同僚がヴァンパイア体質だった件について

真衣 優夢

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第11話 恋愛の定義

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 また、前のような気まずさを繰り返すのだろう。
 ……と思っていたオレの予想は、見事に裏切られた。


「朝霧先生、お昼ちゃんと食べた?
 僕のおにぎり一個いる?」


 席が隣ということは、どちらかがわざと避けなければ、自然と交流する。
 にっこり笑顔でコンビニおにぎりを差し出す桐生に、オレは手だけでNOを示した。


 なんでこいつなんでもない顔でふつうに話しかけてくるんだよ!?


 宿直室で夕方まで爆睡し、そのままとぼとぼ退勤したオレは体調不良扱いになっていて。
 仮眠では体調が戻らなかったが土日を挟んで回復した、という話が、オレの知らないところで定着していて。
 月曜日の桐生は、このとおりの穏やかな笑顔。


 ぷいと桐生から顔をそむけると、脳裏に、官能的な桐生の顔が思い出された。
 うわあああ!
 普段の桐生を見ているほうがマシだ!
 ちらっと桐生を横目で見ると、幸せそうにツナおにぎりを頬張っている。


「そういえばお前、昼はいつもコンビニおにぎりだな。
 栄養もカロリーも、それで足りるのか?」


 桐生は微笑んで、少しだけ顔をオレに近づけ、違和感ないよう小声でささやいた。


「体質のせいかな。あまり食べる必要がないんだ。
 今食べてるのもポーズだよ。
 水分は必要だけど、食事がなくても生きられる」

「!?」


 さらっと済ませられることじゃないぞ!?
 何も食べないで生きられるとは。ヴァンパイア体質、聞けば聞くほど人間離れしている。
 生物学の根底が覆されそうだ。


 桐生はにこにことオレを眺めていた。
 こいつ、宿直室の件を忘れたのか!?
 機嫌よさそうな笑顔は、オレをまっすぐ見つめていて。


 今は闇色の瞳にオレが映って、桐生は嬉しそうに、幸せそうに笑っている。
 まるで恋をしているように。
 まるで、じゃなくて。


 がたん!!
 オレは勢いよく椅子から立ち上がり、「飲み物! 買ってくる!」と聞かれてもないのに言い捨てて職員室を出た。


 昼休みはそろそろ終わり。生徒の姿はほとんどない。
 自販機の横で、オレは壁に手をついてうなだれた。
 あのご機嫌笑顔がなんなのかわかった。


 あいつ、恋心を隠すのをやめたんだ。
 真正面からオレを見て、視線で、表情で、まっすぐ愛情をぶつけている。
 延々と思いを隠していた? らしい? 桐生は、隠す必要がなくなったことを喜んでいるのだ。
 オレがきっぱり拒絶したらきっと……『穏やかな桐生先生』に戻るのだろう。


 オレは缶のココアを手に、屋上へ足を運んだ。
 屋上は、生徒は立ち入り禁止だが、教師なら鍵があれば誰でも入れる。
 設備の定期的点検のためと、こっそり設置されたベンチで遠くの景色を見て癒されるため。
 教師という職業はストレスの塊だ。息抜きがなければ、体も心もやられる。
 かなり自由度の高いアヤザワでも疲弊するのに、公立の激務を考えると、よく教師なんてやれるものだと思ってしまう。


「はあ……」


 冷たいココアをひとくち含む。緊張が少しだけほぐれた。
 屋上の柵は高い。目が細かいフェンスに覆われ、一番上には鉄条網が巻いてある。
 4階建ての校舎の屋上まで侵入してくる人間はまずいないと考えて、これは教師の落下防止と思われる。
 いろいろ推察できて世知辛い。


「桐生が、オレを好き……?」


 ベンチから見える景色は、フェンスの薄緑色を通して、ぼんやりと現実味がなかった。


 男に好かれた経験はない。
 女に好かれた経験もない。
 まともな友人がいた経験もない。
 生きてきた中で、友人と呼べるのは桐生だけだった。


 オレは昔から、可愛くない子どもだった。
 本ばかり読んで外で遊ぶのを拒否し、かと思うと急に、虫や動物をルーペ片手に追いかけまわしていたそうだ。
 その奇人っぷりは、同年代を怯えさせるのには十分だった。
 そしてオレは、そんな周囲を心のどこかで馬鹿にしていた。
 オレは自分を天才だと思い込んでいた。なんとも恥ずかしい子どもだった。


 中学くらいからうすうす現実に気づき、高校の成績で明白になった。
 自分は凡人でしかなかった。
 好奇心が旺盛なだけで、特別な才能のない一般人だった。
 それを認めたくなくて、ますます人との交流を避け、特別になりたくて、大学で研究職を目指して猛勉強した。
 オレに才能があるとしたら、人並外れた好奇心と、情報を取り入れる柔軟性くらいだ。
 履歴書に書けるものではない。他者と比較して褒められるものでもない。つまりは無意味。
 凡人だと自分を知ったうえでプライドに縋りつく、偏屈でみじめな人間がオレだった。


 オレが尊敬し、理想と掲げる男が、オレを好きだと言った。
 恋人としてオレを欲しいと言った。
 あいつに誠実であるために、オレは答えなければならない。
 断るか、受け入れるか。二択問題だ。


 男を恋愛対象として見れるかどうか。
 オレはまず、そこを考えた。


 …………。
 …… …………。
 …… …………。…………。
 恋愛ってなんだ!?!?


