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番外編 体育祭 その1
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私立アヤザワ高校では、6月に体育祭が行われる。
何故わざわざ梅雨に、と思うが、意外と悪くない。気温としては最適だ。
理事長のいつものコネで、気象予報士数人から天気のいい日を割り出し、雨で延期になった場合も想定して、開催予定日が3日ほど準備してある。
どれか晴れればいいという博打を理事長が外したことはなく、だいたい初日に開催、だめでも次の延期日には体育祭が行われている。
「きりゅたーん、ジャージ似合ってるよー!
手のケガ、大丈夫?」
「もうほとんど平気だよ、ありがとう。
でも、今日は走るのはやめておくね」
「ええーーー!!
きりゅたん、今年走んないの!?
やあだあーー!!」
いつもの通り、人気者の桐生が生徒に揉まれている。
桐生が手に大怪我をしたのは、10日ほど前のこと。
激しい運動などできるはずがない。先日まで三角巾で手を吊っていたくらいなのに。
そういえば、桐生はとうとう、伸びすぎたしっぽを切った。
生徒によく引っ張られていた、ひとつ括りの襟足のことだ。横髪も鬱陶しくて整った顔が隠れ気味だったが、センター分けの前髪はそのまま、涼しげに短く爽やかな印象になった。
生徒から『断髪式終了』『ノーしっぽきりゅたん』『毛刈りの季節』など好き勝手言われても笑っている桐生はすごいと思う。ムカつかないのか?
「朝霧先生、今、あいてますか!?」
「あっ西村先生、行けます、次は何ですか?」
「次の競技、借り物競争の机の配置お願いします」
教頭の西村先生に頼まれて、オレはグラウンドへ走った。
うちの高校には体育祭に予行演習がない。
その代わり、体育の授業で競技の練習をしたり、全校朝礼でストレッチをしたりする。
体育祭そのものはぶっつけ本番。生徒はわくわくするだろうが、若手教師は一日中走り回らされる。
体育委員の生徒や学校の事務員も手伝ってくれるが、ギリギリ回るかどうかの人員だ。
何せ今年は、誰より準備に積極的だった桐生が、怪我で見学なのだから。
最初の全校生徒集合、体育祭開始の挨拶を済ませると、生徒はほぼ自由行動。
各クラスに設置された休憩テントを使うもよし、解放された校舎で休むもよし。
自分の競技の前に集合してさえいれば、校内のどこにいてもかまわない。
グラウンドだけでなく、体育館では球技も行われている。目当ての生徒の応援に向かう奴らも多い。
熱中症対策とはいえ、自由すぎる催しだ。
来賓と保護者観覧席にはいい椅子が置かれ、冷却風が出る高級家電まで設置されている。
じかに見に来なくても、現場を生配信しているので、保護者ならいつでもスマホで閲覧可能。
プログラムを把握していれば、我が子の競技を見逃すことはない。
たとえ見逃しても、後ほど編集されたデータが保護者用に販売される。
プロカメラマンを雇って写真を撮らせ、一枚いくらで販売もする。
うちの理事長は頭のネジが飛んでいる。これは採算が取れているのか? どっちでもいいが。
「ごめんね朝霧先生。
今年は任せっきりで」
「怪我人はおとなしく休んでろ、桐生先生。あいつらみたいにな」
謝る桐生に、オレは視線だけで職員席をチラ見した。
私立ならでは、高齢の先生が多い。60歳を過ぎた先生方はのんびりと着席して茶を飲んでいる。
ちくしょう、オレもあそこに混ざりたい。
次の競技はなんだったか。オレの担当だったら、点呼して配置させて……。
素早く片付けて次の競技に移行させて、ああああ。
「片手でも、できることはやるつもりだよ」
「動いて出血するほうが迷惑だ。座ってろ」
「……はい」
放っておくと何かしそうな桐生を一括し、オレは100m走の補佐に走った。
視線の端に校舎の陰が見えた。男子と女子。ああ、告白か、いちゃつきか。
いいなお前らは!
