同僚がヴァンパイア体質だった件について

真衣 優夢

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第5話 まさか、こんな

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 僕の名前は小宮山 桐生(こみやま きりゅう)。
 「私立アヤザワ高等学校」に勤める現国と古典の教師。


 そして、僕は。
 突然変異で生まれる稀有な存在「ヴァンパイア体質」だ。
 僕は人間から生まれ、人間として育った。
 今も人間として暮らしているし、これからもそうやって生きたいと願う。


 心のどこかで油断があった。ばれないだろう、大丈夫だろうと。
 僕は誰より知られたくなかった相手に、決定的瞬間を見られてしまった。


 朝霧令一先生。
 ぶっきらぼうで冷たく見られやすいけれど、実はお節介焼きで、人情にあふれていると僕は知っている。
 厳しいときは厳しく、生徒との距離感は適度に。業務はいつも生真面目で完璧主義。
 努力家でまっすぐで、ちょっと素直になれないところも好感が持てる、同い年の同僚。


 そんな彼が今、腕まくりをして僕に迫っている。
 なんでこうなったの……!?


「吸えと言っているだろう。
 お前が吸血するところを直に体験したいんだ」


 朝霧は好奇心が旺盛だ。
 僕の体質について聞いてくれたのも、生物学的興味からだろう。
 けど。さすがに。自分で人体実験はやりすぎじゃないかな!?


「朝霧……。
 吸えません。無理です。
 腕は血管がよく見えない。どこから吸っていいのかわからない。
 正直に言ってます。だから勘弁して」


 許して、なのかどうどう、なのか正気に戻って、なのか、僕自身混乱しながら両手を挙げ、拒否のジェスチャーをする。
 朝霧は「ふむ」と一言唸り、


 いきなりネクタイを外してシャツを脱いだ。


「なんでぬぐんですかあああ!?」

「お前の言い分はもっともだと思ってな。
 テンプレート的ヴァンパイアは首を噛んで吸血するだろう?
 頸動脈を噛まれるのは困るが、血管のわかりやすさ、肉の柔らかさ、噛みやすさからいって首が適している。
 血が垂れて汚れたら困るから脱いだ」

「なんでそんなにれいせいなんですかあああ!?」

「オレは、お前が動揺している理由がわからん。
 全面的に協力してるんだぞ。お前も人間から血を得る体験を試すといい」


 この!
 この、研究馬鹿!! 好奇心馬鹿!!!
 自分の体に危険があったらどうするの!?
 僕が本当に怪物みたいな存在で、襲われる可能を微塵も考えてないその顔が、今はちょっと腹が立つ。
 もっと自分を大切にして。こんな危険なことをやろうとしないで、朝霧の馬鹿!


「……わかった。やってみる」


 僕は腹をくくった。
 人間から血を吸えるチャンスは、これが最初で最後かもしれない。
 朝霧は協力してくれるだけだ。僕の気も知らずに。好奇心だけで。
 だから、やってみよう。
 目の前にいるのは、誰でもない朝霧なのだから。


 僕はとりあえず朝霧を椅子に座らせた。
 少量といえ血を採るのだから、貧血でぐらついたら危険だ。


「ええと……。朝霧。
 た、体調は安定していますか。
 服薬はしていませんか。
 発熱等はありませんか」

「確かに献血のイメージといったが、献血前の問診をしてどうする」

「不安だから……! 一応答えて……!」


「発熱なし。服薬なし。
 出血を伴う歯科治療なし。
 ここ数ヶ月の予防接種なし。
 一年以内の海外渡航なし。
 心臓病・悪性腫瘍・けいれん性疾患・血液疾患・ぜんそく・脳卒中なし、だ。
 ほかは?」