 困ったときのスマホ検索。
 恋愛、と検索すると、『男女間の愛情、互いに恋い慕うこと』と出た。
 こんちくしょう、役に立たん!!
 ジェンダーの概念を書き加えろ! 今の時代、恋愛を男女だけで絞るとかどうかしてるぞ!!


 オレは検索の方法を変えた。


「告白されたらどうすればいいか……」


 ん?
 具体的なアドバイスが出てきたぞ。


 返事に困ったら保留にする。よし、クリアしている。
 自分と向き合う時間を作る。今やっている。
 いつまでに返事をするか相手に明確に伝える。………。パス。
 自分と価値観が近いかなどを考える。
 自分にプラスになる返答をする。


「価値観か……」


 教師の立場で、よく生徒に諭す言葉だ。
 正しい価値観を持て、ゆがんだ価値観に惑わされるな、などと口では言うが、あらためて考えると、あやふやで形にならないものだ。


 桐生は同い年。幼いころにハマったアニメや漫画の話題がぴったり合う。
 オレはひとつのことに集中するとまわりが見えなくなる。そんなオレを忌避する者は多かったが、桐生は時折オレの肩を叩き、休憩するよう促してくれる。オレの生き方を否定しない。
 学校行事やハプニングの際は打ち合わせもなしに協力しているし、それに慣れて、当然のように互いを頼っている気がする。
 互いのこだわりはあっても、生徒を導く責任感については一致しているだろう。


 桐生とオレの価値観は、合う……のか?


 イエスよりの保留にしておく。
 あとは返事だ。


 断るべきだろう、と理性で思う。
 オレは長男だし、周囲に紹介できない恋人というのは……
 いや、オレはそもそも、恋人を家族に紹介しない。それは気にしなくていいんじゃないか。
 周囲を考える前に、オレ自身だ。
 オレはどうしたい?


「だから、恋愛ってのはなんなんだ……!」


 思考がスタート地点に戻ってしまった。
 オレは中指で眉間のしわを伸ばした。
 考え込むとここにしわができてるよ、と、桐生が教えてくれたから。


 オレはもう一度スマホに頼った。
『 恋の悩み 告白 』で検索する。


 一般質問コーナーが出てきた。信憑性と根拠に欠けそうなソースだ。
 この記事は……。告白されたけれどどう返事していいかわからない、相手を好きかどうかもわからない、と。ふむふむ。
 広告が邪魔だ。ベストアンサーはどれだ?


『キスしてもいい、キスしたいと思ったら、相手を好きな証拠です』

 
 これが……ベストアンサーなのか……。

 
 キスの経験はない。オレの記憶にないところで両親がオレにしていてもノーカンとする。
 したいかどうかと言われても。


 胸がずくんと熱くなる。
 キス、したじゃないか。
 宿直室で、桐生とオレは、手のひら越しにキスをした。


 もし、桐生の手がなかったら、オレは嫌だったか?
 

「嫌じゃ……、ないな……?」

 
 顔が火照る。
 自分に正直に、自分にプラスになるよう考える。
 オレは桐生の好意が嫌じゃない。
 宿直室ではひどい目に合わされたが、結果的にオレは静まった。
 あの桐生はちょっと恐かったが、惹き付けられる魅力があった。


 ヴァンパイア体質という、厄介なものを持って生まれた桐生。
 オレは内心嬉しかった。優越感を感じていた。
 桐生は誰とでも仲がいいが、桐生が誰にも言えない秘密を共有しているのは、オレだけ。
 緊急事態に協力し、助けてやれるのはオレだけ。
 そんな特別意識があった。


 オレの目には完璧に見えていた男が、オレに弱点をさらけ出した時、オレは喜んだ。
 唯一の理解者という立場は、まるで桐生を独り占めしたように思えてならなかった。

 
「ちょっと、これは、まさか。
 オレは同性愛者ではないはず……。
 桐生限定、そう、桐生限定だ!」

 
 小宮山桐生。
 恋ではなかったけれど、大切な友人で、ずっと惹かれていた相手。
 

「もう一度最初からっ、思考の整理を!」


 オレは、否定する要素を見つけたかったのだろう。
 それでも本音は正直で、恋に対する好奇心も、ものすごくあって。


 また、手のひら越しのキスを思い出す。
 むずがゆいような、こそばゆいような、緊張するような、照れるような。
 そんな感情が混ざりあう。


 一般的に恋と呼ばれる感情を知らないから。
 オレはもうしばらく、無駄なあがきで葛藤することになる。




 つづく
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