想世のハトホル~オカン系男子は異世界でオカン系女神になりました~

曽我部浩人

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第11章 大開拓時代の幕開け

第267話:春夏秋冬の祭りには意味がある

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 クロコが「来客です」というので応接間に向かう。

 そこはハトホル一家が寛ぐためのリビングではなく、訪問者を迎える本来の意味での応接間だ。種族の者と面会する場合は謁見室えっけんしつとも呼ばれる。

 四神同盟で使われる会議室ほどではないが大きな間取り。

 圧迫感はまるでなく、来訪者を和ませる内装だ。

 調度品は懲りすぎず目立たない程度に配置され、窓は大きく取られているので日当たりが良い。ガラスはしっかりUVカットが施されているそうだ。

 一流の工作者クラフターであるダインが作っているのだから、その快適性については折り紙付きである。ここで過ごす来客の快適さを考えて設計されていた。

 部屋の中央には対面式のソファとテーブルのセット。

 横に長い大型ソファ。座り心地も最高級品だ。

 テーブルを挟んだ一対のソファは来客との話し合いに適しているが、いわゆるお誕生日席には豪勢な革張りのソファがあった。

 ツバサはこの最上位の上座かみざに座ることを強要されている。

 当人にその気がなくとも、ツバサはこのハトホルの国を治める主人。

 対等である四神同盟の盟主たちならいざ知らず、各種族との面会ではこの上座につくようにと口が酸っぱくなるまでお説教されていた。

 他でもない、オリベにである。

 織田、豊臣、徳川──戦国の三雄にオリベは仕えてきた。

 その経験を活かした彼のアドバイスには説得力があり、望むと望むまいとに関わらず、この地の主人あるじになったツバサは参考にすることが多かった。

 先日、会議室でオリベと話し込んだ時のこと──。

 彼はツバサに上座かみざへ座るよう説教した。

『いくら当人が気取らずにあろうとも、下々の者はツバサ殿を殿上人てんじょうびととして崇めましょう。ましてや貴方様あなたさまはこの国の王……その立場を弁えなされ』

 偉そうにふんぞり返るつもりは毛頭ないし、王様気取りで「良きにはからえ!」なんて横柄おうへいにするのもガラじゃない。

 ツバサは年功序列を重視する性分だし、他人には敬意を持って接するタチなのだ(アホとバカと腐れ外道は対象外です)。

 神になった自覚はあっても、傲慢ごうまんな振る舞いなどしたくはない。

 オリベにもそんな心情を打ち明けている。

『勿論、ツバサ殿のそういった大らかさは存じておりもうす。それがしも大変好感を持っておりまする。ですから、未だに貴方にはと付けずにツバサ殿と親近感を込めて呼ばせていただいている次第……なれど』

 ツバサ殿は神であり王なのです──オリベは繰り返した。

『我らに対してへだてなく接するのはよろしい。そういった“ふれんどりぃ”さは民衆のウケが良いですからな。しかし、時と場合を弁えなされ。民草は距離感を誤ると、神であろうが王であろうが平気で侮りますぞ」

 親しき仲にも礼儀あり──ということか。

 人は礼節れいせつを忘れれば他者をあざけり、敬意を忘れれば態度をあやまる。

『ツバサ殿……そなたは神の力を傲慢に振りかざすような痴れ者ではない。それは重々承知しておる。だが、強情だった初対面の我らを降すべく、その神威しんいを示したであろう? そういった権威を示すこともおろそかにしてはなりませぬぞ』

 息子に言い聞かせる父親の口調でオリベはいてくれた。

 オリベと話していると、ツバサの価値観を叩き直してくれた自称インチキ仙人の師匠を思い出す。彼の面影が重なるためか、ツバサはオリベのことを「世話焼きのオジさん」のように感じていた。

