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第11章 大開拓時代の幕開け
第266話:第一次産業もやってます
しおりを挟む──スプリガン族は機械生命体である。
スプリガンと呼ばれた妖精の伝承は現実世界にも伝わっているし、妖精や遺跡を守る守護者という気質もほぼ同じだが、真なる世界に暮らすスプリガンはその身体構造からして独特で、種族というよりも軍属に近い社会を築いている。
種族の長は総司令官と呼ばれ、その下に補佐役の副司令官と司令官補佐が付いている。そこから防衛隊長、攻撃隊長、兵站部長……といった具合に各部門の責任者とそれに従う兵員で構成されている。
形式的にはトップダウンだが、現在の総司令官であるダグはまだ若く柔軟な思考の持ち主なので、ボトムアップ式に仲間たちの意見を採用していた。
「ぶっちゃけトラン○フォーマーだよね……むぎゅ」
「身も蓋もないこと言うな」
いらんことを口走るミロの頬を潰して黙らせる。
機械生命体である彼らは、他の種族のように動植物を食べることで活力源とすることはない。気密体と呼ばれる“気”の結晶をエネルギー源としていた。
なので──農業で得られる作物に頼る必要はない。
彼らにはハトホルの国と世界樹を守るという大役があり、各地に点在する世界樹の跡地に異変が起きてないか確認するため、巡回警備のような仕事まで自発的にしてくれているのだ。
そのための高速艦はダインが用意した。
これは難民化した種族の捜索と保護にも役立っている。
他にもスプリガン族は、妖人衆のように様々な技術者を抱えているので、他種族のお手本として各方面に引っ張りだこでもあった。
ここまで忙殺されている彼らが(諸事情によって99%女性しかいないので彼女たちだが)、農作業までこなしているというのか?
「どうしてスプリガンが畑仕事をしてるんだ?」
フミカに聞き返しながらも、ツバサは千里眼を農地へと向けた。
~~~~~~~~~~~~
ハトホルの国の東側には大きな川が流れている。
大河と呼んでも差し支えない川幅を誇るこの川は、大地母神であるツバサの過大能力だけではなく、海や川といった水を司る過大能力を持つドンカイの協力により作られたものだ。後々、運河として使えるよう考慮もしている。
ハトホルの谷だった頃はソウカイ川と名付けられていた。
大河へとクラスチェンジした今、ソウカイ大川と呼ばれていた。
海豹に変身できるセルキーのヒレ族が川の流れを利用した作った養殖池も健在で、今では池のサイズを拡大し、その数も12面にまで増えていた。
そんな大河には鮭や鰻のような回遊魚の姿まで見られるようになっていた。
「え、ウナギってサケみたいに川と海行ったり来たりすんの?」
ミロが意外そうな声を上げると、フミカがわかりやすく教えてあげる。
「養殖物のウナギなんかも出回ってたんで勘違いされやすいんスけど、ちゃんと回遊魚ッスよ。ウナギの成魚が太平洋の深海まで出張って卵を産み、そこで孵化した稚魚が川まで戻ってきて大人になるまで育つんスよ」
日本のウナギは太平洋のマリアナ諸島海域が産卵地と確認されており、一方でヨーロッパやアメリカのウナギは大西洋のサルガッソー海で卵を産む。
どちらにせよ稚魚は海で生まれて川を遡上して淡水域で過ごして成魚となり、産卵のため川を下って海へ向かう降河性回遊魚とのことだ。
成長したウナギがまた深海へ行き産卵……これの繰り返しである。
あと皮膚に微毒があるんで生食NGッス、とフミカは予備知識も付け足した。
「生まれてすぐに故郷を訪ねて三千里させられるんだ」
「そういう言い方をされると過酷な生涯だな」
厳しい大自然に生きる動物たちの生涯はみな過酷なのだが……。
回遊魚も戻ってきたソウカイ大川の源泉は、北にある山脈の奥深くにあった。
源泉から流れる水が平野部まで来ると大河となる。
その途中、いくつかの支流に別れてハトホルの国の中を緩やかに横切っており、これらの河川は住民の生活用水の役目を果たしていた。
勿論、農業用水としても使われている。
