出さなかった私を褒めていただきたい。

 
 エイルは女だ。これは間違いない。
 身長は高く、声も高い声色の男に聞こえなくもない。男装しているし、髪も短い。キザったらしい仕草も、それっぽく見えなくはない。
 そもそも、容姿端麗だ。鼻筋は整っているし、爽やかな茶髪に似合う穏やかな顔に優しい目つき。世間知らずの貴族の娘を惚れさせる事くらい訳無いだろう。

  
 だが、私には分かる。これでも近衛騎士だったんだ。

 
 肩幅、声質、筋肉、呼吸、骨格、歩幅。

 全ての情報がコイツは女だと告げている。鋭い人間が、よく観察してなお分からない程度には擬態できている。
 だが、私に通じると思われては困る。

 少々舐め過ぎだ。

「イザベラ・ルシアン・アストリアだ。よく来たな婚約者。お呼びでないから帰られたらどうだ?」

「……」

 おや、私の口調に驚いているようだ。猫のように目を大きくしている。

「か、可愛い……」

 は?

「そこまでにしておきなさい、エイル」

 微笑みが深くなった母上がエイルを止めた。
 助かる。助かるが……我らが母上はご機嫌ななめだ。

 …………母上はエイルが女だと気づいているのか?
 気づいているのだろうな。私から見ても母上は化け物だ。戦闘力はあまり無いだろうが、その頭脳は前世から考えても匹敵する存在に出会ったことはない。
 その知能は、我が姫クロエすら凌駕しているだろう。
 
「叔母様、失礼いたしました」

 エイルは仰々しい礼をした。

 母上は知っていたのだろうか。
 見繕った段階で女だと気づけるか?
 母上なら前段階で会ったことがあるのだろうか。

 あえて私に女をあてがった可能性はあるか?

 ……分からん。

 チラりと横にいる母上に目を向けると、僅かに目を細めあの冷たい顔を覗かせた。

 
 確信した。
 母上はご存知だった。
 ということは、知った上で私にエイルをあてがった。このまま婚約すればどうなる……?
 
 はてさて、何の策略に私は踊らされているのやら。

 少し考えてみるか。
 思考の海に身を投げ出す……。

「イザベラ」

 思考の深淵から現実に引き戻される声。

「はい」

「エイルの事、よろしく頼みますよ」

 よろしく頼む、ときたか。
 ……どういう意味だ?

「……はい」

 よく分からんが、何かを託されたようだ。
 そもそもエイルは何の為に男装をしているんだ?

「それではエイル、改めて自己紹介をしなさい」

 。命令したな。
 エイルは大きく頷き、劇団員もびっくりの大きな仕草で胸に手を当てた。

「改めて、ご挨拶申し上げます。エイル・オズ・ルベリオ、ルベリオ王国第一王女サリアより誕生し十三年が経ちました。愛しいイザベラ、貴女よりも三つほど年上だが、愛する気持ちは今後生きる年数ほど大きくなるでしょう……。以後よろしくね」

 その整った顔でウインクをされた。
 なんなんだ一体……。

「イザベラ、貴女も同じようにしなさい」

「……イザベラ。母アナスタシアの偉大なる娘だ。話しかける時は母上を通してもらおう」

 ぶっきらぼうに言ったが。

「冷たいその目も素敵だ!」

 なんでそうなる。
 こいつはバカなんじゃないか?

「今日はただの顔合わせです。以降は二人で交流を深めるように」

 そう母が締めくくった。
 うーむ。交流、交流ね。

 
 母上はさっさと客間を出て行ってしまった。

「イザベラちゃん」

「それはよせ。イザベラでいい」

 ちゃん付けなど鳥肌が立つだろう。

「じゃあ、イザベラ。僕は何か気に障るようなことをしたかい?」

 エイルは目を潤わせ、胸に手を当てて悲しそうな顔をしてこちらを覗いてくる。


 はぁ。


「その白々しい演技を辞めてから話しかけろ。お前の口は臭過ぎる」

 私が本当にただの十歳の女児なら騙されているだろう。
 だが、私は王族だ。中身が私じゃなくとも、王族の十歳の子供にそれは通じない。

 エイルは私をじっと見つめてから、時間をかけて口を開いた。

「……もしかして、気づいているのかい?」

「男装のことか?   私以外にはバレないだろう。気にするな」

「!!」

 何を驚いているんだ。変装は、いつでもバレる覚悟をしておくべきだろう。
 なんとなくだが、母様が気づいていることは隠した方がいい気がする。まぁ、婚約者なのだから私だけが知っていればいい。