高校生活で3回しかない体育祭、全力で楽しめよ! でないとオレたちの苦労が報われん!
体育祭も後半。そろそろ、クラス対抗リレーの時間だ。
毎年、この競技は生徒もテントに戻って全力応援の体勢をとる。
一年生から三年生、全クラスがトーナメント状態で6人一組のリレーをし、優勝を争う。
一番の見どころは、6人のうち一人が、担任または副担任であるということ。
普段見られない、教師の全力疾走を生徒は笑いながら楽しみ、これでもかとスマホで撮影する。
当然だが、体育祭中のスマホは禁止。そんなこともお構いなしで撮影したいくらい、面白いのだろう。
トーナメント戦だが、教師が走るのは最初の一回だけで、勝ち上がったあとは生徒だけの勝負となる。
オレは3-Cの担任だから、走らなければならない。
気が重い……。運動は苦手だ。
去年から教師が第一走者になって、なおさら気が重い。
本当は教師はアンカーの一つ前、第5走者になってアンカーを引き立てる役割だったのだが、体育の柳原先生と、足の速い桐生が、アンカーが大逃げできるくらいにごぼう抜きしてしまったために順序が変わった。
担任が速いから勝つなんてずるい、という生徒の言い分はもっともである。
桐生は1-Bの担任だが、怪我で走れないため、養護教諭(保健室の先生)の白鳥先生が代わりに出ることになっていた……はず、だが。
なんで白鳥先生、職員席で寛いでいるんだ? 出番だぞ!?
『これより、全学年クラス対抗リレーを行います』
放送部の生徒の声がマイクから響く。
先生たちは互いの顔を見合わせ苦笑しながら、バトンをもってスタート地点に移動している。
その中に、いてはならない奴がいた。
何してるんだ桐生!?
左手の怪我に強く布を巻き、ジャージの上を脱いで半袖になった桐生が、クラスの生徒に手を振っていた。
つづく
何故わざわざ梅雨に、と思うが、意外と悪くない。気温としては最適だ。
理事長のいつものコネで、気象予報士数人から天気のいい日を割り出し、雨で延期になった場合も想定して、開催予定日が3日ほど準備してある。
どれか晴れればいいという博打を理事長が外したことはなく、だいたい初日に開催、だめでも次の延期日には体育祭が行われている。
「きりゅたーん、ジャージ似合ってるよー!
手のケガ、大丈夫?」
「もうほとんど平気だよ、ありがとう。
でも、今日は走るのはやめておくね」
「ええーーー!!
きりゅたん、今年走んないの!?
やあだあーー!!」
いつもの通り、人気者の桐生が生徒に揉まれている。
桐生が手に大怪我をしたのは、10日ほど前のこと。
激しい運動などできるはずがない。先日まで三角巾で手を吊っていたくらいなのに。
そういえば、桐生はとうとう、伸びすぎたしっぽを切った。
生徒によく引っ張られていた、ひとつ括りの襟足のことだ。横髪も鬱陶しくて整った顔が隠れ気味だったが、センター分けの前髪はそのまま、涼しげに短く爽やかな印象になった。
生徒から『断髪式終了』『ノーしっぽきりゅたん』『毛刈りの季節』など好き勝手言われても笑っている桐生はすごいと思う。ムカつかないのか?