 彼の助言へ素直に耳を貸せるのは、それゆえかも知れない。

 そんなことを思い返しながら──応接間に向かう。

 誰が尋ねてきたのかクロコに訊かないまま応接間まで来たが、「種族の代表」といってたから上座に腰を下ろすしかあるまい。

 偉ぶるのはしょうに合わないが仕方がない。

 諦めの吐息を静かに漏らしたツバサは、クロコが開けてくれたドアを悠然とした態度で潜り抜けた。こちらの入室と同時に来訪者が立ち上がる。

「これはツバサ様……突然の訪問、どうかご容赦くださいませ」

 そこにいたのは──“万里眼”ばんりがんのイヨだった。

 オリベはあくまでも妖人衆のまとめ役。

 妖人衆のトップにいるのは巫女姫かんなぎと呼ばれる彼女だった。

 オリベが妖人衆の実務を司る総大将だとすれば、イヨは妖人衆の象徴的シンボルな女王である。その関係性は将軍と天皇に近いかもしれない。

 将軍と天皇――二人の王が君臨するも同然だ。

 こういった政治体制は鎌倉時代の前後から始まった。
(※武家が政権を掌握したのは平清盛の平氏からということになる)

 だからなのか、この他国から見れば不思議とも言える統治を、日本人は違和感なく受け入れることができるらしい。実際、妖人衆から異論は出ていない。

 オリベが意図的にそうしたことが窺える。

 邪馬台国やまたいこくの女王──卑弥呼ひみこ

 その後継者として邪馬台国の女王を務めた後、真なる世界ファンタジアへ転移してきたというイヨは本人曰く「本当はお婆ちゃん」とのことだが、外見だけならマリナやイヒコと変わらない10歳ぐらいの幼女である。

 イヨが現実世界での生を終えたのが40歳前後。そこから真なる世界ファンタジアへと飛ばされて100年は生きたそうだから……実年齢は140歳ぐらい。

 妖人ようじんになっていなければ、とっくにしわくちゃの老女のはずだ。いや、それ以前に亡くなっていてもおかしくない年齢である。

 幼女化したのは、彼女の変化のひとつらしい。

 水銀のような物質に変化していた髪も、人間の頃のような黒髪にこそ戻らなかったが透き通った銀髪になっていた。

 額の中央を締めていた宝石の一つ目も、今では全てを見通す“万里眼”の能力を使う時しか現れない。本来の位置に両眼が戻っていた。

 今では自他共に認める『ロリババア』だ。

 ソファに座っていたが、ツバサが現れると立ち上がってお辞儀をする。

 オリベのおかげか礼儀作法が行き届いていた。

 彼女の護衛役も気をつけをして、ツバサたちに頭を下げてくる。

 妖人衆の幹部である三将の1人──覇脚はきゃくのケハヤだ。

 初登場時は毛むくじゃらの大男で、雪山のイエティと見紛うくらいだった。彼も落ち着いてきたのか、今では「毛深いだけの巨漢」に見える。

 武家の下働きを務めた“奴”やっこを意識したすそ端折はしょった着物を着ており、自慢の脚を使いやすそうな着こなしだった。太い注連縄みたいな縄を帯代わりにして、それで着物をたすき掛けにして両腕も剥き出しにしていた。

