戦国武将に憑依されたオレ/ワシの恋路は順風満帆

青海嶺

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10 成仏作戦

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 あれ以来ずっと、二人は戻らぬ。
 樫飯殿の御家族も帰宅して、なりすましも最早もはや厳しい。
 部屋を鷹之丞さまとの愛の巣とすることさえままならぬ。
 もう無理じゃ、限界じゃ、という思いと、いっそこのまま二人に成り代わり、この末法の世で生きるのも悪くはない、という思いがこもごも去来する。
 この生活に馴染んでもきたし、生きておればなんやかやと楽しきこともあるもの。
 昨日は、彩乃ちゃんのダンスの練習につきあわされた。
「綾ちゃんはダンスのセンスないなー」
「無理強いしておいてその言い草か」
 ピコピコいう珍妙なる音曲にあわせ、見よう見まねで慣れぬ舞を舞ったものの、無様な運動音痴ぶりを晒しただけじゃった。
 樫飯殿のあのキレのあるダンスをいまいちど体感してみたいものじゃ。

 学校が終わり、帰り支度をしながら、
(今日はどこで鷹之丞様と逢瀬を重ねようか)
 桃色に染まった妄想が頭を満たしはじめたとき、なっぴと彩乃ちゃんが相談があると寄ってきた。
 三人は例によって郷土史研究会の誰もいない部室に集まった。
「改まって相談とは一体?」
 二人は互いに目配せするばかりで口を開こうとせず。
 晴れがましい報告をする喜びを譲り合う麗しき光景、ではなさそうな。
 嫌な話を互いに押し付け合う無言の小競り合いというところか。
 重たい沈黙に根負けしたのは彩乃ちゃんじゃった。
「綾ちゃん」彩乃ちゃんは心底悲しそうな表情。
「はい?」
「諦めよう」
「いったい何を?」
「もう諦めようと思うんだ」
「だから何を?」
「田中くんと、瑠香ちゃんを、さ」と申されると? えーと?
「もう帰ってくる気なさそうだし、もう諦めよう、ってさっき高橋くんとも話し合って」とんでもないことをサラッと言うたな。
「ご、御冗談であろう」
「マジでマジで。もういいじゃん。綾姫ちゃんも鷹之丞もけっこうこの世に馴染んでるみたいだしさー、無理に成仏しないでこのまま暮らせば?」
「それでは、田中殿と樫飯殿があまりに不憫」
 我が胸にふつふつといきどおりが沸き起こる。
 ところが彩乃殿は涼しい顔で、
「うん。そうだよね。でも、戻ってこないものはしょうがないじゃん」
「せめて、みんなでお経でも挙げて、盛大に供養して成仏してもらおうよ」となっぴ殿も頷いておる。
「そ、それでいいのかえ?」
 仮にそうなれば、この綾と鷹之丞にとっては願ってもないことじゃ。とはいえ、そんなことが許されてよいものか。
「いいも悪いも」となっぴ殿。
「しかたないんじゃないでしょうか」と彩乃殿。
 お口あんぐり、開いた口が塞がらぬとはまさにこのこと。
 そんなものかえ。
 おぬしらの友情とはそんなものだったのかえ。
 なっぴちゃんも彩乃ちゃんも、それではあまりに情が薄いというものではあるまいか。
 さすが末法の世の亡者どもというべきか。


      * * * 


 佐々木殿の授業中。すかさず仮病を使い体調を崩したワシは、保健委員の樫飯殿こと綾姫に付き添われて保健室へ。
 が、保健室に向かうはずの二人は誰もいない体育用具倉庫に忍び込む。
 跳び箱の陰で互いを求め合う二人。
 秘技、妙技の限りを尽くし、綾姫の全身が快楽けらくの大海原に漂うまでにとことん慈しみ尽くす。
 津波の如き大潮が綾の官能に何度も何度も押し寄せては洗い流す。
 そのたびに、もう無理でございまする、綾はこれ以上は耐えられませぬ、と切ない声を漏らしつつ、またしてもさらなる大波の頂へと上り詰めていく綾。
 白い肌を濃い桃色に染めながら身悶え、痙攣する綾の痴態に、己を奮い立たせ、ワシはとどまるところを知らず、隅々まで慈しみ、攻め立て、綾を忘我の境地へと誘う。
 何度も何度も天空の景色を垣間見て、妖艶なる肢体を途切れることなく震わせる綾姫の姿に、さすがのワシもいよいよその時を迎えようとする。
「おお、綾、おお、綾、ワシもそろそろ……」
 突然、頭にバシッという衝撃を覚えて目覚めると、佐々木殿に教科書で頭を叩かれたところであった。
 ワシが頬を寄せていたのは机の硬い天板。
 抱いておったのは、机の足じゃった。
「痛ててて……。佐々木殿、角はいけぬよ、角は」ワシは打たれた箇所を探りながらぼやいた。
「そのサムライ口調、止めてくれないかな田中くん。聞くたびに、心の傷に塩をなすりつけられるようで」
「わ、わかりましたー」巧みに今風の言葉を操るワシ。
 佐々木殿は先日の3年F組での騒動が上役の知れるところとなり、吉川殿ともども散々油を絞られたとの噂。
 思えば、二人はただの被害者であって何の落ち度もないのであるが、そう訴えたところで誰に信じてもらえるでもなし、まあ怨霊にでも取り憑かれたのだと思って諦める他はあるまい。
 せっかくのよい夢を断ち切られ、あの続きが気になって叶わぬ。
 いや、あの続きは実際に綾姫(樫飯殿)と。ムフフ。
 凛と背筋を伸ばして帳面に硬筆を走らせている綾姫(樫飯殿)。
 いかにも真面目に授業を受けている優等生の後姿じゃが、頭の中はワシと同様、次の逢瀬への期待でグラグラとたぎっておるのが、ワシには手に取るように分かるのじゃ。

