5 / 7
第一章
それぞれの物語1
しおりを挟む
第三話 それぞれの物語
「ほぉお。拾った、ねえ」
正午になるかならないかの暖かい、うららかな時間。陽が一番明るくて、世界の全てが最も美しく、輝いて見える時間。
宿泊している宿屋の主人にルゥのことを話し、思い切り不審な目で見られたジェントゥルは、平静を装いながらも、背中にじっとりと冷汗をかいていた。
ルゥが起きて来なかったために朝餉には間に合わなかったが、先ほど二人で食事は済ませたところだった。
「えぇ、最近多発しているらしい野盗で家族を亡くしたらしくて。可哀想だから、道端にうずくまっていたところをひっ捕まえて連れてきたんです。しばらくこの子も厄介になりますよ。あ、お代はちゃんと二人分払いますんで、ご心配なく」
そう言って笑う吟遊詩人をまだ不審そうな目で見回しながら、宿屋の主人ことウェルド・ザグノーラは、恰幅の良いその体をゆっくりとまわして、後方を変わらぬ表情のまま見やると、呟いた。
「……そうは言ってもなぁ」
ジェントゥルも、彼と同じ方向に目を向けた。
この宿は、同時に一階で食堂も開いている。近くに住む町の人々には馴染みの店だ。
二人が見つめるその先には、ここへ軽食を取りに来ていた若い女性数人に囲まれて、顔をりんごのように赤くしている少年の姿があった。恥ずかしさのあまり、小ぢんまりと俯いてしまっている。
ルゥは今、城の普段着である上等な着物ではなく、ジェントゥルが午前中に町の古着屋で買ってきた、いかにも質素なものを身にまとっている。真新しいものだと怪しまれるかもしれないという、彼の配慮だ。
日に焼けた、無地の白い木綿の服。少しばかり丈が短く、細い手首が見えている。なかには黒色の肌着を着込んでいて、白の合間からちらりと肩口で黒が覗く。下は浅い蒼の洋袴で、こちらは逆に丈が長いのか、足首のあたりで少々わだかまっていた。
全体的にゆったりとした動きやすい服装だ。その少年の左手首には、黒い皮ひもが三重に巻かれて垂れ下がっている。
体の一部に皮の紐を巻きつけるのは、吟遊詩人の特徴だ。仮にも追っている立場の人間に、かれのことを「身内」と嘯いてしまったのだから、ということらしい。ジェントゥルなりに、わずかでも後ろめたさを軽減しようとした策だった。
顔を赤くして硬直してしまっている少年に、取り巻きの女性の一人が弾んだ声で話しかけた。
「ねーねーキミっ、名前。名前なんてーの?」
「え、名前、ぁ、はいっ」
勢いよく頭をもたげる。緊張のため少々言葉がつかえたが、しっかりとその問いには答えた。
「ルゥ、です」
その名を口にした途端、少年は胸に、ぽっと燈がともったのを感じた。心寂しい帰り道、家の明かりを見つけたときに感じるような、じんわりとした安心と温かさが広がってゆく。
少年は思う。
これは、自分の名だ。
なんのしがらみも束縛もない、人から恐れられることもない、自由に名乗れ、自由に呼んでもらえる、自分だけの名。お飾りなどではなく、生きた温度を持っている。
こんな素晴らしいものを与えてくれた彼に、ルゥは深く感謝した。
「『ルゥ』だってぇ! かっわいいっ」
「顔は女の子みたいなのにねぇ」
「つけた親のセンスがいいね!」
だよねー、と、声を合わせて楽しそうに笑う城下の女たちは、とても元気がいい。
「女の子みたい」と、あからさまに言われて少しばかりショックを受けたが、なんだか自分まで楽しくなってきて、それとなく話していくうちに、自然と声を上げて笑っていた。
会話が弾む。自分がいたところとは大違いだ。合間に、あらためて店の中を見渡してみる。
明るくて、活気があって、人が人のまま生活できるところ。心を偽らなくても、誰もがそのままのその人を受け入れて、そして、親しくなってくれるところ。
あのまま「あそこ」にいたら、こんな場所が在るだなんて知らなかっただろう。もしもずっとあのまま、「あいつ」の言いなりに部屋に閉じこもっていたならば、自分はもうとっくに、壊れていたかもしれない。
顔も見せずにただ、傍らにたたずむだけの飾りだった。「あいつ」にとっては違ったのかもしれない。だが自分にとってそれは、「物」にも等しい扱いだったのだ。
それはなんだ。美しいだけの人形だ。思考することを許さず、意志も認めず、他人の痛みや気持ちなどを思いやる余裕も剥ぎ取られ、ただ、時間だけが過ぎてゆく。
今思うだけで、ぞっとする。
だから、ここに来られてよかった。本当に、そう思う。