 ……こういう格闘ゲームのキャラがいた気がする。

 この真なる世界ファンタジアでは一定の知恵があれば言葉を解するのに不都合がないはずなのだが、ケハヤの発する言葉は誰の耳にも奇声にしか聞こえなかった。

 どうにも言語関係に問題が生じているらしい。

 ただ、奇声を交えた簡単なジェスチャーで意思疎通はできるので交流に不自由はない。ケハヤの言いたいことはなんとなく伝わってくるのだ。

 そして──こちらの言葉は彼に通じている。

 その怪力を頼られれば妖人衆に限らず快く引き受けるし、こうしてイヨの護衛も実直に務め、ツバサたちを神と認めて礼儀も払ってくれる。

 言葉は通じずとも──気は優しくて力持ちだ。

 しかし、珍しい取り合わせである。

 いつもならオリベとイヨがコンビで訪ねてきて、護衛役のウネメとケハヤが交互についてくる。イヨが単身でツバサたちに会いに来るのが珍しかった。

 ちなみにオサフネも三将の1人だが、妖人衆の技術者集団を束ねるリーダーでもあるため護衛を務めることは少ない。

「イヨさん、今日はどうしました?」

 オリベさんは一緒じゃないのか──とは訊かない。

 オリベが山村へと出掛けてノームたちの作陶を見学しつつ、木樵きこりたちの材木場やコボルトたちの採掘場に視察に向かったのは知っている。

 立ち上がってお辞儀をするイヨに座るよう促しながら、ツバサは慣れない足取りで上座へと腰を下ろす。ミロとフミカは横長のソファへ座った。

 ケハヤはソファに座るイヨの後ろ、ボディーガードよろしく直立不動。

 ツバサたちが座ったのを見計らい、クロコがお茶の用意を始めた。イヨのお茶は提供されているのでツバサたちの分だろう。

 全員が着席したところで、イヨがツバサに話を切り返してきた。

「はい、今日のわたくしは“おつかい”で参りました」

「おつかい? いったい誰の?」

 席に着いたツバサが言葉の意味を汲み取れず眉を曲げると、イヨは着物の袖から1通の手紙を取り出した。折り目正しく和紙で包まれたものだ。

 両手で恭しく差し出してくる。

 敢えて問い質さずにツバサは受け取ると包み紙を開いて、中の手紙をおもむろに読み始めた。自由闊達かったつな筆捌きからオリベの手紙だとわかる。

 癖が強いのに文字のバランスが絶妙なので読みやすい。

 いつもの語り口調にも似た軽妙な文章をサラサラと読んだツバサは、読み終えると眼を閉じて「フッ」と微笑む。彼らしい提案だったからだ。

「オリベのじいちゃんなんだって?」

 ミロは持ち前の直感で手紙の主を言い当てた。微笑んだツバサのリアクションに興味を持ったのか、背を伸ばして手紙を覗き込んでくる。

「お祭りをしよう──ってさ」

 要約すると、手紙の内容はそれだけである。

「建国を始めて数ヶ月。みんな頑張っているけれど疲れも溜まってきている。このまま続けると不平不満が噴出することは必至。そうなる前にガス抜き的なイベントをやりましょう……という提案だ」

 これはツバサの意訳である。実際には戦国時代の武家らしい文体だが、時折思い出したように笑いを取るようなことで書かれていた。

 イヨが“おつかい”といったのもわかる。

 銀髪の幼女は着物の袖で口元を覆ってコロコロと笑った。

「オリベ様が『ツバサ様とて中身は男子おのこ。自分のような因業いんごうジジイから頼むより、愛らしいイヨ様からおねだりされれば断れまい』……とのことですよ」

「あの剽軽ひょうきんジジイ、変な気を回しやがって……」

 オリベのにやけ顔を想像してツバサは頬をゆるませる。

「バサ兄にお伺いを立てるってことは、国を挙げてのお祭りッスか?」

 手紙の内容が気になるフミカも訊いてくる。

 ツバサは手紙を折り畳んでフミカに渡した。

 フミカにも手紙に目を通させながら、ツバサは内容について説明する。

「国を挙げてっていうのは正しい。祭りとは本来、神への感謝を表すために催されるものだからな。神々の乳母ハトホルへの感謝祭にしたいそうだ」

 ツバサは地母神として、この地の安寧あんねい繁栄はんえいを推し進めてきた。

 ハトホルの国に生きる者はこれに感謝して、この国の神王でもあるツバサに感謝の意を表する祭りにしたいという。田植えや種まきを終えたばかりだから、春に行われる豊作祈願の祝祭も兼ねたいようだ。

 こうした祭りを春夏秋冬──年4回の恒例行事にしたいらしい。

 春は作物の豊作を願って、夏は作物への厄除けを祈り、秋は収穫を祝って、冬は正月を兼ねて新春を迎える祝賀祭。

 夏祭では、祖霊を慰める儀礼(お盆のこと)も加えたいそうだ。

 このように理由もちゃんと考えられていた。

 そして、四季を通して神々の乳母ハトホルを奉りたいということだ。

 あくまでも神への感謝を奉納ほうのうという形で表すのが主目的だが、そのお祭りで国民のガス抜きを行うことに主眼が置かれていた。

「お祭りを年中行事として定着させ、日々の生活で溜まりがちな鬱憤うっぷんをお祭り騒ぎで払ってやるべきだという話だな。国が安定してきたら自分たちで準備を執り行うが、まだ建国途中で物資が揃えにくいから協力してほしいと……」

 早い話──お祭りに使う食材が欲しいのだ。

 なんなら食材を調理する器具や、出店のための建材も必要だろう。

 持って回った文章の書き方をしているので直接的な表現を避けているが、イヨの言った通り「神様へのおねだり」である。

「神様を祭る催し事に使う食材を、その神様に求めるって…」

 本末転倒ッスね、とフミカも苦笑する。

「まあ、今回のお祭りはオリベさんも『お試しみたいなもの』と断ってるからな。しばらくは神族こっちから食糧を供給すると約束もしているし……」

 そもそも、多くの種族が“祭”まつりという概念を知らないはずだ。

 かつては催されたかも知れないが、長きに渡る蕃神ばんしんからの侵略戦争によって忘れられてしまったことだろう。ただし、現実世界から生身のまま飛ばされてきた妖人衆はこれに当てはまらず、個々人ここじんが祭りというものを知っていた。