ソウカイ大川が東にあり、そこからの支流を農業用水に使う以上、農地や畜産のための放牧は自然とハトホルの国の東側に集まっていた。
見渡す限りの耕作された大地──。
整えられた畑の畝には様々な新芽が芽吹いており、水を張った田んぼには青々とした稲の苗がきちんと整列していた。
広がる田畑を眺めて、愉悦に浸る巨漢が1人。
「ようやっと様になってきもしたな──いや壮観壮観」
九州弁だが口癖の数少ない男のスプリガン、ガンザブロンだった。
スプリガン族は機械生命体のおかげが老化が遅く長寿なのだが、方舟を守る戦いで戦士を務めた男たちは早逝してしまい、誰よりも頑丈さが取り柄のガンザブロンだけが生き残ってしまったのだ。
残されたスプリガンの女たちは種族保存のため、ガンザブロンとの間に子供を作ることになったが、生まれてくるのは何故か女の子ばかりだった。
親世代の女性陣も、子供たちを守るため懸命に戦って早逝。
結果──残されたのはガンザブロンとその娘たち。
総司令官であるダグもスプリガン族の数少ない男の生き残りだが、彼は神族とのハーフなので灰色の御子でもある。
純粋なスプリガン族の男は、もはやガンザブロン1人とも言えた。
そのガンザブロンが──野良着姿で佇んでいた。
2mを越える巨漢のガンザブロンだが、その見た目は頭の天辺から足の爪先まで装甲で覆われたロボットのような身体をしている。唯一、顔だけは表情豊かで人間っぽいが、カートゥーンアニメのロボットみたいだ。
そんなメカニカルな身体に服を着込んでいる。
農家のおじさんが着るような長袖に長ズボン、お腹には腹巻きをしている。ゴムの長靴を履いて軍手をはめ、首には手ぬぐいをかけていた。
そして、頭には特大の麦わら帽子──。
ツバサと一緒に千里眼で眺めていたミロが一言。
「農家のオッチャンだこれ」
「ああ……しかも様になっているというか、よく似合ってる」
機械の身体なので汗はかかないが、畑仕事で汚れるのか顔や首回りを手ぬぐいで拭うガンザブロンは、田畑から眼を逸らそうとしなかった。
ほとんどの田畑では種蒔きや田植えが済んでいる。
まだ手付かずの土地では、各種族の働き手たちが農具を手にせっせと耕作作業を進めていた。いや、開墾と言ってもいいだろう。
土こそ作物がよく育つように地力高めでツバサが用意したものだが、田畑にするには硬すぎる無垢な土地なので耕す必要があった。
犂──あるいはプラウと呼ばれる農具がある。
これを牛や馬に引かせることで、地面を掘り返して地中の養分をかき混ぜ、雑草なども処理して土に埋めて処分する。また土を攪拌することで空気を含ませ、水分の保有量も増やすこともでき……。
要するに、家畜の力を借りて土地を耕す農具だ。
現実ならば耕耘機と呼ばれる大型の車両タイプのものもあるが、さすがにそれはまだ早いので飼い慣らした牛馬の力を借りていた。
コボルトの青年が牛馬にプラウを引かせて耕した後を、ノームやケット・シーが鍬や鋤を手にして続き、掘り返しが甘いところを耕していく。
こうして広大な面積を効率的に耕作しているのだ。
その一方──。
「キィィィィィィィィ……ン! ズガガガガガガガッ!」
「ひとつ掘っては父のため……ふたつ掘っても父のため……」
「あんたたちやかましいっちゃよ! なんか言わな仕事できんね!?」
「えーッ! なにーッ? うるさくて聞こえなーい!」
4人のスプリガン族の少女たちが、かしましくもやかましく騒ぎ立てながら機械的な耕耘機で土地を耕していた。
父親であるガンザブロンに倣ったのか、どの娘もオーバーオールや長袖長ズボンといった出で立ちで、麦わら帽子をリスペクトしている。
彼女たちの耕耘機は、武装の一部を改造したものらしい。
なので当然のように機械式なのだが、本来耕耘機でないせいか彼女たちがはしゃいでいるせいか、少しばかり効率が悪そうだった。
プラウより「ちょっとマシ」程度である。
そんな彼女たちの後もセルキーやラミアが鋤と鍬を担いで付いていき、アバウトな仕事をカバーするように耕作地を整えていく。
