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59話 おうちデート
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金曜の夜、桐生は一度、自分のマンションに帰った。
玄関で出迎えるところから始めたいとオレが言ったからだ。
ちゃんとインターホンを鳴らし、桐生が来訪を知らせる。
モニターには、普段より少しだけ着飾った桐生の姿。
こいつの普段着は、ほとんど黒一色だ。
飛ぶ時に闇に隠れやすいからと本人は言っていたが、コウモリなら服は着ないし、人間の姿なら背中が破れてしまう。
気になって調べたら、『存在を隠したい』という心理的要因もあるらしい。
そんな桐生が、ダークレッドのベストを着ていた。本当に珍しい。
家デートなのに嬉しさを隠しきれない表情。手土産の箱には、オレの好きなケーキ店のロゴマークがあった。
「ええと……、よく来たな」
自分で呼んでおいて何と言っていいかわからず、目をそらし気味にドアを開けると、ふんわりと桐生が抱きしめてきた。
まだドアを閉めていない、近所に見られたら、と思った。けれど、振り払う気になれなかった。
ゆるいハグは数秒間。オレは桐生を引っ張り込んでドアをしっかり閉めた。
「お邪魔します」
「今更だな。昨日もずっといたくせに」
「人間として招かれたのは久しぶりだよ」
冗談を言い合って、オレは桐生と、互いのケーキを半分にして食べた。
桐生は甘いものが特別好きではない。嫌いでもない。
オレと過ごしてから、桐生は甘味に詳しくなった。
あそこのクリームは絶品だったとか、あっちにいい和菓子の店ができたとか。
自分でこっそり味見してから、よかった店だけオレに教えてくれる。オレの知らないところで胸焼けしてるかもな。
「令一、口の横にクリームついてる」
「ん? こっちか?」
「ふふ、嘘だよ」
ちゅ、と唇の端に桐生がキスをした。
ケーキの味を確かめるように唇を舐めていって、軽くついばみ、離れる。
オレは桐生を強引に引き寄せてキスの続きをねだった。
軽く開いたオレの口に、桐生の舌がやわらかく入ってくる。
ケーキより甘くて、濃厚な味がした。
「……ここまで。
これ以上は、抑えが利かなくなっちゃう。僕も令一も」
「ん、……」
少しの唾液なら、ほわんと心地よくなる程度。激しい衝動は来ない。
ちょうどいいリラックス効果で、オレは桐生にもたれかかった。
甘えたい気分だった。
ずっと触れられなかった、触れたかった。桐生の男らしい胸板の感触がする。
なでなでしたら、「くすぐったいよ」と微笑まれた。
愛おしさをかみしめながら、互いに理解している。
これは確認だ。
どこまでオレが平気か。どこまでならなんともないか。
不快感が出たとしても、どこまでなら耐えられるか。
今のところは幸せで、ずっとこうしていたい満足感があった。
そのままに伝えたら、桐生はオレの頭を抱き寄せ、額に軽く口づけた。
オレがパニックにならなければ、今日という日のほとんどをベッドで過ごすことになる。
空腹では困るので、先に軽く食事をする。
オレが桐生にリクエストしたのは、あの日食べた、梅肉と鳥ささみのパスタだった。
「手抜きレシピなのに、ほんとにこれでよかったの?」
「オレにとっては一生忘れられない味で、御馳走だ」
桐生と恋人になって、はじめて食べた桐生の手料理。
オレの中の特別なメニュー。
「簡単だから、いつでも作るよ」と桐生が言う。
その言葉の奥に、『ずっと傍にいる』という意味があるのが伝わってくる。
「飲んだ次の日の朝に是非食いたい」
「それ、前にも聞いた気がする」
大皿に盛ったパスタを、二人で小皿でとりながら食べた。
桐生が遠慮すればオレは食べない。オレが食べないと桐生が食べ始める。