 妖人衆からの発案をオリベが代表して陳述ちんじゅつしてきたらしい。

「妖人衆主導で『祭りとはどういうものか?』を他の種族たちに教えて、種族主体で運営できるようにするためにも、今回は試験的にやってみたいそうだ」

 ゲームで言えば体験版みたいなものだ。

 用意周到なオリベのこと。各種族の代表に相談済みとあった。どの種族も乗り気な証拠にと、各代表の名前と拇印ボインまで押されている。

「ボイン? ツバサさんのおっぱい?」
「アホ、親指の指紋に朱肉やすみを付けて押すことだ」

 盛り上がった胸元に手を伸ばしてきたミロの額を親指で押してやる。額にツバサの指紋が白煙を上げて刻まれるほど、ギュゥ~と力と熱を込めてやった。

 この拇印は実印の代わりだ。

 つまり、この手紙は各種族の意志をまとめた嘆願書たんがんしょにもなっていた。

 ──ハトホルの国に暮らす住民たち。

 彼らが建国に向けて頑張っているのはツバサも千里眼で知るところだ。彼らへのねぎらいも込めて、食材くらいは用意してやってもいいだろう。

「お祭りの会場なら我が家マイホーム前の広場を使えばいいしね」

 ミロのアイデアにツバサも頷く。

「一応、神々の乳母おれへの感謝を示す儀礼めいた祭典も執り行いたいらしいが、本命は全種族が呑んだり食べたり遊んだりできる出店の準備だな」

 これが住民の憂さ晴らしになれば幸いである。

 どの種族も工作に関する技術は上がっているので、簡易的な屋台を作るのは問題ないだろうが、そこで提供される食材はまだネックとなるものが多いはずだ。特に米や小麦はまだ収穫段階ではない。

 お祭りならば──子供たちにも甘い物を振る舞ってやりたい。

 サトウキビや甜菜てんさいと同種の植物はこの世界にも自生していたため、そこから砂糖を作り出す技術も教えたが大量生産には程遠い。

 畑を作っての栽培に手を付けたばかりである。

 農業は経験と研鑽けんさん賜物たまものだ。一朝いっちょう一夕いっせきで実るものではない。

 そういった「お祭りの縁日といえばこの屋台は定番!」みたいな出店に使う食材はまだまだ用意することが難しいはずだ。

「……いや待て、この手紙だと『祭りの出店を豪勢にしたい』って書いてあって、『縁日の出店に使うための食材が欲しい』とあるから、そう受け取ってたけど……妖人衆って江戸時代の人間が多いんだったよな?」

 大体、戦国時代中期~江戸末期の出身者が多い。

 あの頃のお祭りに並んだ出店のバリエーションってどんなのだろう?

 ツバサはてっきり現代の縁日を連想していたので、その準備に大量の食材が必要だと考えていたが、江戸時代の縁日ってどうだったのだろうか?

 ツバサが頭を悩ましているとフミカが挙手をした。

「そのことなんスけどね、しばらく前から妖人衆の職人さんたちに『現代の縁日に並んでるのはどんな出店なのか教えてほしい』って頼まれてたんで、基礎的な知識は一通りレクチャーしてあるッスよ」