なんだかんだで──畑作に適した土地が広がっていた。
今日は耕作に専念して、明日には畑へ種を蒔き、田んぼを囲って水を引き、そこに稲を植えていくつもりだろう。
「おめたちくっちゃべっとらんで仕事に専念せぇ! ったく……」
畑を耕しながらじゃれあう娘たちに大声を飛ばしたガンザブロンは、「仕方なかんね……」と呆れた顔で口元を弛めると腕を組み、大らかな気持ちで娘たちの仕事ぶりを見守っていた。
「ありがとうございます、ガンザブロンさん」
そんな父親の背中に声を掛ける青年がいた。
「おお、ターマどんか。おつかれさん」
ターマ・ニャントトス──ケット・シーの若き代表だ。
ケット・シーのネコ族はターマの祖父であるフテニ・ニャントトスが長老を務めていたが、ツバサたちに救われた機にすっかり老け込んでしまった。
自分は役目を終えた、そう漏らしていたらしい。
少々ボケも始まっていたので、孫であるターマが跡目を継いだ。
姉のミーケの助けもあるが、立派に族長をやっている。
初めて会った時は二足歩行する人間っぽい猫だったが、“気”の豊かなハトホルの庇護下で暮らすようになったおかげか、それとも栄養が行き届いた食事を摂れるようになったおかげか、見違えるほど成長していた。
体格は中学生ぐらいに大きくなり、猫っぽい人間になっていた。
彼もガンザブロンのように野良着姿で日差し除けの帽子を被っているが、その手にしているのはピッチフォークという牧草などを掬う農具だ。
有り体に言えばでっかいフォークである。
ガンザブロンと眼が合ったターマは、詫びるように頭を下げた。
「スプリガンの皆さんは気密体というもので食事を賄えると伺いました。なのに、ニャアたちのために農作業を手伝っていただいて……」
「気にすっことはなかっど。こいはオレの趣味みてなもんばい」
ガンザブロンは腕を組んだまま、目の前に広がる農地を見渡す。
うっとりとした眼差しには計り知れない憧憬を覗けた。
「オレたちスプリガンは、長いこと方舟の護衛に腐心してきもした。任務で地面に降るんことはあってん、長居することはなかったとよ……」
オレは長かこと──土と緑に憧れてきた。
「いつか、いつの日か……方舟を降りて十分な余暇ばいただっこっがでけたら……土を耕して、木を草を花を植えて……いわゆる土いじりがしよごったとよ」
それが園芸だろうと農業だろうと構わない。
多くの種族の餓えを凌ぐ結果となれば一石二鳥だった。
「隠居ジジイには打って付けの趣味ばい?」
ガンザブロンは得意気に笑った。
ターマは困った顔で愛想笑いで返すのが精一杯だった。
「アハハハ……えっと、あの娘たちもそうなんですか?」
ターマは作業中のスプリガンの少女たちを横目でチラリと見る。
スプリガン族の少女は数人を除いて(ダグの双子の姉とか)ほぼガンザブロンの娘なので若ければ幼稚園児ほど、年長者でも高校生くらいだ。
騒がしく畑を耕している4人の娘たちは、見るからに最年長組である。
ガンザブロンは半眼で口をへの字にした。
「オレはダグの若大将に許しもろうて農作業の手伝いに来たんどん……アイツらは勝手に『父親ば手伝う』いうて立候補してきたんど」
スプリガン族には本来の仕事がある。
ハトホルの国の全体警備、世界樹を植えた浮遊島の警護、真なる世界各地にある世界樹の跡地の調査……その他、守護者としての任務エトセトラ。
人数を割り振ると、農作業に回す人員はないはずだ。
ガンザブロンは長らく男手1人で方舟を切り盛りしてきた苦労があるから、ダグも「オヤッサンはゆっくしてください」と余暇を与えたらしい。
あの4人娘は──ちゃっかり便乗したのだ。
「へぇ、慕われてるんですね……父親冥利に尽きるのでは?」
「さぁて……アイツらおつむまで春じゃっでのぅ」
ターマは「父親想いの良い娘さんたちですね」と褒めたのだが、ガンザブロンは「父親と子作り!」という娘たちの魂胆を知っているので複雑だった。
ガンザブロンは話題を変えようと表情を切り替える。
「ターマどんは牧場の手入れか?」
「はい、刈ってきた牧草を倉庫へ詰めてきたところです」