「あなたは妊娠または授乳中ですか」

「お前相当混乱してるな!?」

「もちろんだよ!?」


 緊張と動悸で、何が何だかわからなくなってきた。
 目の前には半裸の朝霧。
 それだけで僕にはどれだけ刺激が強いか、何もわかっていない朝霧が憎い。


「それでは。
 い……頂きます」

「どーぞ」


 軽い返事の朝霧がさらに憎い。にやにやしてるのは、これからどうなるか楽しみで仕方がないからだろう。
 ああ、なるようになれ!
 僕は朝霧に覆いかぶさるようにして、首筋に唇を近づけた。
 本能なのか、ヴァンパイア体質の感覚なのか、どこが吸血に適しているのか自然とわかる。


「桐生、お前、目が」

「?」

「瞳が、赤く変わってる」


 一瞬しまったと思ったが、もう隠す必要はないから、朝霧に返事もしなかった。
 僕の瞳は、たまに真紅に色を変える。
 吸血衝動が高まったときや、強い怒り、興奮などがきっかけらしい。
 感情が静まれば色は戻るから、僕は吸血衝動が来そうな時期には黒のカラコンをつけている。普段から、感情抑制も訓練している。


 つまり僕は今、とても興奮しているらしい。


 隠していた犬歯を伸ばし、朝霧の首に当てる。
 朝霧が身を固くした。


「力を抜いて」


 筋肉が固くなると痛みを感じるかもしれない。
 僕は動物にやってきたように、今から噛む場所を舐めた。
 朝霧の体が震えた気がする。くすぐったかったかな。
 でも、これをしないと激痛になるから。


 尖った犬歯を朝霧の首に立てて、ゆっくりと押し込む。
 噛むというには優しすぎる行為。たとえ動物でも、傷つけたくない僕が考えた方法。
 傷を最小限にするために、牙を入れすぎないように。すぐに解放できるように。


「ん……っ」


 朝霧が小さく声をあげた。激痛から出た声ではなさそうだ。違和感がするのかな。
 僕はわずかに牙を引き、丁寧に少しずつ、漏れてくる血液を味わった。


 甘い……!!


 熟れた果実のようにみずみずしい甘さ。
 動物でこんな風に感じたことはない。こんな、とろけそうな味わいは初めてだった。


 ごくん、と喉を通す。
 染みわたる満足感。もっと飲みたいと欲望が心をよぎる。
 僕はぎゅっと目を閉じ、自制した。
 ひとくちで足りると、僕は理解できているだろう?
 今、僕は、朝霧を傷つけているんだ。
 離れるんだ。朝霧を離すんだ。


 刺す時よりもゆっくり、時間をかけて牙を抜く。
 本来なら大怪我である傷を唾液で癒し、傷を塞ぎながら抜くためだ。
 これで出血は最小限になり、傷跡もきれいに消えていく。


「終わったよ、朝霧。
 ……朝霧?」


 朝霧が、力が抜けたように僕に倒れこんできた。
 僕はとっさに抱き留めた。
 朝霧の息が荒い。顔は紅潮し、苦しそうに見える。


「朝霧、どこか苦しいの!?」

「くるしくは……、……、ぅ……
 はあ、……あ……っ、なんだ、これ、は、」

「体に異常が出たんだね!?
 待って、すぐ救急車を呼」

「ちがう」


 朝霧はろれつも怪しかった。
 朝霧は僕のシャツを掴んで、たどたどしく訴えた。


「あつ、くて、……きもち、いい」

「……え」

「どうなって、……、あつ、い、……
 あたまが、まわら、な……」


 僕は思い出した。
 僕にヴァンパイア体質がなんたるかを教えてくれた、おじいさんの言葉を。
 どうして忘れていたかって。
 中学生の僕には理解できない、遠回しな言い方だったから。


『いいかボウズ。
 惚れた相手ができたら、とりあえず血を吸ってみろ。一発でオチる。
 最初の一回は特別に効くからなあ』

『なに言ってんのさおじいさん。
 そんなことしたら、ビンタされて警察に突き出されて終わりでしょ』


 まさか、そんな。
 一発でオチるって、効くって、


 こういう意味……!!



つづく
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