「下調べは十分だと!? ってことは……結構前から企んでたのか?」

 報連相ほうれんそうは忘れずに、とツバサはフミカの頭をコツンと小突いた。

 フミカは「テヘペロ♪」と舌を出して弁解する。

「現代から来たウチらにサプライズ的に驚かそうとしていたらしいんスよね。日頃のお世話になってるから、ちょっとでも喜んでほしいって……」

 さすが江戸を生きた人々、いきはからいである。

 これまでの恩返しを兼ねて、ツバサたちが慣れ親しんだ現代のお祭りを少しでも再現したいという心意気にホロリと涙がこぼれそうになった。

 フミカは口元に手を添えて内緒話を振ってくるように囁いてくる。

「ここだけの話……驚きの再現率ッスよ。正直ぱねぇッス」
「おまえ、ちょっとプトラの影響を受けてきたな」

 フミカまでギャルっぽい喋り方をするようになった。

 その囁きを聞いたミロは期待に瞳をキラキラさせる。

「驚きの再現率!? こっちでもたこ焼きとかお好み焼きとか焼きそばとか大判焼とかイカ焼きとかリンゴ飴とかソースせんべい食べられるの!?」

「そういえばミロおまえは縁日大好きっ子だったな」

 ツバサとミロは東京の下町育ち。近所にいくつかの神社があった。

 神社は四季折々に祭りを開いては縁日が並ぶことが多かった。そして、ミロは祭りと聞けばツバサの手を引いて遊びに行きたがったのだ。

 お祭りではしゃいで喜ぶミロの顔を見たい、とオカン系男子の母性本能がうずき、連鎖反応で子供たちの喜ぶ顔を見たいという気持ちが膨れ上がる。

 各種族の子供たちも、きっと喜んでくれるだろう。

 女神として崇拝されるのは二の次だ──まずは子供の笑顔が最優先。

「よし──やろう」

 即断即決、こうなれば鶴の一声である。

「お祭りに必要な食材は神族こちらで用意しよう。フミカ、現代のお祭りを再現したいっていう要望があったら、できるだけ手伝ってやれ。ダインの手も借りるといいし、他の仲間の力を借りてもいい。なるべく派手にしよう」

