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第6章 東の果てのイシュタル
第130話:マヤム・トルティカナの告白
しおりを挟む「僕はもしかすると…………変態なのかも知れません」
マヤムは紅茶を煎れたティーカップを両手で包む。
紅茶の水面に映る自分を、伏せた目で覗き込んでいた。
「子供の頃から、自分を女らしくすると……興奮したんです。女の子みたいになること、女性的になることに快感を感じました……」
隠れて母親や姉妹の衣服を着てみたり──。
こっそりお化粧をしてみたり──。
胸にタオルなどを詰め込んでおっぱいを作ってみたり──。
「そんなことをしては喜ぶ……変な少年時代を過ごしてきました」
当然、誰かに打ち明けられるわけもない。
マヤムこと取手学は、悶々とした思春期を送ってきたそうだ。
「それは紛うことなき変態ですわね」
「おまえ容赦ないな。自分だって極めつけの変態なのに……」
「同じ変態だからこそ甘やかしません──ビシバシ行きます」
後輩ですし、とクロコはSの気を覗かせる。
クロコは変態らしい蘊蓄を語り出す。
「マヤム君、やはりあなたは──自己女性化愛好症ですね」
耳慣れない単語にツバサの耳がピクリと動いた。
ミロは挙手をしてから率直に尋ねる。
「はい、クロコさん! オートバイフェラリアって何ですか?」
「オートガイネフィリア──カナダの学者が定義したという性的倒錯の一種です。女性化する自分に興奮する男性のことを言います」
「いわゆる性同一障害とは別物なのか?」
「諸説ありますが、別物とされているようですね」
性同一性障害とは、肉体と精神の不一致に悩むもの。
自分の身体の性別がはっきりとわかっているのに、精神的には肉体とは反対の性別であるという自覚を持ってしまうこと。これが性同一障害である。
早ければ物心ついた頃から、あるいは思春期、遅くとも二十歳前後には自覚が芽生えるらしい。自分がそうだと認識する時期に個人差があるようだ。
女性の場合、精神的には男性なのでスカートやワンピースなどの女性的な衣服を嫌ったり、第二次性徴で胸やお尻が大きくなることに苦しんだり、同性である女性のことを好きになったりする。
男性の場合、精神的には女性なので隠れてお化粧や女性の衣服を着たりするようになり、第二次性徴で喉仏が発達したり髭などの体毛が濃くなることに絶望し、同性である男性を性的対象と見たりする。
原因ははっきりしておらず、いくつかの説があった。
たとえば胎児の時、母親の胎内でのホルモン環境に影響を受けたとか、家庭環境で思い掛けずストレスを受けた結果とか、様々な心理的要因により性の目覚めが反転したとか……未だ確証には至っていないという。
しかし、当人の苦しみは計り知れない。
これは医学的にも認められており、性転換手術は治療のひとつでもある。しっかりした学説もあるそうだ。
「一方、オートガイネフィリアは性的倒錯の一種です」
女性になっていく自分に興奮するもので、精神的には男性のまま。性同一障害のように肉体と精神が引き裂かれるほど懊悩はしない。
どうやらフェチシズムに近しいもののようだ。
「私がツバサ様やミロ様に鞭を打たれて快感に身悶えるように、ツバサ様がお子様に授乳して恍惚とするように……性的な嗜好のひとつですね」
「おい、さりげに俺を巻き込むな」
娘への授乳に幸福を覚えるのは、神々の乳母の本能だから仕方ない。
「とにかく──それがオートガイネフィリアです」
決まった日本語訳はまだなく、自己女性化愛好症とか、自己女性化症候群とか、色んな呼ばれ方をしているらしい。
ここでミロはひとつの疑問を呈する。
「でもさ、女の子になりたいとか、男の子になってみたいとか……自分と違う性別になりたいって、誰でも一度は考えたりするもんじゃない? それで良からぬ妄想をする人だっていっぱいいると思うよ」
「さすがミロ様──ご慧眼でございます」
さすミロ! とクロコは変な省略で褒める。
「ですからこの場合、“程度による”のでしょうね」
異性になる──誰もが一度は妄想することだ。
「漫画、アニメ、小説、映画、ゲーム……こういったフィクションによる女性化を題材にしたもので楽しむくらいならば、まだまだ普通でしょうね。“TSF”などというジャンルもありますし」
くるり、とクロコは首を回してツバサを見つめた。
「そういったジャンル愛好家には、ツバサ様などは垂涎の的でしょうね」
「いや、こう言うのもなんだが……俺はマニアックだと思うぞ?」
その手のジャンルがあるのはツバサも承知の上だ。
だがしかし、ツバサの女体化は少々アクが強いような気がする。
「TSFだろ? そういうのが好きな連中は、それこそマヤムさんみたいな美少女になる展開のがお好みなんじゃないか? 俺みたいにこんな背が高くて、胸もお尻もバカみたいにでかくて、それもお姉さんキャラを飛び越えて、母親キャラだなんて……あれ、なんで? なんか、涙が……出て…………」
自分を卑下して、女神の乙女心が傷ついたか?