ふと、ルゥの視線がジェントゥルとかち合った。さきほど彼女らに褒められたことで、かなり上機嫌と見える。にぃーっと意味あり気に口端を弓なりに反らして、冷やかすように手を振っていた。
ルゥは即座に冷たくあしらうと、また楽しそうに話の輪に加わった。
無視された当人は、少しばかり傷付いた。
(あいつ、素はわりとキツイ性格なのかな……)
すると見計らったかのように、ウェルドがまた話を切り出してくる。
「アレを、ただの遺児と信じろというのは、ちと難しいんじゃないのか? 髪の艶、色、小奇麗な顔、どう見ても俺らとは違うだろう。あんな子ども、ほいほい道端に転がってるもんなのか、ジェントゥル」
ここの宿の主人は、苦も無く自分の名前を口にする。
彼も元々、外からやってきた旅人だったらしい。滞在している間に女将さんと恋仲になり、ここに骨を埋めることを決めたのだという。自身の名前から推測しても、故郷では、この国では馴染みのない発音も使われていたらしかった。
ちなみに彼の名前はなんとか発音できないこともないので、無理矢理知り合いたちに覚えさせたのだそうだ。
疑心に満ちた眼差しで、真っ直ぐに見据えられる。目深に被った日除けによって、誰の眼にも触れない頸に、ジェントゥルはまた嫌な汗をかいていた。
「さあ、俺はこの国の内情に疎いもので、よく分かりません。でも、あの子に身寄りがないことは間違いないですよ、本人がそう言ってました。それが嘘だとしても、帰りたくない余程の事情があるんでしょう。あの子が自分から言い出すまで、俺は責任持って面倒をみるつもりです。本当なら子どもの一人や二人、いてもおかしくない歳ですからね」
そう言って、僅かばかり困ったように笑ってみせた。見た目には若く見えるが、その実ジェントゥルは、それなりに歳をとっているのだ。
すると、それを無言で聞いていたウェルドが、不意に椅子を押して立ち上がった。
「あ、あれ、ウェルド小父?」
戸惑うジェントゥルに構わず、彼はそのまま真っ直ぐに、ルゥの方へと歩いていく。全身の毛穴が引き締まる緊張に、ジェントゥルは見舞われた。
(しまった、バレたか……っ?)
だが、焦ったところを見せてしまっては終わりだ。強張る面持ちで、じっとウェルドの行動を見守る。
近づいてくる彼に気付いたルゥが、側に立つウェルドを見上げる。
不思議そうにウェルドを見詰める少年にふっと笑いかけると、彼はおもむろにズボンから、髪を結うための紐を取り出した。
「お前さ、見ててややこしいから、コレで髪結んどけ」
「「――へ?」」
ルゥとジェントゥルの、呆けた声が重なる。ウェルドは構わず続けた。
「見たところ、その顔気にしてるみたいだしな。女顔も、結っときゃそれなりには見えるだろう。うちの家内のもんだが、まぁ、受け取っとけ」
そう言って、唖然と見上げているルゥにそれを手渡した。
黒くて頑丈な結い紐だった。ルゥはしばし気の抜けた顔でそれを眺めていたが、やがて、その紐をぎゅっと手に握り締めると俯いてしまった。搾り出すように声を発する。
「ありがとう、ございます……」
満足そうにウェルドが微笑んで、ルゥの頭を豪快にくしゃくしゃと掻き回す。それでも俯いたまま頭を上げない少年に、彼は不思議そうな顔をした。
「あの……ひとつ、訊いてもいいですか?」
そうしていると、ルゥからそんな言葉が投げかけられた。ウェルドが戸惑いがちに頷くと、顔の表情を見せないまま、少年は言った。
「僕って、『女の子』に見えますか?」
ウェルドと女性三人が、きょとんとした表情で互いに顔を見合わせる。
「いや……別に『女顔』ってだけで、仕草とか言葉遣いでなんとなく分かるだろうよ」
「そうだよ? ルゥくんはまだ子どもだから、私たち『可愛い』って言ってるだけで」
「もしかして気にしてた? ごめんね」
「大丈夫だよ、ルゥくんの顔は将来ぜったい美男子になる顔だから! そしたら私をお嫁さんにもらってねー」
「やっだ、あんた相手いるでしょーっ」とからかって、また笑いが広がった。女性のひとりから頭を撫でられているルゥは、それを聞いてやっと顔を上げて破顔した。
「そっか!」
その笑顔が女性のツボを付いたのか、頭を撫でていた女性がたまらずに少年を抱き締める。残りの二人も、黄色い声を上げてルゥの体を撫で繰り回し始めた。ウェルドは流石に付いていけなくなったのか、それを見て顔を引き攣らせている。
ジェントゥルは思う。
(意外と根にもつなぁ! あいつ!)
