鬼の乙女ゲーム世界で裏チートで生き残りたいだけなのに

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繁火への旅

旅の幕開けは突然に

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 あの桜の宴から約二ヶ月半が経ち、季節は梅雨の時期真っ只中の水無月中旬。一ヶ月半前に繁火から黒道と日華が城に戻り護衛役兼、世話役を任された私は日華と遊ぶ日々に癒されながらも裏では時雨の影として訓練や任務に勤しんでいた。

 まぁ、任務と言っても街や城の見回り程度だけど

 そして、紫音とはあれ以来公共の場以外は会う事もなく話す事などは一切なかった。

『…君はもうすぐ繁火に行く事になる』

 そう言われて約二ヶ月半。私が繁火に行く事はなかったしそう言う話すらもなかった。きっと紫音のいつもの嘘に違いない。そう思いたい…

「月華、そこ違いますよ」

「え?」

 不意に掛けらた時雨の声に持っていた墨が着いた筆がぐちゃりと滑る。

ベチャッ‥

「あ…」

 墨が滑ったせいで書いていた文字が台無しになってしまい恐る恐る目の前の時雨を見上げる。

「やり直し」

「はい…‥」

 腰まである水色の長い髪に藍色の瞳を持ち数珠の付いたチェーン付きの眼鏡を掛けた笹の柄が入った薄緑色の着物を着た時雨の一言に渋々書いていた紙を外し新しい紙を差し替える。

はぁ…正座してる足が痛い…

 私は今、時雨の部屋で座布団に座りながら墨と筆を手に読み書きの練習をしていた。

 ゲームのおかげでこの世界の知識は大体知ってるけど文字を書いたり読んだりは流石に無理。だって、まるでミミズが這った様なこの文字を書いたり読んだりだなんて至難の業過ぎる…

 それ故に、読み書きがまるで駄目なせいで約二ヶ月半の間時雨の教えを受けながら未だに読み書きの練習をしているという始末だった。

 まぁ、ほぼ毎日練習をしていたら微妙な違いがほんの少しだけ分かるようにはなったけど…

「月華、集中して下さい。また間違えますよ」

「はい」

 時折止まる手に時雨の厳しい声が響き目の前の文字に集中する。

 そう言えば、黒道と日華が居ない間はずっと時雨と一緒に寝ていたから時雨のあの寝起きが悪いのに少し慣れちゃった感があるんだよね…今とまるで別人だけど…

 手を止めチラッと時雨の顔を見上げると眼鏡越しに藍色の瞳と視線が合った。

「どうかしましたか?」

「いえ…」

直ぐに顔を伏せ目の前の文字を見つめ直す。

 寝起きが悪いと言ってもただ抱き締めるだけだったけど、心を無にしないと耐えられないのは変わらないんだよね。まぁ、時雨がまだ子供なのと私が六歳でヒロインじゃないから変な事は起こるわけないって事だろうし変に考えるのはやめよう…

‥ドタバタドタバタッ…

「…?」

カタッ‥

 不意に聞こえてきた勢いよくこちらに向かって来る足音に書く手を止め筆を置くと出入口の戸に視線を移す。

ドタバタドタバタドタバタッ‥バタンッ!

「っ‥!?」

 勢いよく戸が開けられ現れた金色の長い髪に翡翠色の瞳を持ち水色と紺色が混ざった水玉柄の着物に水色の帯をしたヒロインこと日華の姿に目を丸くする。

「月華~!遊んで~!!!」

バタバタッ…

ああ…拝啓、咲羅様…今日も日華様は元気です…

 私の懐に目掛けて勢いよく走って来る日華に内心咲羅に思いを馳せた。

‥ドンッ!

「うっ‥」

お腹に衝撃をくらい思わずうめき声が漏れた。

「月華~!髪の毛やって~!」

 顔を上げるなり満面の笑みでそう言う日華に目尻を下げる。

「日華様、申し訳ございません。今は勉学中なので遊ぶ事も日華様の髪を結ってあげる事も出来ません」

「やだやだ!月華と遊ぶの!月華に髪の毛してもらうの!」

「朱夏様はどうしたのですか?」

そう言うと、日華の表情が暗くなり呟いた。

「朱夏は好きな人と街に遊びに行ったもん…」

「黒道様は?」

「お父様は街に仕事でいない…」

んー…困ったなぁ…

 チラッと傍にいる時雨の方を見ると、時雨は諦めた様に肩を落とし溜息を吐いた。

「はぁ…‥仕方ないですね、今日はここまでにしましょう」

「ありがとうございます、時雨様」

「今日だけです」

「はい」

 素っ気なく言いながら木製の棚の方に向かうと一冊の分厚い本を手に取るなり座り直し読み始めた時雨に内心苦笑いが零れる。

 時雨って何気に日華に弱いよね。やっぱりヒロインだからかな…?

「月華~!髪の毛やって~!」

「分かりました。櫛と髪紐はお持ちですか?」

「ううん、持ってない」

 んー、髪紐ないと流石に出来ないんだけどなぁ…

「櫛と髪紐なら机の引き出しの中にありますよ」

‥スー

 時雨の言葉に机の引き出しを開けると複数の巻物と一緒に小さな赤い手鏡と鼈甲櫛べっこうぐしと藍色の髪紐が三つあった。

「使っていいんですか?」

「髪紐は一つだけなら差し上げます」

「ありがとうございます。遠慮なく使わさせて頂きます‥」

スー…

 引き出しを閉め後ろを向いた日華の髪を鼈甲櫛で梳きながら一つに束ねツインテールにする。

「日華、月華ともっといっぱい遊びたい!明日も明後日もずっと!」

「それは流石に‥」

「そう言えば、月華‥」

「はい?」

 突然、話に割って入ってきた時雨に手が止まり振り向く。

「明後日、黄桃と黄蘭と一緒に繁火に行って下さい」

「え…」

何故、双子と!?しかも、繁火って…

「黄桃と黄蘭の護衛の任務です。最近、繁火で怪しい話を耳にしましてその内容を調べる為に黄桃と黄蘭に行ってもらう事になったのですが二人だけだと別の被害が起こりそうなので言わば見張り役です」

 普通なら影が動く筈なのにあえて鬼衆王が動くって事はそれほど大きな問題なのかな…?でも、だからってあの二人と一緒に…しかも、見張り役だなんて出来る気がしないんですが…

「月華、遠くに行っちゃうの…?」

 話を聞いていた日華が振り向くと寂しそうな顔で見上げた。

「心配しなくても直ぐに帰ってきますよ」

…多分

「ほんと…?」

「はい。私は日華様の護衛役兼、世話役ですから」

 そう言うと、陽向のような笑みを浮かべる日華に内心繁火に行きたくない気持ちでいっぱいになった。

紫音の言葉は嘘じゃなかったって事か…‥

 そう思うなり隅の方に追いやっていた嫌な予感が再度湧き上がるのを感じた。












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