無性に悲しくなったツバサは、両手で顔を覆って咽び泣く。
そんなツバサをミロはフォローしてくれた。
「ツバサさん!? 大丈夫だよ安心して! アタシは爆乳で巨尻でダイナマイトバディなオカンのツバサさんが大好物だから!? アタシのムスコはツバサさんでしかエレクトしないから安心して! ほら、泣かないで……ね?」
「だ、誰が爆乳巨尻のオカン……だ」
いつもの決め台詞も泣きながらでは締まらない。
「あと……ムスコがエレクトとか言うな、生々しい……」
「良かった、ちゃんと怒られた!」
反応があったことにミロは安心したようだ。
しかし、傷心はなかなか治らない。むしろヘコんで沈んでいく一方だった。
そこへクロコが──。
「その上、ツバサ様はたくさんの娘さんがいらっしゃいますし、神々の乳母の名に恥じぬ超爆乳からハトホルミルクを搾乳できて、それを娘様方に吸われる毎日……確かにTSFとしては“マニアーック!”ですわね」
──トドメを刺してきた。
「うわーん! そこまでハッキリ言わないでもいいじゃんかーッ!」
ツバサはテーブルに突っ伏して泣き喚いた。
正直、本気でハートブレイクした。
「ツバサさんお乳出して! あ、間違えた、落ち着いて! 必ずどっかに需要あるって! TSFと搾乳と百合が大好きな人がどこかにいるよ!」
アタシ大好きだし! とミロは断言する。
「ひっく、うっく、ぐす……それはそれで、なんか嫌だ……」
「ツバサさんもワガママだよね!?」
すったもんだの挙げ句──ようやくツバサも泣き止んだ。
クロコは咳払いをひとつしてから話を続ける。
「コホン……まあ、TSFと呼ばれるジャンルもありますし、このようなフィクションを楽しむことで満たされるなら、まだ普通の範疇です」
このくらいでは変態に程遠い。
「ですが──ここから先が危険水域となります」
クロコは人差し指を立てて警告する。
「自己女性化愛好症の度が過ぎると、こういったフィクションでは満たされなくなってきます。本当に女性化したいという欲求に駆られてしまうのです。そうなってくると歯止めが利かなくなってまいります」
まず仕種や態度などが女性化する。
女性の下着や衣類を身につけ、お化粧を覚え始める。
「女装子、男の娘……こういった状態へと進化していきます」
女性らしく見せるため、より完璧に女装をこなすために体型を絞り、ダイエットに励み、筋肉を落として……女性的な身体になろうと努める。
「とはいえ……この時点ならば、まだ女装愛好家で済みますよね?」
ここからもっと深みに嵌れば──戻れなくなるのです。
クロコは押し殺した声で、その深淵を語り始めた。
「より女性らしい体型になろうとして、女性向けのバストアップサプリや植物性女性ホルモン物質のイソフラボンを摂取するのは序の口。それに満足できなくなれば本物の女性ホルモンに手を出して、男らしさを打ち消す抗男性ホルモンを摂取するようになり…………」
やがて豊胸手術や豊臀手術に声帯手術と肋骨手術、全身のあらゆる部位を女性的にするための美容整形に手を染める。
そして、ついには──性転換手術に及ぶ。
「……最後に戸籍変更を行い、完全な女性となってしまうのです」
ご静聴ありがとうございます、と礼をするクロコ。
おおーっ、とミロは拍手をしているし、マヤムは他人事ではないので興味深げに耳を傾けていた。ツバサは頬杖を突いて胡散臭そうにしている。
「随分と熱の入った語りだったが……見てきたように言うんだな」