コウモリの餌付けで桐生の性質を理解したから、この食べ方がいい。
こいつがオレに食わせたい時もわかるし、何らかの理由で食欲がない時もすぐ気づける。
それに、シェアして食べること自体が楽しい。
洗い物を終えて、オレたちはバスルームへ移動した。
一人暮らし用のマンションの風呂は狭い。体格のいい桐生にはなおさらだ。
シャワーで軽く流してから、ぎゅうぎゅうに湯船につかると、湯がどばどば溢れてしまった。
なんだかおかしくて二人で笑った。湯船で、互いに絡みつくように抱きしめあった。
適温の湯と桐生の鼓動を、じっと感じるだけの時間。
触らなくても、動かなくてもよかった。
ふとした時に、桐生の息遣いが耳に届いてぞくっとした。
何もしていないのに、お互いが昂るのを感じる。湯で滑らかな互いの肌が離れたり、くっついたり。
うとうとしそうになる。心地よかった。
ちょんちょん、と桐生がオレの肩をつつく。
15分もこうしていたらしい。のぼせる前に、もう一度シャワーを浴びてバスルームを出た。
桐生は、「こうさせて」とオレを姫抱っこして寝室まで運んだ。
オレも断らなかった。
桐生の首にしっかり抱きついて入る寝室は、昨日も一緒に寝たはずなのに、胸が高鳴った。
桐生がオレを優しく下ろし、ベッドに座らせる。
腰にバスタオルを巻いただけの桐生はしゃがんでいて、オレより目線が低い。
「いくよ。大丈夫?」
「ああ。頼む」
あの時のリベンジだ。
桐生はできるだけゆっくり立ち上がった。オレにはっきり見えるよう、オレの前に立つ。
オレは頷いた。OKのサイン。
桐生はもう一歩近づき、少しかがんで、オレの顔を覗き込んだ。
「……はははっ」
急に笑ったオレに、桐生はかなりびっくりしたらしい。
桐生のほうがガチガチに緊張していて、ひどい顔だったのだ。
「令一、気分悪くなってない?
体に、こころに、負担かかってない?」
「自分が馬鹿らしいとしみじみ思っているところだ。
体格がそれっぽい以外、どこも共通点がない。
どこを重ねて見ていたんだろうな」
玄関で出迎えるところから始めたいとオレが言ったからだ。
ちゃんとインターホンを鳴らし、桐生が来訪を知らせる。
モニターには、普段より少しだけ着飾った桐生の姿。
こいつの普段着は、ほとんど黒一色だ。
飛ぶ時に闇に隠れやすいからと本人は言っていたが、コウモリなら服は着ないし、人間の姿なら背中が破れてしまう。
気になって調べたら、『存在を隠したい』という心理的要因もあるらしい。
そんな桐生が、ダークレッドのベストを着ていた。本当に珍しい。
家デートなのに嬉しさを隠しきれない表情。手土産の箱には、オレの好きなケーキ店のロゴマークがあった。
「ええと……、よく来たな」
自分で呼んでおいて何と言っていいかわからず、目をそらし気味にドアを開けると、ふんわりと桐生が抱きしめてきた。
まだドアを閉めていない、近所に見られたら、と思った。けれど、振り払う気になれなかった。
ゆるいハグは数秒間。オレは桐生を引っ張り込んでドアをしっかり閉めた。
「お邪魔します」
「今更だな。昨日もずっといたくせに」
「人間として招かれたのは久しぶりだよ」
冗談を言い合って、オレは桐生と、互いのケーキを半分にして食べた。
桐生は甘いものが特別好きではない。嫌いでもない。
オレと過ごしてから、桐生は甘味に詳しくなった。
あそこのクリームは絶品だったとか、あっちにいい和菓子の店ができたとか。
自分でこっそり味見してから、よかった店だけオレに教えてくれる。オレの知らないところで胸焼けしてるかもな。
「令一、口の横にクリームついてる」
「ん? こっちか?」
「ふふ、嘘だよ」
ちゅ、と唇の端に桐生がキスをした。
ケーキの味を確かめるように唇を舐めていって、軽くついばみ、離れる。
オレは桐生を強引に引き寄せてキスの続きをねだった。