明らかに、昨夜の自分のことを蒸し返したルゥの性格というものを、ジェントゥルはこの合間に急速に理解していった。
だがそれも、素直になればこそだと、かえって嬉しくも感じていた。人知れず笑みを零して飲み物を煽っていると、ふと視線を感じて眼を遣った。
あの四人が、呆れ果てたような眼で自分をみていた。
「え? な、何事ですか……」
「お前、いくらなんでも『それ』はないだろう」
ウェルドのそんな言葉に疑問を感じていると、こちらをにや付いた笑みで眺めているルゥと、眼が合った。急速に理解し、慌てて椅子から立ち上がる。
「お、お前! それこそ『それ』はないだろう!」
「知らないよっ、セルの眼が節穴なんだろ。助平だから僕の性別だって間違えるんだよ」
舌を出して怒るルゥに、怒るジェントゥル。
「だ、だれが助平だ! 変な言葉を口にするんじゃないっ」
「男はみんな助平よ。」という女性の声が聞こえたが、それには綺麗に耳を塞ぐ。
ルゥが煽るせいで、二人は人の多い食堂内で追走劇を開始した。
周りは可笑しそうに歓声をあげ、食堂内は大いに盛り上がったが、食器をいくつか駄目にしてしまったため、二人して女将さんにこっ酷く叱られたのだった。
「ほぉお。拾った、ねえ」
正午になるかならないかの暖かい、うららかな時間。陽が一番明るくて、世界の全てが最も美しく、輝いて見える時間。
宿泊している宿屋の主人にルゥのことを話し、思い切り不審な目で見られたジェントゥルは、平静を装いながらも、背中にじっとりと冷汗をかいていた。
ルゥが起きて来なかったために朝餉には間に合わなかったが、先ほど二人で食事は済ませたところだった。
「えぇ、最近多発しているらしい野盗で家族を亡くしたらしくて。可哀想だから、道端にうずくまっていたところをひっ捕まえて連れてきたんです。しばらくこの子も厄介になりますよ。あ、お代はちゃんと二人分払いますんで、ご心配なく」
そう言って笑う吟遊詩人をまだ不審そうな目で見回しながら、宿屋の主人ことウェルド・ザグノーラは、恰幅の良いその体をゆっくりとまわして、後方を変わらぬ表情のまま見やると、呟いた。
「……そうは言ってもなぁ」
ジェントゥルも、彼と同じ方向に目を向けた。
この宿は、同時に一階で食堂も開いている。近くに住む町の人々には馴染みの店だ。
二人が見つめるその先には、ここへ軽食を取りに来ていた若い女性数人に囲まれて、顔をりんごのように赤くしている少年の姿があった。恥ずかしさのあまり、小ぢんまりと俯いてしまっている。
ルゥは今、城の普段着である上等な着物ではなく、ジェントゥルが午前中に町の古着屋で買ってきた、いかにも質素なものを身にまとっている。真新しいものだと怪しまれるかもしれないという、彼の配慮だ。
日に焼けた、無地の白い木綿の服。少しばかり丈が短く、細い手首が見えている。なかには黒色の肌着を着込んでいて、白の合間からちらりと肩口で黒が覗く。下は浅い蒼の洋袴で、こちらは逆に丈が長いのか、足首のあたりで少々わだかまっていた。
全体的にゆったりとした動きやすい服装だ。その少年の左手首には、黒い皮ひもが三重に巻かれて垂れ下がっている。
体の一部に皮の紐を巻きつけるのは、吟遊詩人の特徴だ。仮にも追っている立場の人間に、かれのことを「身内」と嘯いてしまったのだから、ということらしい。ジェントゥルなりに、わずかでも後ろめたさを軽減しようとした策だった。
顔を赤くして硬直してしまっている少年に、取り巻きの女性の一人が弾んだ声で話しかけた。
「ねーねーキミっ、名前。名前なんてーの?」
「え、名前、ぁ、はいっ」
勢いよく頭をもたげる。緊張のため少々言葉がつかえたが、しっかりとその問いには答えた。
「ルゥ、です」
その名を口にした途端、少年は胸に、ぽっと燈がともったのを感じた。心寂しい帰り道、家の明かりを見つけたときに感じるような、じんわりとした安心と温かさが広がってゆく。