「ええ、知人の体験談をそのまま語ってみました」
なんだと? とツバサは聞き返した。
「私の変態仲間……いえ友人に、まさに自己女性化愛好症の方がおりまして、会う度に女性化が進行し、最終的には性転換に至りました」
変態仲間──ハッキリ言ったぞクロコ。
「実体験を聞いたのか、よく知っていて当然だな」
「ええ、ですが女性になっても性愛の対象は男性の時のままで、女性しか愛せなかったそうです。今では立派なレズビアンとなっております」
「……性転換した意味を問いたいな」
「アルマゲドンプレイヤーでもありますから、こちらに来ているのでは?」
「……いつか本当に会えそうだな」
「ちなみにその方──初期アバターはやはり男性でしたが、頑張ってSPを溜めてまた性転換しましたので、マヤム君のように女性化しているはずです」
「良くも悪くも筋金入りだな、おい」
実は相当いるんじゃないか──性転換プレイヤー。
「では、マヤム君──あなたの“程度”はどれくらいだったのですか?」
オートガイネフィリアの説明を終えて、クロコは改めて問い質す。
マヤムは紅茶で唇を湿らせてから語り出した。
「もう皆さんも御存知の通り……僕は、女装までやってました」
フィクションは楽しみ尽くし、VRゲームでは女性キャラを演じきり、それでも足りなくて、女装コスプレイヤーになったという。
マヤムはソッと自分の頬を撫でた。
「お母さん譲りのこの女の子みたいな顔は……僕にとって、せめてもの慰めでした……ヒゲも生えにくいし、よく女性と間違えられたし……」
「そこら辺、ウチのツバサさんと真逆だね」
「……俺は真っ向から反逆しまくってたからな」
ツバサもありえないほどの女顔だし、3日徹夜してもろくにヒゲも生えない体質だったため、マヤムとは違う意味で苦悩したものだ。
マヤムは元から女顔で小柄なのを活かして、体型を女性的に維持する努力を重ねたため、二十歳を超えてもこんな華奢だったそうだ。
「本音を言えば……もっと女性化したかったんです」
自嘲気味に、でも残念そうにマヤムは言う。
「だから、女性ホルモンとかも考えたんですけど……やっぱり怖くて……僕、普通に女の人が好きだったから……恋人はいませんでしたけど、恋愛とか結婚とかは、女性しか思い浮かばなくて……そこは、我慢してました」
抑制したのですね、とクロコはマヤムの判断を褒めた。
「女性ホルモンは注射にしろ錠剤にしろ、投与すれば男性の機能が破壊されていきますからね。賢明な判断と言えるでしょう」
その代替行為として、女装のテクニックに磨きをかけたという。
そして、男の娘らしい可愛さを追求したそうだ。
「……休日なんかはよくイベント会場に出掛けて、コスプレして楽しんでました。それでストレス発散してたんです……」
「そうやって撮影された画像データを秘密のフォルダに隠しておいたのに、ウチのスーパーハッカーであるアキさんに発見されてしまったわけですね」
あの引きこもり女……マヤムは恨み節で呟いた。
「まあ、そのことはもういいです……こうして本物の女性になってしまったわけですし、性癖がバレるのは時間の問題でしたから……」
やがて社会人となってジェネシスに入社したマヤムは、その才覚を認められるとアルマゲドン運営に回され、中級GMに任命されることとなった。
「仕事でアルマゲドンに初めてログインした時……アバターとのかつてない一体感に、思わず声を上げるほど驚きました。そして……」