「朝霧先生、今、あいてますか!?」
「あっ西村先生、行けます、次は何ですか?」
「次の競技、借り物競争の机の配置お願いします」
教頭の西村先生に頼まれて、オレはグラウンドへ走った。
うちの高校には体育祭に予行演習がない。
その代わり、体育の授業で競技の練習をしたり、全校朝礼でストレッチをしたりする。
体育祭そのものはぶっつけ本番。生徒はわくわくするだろうが、若手教師は一日中走り回らされる。
体育委員の生徒や学校の事務員も手伝ってくれるが、ギリギリ回るかどうかの人員だ。
何せ今年は、誰より準備に積極的だった桐生が、怪我で見学なのだから。
最初の全校生徒集合、体育祭開始の挨拶を済ませると、生徒はほぼ自由行動。
各クラスに設置された休憩テントを使うもよし、解放された校舎で休むもよし。
自分の競技の前に集合してさえいれば、校内のどこにいてもかまわない。
グラウンドだけでなく、体育館では球技も行われている。目当ての生徒の応援に向かう奴らも多い。
熱中症対策とはいえ、自由すぎる催しだ。
来賓と保護者観覧席にはいい椅子が置かれ、冷却風が出る高級家電まで設置されている。
じかに見に来なくても、現場を生配信しているので、保護者ならいつでもスマホで閲覧可能。
プログラムを把握していれば、我が子の競技を見逃すことはない。
たとえ見逃しても、後ほど編集されたデータが保護者用に販売される。
プロカメラマンを雇って写真を撮らせ、一枚いくらで販売もする。
うちの理事長は頭のネジが飛んでいる。これは採算が取れているのか? どっちでもいいが。
「ごめんね朝霧先生。
今年は任せっきりで」
「怪我人はおとなしく休んでろ、桐生先生。あいつらみたいにな」
謝る桐生に、オレは視線だけで職員席をチラ見した。
私立ならでは、高齢の先生が多い。60歳を過ぎた先生方はのんびりと着席して茶を飲んでいる。
ちくしょう、オレもあそこに混ざりたい。
次の競技はなんだったか。オレの担当だったら、点呼して配置させて……。
素早く片付けて次の競技に移行させて、ああああ。
「片手でも、できることはやるつもりだよ」
「動いて出血するほうが迷惑だ。座ってろ」
「……はい」
放っておくと何かしそうな桐生を一括し、オレは100m走の補佐に走った。
視線の端に校舎の陰が見えた。男子と女子。ああ、告白か、いちゃつきか。
いいなお前らは!
高校生活で3回しかない体育祭、全力で楽しめよ! でないとオレたちの苦労が報われん!
体育祭も後半。そろそろ、クラス対抗リレーの時間だ。
毎年、この競技は生徒もテントに戻って全力応援の体勢をとる。
一年生から三年生、全クラスがトーナメント状態で6人一組のリレーをし、優勝を争う。
一番の見どころは、6人のうち一人が、担任または副担任であるということ。
普段見られない、教師の全力疾走を生徒は笑いながら楽しみ、これでもかとスマホで撮影する。
当然だが、体育祭中のスマホは禁止。そんなこともお構いなしで撮影したいくらい、面白いのだろう。
トーナメント戦だが、教師が走るのは最初の一回だけで、勝ち上がったあとは生徒だけの勝負となる。
オレは3-Cの担任だから、走らなければならない。
気が重い……。運動は苦手だ。
去年から教師が第一走者になって、なおさら気が重い。
本当は教師はアンカーの一つ前、第5走者になってアンカーを引き立てる役割だったのだが、体育の柳原先生と、足の速い桐生が、アンカーが大逃げできるくらいにごぼう抜きしてしまったために順序が変わった。
担任が速いから勝つなんてずるい、という生徒の言い分はもっともである。
桐生は1-Bの担任だが、怪我で走れないため、養護教諭(保健室の先生)の白鳥先生が代わりに出ることになっていた……はず、だが。
なんで白鳥先生、職員席で寛いでいるんだ? 出番だぞ!?
『これより、全学年クラス対抗リレーを行います』
放送部の生徒の声がマイクから響く。
先生たちは互いの顔を見合わせ苦笑しながら、バトンをもってスタート地点に移動している。
その中に、いてはならない奴がいた。
何してるんだ桐生!?
左手の怪我に強く布を巻き、ジャージの上を脱いで半袖になった桐生が、クラスの生徒に手を振っていた。
つづく
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