 子供の喜ぶ顔が見たい、その一念でツバサもいましめを緩めた。

 お祭りぐらい、ちょっと無礼講ぶれいこうでもいいだろう。

神族おれたちが店を出すのもアリだ。もしあれなら、ミサキ君やアハウさんにクロウさんの陣営にも声を掛けておけ。せっかくだ、みんなで楽しもう」

 やったーッ! とミロが万歳で大喜びしたのは言うまでもなかった。

   ~~~~~~~~~~~~

 1週間──準備期間は瞬く間に過ぎていった。

 種族の者たちは日々の仕事や訓練の合間を縫って準備に余念がなく、ツバサたちもそれに合わせて食材の用意や手伝いに時間を割いてやった。

 その甲斐もあって無事、祭りの日を迎えることができた。

 お祭りはツバサたちが定めた週7日の内、金曜日と土曜日の2日間。

 この2日は仕事も訓練もお休みにして、お祭りで呑んでも良し、食っても良し、遊んでも良し、出店の店員を務めても良し。

(※出店で働いた者は後日、振替休日が許されている)

 お祭りが終わった次の日の日曜日は、午前中に祭りの後片付けをして午後は普通にお休みという至極真っ当な割り振りとなっていた。

 自分の領地でもお祭りをしたいとミサキが言ったらしく、ハトホルの国の準備を見学に来たレオナルドは「ホワイト企業だな」と笑っていた。

 なんにせよ──それは終わった後の話だ。

 今はこれから始まる祭りに耽溺たんできしてもらいたい。

 我が家マイホームの前の大広場には、いくつもの屋台が所狭しと立ち並んでいた。通路は人々が行き交いやすいようにと、出店の間隔を取るように心懸こころがけている。

 広場のあちこちに設けられたスペースでは、太鼓を鳴らす者や笛を吹く者、琵琶びわや琴に似た弦楽器げんがっきを鳴らす者と、BGMにも事欠かない。

 その音楽に合わせて楽しげに踊る者たちもいた。

 青い空にはスプリガン族の中でも高速飛行できる飛行ユニットを備えた娘たちが空を飛び交い、七色の煙で上空を華やかに彩っている。

 あれだ──航空機のショーみたいなやつだ。

 その更に上空には飛行母艦ハトホルフリート、スプリガンの操る高速艦メンヒルⅠからⅥまでが浮かんでおり、それぞれ派手な垂れ幕をなびかせていた。

(※高速艦の数隻は定期的に上空を離れ、国境の巡回任務に当たる)

 空飛ぶ戦艦からは桜の花びらが撒かれている。

 実はハトホルの国のあちこちに桜は植えられているので、春の訪れとともに開花していたのだが、満開のシーズンはおわってしまっていたのだ。

「建国に忙しくて時機をいっしてしまったな」
「みんなとも話してたけど、来年は花盛りの頃にやりたいねー」

 準備をするツバサがぼやくと、ミロが相づちを打ってきた。

 そんなわけで今年は時期を逃してしまったが、その代わりにとダインが用意した植物由来素材の桜吹雪をこうして空から撒いている次第である。

 妖人衆は花火まで打ち上げていた。

 夜に大輪の花を咲かせる花火ではなく、イベントなどを知らせるために日中打ち上げて「ポン! ポン!」と空に鳴り響くやつだ。

 お祭りを賑やかにする舞台装置はこれだけではない。

 我が家の両脇には、2体の巨神像が立ち尽くしている。

 右側にダイダラス──左手にダグザディオン。

 2体の巨人王が阿吽像あうんぞうのように佇んでおり、この国の守護神という立場から広場を見守っていた。お祭りの特別感を際立たせる賑やかし要員だ。

 基本的に立ってるだけ──ダインとダグが遠隔操作している。

 ロボたちが思い出したように動くと、子供たちから歓声が沸いた。

 こうしてお祭り会場の準備は整った。

 しかし、まだ祭りらしい賑わいの声は聞こえてこない。出店の店員たちも準備を終えているが、商品の用意をしたところで手が止まっている。

 初めてのお祭りに興奮気味な種族の子供たち。

 美味しそうな食べ物の並ぶ縁日に駆けていきたいところだが、大人たちに「もう少し待ってなさい」と抑え込まれていた。

 まだ祭礼の儀式が済んでないからだ。

 我が家の前に設けられた──簡易式の祭壇さいだん

 縁日の通りから真っ直ぐ歩いてくると、仰々しい鳥居とりいに出迎えられる。これも祭りに合わせて建てられたものだ。

 我が家マイホームの位置も相俟あいまって、神社としか思えない。

 その鳥居の奥、我が家の玄関前に祭壇が配置されていた。

 これもダインが用意したものだが、演舞台を儀礼的なデザインに作り直したようなものだ。そこには供物をお供えする奉納台もセットされている。

 鳥居を潜って祭壇の前に並ぶのは、各種族の代表者たちだ。

 ネコ族ならターマ、ヒレ族ならフィオ、ハルピュイア族ならエアロ、妖人衆ならイヨ、スプリガン族ならダグ……といった具合である。

 ちなみにラミア族代表はエトナという真紅の髪を持つ美女で、コボルト族はバスキスというハスキー犬に似た精悍せいかんな中年男性、ノーム族はトンスと呼ばれる一族の最長老が代表を務めている。

 彼らはそれぞれの種族の副長を引き連れ(イヨならオリベ、ターマなら姉のミーケを連れている)、その副長たちは種族が用意した最上級の品々を抱えていた。

 これが神への感謝の気持ち──奉納品ほうのうひんである。

 今回のお祭りはあくまでも準備段階の“試験”なので、各種族には「気持ち程度の品を納めてくれればいい」と伝えてある。

 そういった品を奉納品として持ってきてもらったのだ。

 各種族の代表が祭壇の前にひざまずき、随行ずいこうする幹部もそれに倣う。

 自然とその様子を見守っていた種族の住民たちもその場に膝を突き、あるいは頭を垂れて手を合わせる者さえ現れた。

 言葉を発する者もいなくなり、自然と静寂せいじゃくに満たされていった。