このゲームを女性キャラでやれたら──すぐに思い描いた。
「だから僕は、一生懸命SPを稼ぎました……」
GMたちにもSP稼ぎは奨励されていたのをいいことに、マヤムはプライベートでもプレイヤーとしてログインし、寝食を忘れる勢いでSPを稼ぎ、9千万貯まるとすぐさま性転換したそうだ。
「女性化した身体を隠すため、こんな厚着のコスチュームも用意して……僕はアルマゲドン内で一人、女性化した自分に酔い痴れていました……」
SPに余裕ができると、体型を女性らしくふくよかにする。
それでも、あまり巨乳にすれば発覚する恐れがあったため、厚着をすれば目立たないレベルのサイズに留めていたのだという。
マヤムは羨望の眼差しをツバサの胸に向けてくる。
「できればツバサ君くらいの爆乳にした……いや、それは大きすぎるかな? もうちょっと控え目で……クロコ先輩ぐらいになりたかったんだ……」
「サラッと俺をディスんないでください」
ツバサではなく、ツバサの中の神々の乳母がムッとした。
女心というか女神心がイラついたのだ。
「GMとしてはちゃんと男らしく振る舞い、プライベートでは衣装とかをフルチェンジして、女性を謳歌してました……たったそれだけですけど……」
とても楽しくて──充実した毎日でした。
恥ずかしがるマヤムだが、楽しい日々の回想に浸っている。
「……あと、男としてGMをやってる時も、この厚着の下は女性の身体だったので……バレたらどうなるかなー? って背徳勘が凄くて……」
「わかりますわ、その気持ち」
何故かクロコが共感を示し、ウンウンと頷いていた。
「私もノーパンノーブラで過ごしているのがバレたらと思うと、日々ドキドキしてしまいますし、拠点内部を夜中に全裸で徘徊している時には……」
「おまえ、その件でフミカから苦情が来てるからな?」
いつぞや「変態メイドが全裸で歩いてたっスー!?」と、フミカが悲鳴を上げて泣きついてきたことがあった。曰く、ダインの目に毒だとのこと。
「GMは男のままなフリをして、プライベートでは女のフリをして……僕はアルマゲドンで、どっちつかずのプレイをずっと楽しんできました……」
そんな生活に──終止符が打たれる。
アルマゲドンから真なる世界への強制転移。
ログインしていた全てのプレイヤーが巻き込まれたのだ。
それはGMも例外ではない。
「気付けば僕は……完全な女性になっていました」
当初、マヤムは酷く困惑したという。
女性になりたいという願望はあったが、女性化していく自分に興奮していたのであって、完全な女性になれるわけではないと諦めていたはずだった。
その諦めが──取り払われてしまった。
おまけに、女性化していくという過程に興奮していたマヤムにとって、その過程がなくなった上に最終目標へ辿り着いてしまったのだ。
「そうか。女性化することに喜ぶ。即ち、女性化していくという過程に最大の興奮を覚えるわけだから……」
「ホンマモンの女の子になったら、その喜びを感じられないわけか」
ツバサとミロが意見を代弁すると、マヤムは苦笑して弁解する。
「それもあるけど……本気で女の子になれるとも思ってなかったし、なるつもりもなかったからね……こうなったのは、不意打ちみたいなものだったよ」
マヤムは上着越しに控え目な乳房を押さえた。
「だけど、やっぱり、心のどこかで本当の女性になってみたいという願望もあったみたいで…………嬉しいことは嬉しかったんだ……」
