おひなさまのダイエット

青海嶺

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おひなさまのダイエット

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 キミちゃんが住んでいる家は、築ン十年の、二階建ての一軒家です。その二階の天井裏には、一匹のネズミが住んでいました。夜ごと、壁の裏を伝っては、台所まで出かけ、お米やなんかを、ちょっと失敬しては、暮らしを立てておりました。
 天井裏は、ふだん使わない物をしまっておく物置になっていて、いくつもの箱がおいてありました。その箱のいくつかには、キミちゃんのお母さんが嫁入り道具として持ってきた、立派な雛人形が入っています。
 (この箱には、何が入っているのだろう)
 気になったネズミは、箱の隅っこを齧ってみました。すると中から声がしました。
 「こりゃこりゃ。わらわの安眠を邪魔するは、何者ぞ」
 びっくりしたネズミは、ピタッ、と齧るのを止めました。しかし、声は続きます。
 「おぬし、ネズミであろう。わらわにはお見通しじゃ」
 ネズミは、つい、かしこまって答えました。
 「ははー。たしかに、わたくしめは、ネズミにござります」
 黙って逃げ去ってもよかったのに、そう答えたのは、箱のなかから聞こえた声が、あまりに高く、清らかで、まるで鈴の鳴るように美しかったからでした。こんな声の持主ならば、どんなにか美しい人であろう。どうかしてお近づきになりたいものだ。ネズミはそう思ったのです。
 「では、チュー左衛門よ、わらわに、食べ物を持て」
 唐突に、そう名付けられたネズミは、疑問を抱く暇もなく、ハハーと、かしこまって、さっそく食べ物を探しに出かけたのです。
 雛人形の姫君は、年に一度しか仕事のない暮らしに、退屈しきっておりました。偶然やってきたネズミを利用しない手はありません。そして姫君は、こんな暗闇の中で、楽しみといえば、食べることくらいしか思いつきませんでした。
 その日から、ネズミはどんどん食べ物を運び、姫君はどんどん食べました。着物の帯までゆるめて食べ続け、あっという間に、デブデブに太ってしまいました。
 そして、三月三日ひな祭りの日が近づきました。姫君は焦りました。こんな体型を、人目に晒すわけには行きません。必死のダイエットが始まりました。
 ネズミは、バナナがダイエットによいと言われればバナナを、キウイが効くと言われればキウイを、懸命に集めては姫君に届けました。ですが、運動もせず食べるだけの姫は一向に痩せません。姫は怒りました。
 「三月三日も近いと言うに、この体型。もとはと言えば、お前が食べ物を運んできたせいで、この有様じゃ。どうしてくれる。」
 ネズミにしてみれば、濡れ衣もいいところですが、姫君に恋焦がれるネズミは、不平一つ言うことなく、知恵をしぼって、ついに妙案を思いつきました。姫君の体型を目立たなくするには、他の人形たちを太らせればいい訳です。
 ネズミは、姫君の隣でひっそりと暮らすお内裏さまや、別の箱の中で寝ていた三人官女や、五人囃子に、どんどん食べ物を運び、無理矢理に食べさせました。三月三日までに何が何でも太るべし、これは姫君からの厳命である、と言い添えて。姫君も、最後の数日は、絶食して体型を戻し、ネズミの尽力に報いたのでした。
 そして、ひな祭りの数日前になりました。キミちゃんと、両親は、協力して、雛人形を天井裏から運び出し、赤い毛氈を敷いた雛壇のうえに、うやうやしく、大切な人形を並べました。数日食べていない姫君と、ゲップが出るほど食べ続けた他の人形は、なんとか体型のバランスが取れていました。
 「雛人形って、こんなにポッチャリしてたっけ?」
 そうお父さんが呟くと、呆れたように、お母さんが答えました。
 「馬鹿ねえ。人形の体型が変わるわけがないじゃない。やっぱり、ウチの雛人形は美形揃いね。色白で、そして、ふくよかで」
 キミちゃんは、なんとなく、去年よりも人形が成長したような気がしましたが、気のせいだと考えて、黙っていました。
 雛壇の上に、にぎやかに、堂々と並んだ雛人形たちの姿を、ネズミは、部屋の隅のタンスのかげから、そっと眺めました。姫君の美しさに、ネズミは思わずため息を漏らしました。ああ、やはり、懸命にお仕えしたかいがあった。
 まっすぐ前を向いて、ツン、と澄ましていた姫君が、一瞬、ネズミに流し目をくれ、そうして、いたずらっぽく、ウィンクしました。
              (終)




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