少年は思う。
これは、自分の名だ。
なんのしがらみも束縛もない、人から恐れられることもない、自由に名乗れ、自由に呼んでもらえる、自分だけの名。お飾りなどではなく、生きた温度を持っている。
こんな素晴らしいものを与えてくれた彼に、ルゥは深く感謝した。
「『ルゥ』だってぇ! かっわいいっ」
「顔は女の子みたいなのにねぇ」
「つけた親のセンスがいいね!」
だよねー、と、声を合わせて楽しそうに笑う城下の女たちは、とても元気がいい。
「女の子みたい」と、あからさまに言われて少しばかりショックを受けたが、なんだか自分まで楽しくなってきて、それとなく話していくうちに、自然と声を上げて笑っていた。
会話が弾む。自分がいたところとは大違いだ。合間に、あらためて店の中を見渡してみる。
明るくて、活気があって、人が人のまま生活できるところ。心を偽らなくても、誰もがそのままのその人を受け入れて、そして、親しくなってくれるところ。
あのまま「あそこ」にいたら、こんな場所が在るだなんて知らなかっただろう。もしもずっとあのまま、「あいつ」の言いなりに部屋に閉じこもっていたならば、自分はもうとっくに、壊れていたかもしれない。
顔も見せずにただ、傍らにたたずむだけの飾りだった。「あいつ」にとっては違ったのかもしれない。だが自分にとってそれは、「物」にも等しい扱いだったのだ。
それはなんだ。美しいだけの人形だ。思考することを許さず、意志も認めず、他人の痛みや気持ちなどを思いやる余裕も剥ぎ取られ、ただ、時間だけが過ぎてゆく。
今思うだけで、ぞっとする。
だから、ここに来られてよかった。本当に、そう思う。
ふと、ルゥの視線がジェントゥルとかち合った。さきほど彼女らに褒められたことで、かなり上機嫌と見える。にぃーっと意味あり気に口端を弓なりに反らして、冷やかすように手を振っていた。
ルゥは即座に冷たくあしらうと、また楽しそうに話の輪に加わった。
無視された当人は、少しばかり傷付いた。
(あいつ、素はわりとキツイ性格なのかな……)
すると見計らったかのように、ウェルドがまた話を切り出してくる。
「アレを、ただの遺児と信じろというのは、ちと難しいんじゃないのか? 髪の艶、色、小奇麗な顔、どう見ても俺らとは違うだろう。あんな子ども、ほいほい道端に転がってるもんなのか、ジェントゥル」
ここの宿の主人は、苦も無く自分の名前を口にする。
彼も元々、外からやってきた旅人だったらしい。滞在している間に女将さんと恋仲になり、ここに骨を埋めることを決めたのだという。自身の名前から推測しても、故郷では、この国では馴染みのない発音も使われていたらしかった。
ちなみに彼の名前はなんとか発音できないこともないので、無理矢理知り合いたちに覚えさせたのだそうだ。
疑心に満ちた眼差しで、真っ直ぐに見据えられる。目深に被った日除けによって、誰の眼にも触れない頸に、ジェントゥルはまた嫌な汗をかいていた。
「さあ、俺はこの国の内情に疎いもので、よく分かりません。でも、あの子に身寄りがないことは間違いないですよ、本人がそう言ってました。それが嘘だとしても、帰りたくない余程の事情があるんでしょう。あの子が自分から言い出すまで、俺は責任持って面倒をみるつもりです。本当なら子どもの一人や二人、いてもおかしくない歳ですからね」
そう言って、僅かばかり困ったように笑ってみせた。見た目には若く見えるが、その実ジェントゥルは、それなりに歳をとっているのだ。
すると、それを無言で聞いていたウェルドが、不意に椅子を押して立ち上がった。
「あ、あれ、ウェルド小父?」
戸惑うジェントゥルに構わず、彼はそのまま真っ直ぐに、ルゥの方へと歩いていく。全身の毛穴が引き締まる緊張に、ジェントゥルは見舞われた。
(しまった、バレたか……っ?)