それもまた本音なのだろう。
打ち明けたマヤムの表情には、凄まじい照れ臭さが表れていた。
しかし、困惑したことには変わりはない。
完全な女性化もさることながら、異世界へ転移させられたのだ。
「1人だったらどうなったかわからないけど……幸い、アハウさんと話している時に飛ばされたせいか、彼が側にいてくれたからね……」
少しは安心できたという。
右も左もわからぬ異世界をしばらく2人で彷徨ったそうだ。
「それで──アハウさんにはいつ犯られたのですか?」
クロコは右手で卑猥なジェスチャーを作った。
握り拳の人差し指と中指の間から親指を出す“アレ”だ。公共の場ではできないし、放送の際にはモザイクが掛かるし、書籍ならば検閲して黒塗りにされる。
「おまっ……ダイレクトに聞きすぎだ!?」
ツバサは立ち上がってクロコの頭を叩くが、クロコを「ああん、もっと♪」と喜ばすだけだ。本当、手に負えないぞこの駄メイド。
訊かれたマヤムは慌てて両手を振る。
「あ、いや……それはもうちょっと先で……ほら、やっぱり、本当に女の子の身体になったわけじゃないですか……だから、その、あの…………」
「女の子になった身体でオ○ニーしちゃったわけだね」
「ミロもぶっ込みすぎだ!?」
立ったついでにミロにもデコピンを飛ばして叱りつける。
しかしミロは怯まず……ツバサの胸を鷲掴みにしてきた。
「ツバサさんだってマヤちゃんのことあれこれ言えないでしょー? 真なる世界に来たその夜に、アタシらに内緒で自分のおっぱい揉んでたじゃん!」
「ミロ、それも内緒だって……あっ、はぁ、んんっ♪」
「やはり、ツバサ様も男の子だったのですね……安心いたしました」
「ドサクサに紛れて、はぁ、やぁ……おまえも揉むなぁ!?」
クロコは「わかっております」と見守るような生温かい微笑みを浮かべつつ、ミロと一緒になってツバサの乳房をソフトに撫でていた。
そして、マヤムは──。
「ツバサ君…………仲間って呼んでもいい?」
同類相哀れむ卑屈な笑みで、ツバサの胸を揉もうと手を伸ばしていた。
「いっ…………いいかげんにしろーッ!」
ミロとクロコの手を振り払ったツバサは、テーブルを叩いた。
「それでマヤムさん! 自慰行為してそれからどした!?」
「な、なんて力業な話の流れの戻し方……」
いいから! とツバサは話の続きを求めた。
マヤムは咳払いをして取り繕うと、頬を桃色に染めて話を続けた。
「ツバサ君もわかると思うけど……元男の僕たちに女性の快感はすごくて……その、病みつきになっちゃって……毎日毎晩、隙あらば……その、自分を慰めるようになっちゃってて……それで…………」
「ふんふんふん、実に興味深い……そこのところ詳しく!」
「おまえは食いつきすぎだ、クロコ!」
身を乗り出して詳細を聞き出そうとするクロコをツバサは両手で押さえつけ、消え入りそうな声で語るマヤムの話に耳を傾けた。
「そんなことをしてたら、ある晩、その場面をアハウさんに見つかっちゃって……僕も快感で頭がボーッとしてたから、ついアハウさんを……さ、誘っちゃって……アハウさんも、長旅で溜まってたせいか……ガーッと来て……」
「獣のように抱かれたのですね!? 獣のようにまぐわったのですね!?」
「さすが獣王神! ヤル時はケダモノの王なんだね!」
「おまえらちょっと落ち着け! なんでそんなに興奮するんだ!?」
女子ってこんなに猥談に食いつくものか?
それとも、こいつらがおかしいのか?
「あとはもうなし崩し的に……それで、僕……女性の本当の快感を知ってしまったので……どうせ戻れないなら、このままでもいいやって……」
女性として生きていく──その覚悟ができたんです。
マヤム・トルティカナの告白は、そこでピリオドが打たれた。
後日談的なものをマヤムが付け加えていく。
「……アハウさんも、勢いとはいえ僕の初めてを陵辱したことを、かなり悔やんでくれて……事情を全部説明しても『男として責任は取る』って……その、男女の仲になることを約束してくれたし……」
「美女と野獣……いや、美少女と獣王か」
「もっと正確に言えば──男の娘と獣王神ですわね」
初めて会った時、2人が夫婦に思えたのも道理だ。
ツバサたちが出会うよりもずっと前に、男女の契りを交わして、マヤム自身も女として生きていく決意を固めていたのだから当然だろう。
「あらツバサ様、妙に親しみを込めてマヤム君を見つめますのね?」
「いや、別にそんなことは……」
勘の良いクロコに真っ先に気付かれた。
彼……いいや、彼女の生き方には共感を覚えざるを得ない。
何故なら、ツバサもまた──。
「そりゃそうよ」
ミロが自信たっぷりに、そして誇らしげに言った。
「だってツバサさんも、アタシらのオカンになるって──そんでもって、アタシの奥さんになるって約束してくれたもん。本当のお母さんになりたいって、アタシの赤ちゃん産んでくれるって言ったもん」
そうだよねツバサさん? とミロは無邪気に確認してくる。
「だから男の娘なアタシも受け入れてくれたんでしょ? 初めて女として男のアタシに抱かれてるツバサさん、最っ高に可愛かったなぁ……」
ミロはニヤニヤと愉快そうに笑っていた。
「こっ…………このアホーッ! それは秘密にしろって……ッッッ!?」
いきなり隠し事を暴露され、ツバサは慌てふためいた。
「いつかみんなにバレるって。それにマヤちゃんにばっかり恥ずかしい告白大会させたら可哀相じゃん。ツバサさんも少しはネタバレしないとさー♪」
「さすがツバサ様、不退転の覚悟を決め、男に戻ることなく女として母として生きる決意を決めておられたとは……このクロコ、感服いたしました」
さすツバ! とクロコは深々と頭を下げる。
そして、マヤムは仲間を見つけた時よりも嬉しそうな顔で破顔すると、ブルプルと震える手を握手でも求めるようにこちらへと伸ばしてきた。
「ツバサ君…………同志って呼んでもいい?」
「やめてくださいよ、もう……」
せめて同類でしょ、とツッコんでおいた。
~~~~~~~~~~~~
その後──舞台裏のお茶会は騒がしいまま終了した。
マヤムをアハウたちの待つ隠れ里に送ってから、アハウと1ヶ月後に再会することを約束して、ヴァナラの森を後にした。
別れ際、アハウの翼の腕に抱きつくマヤムが印象的だった。
幸せそうな女の顔でアハウに縋りつく。
その姿は愛する旦那様に寄り添う新妻のように初々しかった。
あの人はもう──すっかり女なのだ。
それに引き換え、ツバサはまだまだ中途半端だと思う。
女心、母心、女神の気持ち、様々な女性的感情に支配されながらも、心のどこかには未だに「俺は男なんだ!」と泣き喚く男心が残っている。
それでも尚──この女神の身体で生きていかねばならない。
ミロの男性的な部分を女性として受け入れた上、その喜びを知ってしまった以上、これから女性的な心理は加速度的に成長していくだろう。
男心が断末魔の悲鳴を上げる日は近い──はずだ。
「それで……どうしてこうなった?」
飛行系技能で空を飛びながら拠点へと帰るツバサたち。
ミロはツバサをお姫様抱っこしながら空を飛んでいるのだ。
クロコは少し後ろを追随するように飛んでおり、スマホのカメラを連写しながら「キマシタワー」と嬉しそうに連呼していた。
「いやー、マヤちゃんがアハウさんに抱きついてるのを、ツバサさんが羨ましそうに見てたからさ。こうしてあげたら喜ぶかなーって……どうかな?」
お姫様抱っこと言えど、ミロとツバサでは体格差がある。
大柄なツバサを抱き上げたミロは、ちょうど顔が来る位置にこちらのおっぱいがあるのをいいことに、頬ずりをしては楽しんでいた。
羨ましい──という気持ちがあったかどうかは定かではない。
だが、こうされるのも悪くない。
そんな風に感じる女心が育ってきているのも確かだ。
「……家に帰るまでだからな」
ツバサはミロの首に腕を回し、縋りつくように抱きついた。
さながら──騎士に抱きつくお姫様のように。
応援ありがとうございます!
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