ターマはピッチフォークを持ち上げて振り返る。
彼の視線の先には──牧場があった。
高い柵で囲われた広い土地には、野生の牛や馬が放されていた。
元が野生種なのでまだ家畜とは言い難いが、毎日ちゃんと餌を与えて世話をしてやることで信頼関係が生まれてきたのか、柵を突破して脱走しようとする牛や馬は減ってきたとフミカから聞いている。
「トモエ様が命じると、どの子もみんな大人しくなるんですよね。おかげでニャアたちの言うことも聞いてくれるので助かっています」
「蛮神んトモエ様か。あん方ぁ“獣使い”じゃっでな」
トモエはおバカだが、ハトホル一家屈指の努力家である。
現地種族が危険性の高いモンスターに襲われないようにと、倒した生物を支配下に置ける“獣使い”の技能を頑張って習得すると、ハトホルの国周辺に巣食う強力なモンスターの7割を家来にしてしまったのだ。
この技能、大人しい動物なら気迫だけで従えられる。
トモエは野生の牛や馬を群れごと集め、「んな、毎日ご飯あげるしお世話もしてあげる。だから種族のいうこと聞く」と言い聞かせた。
おかげで野性の牛や馬でも従順になった。
牛馬がストレスを感じない空間を確保した広い牧場。
彼らが食べるのに適した下草も生えている。
中には牛馬が休むための屋根が高い小屋も建てられていた。これは牛舎であり馬小屋を兼ねている。飼い葉桶や水桶の設備も整っていた。
まだまだ初歩だが──畜産と酪農だ。
畜産といっても、この牧場では食用肉として育てていない。
牛からは多少なりとも牛乳をいただいているが、基本的に荷物運びの荷車を引く労働力として頼りにされていた。住民からも愛着を持たれている。
「古代インドでもこんな感じだったと思うッスよ」
「……古代インド? どういうことだ?」
不意にフミカが呟いたので訊いてみた。
「インドでは牛って神聖な動物だから食べることはおろか傷つけることも禁止されてるって聞いたことないッスか? 実はあれ、順番が逆らしいんスよ」
牛は利用価値があるから大切にされた。
その大切さを尊んだために神聖視された──という説があるらしい。
現実世界のインドにおいて牛は神聖な動物である。
破壊神シヴァの乗り物であり、クリシュナ神と深い関わりがあるからだ。
これはヒンドゥー教が台頭する遙か以前、大昔から牛の有用性(労働力であり、牛乳やバターの供給源であり、その糞は肥料や燃料になる)が認められていたため、後付け設定で神聖視するようになったという。
日本でも牛馬は貴重な労働力だったので大切にされたため、無体に扱う輩は地獄で牛頭馬頭に責められるという信仰が生まれたくらいだ。
「そんなわけで、インドでは8割を締めるヒンドゥー教は牛を神聖視しているため決して食べませんが、インドは世界一の牛肉輸出国なんスよね」
これ豆知識ッス、とフミカがワンポイントアドバイスを差し込んできた。
「大事にしといて牛肉売ってんの!? おかしくない!?」
ミロのツッコミにフミカは肩を竦めた。
「インドで大切にされてるのはゼブーウシという種類で、水牛は悪魔の使いだから殺そうが食おうがお構いなしなので食肉にしてるとか、イスラム教だと豚は汚れているから食べないけど、牛はOKだからインドの牛肉売買はイスラム教徒がメインだとか……ま、色々あるッス」
「牛は神様だけど水牛は悪魔って……どこで差が出たの?」
どっちも牛じゃん、とミロなどは困惑しているが、ツバサもその気持ちはわからないでもない。しかし、宗教観においては重要な差があるのだろう。
「ハトホルの国では当分、食肉を目的とした畜産は起きないだろうな。なんせ肉が食いたければ猟師が山へ分け入って動物を狩ってくるし、戦士たちがモンスターを倒して、その肉を持ち帰ってくる……それが流通しているからな」
現在ハトホルの国の主食は米、小麦、蕎麦、稗、粟などの穀類だ。
蕎麦など収穫の早い穀物はそろそろだが、米や麦などは比較的日数のかかるものはツバサたちが技能で大量生産したものを供給している。
それに野菜や根菜、野山で採れる山菜や果実などが食材となっていた。
