同僚がヴァンパイア体質だった件について

真衣 優夢

文字の大きさ
80 / 85

58話 約束は土曜日

しおりを挟む
 今日、オレは授業がない。自動的に休日になる。
 西村先生にはすべての事情を話している。オレよりも狼狽して心配してくれて、半年ほど休みますか? と言われた時は焦った。
 一か月、短縮勤務で様子を見ることで話がついてよかったと思う。


 深呼吸する。息を吸って、ゆっくりと吐く。
 もう一度。ゆっくり息を吸い、細く長く吐く。
 今でも時折、あの拷問やあの男の顔が浮かぶ。
 それは記憶であり、実際にあったことだから、思い出して当然だと優しく自分に言い聞かせる。
 カウンセラーから教わった方法だ。
 自分を責めない。受け入れる。受け止める。そして、受け流す。
 何度も何度も繰り返し、日常になるまで行った瞑想による訓練。
 何をしても、恐怖や苦痛が消え去るわけではない。オレの中に一生残る。それも覚悟した。
 だが、過去は過去。過去の記憶は時間とともにゆるやかになる。
 苦しい記憶が現在から遠ざかり、いつのまにか客観視できるようになり、「あんなこともあったな」と感じられるようになったら、ほぼ寛解。


 オレはそこに至る努力を惜しまない。
 今後一生、何かの拍子に吹き出すダメージだとしても、オレは恐れない。
 オレには、あの経験を耐えきったという誇りがある。屈しなかったという誉れがある。
 何を思い出したって、オレは永遠に、あいつに負けることはないのだ。


 スマホが鳴る。桐生の帰宅コールだ。
 オレはいつも通りに鍵を開け、ドアを少し開いてから、リビングに戻って背を向けた。
 桐生はドアを開け、気配を消さずにバスルームまで移動する。
 成人男性の足音や気配は、もうなんともなくなった。桐生限定かもしれないが、それならそれでいい。


「おい、桐生」

「んー、待って。まだ着替え中。はい、いいよ」

「次の土曜、オレから吸血しろ」


 ぼとん。


 鈍い音がして振り向くと、コウモリが床に落ちて目を回していた。


「桐生!? やはり床中にクッションを敷き詰めるべきだったか」

「それはいらない……、じゃなくて、今、何言ったの!?
 ゆっくり焦らないペースでやるって言ったよね?
 一番きついことだってわかってるでしょう」


 桐生は怒っているようで、リスみたいな耳がぴーんと垂直に立っていた。鼻先にも少しシワがある。
 可愛い! ……コホン。


「オレから吸血しないなら、お前、どうする気だった?」

「溝口先生から輸血パック買う気だったよ。
 味はともかく、買えるなら安全だし楽だし」

「近年、献血が足りず、緊急時の手術で必要とする血液が足りないのは知っているな?」

「うっ」

「お前が食用にしていいのか?
 たった5ccでいいのに、1パック400ccも無駄に飲んで」

「残したらもったいないから! 誰かの善意で成り立っている大切なものだよ」

「誰かの善意で成り立っている大切なものを、お前は食事にしているんだな」

「ううう……!」


 黒い飴玉みたいな桐生の目がうるうるしてきた。可愛い。じゃなくて、いじめすぎたか。
 オレは桐生を優しく抱きしめ、人差し指で桐生の頭を撫でた。
 ぺしゃんこになった耳が可愛い。ちくしょう、これ可愛い。


「フラッシュバックが起こったり、オレ自身が危険と感じたら、すぐギブアップする。
 試してみてくれないか?
 いい加減、その」


 言葉を濁したオレに、ジト目コウモリが鼻先を近づけてきた。


「なに?」

「その……。
 お前に、そろそろ……。
 ……。
 愛されたいな、と」


 コウモリの目も赤くなるんだと初めて知った。
 南天の実みたいなかわいらしい色。赤い目のコウモリは、オレの腕でわたわたした。
 体毛が黒くてわからんが、表皮が見えたら赤くなっているんだろうな。


「オレを抱くのは嫌か?」

「嫌なわけない。でも、令一に負担が」

「あいつにソレはされてないんだが」

「されてたら、もいでた」

「もっ」


 意識が朦朧としていたが、あれだけはがっつり見た。
 あいつの踵にギロチンした桐生の、氷のような顔。
 もぐ、という発言は冗談じゃなさそうだ。恐ろしい。それを目の前で見せられていたかもしれないと思うと、なお恐ろしい。


「溝口先生から聞いたぞ。
 オレの体中の噛み痕を消したのはお前だって。
 意識がなかったとはいえ、オレを噛んでるんだから今更だろう」

「あー! 令一に言わないでって言ったのに! 溝口先生ひどい!」

「隠してるつもりだったのか?
 傷を一瞬で治せるの、お前だけだろ。
 確認したら頷いてくれただけだ。厳密には無言だったぞ」

「ううう~……!!」


 何か悔しいのか、腕の中で悶えているコウモリをきゅっと掴み、オレの顔の前に持ち上げる。
 コウモリの姿だが、今のオレにはもう、桐生の顔とだぶって見える。
 どんな姿でもこいつはこいつ。
 人間だろうがヴァンパイアだろうが、こいつはこいつ。


「試すくらい、いいだろ。
 桐生。
 お前に吸われて、そのまま愛されたい」

「…………目を閉じて」


 言われた通り目をつぶると、手の中からコウモリの感触が消えた。
 やわらかい唇が、オレの唇と重なる。
 思わず目を開いたら、桐生は既にコウモリ姿で足元にいた。


「危ないと思ったら、どんなに途中でも、やめるって約束して」

「ああ」


 オレは微笑み、桐生に頬ずりした。


 約束は次の土曜日。
 ……どきどきする。
 怖さではなく、久々の桐生との触れ合いを想像したら、恥ずかしさと期待と、いろいろと。


「桐生、どこに行くんだ?」

「この状態で聞かないで!
 トイレ以外にどこに行くんだよ!?」

「す、すまん!!」


 たった2日が、待ちきれないほど長かった。
 触れたい。触れられたい。お互いを感じたい。
 そればかり思ったからか、オレはその間一度も、あの出来事を思い出さなかった。
 
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

BL 男達の性事情

蔵屋
BL
 漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。 漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。  漁師の仕事は多岐にわたる。 例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。  陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、 多彩だ。  漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。  漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。  養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。  陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。  漁業の種類と言われる仕事がある。 漁師の仕事だ。  仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。  沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。  日本の漁師の多くがこの形態なのだ。  沖合(近海)漁業という仕事もある。 沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。  遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。  内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。  漁師の働き方は、さまざま。 漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。  出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。  休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。  個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。  漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。  専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。  資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。  漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。  食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。  地域との連携も必要である。 沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。  この物語の主人公は極楽翔太。18歳。 翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。  もう一人の主人公は木下英二。28歳。 地元で料理旅館を経営するオーナー。  翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。 この物語の始まりである。  この物語はフィクションです。 この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

R指定

ヤミイ
BL
ハードです。

処理中です...