「さて、せっかく母様が作ってくれた機会だ。腹を割って話そうじゃないか」

 私は片方の口を上げて笑い、向かい側にいるぼんくらは緊張したように背筋を伸ばした。
 もう始まっているぞ、戦いは。

「ちょ、ちょっと待ってくれないか!」

「最初の話題はお前の男装からだ、話してみよ。あぁ、断るのは無しだ。話さなければお前を裸にひん剥いて隠している乳をむしり取り、その汚いケツの穴が裂けるまでペンを突き立てて庭に放り出してやるから覚悟しておけ」

 どうせルベリオの馬鹿共が送ってきた刺客か、それに準ずる何かだろう。潜在的な敵国の間者がここに居る。

 容赦する訳がないだろう、うつけ者めが。

 そうして、初の婚約者とのが実現したのだった。

 

 ◇◇



「うぅ……ごめんよ。僕は何も知らないんだよぉ……」

 もしかしたら、やり過ぎたかもしれない。
 大粒の涙を流して地面を這うこやつを横目に、そう思った。

 
 コイツ、本当に何も知らなかったようだ。てっきりルベリオ王国のスパイか何かかと思ったが、違うようだ。
 エイルはただ、「婚約者と仲良くしろ」と言われただけだったらしい。しかも、なぜ男装をさせられているのかもよく分かっていなかった。

 そもそもの始まりは、こいつの母親であるルベリオ王国第一王女サリアが、幼い頃からエイルを男として育てていた事だ。専門の役者に演技を教えられ、それをそのまま身につけたようだった。

 役者に教えて貰っていたから、ここまで演技くさくなるんだろう。だが胡散臭いのはまだしも、これを男装だと見抜くのはよほど特殊な訓練を受けなければ、確かに難しいだろう。

 そして、サリアが男として育てた理由。それが分からんが、予測なら立つ。
 男児が欲しかったんだろう。
 聞けばエイルには二人の姉がいるようだ。サリアが第一王女として男児を産むことは周囲の期待でもあっただろう。
 その期待を二人の娘という形で裏切ってしまっていた。

 サリアは焦っただろう。男が産めない腹だと罵られてもおかしくない。
 エイルを男に育てたのは恐らくそれが理由だ。本当の所は母上が知っているかもしれないが。

「ぼ、僕はどうしたらいいんだい……?」

 エイルは四つん這いになりながら上目遣いで聞いてきた。
 ホント、こいつどうしようか……。
 
 ルベリオとアストリアの関係維持の為に私との政略結婚を望んだのだろうが、実際のエイルは女だ。
 アナスタシアに黙って受け入れろと手紙でも送ったのか?我らが母上がそんな舐めた真似をしてくれたルベリオに大人しく従うとは思えないが。

 分からんな。

「はぁ。ひとまず学寮に戻れ。お前が女だというのは私にとっても都合が悪い訳でもない」

 そう、男じゃないことに実は安堵している私だ。
 
「ほ、本当かい?もう怒ってない?」

「怒ってない怒ってない。私も再来年には学園に通うだろう。その時まで逃げるんじゃないぞ。大人しくしておけ」

 強い口調でそう命令したが、勢い良く立ち上がったエイルはにこやかに返事をした。

「うん!分かった!イザベラは優しいね」

 見えない尻尾をぶんぶん振っている姿を幻視した。
 私は優しくないぞ。

「せめて私の役に立てるように学園の中の地位でも高めておけ。双子の弟であるアルベールは首席で合格するぞ。私は弟より使えない人間を侍らせるほどお人好しじゃない」

「分かった。イザベラの為に僕、頑張るよ!」

 ……いや、厳しく詰問したはずでは……?
 なんで私の為に頑張れるんだ?とそう言ったが。

「それはもちろん、君が僕の婚約者だからさ」

 今度は自然な笑顔で素敵なウインクのおまけ付きだ。
 この男装女は、相当な女たらしだな。

 私は気が抜けてしまい、疲れた笑みをこぼした。
 


 
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