前述の通り、肉類はまだ狩猟だけで間に合っている。
馬はその足の速さから移動力として重宝されているが、牛は単に労働力だけではなく牛乳を搾ったり、糞を燃料や肥料に使う試みが為されていた。
「この国でもいずれ、インドのように牛を神聖視するかもな」
そりゃそうでしょ、とミロがツバサの呟きを拾った。
「だって牛だよ? ハトホルの眷族じゃん。大切にされるに決まってる」
「誰の眷族が牛……あ、いや、合ってるのか!?」
神々の乳母は牝牛の女神でもある。
その名前のせいなのか知らないが、ツバサはハトホルミルクという万能薬になる母乳を大量に分泌する地母神になってしまった。
牛はハトホルの眷族──本当に神聖視されそうでちょっと怖い。
「ツバサさんのお仲間は食べられないよね~?」
「そうッスね~。女神様を象徴する動物は食べにくいッスよね~?」
ミロとフミカは似たような顔でニンマリ笑っている。
2人の視線はツバサの牝牛と呼ばれても仕方ない爆乳に注がれていた。
つい反射的に両腕で覆うも、隠しきれない大きさの乳房だ。
「むっ……ぐっ……ッ!」
悔しいけど反論できない。
ツバサが神々の乳母になったのは事実だし、この地を治める地母神にして牝牛の女神であると喧伝もしていた。
いつもの決め台詞では切り返せないし、誤魔化すしかなさそうだ。
「ゴホン……ま、まあ、動物性タンパク質に関しては獣肉や鳥肉、モンスターの肉に限った話じゃない。ヒレ族のおかげで海産物にも困らんしな」
ツバサは咳払いで話を逸らした。
ヒレ族のセルキーたちが養殖池で育てている養殖魚もあるし、ソウカイ大川から海まで出向いて漁もしているから魚介類も豊富だ。
野菜、穀物、食肉──第一次産業の基盤はできあがってきている。
噂をすれば影、セルキーの一団がやってきた。
「あら、ターマ様にガンザブロン様、こんにちはー」
畑の畦道でガンザブロンとターマが話し込んでいると、ソウカイ大川と街を繋ぐ街道を一台の牛車が通りかかり、その荷台から少女が挨拶をした。
セルキーのヒレ族代表──フィオだった。
彼女も出会った時には「年の割に小さい」のが第一印象の小柄な少女だったが、すっかり年頃の乙女に成長を遂げていた。
やっぱり栄養が行き届いてなかったんだな、と痛感する。
野良着ではないが動きやすく汚れても良さそうな服を着ているフィオは、頭から自分のアザラシ皮をマントみたいに羽織っていた。
同じような格好をした仲間のセルキーたちと共に、2頭の牛に引かせた大型荷車でガタゴトと揺られていく。積み荷は山盛りの赤茶けた土のようなものだ。
街道と畦道は少し離れている。
フィオの声を聞いたターマとガンザブロンは振り向いて手を振った。
「どうもフィオさん、それが話していた新しい堆肥ですか?」
「はい、これから牧場へ運ぶところです」
「堆肥? 畑ん蒔く肥料んこっとな?」
ガンザブロンは初耳らしく片眉を動かした。
「はい、妖人衆の方から聞いた方法を試してみるそうですよ」
ターマは自分の伝え聞いたことを説明していく。
「畑に使う肥料……堆肥は、今のところ切った雑草や木材を引く時に出る屑、それに牛や馬の糞を混ぜて発酵させたものを使ってますよね? それに今度、セルキーさんたちが魚を処理した時に出るゴミも混ぜてみることになったんです」
例えば、漁で獲りすぎた使い道のない雑魚。
例えば、干物を作る際に出てくる内蔵や骨や血合い。
こういったものをそのまま土に混ぜて肥料にすると悪臭が強すぎたり、土を豊かにする前に腐敗毒で作物を枯らす危険性がある。
そこで魚介系のいらないものを鍋で煮詰めて油分や水分を飛ばした後、天日干しにして乾かし、風化した粉のようになったものを堆肥に混ぜる。
「そうするといい堆肥となるそうなんです」
妖人衆の漁師さんから教わりました、とターマは話した。
ちなみに──その過程で取れた魚油にも使い道がある。
燃やすと少なからず臭いと煙が立つものの、夜の照明として使われる行灯(江戸から来た妖人衆の発案)の燃料になるのだ。
「え、魚の油を使うの? 蝋燭じゃないの?」
