碌の塔

ゆか太郎

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終わりの星と巡る四季

第二章:夏

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 会社が燃え、休職を言い渡されてから三ヶ月が経った。しばらくの間は部屋の片付けや断捨離をしていたが、それもすぐに終わってしまった。人というものは突然時間が与えられても急に何か大きなことができるわけではないのだなと感じながらため息をついた。結局のところ、この三ヶ月はただただ好きなものを食べたり動画サイトを見たり本や漫画を読み漁るだけの生活を続けていた。その生活も十分楽しいのでいいのだけれど。その間社会が大きく変わるわけでもなく、隕石衝突のニュースも次第に取り上げられなくなっていった。
 一度だけ、久しぶりに学生時代の友人達と集まって飲みに行ったことがあった。地球が滅ぶというのに皆変わらず仕事が忙しいらしい。飲みの席で職場が燃えた話をしたら、「そういうことはもっと早く報告しろ」と言われた。忙しくて連絡できなかったと言ったらもっと人間的な生活をしろと言われたのでその点については流石に反論させてもらった。同じような限界生活を送っている人には言われたくない。最初は心配してくれていたが、自由な生活を送っていっていると言ったら羨ましがられた。酒が進むにつれて、話の内容は仕事の愚痴大会になってしまった。給料が上がらない。仕事の効率が悪い。上司は無能。不労所得で生きていきたい。際限なく溢れ出てくる不平不満大会は、最終的に「でもどうせ地球は滅ぶから」という言葉で締めくくられた。

 花の盛りも過ぎ、初夏の気配が漂う季節。長かった梅雨も明け、太陽の日差しがますます激しくなる頃。
 休職手当の底が見え始めてきた。一年間の休職分のはずなのになぜ三ヶ月程度で無くなってしまうのか。それはまぁ、そういう会社だからという他はない。会社を突いたところでおそらくこれ以上金が出てくるわけでもないので、これからの生活をどうするかを現実的に考えた方が良さそうだ。
「とは言っても、実はそこまで深刻じゃないんだよな……」
 そう呟きながら通帳の預金残高を見る。そこには一年どころか数年はゆうに暮らせそうなレベルの額が書かれていた。というのも、働き始めてからこれまでほとんど娯楽にお金を使うことがなかったからだ。旅行にも行かず、高価な買い物をするわけでもなく、たまにする贅沢は高めのケーキを買うぐらい。たまに外食や軽いお出かけはするが、大金がまとめて出ていくことはなかった。加えて、給料が上がらない割には貯金は膨れていく一方なのが見ていて楽しいという理由で、もはや貯金が趣味になっていた。そんな経緯もあり、実は退職手当がなくても一年過ごせるだけのお金はあるのだ。ただ一つ、ある懸念を除けば。
「この一年で終わっちゃうんだもんな~」
 そう、あと一年、というかあと九ヶ月程度で地球が滅ぶ。つまり人生が強制ゲームオーバーになるのだ。できればそれまでにやり残したことをやってみたい。せっかくできた休みなのだから、最後くらい何かにチャレンジしてみるのもいいだろう。失敗したところでどうせ隕石が全てなかったことにしてくれるのだから。何かやり残したことはないか、考えながら部屋の片付けをしているときに、ふと懐かしいものが部屋から出てきた。
「これ、高校の時の文化祭の衣装だ」
 クローゼットの中にあった開けてない段ボールから出てきたのは埃を被ったメイド服だった。実家から持ってきた記憶もないし、そもそもこの段ボール自体引越しから開けてなかったのかと驚いたが、こんなものがまだ残っているとは思わなかった。
「メイド喫茶やったんだっけ。懐かしいな...…というかよくこんなの着てたな。クラシックタイプだからまだいいけど」
 ぶつぶつと呟きながらメイド服を捨てる方の袋に入れて、あ、と声を漏らした。
「そういえば、あれどこにやったっけ」
 クローゼットの方から離れ、机の方へと向かう。引き出しを開けると、中は未だ掃除は手付かずのまま放置されていた。雑誌や手帳が積み重なっているのをかき分けてみると、目的のものが奥から出てきた。
「まだ残ってたんだ」
 それは一冊のノートだった。中を開けば、料理のレシピや、いろいろな金額を計算したものが書かれている。それは、会社で働き始めた頃にいつかの夢としてカフェを開くことを目標にして書き記していたものだった。開業のための資金、イメージ図、メニューやレシピなどが書かれている。途中までは貯金や物件探しの計画などが書かれているが、記録は途中でぱたりと途絶えている。仕事の忙しさに追いやられて、そんな夢を持っていたこともすっかり忘れていた。パラパラとめくっていると、なんだか懐かしさが込み上げてきた。それと同時に、ある一つの考えが頭の中に浮かんだ。時間はある。お金もある。計画もある。あとは、自分がどうするかだけだ。面倒だなと頭の中でこぼれた自分の声を振り切るように、ノートを持って立ち上がった。