 あれから数日。
 樫飯殿と田中殿が姿を現さぬのを幸い、われら二人はこの末法の世の高校生として日常生活を送りつつ、人目を盗み、あらゆる機会を捉えて互いの若い肉体を貪りあっておった。
 屋上へと続く階段の踊り場。公園の遊具の中。桜尾城址の森の木陰。堤防の物陰。もちろん田中殿の部屋。それに郷土史研究会の部室。
 いつ誰が来るやもしれぬという緊張感がまたとない刺激を添える逢瀬。
 綾姫との情交にうつつを抜かしておったワシは、お義理でなりすまし生活を続けてはおったが、ほとんど田中殿のことなど思い出しもせなんだ。
 もともと目立たず、口数も少なく、いつも黙々と書物を読んでおるような陰気な男ゆえ、なりすますのもさほど難儀ではない。
 田中殿には悪いが、このままこの体を譲り受け、高校生として綾姫ともども生きるのもいいかもしれぬ。

 そんな身勝手な思いに耽り耽りしていた折、高橋殿から意外な話を聞いた。
 権藤殿、大木殿とも話し合ったが、どうも消えた二人はもう戻ってこないのではないか、もう諦める他ないのではないか、と言う。
 随分と諦めのいい話ではあるが、ワシとしてはまさに渡りに船、願ってもない話じゃ。
 高橋殿に誘われて、女どもが待つ郷土史研究会の部室に出向く。
「このこと、ワシは大いに賛成じゃ」
 一堂に向かってワシは躊躇なく断言した。
 この世は弱肉強食じゃ。一つの肉体を二つの魂が奪い合う戦いにおいても、強き者が勝つという天然自然の摂理には誰も逆らえぬ。
 生存を賭けてあらゆる命がしのぎを削っておる現世においては、力こそが正義なのじゃ。
「鷹之丞殿……あなた様がそうおっしゃるならわたくしとて異存はございませぬ」
 そう言いながらも、あの二人が不憫でならぬと言い落涙する綾姫。なんという優しき心根の持主よ。
 綾姫があの二人のことを思うて涙するのも分からぬではない。
 突如現れた霊に肉体を奪われ、人生を断ち切られるなど、理不尽でしかなかろう。戦国の世を生きた我らにしてみれば、いつ死ぬるとも限らぬのが世の常とはいえ。
 それにしても、高橋殿も、権藤殿、大木殿も、妙に物分りがよすぎはせぬか。
 かけがえのない友ふたりの人生を奪い去ったわれら怨霊に対して、もっと思うところがあって然るべきじゃ。
 これは何かの計略か。
 そう疑って三人を睨むと、その態度にはどこか不自然な気配も感じられる。
 これは何か裏があるやもしれぬ。
 ワシの疑念をよそに、権藤らはどんどん話を進める。
 田中殿、樫飯殿のことはきっぱりと諦め、そのかわり、ワシと綾姫にはきっちり田中殿、樫飯殿になりきってもらう――そう宣言されてみると、少々気が重い。
 戦の心配もなく、寝食の不安もない。それはよい。じゃが、一日中机にかじりついて勉強せねばならぬし、あげくには受験とかいう厳しい試練も控えておると聞かされると、正直成仏したほうがましとも思われる。おちおち綾姫と睦み合ってばかりもおれぬではないか。
 じゃが、ついさっき「ワシは大いに賛成じゃ」と断言した手前、舌の根も乾かぬうちに前言撤回は出来ぬ。
 ――武士に二言があってもよいではないか。
 あまり無様にならぬよう上手く態度を変えるすべを、せこせこと思案している間にも、権藤殿らの話はどんどん進んでしまう。
「田中くんと瑠香ちゃんには安らかに眠ってもらおう」
「じゃ、じゃが、思い直してみるとあまりに不憫よのう」とワシは慌てて言葉を挟む。
「そうだよ。不憫なんだよ。不憫すぎるんだよ。だからせめてちゃんと供養して極楽浄土に成仏してもらおうよ」と大木殿。
「く、供養とな」絶句するワシ。
「それはまことに結構な」と綾姫。