またミロが疑問の声を上げると、フミカが得意の蘊蓄を語る。
「江戸時代ぐらいまでは蝋燭って高級品だったんスよ。時代劇でよく見る行灯の火だって菜種油とか使えたのは裕福な層で、中流階級以下の家では魚から絞った油をよく使ってたんス。だから猫が夜中にペロペロ嘗めてたんスよ」
そして、化け猫という妖怪伝説が生まれる一因になったそうな。
「あれってそういう演出だったのか」
これはツバサも初耳だった。
「そんな魚油も買えない家庭は夜になったら寝てたそうッスね」
「んで明るくなったら起きると……健康的だね!」
ちょっと前のハトホルの谷がまさにそうだった。明かりがあっても囲炉裏や暖炉の残り火がいいところだ。
ガンザブロンもこの説明をターマから聞いて感心しきりだった。
「ふぅむ……生活ん知恵ちゅうわけじゃな。そいがあん荷台に山と積まれちょっ、真っ赤なもん正体ちゅうこっか」
その通りです、とフィオは手を振りながら答えた。
「先日イワシというお魚が獲れ過ぎちゃったので、妖人衆の方に教えていただいた肥料造りをやってみたんです。そしたら、こんな量になっちゃいました」
フィオたちを乗せた荷車が通り過ぎていく。
目の前まで来たところで、ターマが追いかけるように歩き出した。
「牧場の堆肥置き場に行くならニャアもお手伝いしますよ。この後、牛や馬たちの糞を片付けなくちゃいけないから……ガンザブロンさん、それじゃあまた」
「応さ、オレも畑仕事が一段落したや見に行かせてもらうばい」
荷車に追いついたターマは、フィオの手を借りて荷台に飛び乗った。
並んで手を振る海豹の娘と猫の少年。
機械の大男は優しい笑顔で手を振り、道を行く2人を見送った。
~~~~~~~~~~~~
「…………種族の垣根を越えて手を取り合って助け合い、教えられた技術を着実に学んで取り入れていき、様々な面で文明的に発展を遂げていく」
順調だな、とツバサは満足げに頷いた。
でしょでしょ? とフミカも我が事のように喜びながら報告を続ける。
「ひとまず、今年いっぱいは米や小麦といった主食になる穀物類は神族からの提供になりますが、農作物は秋頃から本格的な収穫が見込めるッス。来年には安定してきて、再来年には自分たちの食い扶持を確保できるようにはるはずッス」
フミカは自他共に認める文系だが数字にも強い。
彼女に言わせれば、「必要なデータさえ集めれば【魔導書】が自動でソロバンを弾いてくれるんで楽チンッス」とのことだった。
「ぶっちゃけ、最初からいい感じで関数が設定されてるエクセルッス」
「なにそれメッチャ便利」
大学で使わされたツバサは思わず羨ましがってしまった。
「よし、それまで税は免除とする。餓える者が出ないように食糧配給を調整してやってくれ。ただし、余計に与えるのはダメだ。貰えることが当たり前と思うようになったり、授かり物で贅沢を覚えてもらっては困るからな」
「えーっと……生かさず殺さずってことッスか?」
「そんな殺伐じゃなくてもいいんじゃない?」
とぼけた顔のミロにツッコまれたので、フミカはギョッとしていた。
2人の顔を見たツバサは頬を緩ませて言う。
「適量が肝心ってことさ。多すぎず少なすぎず。各種族分け隔てなく全員に行き渡るように……それぐらいでいい。栄養失調にならなければな」
地母神として、お腹を空かせている子供は見るに堪えない。かといって、贅沢を覚えてご飯を残すような子供がいれば許せない。
「その匙加減が難しいんだけどな……やってくれるか、フミカ?」
お安い御用ッス、とフミカは気さくに請け負ってくれた。
「神族から与える食物はあくまでも施し。それを当然と思ってもらっては困るからな。オリベさんや各種族の代表にも厳命しておかないと」
国家運営は難しいものだ、とツバサはこっそりため息を吐いた。
その直後、背後に気配が湧くのを感じた。
「その各種族の代表が御一方──お見えになりました」
すると“万能なれど駄目メイド”の凛とした声が響いてきた。
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