 真っ先に向かったのは不動産屋だった。住むだけの物件ではなく開業向けの不動産も紹介してくれるところで、そういった案件も慣れているのか思っていたよりスムーズに事は進んだ。ただ、社員の人に「今からお店するんですか?」とは何度も聞かれたけれど。
 話を聞いていると、どうも隕石の影響で不動産の価格に変動が出ているらしい。高層マンションやシェルター付きの高い家の値段が大きく上がっているのだとか。あとは避暑地などの別荘地も最後の住み場所として選ぶ人が多いのかよく売れていると言っていた。その分都会近辺の下町や、特に何もない田舎などは価格がだいぶ下がっているらしい。イメージしていた片田舎の古民家が安く売りに出されていたのはラッキーだった。今住んでいるところからは少し離れるが、どうせ仕事もないので引っ越してもなんの問題もないだろう。木造建築の二階建ての家をその場で即決支払いした。さらに、不動産業者のつてで改装工事の業者も紹介してもらうことができた。最近は家のリフォームをする人もいなくなってしまって、久しぶりの仕事だと喜んでいた。
 そこからはトントン拍子に話が進んだ。それはまあ面白いくらいにスムーズに。リフォーム業者にイメージを伝えて、施工工事も初めてもらった。ここでケチっていても仕方がないので、計画ノートに書いてあったことは全て頼んで工事してもらうことにした。最後に経済を大きく回すのもいいだろう。一階はカフェスペースで、二階は自分の居住スペースにした。一人で暮らすには広すぎる気もしたが、一緒に住む人の当てもない。それに、最後くらい広い場所でゆっくりするのもいいだろうと思った。夏のうちには出来上がるらしいので、それまでは別の準備をしていてくださいと言われた。開業のためには、食品衛生なんちゃらみたいな資格を取ったり、家具や引越しの準備をする必要があった。家のことは業者におまかせして、開業の準備に取り掛かる。やることは山積みだし決して楽ではないことばかりだったが、気分は穏やかだった。夏の日差しは暑くとも、頭の中は空のように晴れ渡っていた。

 あれこれしているうちに、夏はあっという間に過ぎていく。今住んでいる家を引き払う準備もほとんど終わり、荷造りも終盤に差し掛かっていた。段ボールを組み立てたりゴミを分別するのにも飽き、床に座ってベッドに背を預けながらスマホをいじっていた。
 そういえば、記録的な猛暑だとか台風だとかのニュースに紛れて、ネットでは陰謀論や終末論みたいなものをよく目にするようになった。政府官邸の敷地に謎の工事の手が入っているとか、隕石の衝突から生き残れるシェルターの売買だとか。地球を割るほどの隕石など地中に潜ったところで助かりようがないのはわかりきっているはずなのに、そういったものに縋ってしまうのが人間というものなのかもしれない。そう考えると、刻一刻と迫るタイムリミットの中でカフェを開こうとしている自分は確かにおかしいかもな、とふと笑みが溢れた。きっと、会社という枷が壊れておかしくなってしまったのかもしれない。いや、おかしかったのは枷の方だったのだけれど。側から見れば自暴自棄になっているように思われそうだ。後先を考えずに行動ができるというのはこんなにも楽なんだなと身をもって実感した。つい数ヶ月前まで同じ仕事を繰り返すだけの日々を過ごしていたとは考えられない。作業をしてはやり直し、新しい作業を始めたと思ったらまたやり直し。やりがい搾取どころか与えられるやりがいすらないのに薄給で働き詰めだったことを考えると、今の生活はずっと楽しく感じられる。嫌な会社の思い出を振り返っているとなんだか嫌気が刺してきた。何か違うことを考えようと思って、ふと最近見たニュースのことを思い出した。
「確か、これだっけ」
 ニュースサイトの記事を開く。そこには「相次ぐ不審火!同一犯か、模倣犯か?」という見出しが書かれていた。どうも最近不審火による火事が増えているらしい。そこまで大規模なものではないのだが、例年よりも明らかに件数が増えているとのことだった。時間帯が夜に限定され、原因も不明なことから何かの異常現象か、と囁かれていた。中には自暴自棄になった人が火を放った事例もあるらしいが、それを別としてもボヤ騒ぎが多いらしい。そういえば、会社が燃えた火事も結局原因はわからなかったと社長が言っていた。もしかしたらあの火事もその異常現象の一つなのかもしれない。自分も気をつけなければと言いかけて、原因不明の火事など気をつけようもないことに気づいた。とりあえず店用に消火器は買っておこうとメモをした。
 ぱたりとスマホを置いて、フローリングに体を投げ出した。窓の外に目をやれば夏独特の明るい夕焼けが空を覆っていた。残夏の暑さが部屋を焼く。カラリとした空気の中、段ボールの香りがする。まだまだ日中は暑いが、夏至は過ぎ、日は少しずつだが確かに短くなっている。未だ残り続ける暑さにうんざりしながら、やがて来る秋に思いを馳せる。床の陰になった部分の冷たさと自分の体にこもった熱がゆっくりと混ざり合うのを感じながら、夕食の準備から目を逸らすように瞼を閉じた。
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