 一旦部室を出ていった権藤殿が戻ってくると、実に立派そうな高僧のなりをしておった。
 紫と金の色使いが豪華きわまる袈裟けさを華麗に着こなし、頭には禿ヅラ。
 似合い過ぎであろう。
 高橋殿が人数分の座布団や木魚などを運んできた。本格的じゃ。
 一堂を見渡し咳払いをしたにわか高僧が口を開いた。
「えー、それではこれより、樫飯瑠香田中ヤスフミご両人の追善供養 ついぜんくよう 大法会 だいほうえ を執り行います」
 大法会にしては列席わずか五人じゃが。
 綾姫(樫飯殿)とワシ(田中殿)が並んで座り、向き合うように大木殿、にわか高僧、高橋殿が座る。
 中央のにわか高僧は分厚い立派な座布団に正座し、右脇には木魚とりん(仏壇に置く小さな鐘)を配置した。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……御一堂、礼拝」
 チーンと、権藤殿が錀を打ち鳴らす。堂に入ったものじゃ。
「仏説~。摩訶般若波羅蜜多心経~~~」
 チーンチーンチンチンチンチンチン、チーーーーン。
「観自在菩薩。行深般若波羅蜜多時……」
 ポク、ポク、ポク、ポク、と木魚がリズムを刻む。
 権藤殿にあわせて、綾姫とワシも般若心経を読経する。供養される側が経をあげているようで妙でもあるが。
(樫飯殿の御霊よ、安らかに眠り給え。あ、田中殿も)
 ポク、ポク、ポク、ポク。
「三世諸仏~、依般若波羅蜜多故~、得阿耨多羅三藐三菩提~~。」チーン。
 読経を続けるうち、不覚にも腹の底から悲しみがこみ上げてくるのを覚えた。
 こみ上げてくる嗚咽で、読経を続けることすら難しくなる。
(あんまりだ、これはあまりにあんまりだ)
 ふいに綾姫がシクシクと泣き出した。
「わたし、成仏なんかしたくない。まだ死にたくない」
 そういいながら、綾姫(?)は、オレにしがみつき、わんわんと泣いた。
「田中くん成仏しちゃ嫌。あの世になんかいかないで。わたしとここにいて」
「か、樫飯さん!」
 オレにしがみついているのは、樫飯さん、だよね?
「田中くんだよね? 鷹之丞じゃないよね?」
 そういって、声をつまらせながら泣いている。
 間違いなく樫飯さんだ。
「樫飯さん、樫飯さん!」
 二人はオイオイと声を上げて泣きながら、互いの体を抱きしめあった。


      * * * 


 佐々木先生の説明をいつものように聞き流し、わたしと綾姫ちゃんは脳内でやりあっていた。
(ねえ綾姫ちゃん、なんで成仏せんの?)
(妾に訊かれても困るわ)
(それにさー。さっきもだけど、たびたびアレを思い出して愛欲絵巻を繰り広げるのやめてくれん? 人の脳内で)
(ふむ、こう暇じゃとついつい退屈でのー)
(勉強が手に付かなくて困るんですけど!)
(ふっ。修行が足りぬわ)
(百戦錬磨の綾姫とは違いますからね)
(そういうおぬしも愛欲絵巻に興味津々だったではないかえ)
(ウッ! そ、それは!)
(鷹之丞さまとの愛の営みを、意識の陰からこっそり覗き見していたであろう)
(濡れ衣! 冤罪です!)
(瑠香殿とて情欲の炎に身を焦がすお年頃ではないか。なんで田中殿と愛を育まぬのじゃ)
(そんなこと言われても……)
 ふと疑問に思っていたことを聞いてみた。
(だいたい霊と霊同士なんだから、精神的にひとつになってればいいでしょ。なんで人の体を借りて肉体的に合体する必要があるの)
(ふ、簡単なことよ。肉体的に合体せねば気持ちよくないからじゃ)
(そ、そうなのか。でも、もう霊なんだからさ、ちゃんと解脱して煩悩から解放されないと)
(結ばれずに世を去ったものの執念はそうそう容易に消え去るものではないわ)
 そりゃそうか。暇さえあれば愛欲絵巻を紐解くわけだ。綾姫によると、意識だけあって肉体がない状態って、暇で暇でしかたがないらしいから。わかる気もする。
(あーあ、退屈じゃ、退屈じゃ。まっこと退屈じゃのー)
(そういえば綾姫ちゃん、このごろ存在占拠してこんしね。脳内に居座っとるだけで)
(ふん。遠慮しておるのよ)
(殊勝だね)
(ほいじゃけえ妾の代わりにしっぽりと愛を育まんかえ)またその話題か。しっぽり、て。
(受験勉強の妨げです)
(言い訳じゃ。言い逃れじゃ。ただおぬしは屁垂れなだけよ)
(むっかー)
 ふと気づけば板書を写す手が止まってしばらく経っていた。
(綾姫が悪いんだ)
(言いがかりじゃ)
 佐々木先生が汚い字でいっぱいになった黒板を消し始める。
「先生、ちょっとだけ消すの待ってください!」
 焦って黒板を写すわたしに高橋くんが、
「あとで黒板の写メ送るけえ心配いらんわ」
「ありがと」ほっ。
「大丈夫ですかー樫飯さん」と佐々木先生「最近集中力が足りてないみたいだけど。お疲れ気味?」
「疲れてません。全然大丈夫です」
(憑かれてますけど)
(大喜利か)と綾姫ちゃんがツッコミ。すっかりテレビっ子になっとる。
 ふと視線を感じてなっぴをみると、視線が合った。同情するよ、って感じで首を振るなっぴ。
 こないだの追善供養大法会は、わたしと田中くんを強引に呼び戻すためになっぴたちが計画した作戦だった。
 まんまと策略にはまったわたしたち。
 感謝しなきゃ。
 戻るきっかけを作ってくれたから。
 けれど残念ながら、あの法要には綾姫たちを成仏させる効用まではなかった。
 ちっ。
(舌打ちとは失礼な)
(居心地よくなってんじゃないよー!)と、声に出して叫びたいくらい。
(ふん、おじゃま虫で悪かったの)
(自覚あるんならとっとと成仏してください)
(浄土のほうがここより楽しいとは限るまい)
(なんでだよ? 極楽浄土最高じゃん)
(証拠は? 見たんか。行ってきたんか。行ってみなければ分からんじゃろ)
(ふん。無宗教の現代人か)いつの間に末法の世に感化されてから。
(命あっての物種ものだねじゃ。魂には容れ物の体が必要なのじゃ)
(その容れ物うちらのもんだから。綾姫ら取り憑いとるだけじゃろ)
(つれないのう)
(ふん)
(しかしそれならどうしてあのときすぐに意識の陰から出てこなかったのじゃ)
(ノーコメント)
(出てくるよう何度も何度も呼びかけたではないか)
(知ーりーまーせーんー)
(ま、言葉にせずとも理由は分かっておるがの)
(じゃあ訊かないでよ)
 なんですぐに戻ってこなかったのか?
 それ、なっぴたちに問い詰められたらどう答えればいい?


      * * * 


 一瞬、脳裏に綾姫(瑠香ちゃん?)のあられもない肢体が浮かび、すぐに消えた。惜しい。
 鷹之丞は綾姫との交歓の記憶を、オレにはひた隠しにしようと用心している。
 ときおり無意識にその場面を思い出しては、あ、しもうた、と掻き消すように別のことを考え出す。昨日の夕飯の献立とか。ケチンボか。同じ体を共有する仲じゃないか。
(綾姫のあられもない姿をおぬしなんぞに見せるわけには参らぬゆえな)
(勝手に憑依しといて「なんぞ」とはなんだよ)
(あれはワシだけの甘き甘き思い出じゃ)
(はいはい。ご自由に)
(じゃが、おぬしこっそり見ていたであろう)
(だ、誰がいつ何を? 5W1H?)
(意識の陰から秘かに覗き見していたではないか)
(し、失礼なことを言うな。鷹之丞が使っている体も目もそもそも俺のなんだからさー、何もかも見えて当然っしょ、不可抗力っしょ)
(覗きを認めるのじゃな)
(だーかーらー!)
(なんと卑劣で下種ゲスなる変態野郎よ)
(綾姫の屍体を死姦する妄想で興奮してたド変態に言われたくないね)
(お、おぬし、どこでそれを!)おーおー動揺しちゃって。
(ふっ。鷹之丞の思うことは全部お見通し。さーて、綾姫にバラしちゃおっかなー)
(そ、それだけはご勘弁を。田中殿~~)鷹之丞うろたえまくり。
(気持ち悪い声を出すな。お前こそ、オレがみてたこと、瑠香ちゃんに絶対言うなよ)
(言わぬ。決して言わぬ。男同士の約束じゃ)
(紳士協定だな)
(とんだ紳士もあったものよ)
(というか変態協定?)
(ムッフッフ)
(フォッフォッフォ)
 五百年の時を越えて出会った二人の変態が脳内でかための酒坏を交わすとか、どんだけだよ。
 とまあ、鷹之丞とだらだら喋ってうちに授業が終わってしまう。
 授業内容、まったく頭に入ってないし。
 とほほ。
 オレは深く溜息をつく。
(あんたらのせいだ)
(何がじゃ)
(清く正しいラブコメ路線になるはずのオレの恋路が、エロくヤラしいアダルト路線だよ)
(うむ。自業自得じゃ)
(どう落とし前つけてくれるんじゃ)
(いやはやいやはや。おぬしの恋路は順風満帆じゃ。充実した営みの積み重ねが功を奏し、綾姫ばかりか樫飯殿の心まで落ち着いているではござらぬか)
(そういうもん?)
(そういうものじゃ)
 言われてみればオレだって毎日楽しかった気がするけど。

 そして、放課後は最近すっかり恒例の「成仏作戦会議」だ。
 場所はいつもの小汚い部室。
(鷹之丞たちの残した淫臭の残り香が漂っている気がする)
(気にしすぎじゃ)
 参加者もいつもの、瑠香ちゃん、大木さん、権藤、高橋、オレ、それに霊二人(二体? 二柱? なんて数える?)
「さあはじまりました、涅槃に逝って委員会。本日のテーマは『戦国ペアはどうしたら成仏できるのか徹底討論』」と高橋「相も変らぬマンネリ気味のお題で恐縮です」
「マンネリまで本家に似せんでええんじゃ」とオレ。
「いやー、他にテーマないけえ」と言い訳する高橋。たしかにな。
 作戦会議とか言ってるけど、要はオレたちをネタに盛り上がってるだけじゃん? という疑いも捨てきれず。
 しょっぱなから高橋がクソ意見を発表。
「鷹之丞たちは、快楽に溺れて夢中になっとる。じゃけえ飽き飽きするまで続ければ納得して成仏するはず」
 すかさず権藤のハリセンが高橋の頭に炸裂する。
 何故か俺の頭には瑠香ちゃんのハリセンが炸裂している。とばっちりだ。
「じゃんじゃんやりまくれば成仏するとでも?」と権藤。
「よかったな田中、合法的にやりまくりじゃ」ハリセンの雨あられを浴びながら、まだ言い募る高橋。
「どこがどう合法じゃ」とオレも瑠香ちゃんのハリセンを浴びつつ答える。ハリセン、なんか気持ちいいかも。特殊な性癖に目覚めそう。
「却下します!」と瑠香ちゃん。そりゃそうだ。
「てか、なんでハリセン二つあるん」と高橋。
「いや、必要なる思うて」と権藤。手回しよすぎか。
「ハイ! 先生!」と大木さんが挙手「高橋くんは田中くんをおちょくるためにあんなこと言ってると思います!」
 ごく自然に先生役に納まった権藤が、高橋に向かって笛を吹く真似をし、指さしして「教育的指導!」
「はい、他に意見は?」と権藤先生「どんどん積極的に発言してー」
「これはもう死ぬまで共存してもらおう」と高橋。
「却下します」と権藤「他には?」
「はい! 世界中の人に綾姫と鷹之丞を蔓延させれば特別じゃなくなるので、気にならないと思います」と大木さん「うん。我ながら名案。パンデミック再来!」
「却下。どうやって蔓延させるの」権藤、にべもない。
「じゃあ自然消滅を待つ」と高橋。
「却下。それ対策じゃないし」と権藤。
「じゃあどうしろ言うんじゃ」「却下」「まだ何も言っ」「却下」
「古典的だけど、塩をまいてお清め? お祓い? するのは」と大木さん。
「それは意外に効果あるかも」と権藤。
「妾らはナメクジではないわ、と綾姫が申しております」と瑠香ちゃん「なんか声に元気がない。塩まかんでも消えそう」
「霊の有効期限切れ?」と大木さん。
「ウルトラマン的な?」と権藤。
「いや、あれじゃろ、ヤリすぎで精も根も尽き果…」ハリセンの集中砲火が高橋に降り注ぐ。
「高橋われ何度地雷踏んだら学習するんじゃ!」とオレ「高橋がハリセンの雨あられを浴びるのは自業自得じゃが、なんでオレまでご相伴にあずからんならんのじゃ!」まるで無差別爆撃だ。
 ハリセン被害が拡大するばかりで一向にまともな策は出ず。
 飽きてきた高橋がふざけだす。
「わかった。これじゃ。さー、それではそろそろ、成仏してくれるかな?(タモさん調で)」と高橋が声を張りあげる。
 そして再び、権藤のハリセンが一閃する。
「……鷹之丞ー、ここは、いいともー、と答える場面なんじゃ。そういうお約束なんじゃ」と高橋。
「綾姫も無反応だわ。なんかポカンとしとる」と瑠香ちゃん。
「あの番組終了して何年も経つけえ、綾姫ら知らんのじゃろ」と権藤。
「はいはい。スベったスベった」肩を落とす高橋。お疲れ。
 その後も、特に名案が浮かぶでもなく、ダラダラと喋ってお開きに。
 自然な流れでオレが瑠香ちゃんを送って帰ることに。
 冷やかそうとする面々に向かって、
「送り狼はさせんけん」
 と真顔で断言する瑠香ちゃん。
 そして有言実行。
 彼女の自宅前で二人は手を振って別れた。
 ほいじゃーね。
 ほいじゃーの。
 優しい笑顔を残して、瑠香ちゃんはドアの向こうに消える。
(田中殿はまっこと屁垂れよのう)と鷹之丞。
(うるさい、お前のような野獣と違うて繊細なんじゃ)
(分かった分かった。さあ、肩を落として帰るといたそう)
(肩を落とすは余計じゃ。言われんでも帰るわい)

 その後も鷹之丞はちょこちょこ脳内に出てきては勉強の邪魔をした。
 だがあれ以来、存在を占拠されることはなかった。
 綾姫とはもう睦み合わなくていいのか。
 もう満足したのか。満腹なのか。
 鷹之丞が出てこない。
 消えかけている?

 自分の部屋で歴史の勉強をしていると(まあほとんど常に歴史の何かを読んでいるわけだけど)、突然ひょっこり現れる。
(このアメリカとかいうんはなんなんじゃ。新たなる南蛮か?)
 鷹之丞たちが厳島の戦いで死んだのは天文二四年、西暦で言えば一五五五年。アメリカ建国はおよそ二百年後だ。
(とんだヒヨッコではないか)
(そのヒヨッコがいま我が物顔に世界を牛耳っとる)
(ふん。驕れる者は久しからず、じゃ)
(平家物語だな)
(おお。おぬしも好きか。あれは血湧き肉躍るのう)
(そ、そうだね)
(なんじゃ知らぬのか)
(すいませんねー無教養で)

 授業の途中でも気になることがあると急に出てくる。
(この原子爆弾とはなんなのじゃ?)
(原爆か。種子島あるじゃろ)
(火縄銃か。噂には聞いたがさすがに実物は見ておらぬ)
(種子島は一発で一人殺せる)
(ふん。卑怯なる飛び道具よ)
(原子爆弾は一発で何万人、何十万人も殺せる)
(そ、そんなものが実際に使われたのか!)
(ヒロシマとナガサキにアメリカが落とした。安芸と肥前の国だ)
(ワシをかついでおるじゃろ)
(いんや。ヒロシマでは約十四万人殺された)
(嘘じゃ。そんなに死んでは安芸国は全滅じゃ)
(それが事実なんだよ。鷹之丞の時代とは人の数が違う。それでも広島市民のおよそ三分の一が無差別虐殺されたんじゃ)
(おおお……それは悪魔の所業じゃ)
(悪魔ならわかるけど、落としたの人間だから……)
(毛唐のやりくちには身の毛がよだつわい)
(殺し合いに明け暮れた武士でもそうか)
(言うほど明け暮れてはおらぬ。それに我らは一人殺すのにも命を賭けたのじゃ)
(まあ、たしかに殺戮の性質が違うか……)
(無理せずともよいわ。まさかいくさ生業なりわいとする武士に向かって、殺しは殺し、とも言えまい)
(うん)
(じゃが原爆とやら、まったく武士道の対極にあるものじゃ)
(そうだな。武士なら原爆は落とさんな)

 鷹之丞出没の頻度はだんだん間遠くなった。
 話しかけてくる内容も、次第にとりとめなくなり。
 自然消滅の時が近いのかもしれん。
 ふと、鷹之丞現れないかな、と思っている自分に気づき、ちょっと自分に驚いた。
 瑠香ちゃんはどうなんだろう。
 やはり綾姫も消えかけているのだろうか。

 休み時間に高橋が寄ってきた。
 なんだか浮かない顔をしている。
「高橋、調子悪いんか」
「んー。まあアレじゃ、清志丸ロスゆうん?」
「清志丸が成仏して、淋しいんか?」
「なんや他人とは思えんようになってもうてのー」
「ほうかー」
 分かる気がした。
 オレも鷹之丞が消えたらそうなるかも。
(うれしいことを言ってくれるのお)
(出るなよ)
(なんならずっとってやってもよいぞ)
(嫌だ)
(そがいに遠慮せずとも)
(……鷹之丞、やっぱりなんか覇気がないわ)
(そう思うか)
(ああ。もう消えそうなん?)
(うむ。分からぬが、近々ぬるやもしれん)
(そうなん)
(淋しかろう?)
(いんや全然)
(……そうか)
(鷹之丞? 言い返せよ、鷹之丞?)
「いま、久々に鷹之丞が来た。なんか元気ないわ」とオレは高橋に伝える。
「そうなんか」
「うん」
「お前あれから樫飯さんとどうなっとる?」唐突に話題を変える高橋。
「いや。全然。進展なし」
「田中ー、頑張れや。オレも応援するけえ」
「あれ? お前はもう諦めるんか、樫飯さんのこと」
「いつまで恋恋としとってものー」
「そうなん?」
「そもそもお前に鷹之丞が憑依して、オレに清志丸が憑依した時点で勝負は決しとった」
「そうなんじゃろか」
「ほうじゃろ」
 言われてみればそうかもしれん。
「分かった。オレ頑張るわ。お前の気持ちの分までオレ、」
「アホか。オレの気持ちをお前なんぞに託せるか」
「む、むかつくのー」
「あはは。まあ気張れや」
「おう、言われんでも気張るわい」

 放課後、例の部室にいつもの五人が揃った。
 樫飯さんに聞くと、やはり綾姫も姿を見せることが少なくなったという。
「鷹之丞からお願いされたんだけど」とオレは口を開いた「清志丸のために追善供養をもう一度やってほしい、と言うんだけど」
 それを聞いて樫飯さんも目を見開き、
「綾ちゃんも同じこと言っとった」
 あの超パワフルだった綾姫も、樫飯さんを存在占拠して自分で喋る力はもう残っていないのか。
(実はもう一つ願いがあるのじゃ)と鷹之丞が出現した。
(一つじゃないのかよ。欲しがるのー)
 オレは鷹之丞からの頼まれごとをみんなに説明した。
 綾姫の骨がまだ眠っている場所がある。
 案内するゆえ、それを掘り出して欲しい。
 場所は、ホテルの建設現場からは少し離れた場所。
 こないだ迷った辺りだ。

 昨日6月5日には広島でも梅雨入り宣言が出ており、シトシトと雨が降っていた。
 森の下草も濡れている。
 森の中をほんの十メートルも歩くと、もう制服がぐっしょり。(白ブラウスにブラひもが透けてみえるなんて浮かれてる場合ではない、オレよ)
 オレたち五人は、鷹之丞の願いを叶えるべく、目的地に向かった。辿り着いた時、もう服はぐしゃぐしゃに濡れていた。
(ブラひも……白だな……)と鷹之丞。息も絶え絶えで言うことがそれか。
(むしろ泥まみれの太腿の事後感)とオレ。
(変態は死ななきゃ直らない、か)
(死んでも変態のお前が言うな)
 突然、ヘラヘラ笑いをやめた鷹之丞が真顔にかえって、
(ここじゃ、ここを掘れ)
 そういう鷹之丞の声はどこか遠くから聞こえるようにか細い。
(田中殿と樫飯殿、二人で掘るのじゃ)
 指示されるがまま、瑠香ちゃんとオレは、砂遊びに使うような小さなスコップで、草の根が張り詰めた掘りづらい土を必死に掘り返した。
 制服をドロドロにしながら、雨に濡れ、汗まみれになって、ようやく小さな骨片を掘り当てた。
「ほんとに出てきた」と瑠香ちゃん「あ。綾姫泣いてる」
 オレは骨片についた泥を拭い、瑠香ちゃんに手渡した。
 髑髏しゃれこうべの破片。真っ白な色が、生々しい。
「綾姫の記念として樫飯さんに持っていてほしいって」
「分かった。大切にする」
 瑠香ちゃんは神妙な面持ちで、骨片を受け取った。涙を堪えているように見えた。
「まだ出てくるかな」そう言いながらオレは掘り続ける。
(全部を掘り出せとは言わぬよ。あれ一つで十分じゃ)
(ところで、鷹之丞の骨は、オレが持ってなくていいのかよ)
(おぬしになんぞワシの骨を持っていて欲しうないわ)
(そうですかそうですか)

 ほじくり返した穴を埋め戻す。
 このとき、掘る際に草の生えた表土をちゃんとよけておいて、埋め戻しの最後に、元あった位置に被せると、まるで穴を掘ったとは思えない仕上がりとなる。うっかり発生させてしまった死体などを埋める際、ぜひ参考にしていただきたい。
 五人とも制服から顔から何からドロドロ。
 とりあえず顔の泥だけはハンカチで拭いて、引き続きこの場所で清志丸の追善供養を営むことに。
 MCは恒例により、インチキ高僧こと権藤夏菜。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……御一堂に、礼拝」
 みな目を閉じこうべを垂れる。
 久々に鷹之丞がオレを乗っ取りにきた。
「観自在菩薩~。行深般若波羅蜜多時~~……」
 渾身の力を腹に込め、大声で経を唱えると、綾姫も樫飯殿に乗り移り、ワシと声を合わせて経を唱和した。
 梅雨でしっとりと湿った森の中、般若心経がしめやかに流れる。
 うむ、まっこと立派な法要じゃ。
「色不異空、空不異色、色即是空、空即是色~~」
 読経を続けるうち、ワシも、綾姫も、次第次第に現世うつしよの肉体より遊離して、天空へと昇りはじめておった。下界が遠くなり、小そう小そうなる。
 もはや霊と霊とを隔てる肉体の壁もなく、綾姫とワシとは自在に絡み合い、睦み合い、一つに溶け合う。
(鷹之丞さま)
(綾どの)
(綾は幸せでござりまする)
(ワシもじゃ)
(とても楽しうございました)
(まっこと楽しかったの)
「三世諸仏~、依般若波羅蜜多故~、得阿耨多羅三藐三菩提~~」
 心なしか、オレの読経の声が遠くから聞こえる気がする。
 それともオレの意識のほうが遠のいているのか。
「羯諦羯諦、波羅羯諦、波羅僧羯諦、菩提薩婆訶~~。般~若~心~経~~~~」
 最後の結句を唱えたのは、権藤ひとりだった。
 鷹之丞は消えていた。
 オレは瑠香ちゃんを見た。綾姫も消えたようだ。
「……綾姫ちゃん、いなくなっちゃった」
「うん。鷹之丞も」
「とうとう成仏したんじゃね」
「そうだね。ほっとしたよ」
「……ほうじゃね……」
 瑠香ちゃんが、なんとなく浮かない顔に見える。
「どうしたの?」
「突然いなくなられてみると、ちょっと淋しいな」
「そうなんじゃ。いざおらんようになると淋しいんじゃ」と高橋も。
「そうだね。淋しいね」とオレ。
 なにか胸の中に虚ろな空洞がぽっかりと口を開けているようだ。
 見る間にシクシク泣き出す瑠香ちゃん。
「ど、どうした?」
「分からんけど、涙が次から溢れてきよる……」
 オレどしたらいいん? こがいな時の鉄板モテ対応て一体なんなら?
「だだだ大丈夫?」大事なところで噛むオレ。ぶちダサイ。
「うん。きっと急に安心して、緊張が解けたから……」
「抱きしめてあげなよ」と大木さん。え? 突然何をおっしゃいますやら?
 そっと瑠香ちゃんの様子を窺うと、顔を伏せているが、拒否る風でもない。
「あの。抱きしめてもいいですか」恐る恐る言うオレ。
「ええけえ、黙って抱きしめればええのんじゃ!」と権藤。
 瑠香ちゃんはちょっとむくれながら、ジロっとオレを睨んだ。
「ん。特別に許す」
 と、瑠香ちゃんの口から信じられないセリフが!
「おおー。んじゃまあ、おじゃま虫は退散しよう」と大木さん。
「退散退散」と権藤も。
「お幸せにー」と高橋も去る。
 オレはゆっくり瑠香ちゃんの細い肩に腕を回し、そっと抱きしめた。
 ふわっとした、柔らかい感触。男の体とはまるで違う。泣いているせいなのか、とても温かい。そして、得も言われぬ、甘いいい匂いが鼻に……甘い匂いに包まれて陶然とするオレ。
 長い髪ごと押さえていたオレの腕から髪を搔き上げて逃し、瑠香ちゃんはオレの肩に頭を預けた。オレはもう少し力を込めて、彼女の華奢な体を抱きしめた。
 至近距離から彼女がオレをみる。潤んだ瞳が何かを訴えている。
 オレは、彼女の頭に手を添えてこちらを向かせ、顔を傾けて唇を寄せていく。
 遠くから「おおおおおおー! しあわせになれよー!」と叫ぶ高橋の声が聞こえ、二人は顔を見合わせて笑う。
「キスしても……」
「うん……特別に許す」
 オレは彼女の唇を唇で塞いだ。
 ああ。
 唇、柔らかい。
 そのまま長い間黙ってキスしたままで。
 彼女がオレの背中に回した手に力を入れた。オレも、彼女の体をもっと抱き寄せて、ぎゅっと体を密着させた。
 永遠にこの時が続けば。このままいつまでも。いつまでもこのままで。
 足元から鳥が立つように、突如沸き起こる拍手。
 すわ、地球滅亡の序曲かという勢いで、瑠香ちゃんは慌てふためいて唇を離す。
 ああああ、離れてしまった。唇。唇。瑠香ちゃんの唇。
 音がした方を見ると、太い樹の陰からニヤけた三人組がこっちを覗き見している。
「いやー感動しちゃったー」と大木さん。
「全オレが泣いた」と高橋。さっき遠くから声してたじゃん。ダッシュで戻ったんか。ゼーゼー言うて。汗だくじゃし。
「あ、気にしないで続けて続けて♪」と権藤。
「無理!」と瑠香ちゃん。
「この覗き魔どもが! せっかくのムードが台無しじゃ」とオレ。
 このアホ状況が面白くなってしまった瑠香ちゃん、堪えきれず笑いだした。
 オレも釣られて笑いだす。
「なんだー、もう終わり? 感動の名シーンは」と高橋。
「いや、あのね……」終わらせたのお前らだから。
「念の為もう1テイク撮っておこうか」ってなんの撮影だよ、権藤。
「シーン1、愛し合う二人の熱き抱擁、テイク2」と大木さん。
「ヨーイ、ハイッ!」と権藤監督。
「ひどいよー、みんなサイテー」瑠香ちゃんは頬を染めながらも楽しそうに笑っている。
 まあ、瑠香ちゃんが笑顔なら、オレはそれでいいです。
 森の中はひとしきり明るい笑い声に包まれた。
「あのさ、瑠香ちゃん」とオレ。
「なんだよー」
「もっかいだけキスしていい?」
「空気読め!」
「ですよねー」

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