 場が静まり返ったところで──ツバサが降臨した・・・・

 神様らしさを演出したほうがいい、と相談したオリベやレオナルドにアドバイスを受けたため、上空に空間転移で現れてからゆっくりと下降してくる。

 気配や雰囲気で他を圧倒するための技能スキルをフル活用して、神々しいオーラを発しながら舞い降りると、種族たちは恐れ多そうにますます平伏していく。

 正直、頭を下げてもらっていて助かる。

 女神として舞い降りるツバサの姿は、あまり凝視されたくない。

 この祭礼の儀式を迎えるに当たって、ツバサも女神様らしいコスチュームに着替えた方がいいという案が出され、衣服作りの達人であるハルカとホクトに相談したところ、喜々として女神様らしい衣装を用意してくれたのだ。

 用意してくれたのはありがたい。ありがたいのだが……。



 ドスケベすぎるだろ──これぇッ!?



 基本はドレスっぽいのだがシースルー一歩手前のスケスケ具合。目を凝らさずともムチムチの太股に這わせたガーターベルトが透けて見えるくらいだ。

 胸元は大胆にカットされて谷間は丸見え。

 このドレスの素材では乳房の大事な部分まで透けて見えそうで怖いのだが、生地を調節しているのか垣間見えることさえないのは一安心だ。

 しかし、ゆったりしたドレスは胸元を支えてはくれず、降りているだけで乳房がユッサユッサ揺れて心許ない。現在、ノーブラなので尚更だ。

 おへその近辺も露わになるくらい布が少ない。ドレス風なのでスカート上になっているのだが、何故かスリットが際立っていて一歩踏み出しただけで太股があらわになるようになっている。迂闊うかつに歩けば丸見えだった。

 ……ブラだけじゃない。下も穿いていないのだ。

 おかげでスースーするし、降りている最中にドレスがめくれて大惨事にならないかとヒヤヒヤ物である(ちゃんと風を操作して防いでいるが)

 少しは和風を意識したのか、袖だけは着物のようにゆったりとしている。

 頭にはドレスよりも薄手で透明感のあるベールをかけているが、そこからはみ出す大きな牛の角を模した王冠。牝牛の女神ハトホルにちなんだ装飾品らしい。

 これをデザイナーたっての要望で「下着をつけずに着用してください」と着せられているのだから、恥ずかしさも此処ここに極まれりだ。

 なのにどうして……ガータベルトやストッキングはつけさせられたのか?

 祭礼イベントが終わったら問い詰めよう、とツバサは心のメモに書き留めた。

 女性の身体に──女神の肉体に慣れたと思っていた。

 いや、実際のところ慣れてきてはいるはずだが、こうして羞恥心MAXな衣装を着せられて大勢の人前に立たされると、自分の女性化を再確認させられる。

 それが一層、男心の恥ずかしさを際立たせているのだ。

 補正力の高いブラの助けがないと、ツバサの爆乳はちょっとした動きでもブルンブルンと揺れる。殊更ことさらに意識してしまって落ち着かないし、お尻や太股といった女性らしい皮下脂肪まで連動して揺れているようでソワソワする。

 何人かの種族は跪いたままツバサを見上げていた。

 彼らは「美しい」とか「神々しい」とか「ありがたや」と拝んでくれるが、その信仰心が一介の男子大学生でしかなかったツバサにはこそばゆい。

 ──というか普通に恥ずかしいんだよこれ!

 あれだ、初めてのお遊戯会で人前で演技をする子供のような気分だ。

 本当なら唇を波線のように歪ませて、顔は耳まで真っ赤にして、今にも本気で泣きそうな涙目にツバサはなっていただろう。

 しかし、これは大切な儀式──ツバサはどうにか平静に努めた。

 表情筋を駆使して澄まし顔で祭壇に降り立つと、女神らしい口調で各種族の代表に「おもてを上げよ」と言い渡す。

 代表たちは「ははぁ……」とかしこまった後、恐る恐る顔を上げた。

 そして、それぞれの持参した奉納品を幹部から受け取ると代表自らの手で奉納台へと納めて、各種族を代表して感謝の気持ちを言葉で伝える。

 この言葉はいずれ──神への祝詞のりととなるのだろう。

 そうして全種族が奉納品を献上した後、ツバサからのお褒めの言葉を賜ることになっていた。しかし、1週間かけても良い言葉が見つからなかった。

「みんなの気持ち──ありがたく頂戴ちょうだいする」

 気取るのも飾るのも苦手なので、ありのままの気持ちを伝える。

 美辞麗句びじれいくも使わない。

 思ったままのことを、いつもより少し畏まった程度に話していく。

「この地に蕃神に屈せぬ国を建てるために務め、蕃神に抗うための技術を得ることに努め……君たちが日々精進していることはよく知っている。だが、働きすぎるのもこんを詰めるのも身体に良くはない。適度は休息は欠かせぬものだ」

 そして、溜まった気鬱きうつを払うことも重要だ。

「今日と明日は大地母神おれへの感謝を表すものであり、秋に向けて作物の豊作を祈願する祭りであると同時に、君たちの日頃の労をねぎらうものでもある……たっぷり飲んで食べて騒いでほしい」

 ツバサは長話するガラでもない。

 長ったらしい訓辞くんじを垂れ流す朝礼の校長先生じゃあるまいし、みんなお祭りが楽しみでウズウズしているのだ。



「これより──春の豊作祈願祭を開催する!」



 ツバサの宣言に全種族は立ち上がり、喝采かっさいをもって答えてくれた。


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45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

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