だが、焦ったところを見せてしまっては終わりだ。強張る面持ちで、じっとウェルドの行動を見守る。
近づいてくる彼に気付いたルゥが、側に立つウェルドを見上げる。
不思議そうにウェルドを見詰める少年にふっと笑いかけると、彼はおもむろにズボンから、髪を結うための紐を取り出した。
「お前さ、見ててややこしいから、コレで髪結んどけ」
「「――へ?」」
ルゥとジェントゥルの、呆けた声が重なる。ウェルドは構わず続けた。
「見たところ、その顔気にしてるみたいだしな。女顔も、結っときゃそれなりには見えるだろう。うちの家内のもんだが、まぁ、受け取っとけ」
そう言って、唖然と見上げているルゥにそれを手渡した。
黒くて頑丈な結い紐だった。ルゥはしばし気の抜けた顔でそれを眺めていたが、やがて、その紐をぎゅっと手に握り締めると俯いてしまった。搾り出すように声を発する。
「ありがとう、ございます……」
満足そうにウェルドが微笑んで、ルゥの頭を豪快にくしゃくしゃと掻き回す。それでも俯いたまま頭を上げない少年に、彼は不思議そうな顔をした。
「あの……ひとつ、訊いてもいいですか?」
そうしていると、ルゥからそんな言葉が投げかけられた。ウェルドが戸惑いがちに頷くと、顔の表情を見せないまま、少年は言った。
「僕って、『女の子』に見えますか?」
ウェルドと女性三人が、きょとんとした表情で互いに顔を見合わせる。
「いや……別に『女顔』ってだけで、仕草とか言葉遣いでなんとなく分かるだろうよ」
「そうだよ? ルゥくんはまだ子どもだから、私たち『可愛い』って言ってるだけで」
「もしかして気にしてた? ごめんね」
「大丈夫だよ、ルゥくんの顔は将来ぜったい美男子になる顔だから! そしたら私をお嫁さんにもらってねー」
「やっだ、あんた相手いるでしょーっ」とからかって、また笑いが広がった。女性のひとりから頭を撫でられているルゥは、それを聞いてやっと顔を上げて破顔した。
「そっか!」
その笑顔が女性のツボを付いたのか、頭を撫でていた女性がたまらずに少年を抱き締める。残りの二人も、黄色い声を上げてルゥの体を撫で繰り回し始めた。ウェルドは流石に付いていけなくなったのか、それを見て顔を引き攣らせている。
ジェントゥルは思う。
(意外と根にもつなぁ! あいつ!)
明らかに、昨夜の自分のことを蒸し返したルゥの性格というものを、ジェントゥルはこの合間に急速に理解していった。
だがそれも、素直になればこそだと、かえって嬉しくも感じていた。人知れず笑みを零して飲み物を煽っていると、ふと視線を感じて眼を遣った。
あの四人が、呆れ果てたような眼で自分をみていた。
「え? な、何事ですか……」
「お前、いくらなんでも『それ』はないだろう」
ウェルドのそんな言葉に疑問を感じていると、こちらをにや付いた笑みで眺めているルゥと、眼が合った。急速に理解し、慌てて椅子から立ち上がる。
「お、お前! それこそ『それ』はないだろう!」
「知らないよっ、セルの眼が節穴なんだろ。助平だから僕の性別だって間違えるんだよ」
舌を出して怒るルゥに、怒るジェントゥル。
「だ、だれが助平だ! 変な言葉を口にするんじゃないっ」
「男はみんな助平よ。」という女性の声が聞こえたが、それには綺麗に耳を塞ぐ。
ルゥが煽るせいで、二人は人の多い食堂内で追走劇を開始した。
周りは可笑しそうに歓声をあげ、食堂内は大いに盛り上がったが、食器をいくつか駄目にしてしまったため、二人して女将さんにこっ酷く叱られたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる