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第6章 東の果てのイシュタル
第129話:アバター変更も一苦労(アルマゲドン限定)
しおりを挟むアルマゲドンでもアバターの外見変更はできる。
最初のアバター作成が自動に行われるだけで、ゲームを進めて条件さえ満たせば、好きなようにアバターを作り替えることが可能だった。
そのために必要なのが──SP。
アバターのLVアップ、体力や魔力などの各種パラメーターの上昇、億を超えるという多彩な技能の習得……あらゆるものがこのSPで賄われる。
略してソウルと呼ばれることが多かった。
その利用方法から経験値と呼ぶ人も多く、プレイヤーによっては別ゲームの似たものに置き換えて呼ぶ者も少なくない。ルーン、血の遺志、etc.……。
ちなみに通貨などの金銭にはならない。
(アルマゲドンでは“C”と呼ばれる通貨が流通している設定)
あくまでもアバターの強化や変更のみ消費されるポイントだった。
「アバターがその者の魂ならば、その魂を強くするためにも変えるためにも必要とされるSPは、まさに魂の経験値というわけだな」
ただし、アバターの外見変更に要求されるSPは多い。
「プチ整形でも数百万、体型を変えるともなれば安くても1千万……性転換ともなれば9千万だったよな? アルマゲドン時代では桁違いの数値だ」
亜空間──クロコの過大能力で作られた舞台裏。
ジャングルに新しく造られた聖地から舞台裏へと場所を移して、そこに設けられた喫茶店風のテーブルを囲み、ツバサたちは話し込んでいた。
クロコの煎れたお茶を啜ってツバサは思い出す。
「アルマゲドンでのSP上限値は9999万9999だった。即ち、性転換したいと願うなら、上限値まで溜めたSPをほとんど使う羽目になる……これはプレイ上において大きな損失だ」
9千万あれば神族や魔族の技能が2つは習得できる。
円滑なプレイを目指す上位プレイヤーにしてみれば、外見よりも技能習得を優先するので、SPの無駄遣いは避けたいところだ。
「──その通りでございます」
クロコはメイドらしくツバサの後ろに控えている。
「ついでに申せば、清水の舞台から飛び降りる覚悟で9千万SPを費やし、性転換を果たしても……望み通りの異性になれるわけではありません」
「ほへ? どーゆこと?」
ミロは紅茶にたっぷり角砂糖とミルクを放り込んでいた。
言葉の意味がよくわからないそうなのでクロコは噛み砕いて説明する。
「アバター変更で性転換したとしても、性別が変わるだけでございます。男性は女性になり、女性は男性になる──それだけです」
まだわからずに首を傾げるミロにマヤムが助け船を出した。
「例えばね、ミロちゃん……筋骨隆々のマッスルマッチョな男の人が、心がぴょんぴょんしそうな可愛くて小っちゃい女の子になろうとしても、性転換しただけじゃなれないでしょ?」
その逆で例えるならば、背の低くて丸顔が愛らしい女の子が、背の高いイケメンアイドルな男性になろうとしても、性転換しただけではなれない。
ただ──性別が変わるだけなのだ。
「性転換だけでは自分の望んだ異性の容姿になれない……ということだな」
その通りでございます、とクロコは続けた。
「男性から女性への場合、性器が変更されると同時に骨盤や肋骨などが女性のものへと変形し、ヒゲなどの男性的体毛が薄くなり、筋肉量が減少して皮下脂肪が増え、声が変わり……男性だった時の素材を活かしたまま女性化します」
クロコはホワイトボードを用意し、絵を書いて解説する。
「女性から男性への場合、性器が変更されると同時に骨盤を初めとした骨格の変形が始まり、やや体毛が濃くなり、皮下脂肪ではなく筋肉量が増加します。声なども低くなり……女性だった面影を残したまま男性化します」
残念ながらクロコに絵心はない。描かれるのは棒人間を多少マシにした程度の人型の何かだ。辛うじて男女の性差がわかる。
優秀な万能メイドにも、弱点の1つや2つはあるらしい。
棒人間で図解しながらクロコは続ける。
「……なので、望みの異性になるためには更なるSPを費やす必要があります。目、鼻、口、耳、髪、頭の形や大きさなどの顔の整形に、首の細さや肩幅、バスト、ウェスト、ヒップの調整、手や足や指などの長さや細さ、身長体重の増減、体毛の有無や生え方……やることは数え上げたらキリがありません」
本来の自分から――変わりたい異性の姿。
そこに大きな隔たりがあると、大規模な整形が必要となるわけだ。これは現実世界においても同じなので、ある意味リアルと言えなくもない。
ゲームなんだから「インチキできんのか?」とも思う。
だが、VRMMORPGは魂の経験値に関して異常にシビアだった。
真なる世界という異世界への転移。そのVRMMORPGがその踏み台だと考えた場合、リアルの厳しさを重視せざるを得なかったのだろう。
この異世界に飛ばされて数ヶ月、ようやく思い知らされる。
ミロは細い腕を組み、アホなりに考え込んでいた。
「理想と現実に違いがありすぎると大変ってことかー……そんで、マヤちゃんはどうだったの?」
マヤムは誕生日席に座っている。
水を向けられた彼……女は、俯き加減のまま答える。
「えっと……僕は、そんなに見掛けは変えてなくて……性別を変えて、おっぱいやお尻をちょっと盛ったぐらいかな……うん、本当にそれだけだよ」
「本当にちょっとだけだったんですね」
性転換はちょっとどころでは済まないが──。
「──GMは安易にアバターをいじるな」
クロコは澄ました声で言った。
この一言にマヤムはビクリ! と肩を震わせた。
叱られた、と思ったらしい。だがクロコは淡々と続ける。
「運営トップが口頭で仰っただけのことですが、これがGMの間では暗黙の了解になっていました。まれに女性がプチ整形をしたり、男性が少し筋肉を盛ったりするのがバレると……まあ、陰口ぐらいは叩かれておりましたね」
「ちょいと仲間はずれにされる程度で済むのか」
それほど強制力はないが、仲間内の決まり事みたいなものらしい。
「あまりいい顔はされませんでした……ねえ、マヤム君?」
クロコは片目を開けてマヤムを見据える。
先輩の睨みというのもあり、マヤムはビクリと震えた。
「はい、それは重々承知しています……だけど、アルマゲドンでのアバターの一体感を味わったら、その……女の子でやってみたくなって……」
しかし、SPを9千万も使うとはただ事ではない。
これはクロコにオフレコで聞いたことだが──。
GMたちもプレイヤーと同じようにアバターで活動する以上、アルマゲドン内で様々な作業をするためには、たくさんの技能を必要としたらしい。
当然、SPはいくらあっても足りない。
それはプレイヤーよりも死活問題だったらしく、プライベートでもアルマゲドンをプレイして、SPを稼いでいたGMも少なくないそうだ。
(※勤務時間外にログインした場合、一般プレイヤーとして扱われた)
運営トップの発言は、ここに起因するのだろう。
それを押して、しかも他のGMに内緒にしてまで性転換して女体化を果たしたということは、女性になることに余程の執着があるとしか思えない。
まさか? という憶測がツバサの脳内を過ぎる。
「マヤムさんはその、失礼なことを聞きますが……性同一性障害ですか?」
肉体と精神の性別が異なる──そのことに苦悩する症例だ。
深刻な話かと思って慎重に聞いたのだが、マヤムは申し訳なさそうに笑いながら手をヒラヒラと振った。年下の少女のような笑顔だ。
「違う違う、そんな重い話じゃないよ。僕は……VRゲームなんかじゃ、よく女性キャラでプレイしていたからね。そんなノリだったんだよ。ネカマって笑われても仕方ないけど……うん、よく女の子の振りをしていたんだ」
そうか──ミサキ君と同じタイプだ。
アルマゲドンは所詮ゲームでしかない。
上級GMであるレオナルドやクロコならともかく、中級GMだったマヤムはアルマゲドンへの転移を知らされていない。
つまり、この世界への転移による完全な女性化を目論んだわけではない。
ただ女性キャラでプレイしたかっただけなのだ。
「そうでしょうね──あなたの性癖からすれば」
クロコはスカートのポケットから数枚の写真を取り出した。
それを目にした瞬間、マヤムは驚愕のあまり椅子から立ち上がる。
「そ、それ……コ○ケの!? 日本橋スト○ェスのまで!?」
どれもアニメやゲームで有名な女性キャラのコスプレ写真だ。
被写体のコスプレイヤーは──他ならぬマヤムである。
現実のイベントで女性キャラに扮したコスプレのようだが、マヤムなのは一目でわかる。化粧もバッチリ、予備知識なしで見たら普通に女性と思うだろう。
それくらい完璧に──マヤムは男の娘だった。
クロコの持っている写真を覗いて、ミロが素朴な疑問を一言。
「おっぱいの大きいキャラはどうやってんのこれ?」
「それは……パッドを何枚も重ねたり、寄せてあげるブラを改良してみたり……他には超精巧なシリコンバストをつけて、肌との境目をお化粧とか薄手の衣装で誤魔化したり……お尻も大きく見せるアイテムがあって……」
「おお、ガチじゃん。スゴいね」
説明するもマヤムの顔を赤くなり、肩身を狭くしながら俯いてしまった。
そんなマヤムに追い打ちをかけるように、クロコがズバリと告げる。
「あなたは生来の女装好き──男の娘なのですね。しかし、恋愛対象は女性のようですから、ここまで来ると自己女性化愛好症という嗜好なのかも知れませんね……ウチのスーパーハッカーが調査済みです」
「そんなものまで飼ってるんですか、レオ先輩の爆乳特戦隊!?」
マヤムも連中について知っているらしい。
ツバサとミロはコソコソ話し合う。
「ねえねえ、クロコさんのいうスーパハカーって……」
「もしかしなくてもフミカの姉……アキさんだな」
ツバサたちも面識のある、色々だらしないGMの女性だ。
妹のフミカ曰く「どーしょもない駄目ニート姉で、ある日サイバー警察沙汰になるような案件を起こしたと思ったらジェネシスに就職した」とのこと。
ちなみに、ジェネシスは“超”がつく一流の世界的大企業。
アップダウンの激しいジェットコースターみたいな経歴のお姉さんだった。
ツバサとミロの話が聞こえたのか、クロコが補足する。
「以前お話したかも知れませんが……GM同士は仲が悪かったのです」
派閥があった、とも言い換えられるそうだ。
「本当に仲が悪かったのは上級GMだけですが──」
№22までのGMは、真なる世界への転移を知っていた。
その後、この世界でどう行動するかは運営トップから「個人の裁量に任せる」との放任されたため、彼らは本当に好きにしたらしい。
「この世界での覇王を目指す者、甘い汁を吸うことしか考えぬ者、良からぬことを企む者……そして、レオ様のようにこの世界に相応しい王者を探して補佐し、新しい社会の構築を考える者……まさに十人十色ですわね」
彼ら上級GMは、信頼できる仲間を集めていたという。
上級GM同士で手を組むこともあれば、中級や下級のGMを自分の派閥に引き込んで、異世界転移後の部下にしようと考える者も多かったそうだ。
「そこでレオ様が『一応、全GMの弱点でも洗い出しておくか』と名案を思いつかれたので、IT関連に長けたアキ様が実行したのです」
マヤムの性癖は、その過程で洗い出された情報のひとつらしい。
「ですがマヤム君は誰の口車にも乗らず、どの派閥にも加わらなかった。それにレオ様によく懐かれていたので、自然とレオ様の派閥の一員ということでGMたちに認識されたのでしょうね」
そのおかげで、この秘密が暴露されることはなかった。
「なのに、どうして……ここでバラすんですか!?」
「女性化がバレたというのに、何を今さら怒るというのですか?」
それも道理だ、マヤムは反論する機会を封じられた。
さて、とクロコはテーブルの上に写真を並べる。
それからマヤムの隣に立つと、詰問めいた口調で告げた。
「そろそろあなた自身の可愛いお口から語ってもらいましょうか……誰にも内緒で女の子になっていた理由を、何があなたをそうさせたのかをね」
そうクロコに促されて最初はモジモジしていたマヤムだったが、ゴクリと固唾を飲んだかと思えば、覚悟を決めた表情で顔を上げた。
こうして見ると──本当に美少女だ。
背丈はミロと差して変わらず、剣士として鍛え上げた今のミロより華奢なぐらいの体格。面立ちも細くて柔らかで、大きめな瞳や主張しすぎない鼻梁、小さくもふっくらした唇など、あらゆる面で10代の女の子にしか見えない。
銀髪のボブカットがよく似合っている。
ローブやマントで厚着をしているのはGM時代からのもので、女性化した肉体を誤魔化すためだったらしい。
先ほどの予期せぬエロ展開により、思わず彼……女の肉体をまさぐってしまったが、確定的に明らかなくらい柔らかな女体だった。
ツバサのように発育の度合いが過剰なド迫力のダイナマイトボディではなく、羨ましいほど初々しい少女の肉体だった。
これがかつては年上の青年だったとは──信じがたい。
しかもコスプレ写真を見るに、彼……女は現実でも今と遜色ない女性らしい容貌をしていたのだ。リアル男の娘なんて初めて出会した。
顔を上げたマヤムは辿々しく喋り出す。
「これ以上は隠せませんし、お話しした方が良さそうですね。このまま黙り込んで、あらぬ疑いをかけられるのも困りますし…………」
いっそ白状した方が──気が楽になりそうだ。
「どうせですから、最初から最後まで聞いて下さい……僕の告白を……どうして、女性になったのかを……僕が思い煩ってきた悩み事を……」
意を決したマヤムは告白する。
「僕はもしかすると…………変態なのかも知れません」
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