軽く開いたオレの口に、桐生の舌がやわらかく入ってくる。
ケーキより甘くて、濃厚な味がした。
「……ここまで。
これ以上は、抑えが利かなくなっちゃう。僕も令一も」
「ん、……」
少しの唾液なら、ほわんと心地よくなる程度。激しい衝動は来ない。
ちょうどいいリラックス効果で、オレは桐生にもたれかかった。
甘えたい気分だった。
ずっと触れられなかった、触れたかった。桐生の男らしい胸板の感触がする。
なでなでしたら、「くすぐったいよ」と微笑まれた。
愛おしさをかみしめながら、互いに理解している。
これは確認だ。
どこまでオレが平気か。どこまでならなんともないか。
不快感が出たとしても、どこまでなら耐えられるか。
今のところは幸せで、ずっとこうしていたい満足感があった。
そのままに伝えたら、桐生はオレの頭を抱き寄せ、額に軽く口づけた。
オレがパニックにならなければ、今日という日のほとんどをベッドで過ごすことになる。
空腹では困るので、先に軽く食事をする。
オレが桐生にリクエストしたのは、あの日食べた、梅肉と鳥ささみのパスタだった。
「手抜きレシピなのに、ほんとにこれでよかったの?」
「オレにとっては一生忘れられない味で、御馳走だ」
桐生と恋人になって、はじめて食べた桐生の手料理。
オレの中の特別なメニュー。
「簡単だから、いつでも作るよ」と桐生が言う。
その言葉の奥に、『ずっと傍にいる』という意味があるのが伝わってくる。
「飲んだ次の日の朝に是非食いたい」
「それ、前にも聞いた気がする」
大皿に盛ったパスタを、二人で小皿でとりながら食べた。
桐生が遠慮すればオレは食べない。オレが食べないと桐生が食べ始める。
コウモリの餌付けで桐生の性質を理解したから、この食べ方がいい。
こいつがオレに食わせたい時もわかるし、何らかの理由で食欲がない時もすぐ気づける。
それに、シェアして食べること自体が楽しい。
洗い物を終えて、オレたちはバスルームへ移動した。
一人暮らし用のマンションの風呂は狭い。体格のいい桐生にはなおさらだ。
シャワーで軽く流してから、ぎゅうぎゅうに湯船につかると、湯がどばどば溢れてしまった。
なんだかおかしくて二人で笑った。湯船で、互いに絡みつくように抱きしめあった。
適温の湯と桐生の鼓動を、じっと感じるだけの時間。
触らなくても、動かなくてもよかった。
ふとした時に、桐生の息遣いが耳に届いてぞくっとした。
何もしていないのに、お互いが昂るのを感じる。湯で滑らかな互いの肌が離れたり、くっついたり。
うとうとしそうになる。心地よかった。
ちょんちょん、と桐生がオレの肩をつつく。
15分もこうしていたらしい。のぼせる前に、もう一度シャワーを浴びてバスルームを出た。
桐生は、「こうさせて」とオレを姫抱っこして寝室まで運んだ。
オレも断らなかった。
桐生の首にしっかり抱きついて入る寝室は、昨日も一緒に寝たはずなのに、胸が高鳴った。
桐生がオレを優しく下ろし、ベッドに座らせる。
腰にバスタオルを巻いただけの桐生はしゃがんでいて、オレより目線が低い。
「いくよ。大丈夫?」
「ああ。頼む」
あの時のリベンジだ。
桐生はできるだけゆっくり立ち上がった。オレにはっきり見えるよう、オレの前に立つ。
オレは頷いた。OKのサイン。
桐生はもう一歩近づき、少しかがんで、オレの顔を覗き込んだ。
「……はははっ」
急に笑ったオレに、桐生はかなりびっくりしたらしい。
桐生のほうがガチガチに緊張していて、ひどい顔だったのだ。
「令一、気分悪くなってない?
体に、こころに、負担かかってない?」
「自分が馬鹿らしいとしみじみ思っているところだ。
体格がそれっぽい以外、どこも共通点がない。
どこを重ねて見ていたんだろうな」
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