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第17章 ローカ・パドマの咲く頃に
第411話:斯くして獣は野に放たれる
しおりを挟む阿修羅街の最高位――アシュラ八部衆。
アシュラ・ストリートに君臨した8人の王への尊称だ。
一般的なプレイヤーには人知の及ばぬ神か魔の如く畏敬の対象とされ、中堅ランカー勢からはバケモノのように尊ばれ、上位ランカーたちからはいつか辿り着きたい憧憬の念で敬われた、不動のトップランカー集団である。
だが、当人たちにそんなつもりは微塵もない。
それぞれのバトルを楽しんでいたら、いつの間にかそうなっただけだ。
『要するにアレだ――おれたちゃ“王家七武海”だな』
天魔ノ王は八部衆をそう例えた。
ウィングの親世代で大人気だった海賊マンガに登場する、世界政府へ協力することを条件に略奪行為を公認された7人の大海賊を指す言葉だ。
『どちらかと言えば“柱”ではないかのう』
訂正ではないがヨコヅナは別の作品を例に挙げた。
これも爆発的大ヒットを飛ばした伝奇アニメに登場する、鬼退治をする主人公が所属する組織の最高戦力にして最高幹部を差すものだった。
『俺は“暁”を推したい』
獅子翁もこの話題に乗り、老人の風貌にそぐわない声で言った。
これまた世界的人気を博した忍者アニメに登場する、最強の抜け忍たちが集まることで戦争や世界征服を企んだりした組織である。
平成や令和を賑わせた懐かしいアニメ語りは止まらない。
年長者たちの雑談にウィングは水を差す。
『いや、王下七武海でも柱でも暁でも黄金聖闘士でも護廷十三隊でも幻影旅団でも十本刀でも完璧超人始祖でも何でもいいよ』
そんな大層なもんじゃねえ、とウィングはうんざり気味である。
『何がアシュラ八部衆だ。誰が名付けた、その厨二ネーム?』
勝手に一括りにされるのが我慢ならなかった。
ある種の差別とさえ思っている。
『ただ純粋に武を競うことを楽しみたいってのに、そのために努力と研鑽を重ねてきただけなのに……どうしてアイドルグループよろしく黄色い声援浴びせられたり、悪の組織の幹部みたいに怖がられりゃならんのだ?』
江戸っ子のウィングは口が悪い。
仲間内では素を隠さないので、べらんめぇ口調である。
家族同然に世話を焼く妹分がボイスチャットで割り込んでくると、大人の見本みたいな丁寧な喋り方に戻るためギャップを面白がられている。
ウィングの愚痴は鳴り止まない。
『おかげで対戦者はビビるか腰が退けてるか、面白半分の冷やかし野郎が来るくらいなもんだし……真っ当に戦える相手がほとんどいねえじゃねぇか』
敗北上等で挑んでくる者はまだマシだ。
格上に挑む勇気と、高みを目指す向上心があるからだ。
だが、ほとんどの輩はこうはいかない。
大抵のプレイヤーはアシュラ八部衆の名に恐れを成して、尻をまくって逃げてしまうのだ。まともな挑戦者が日に日に減ってきていた。
『まあまあウィング君、これも有名税じゃと思って矛を収めなさい』
ヨコヅナが年の功で鷹揚に宥める。
口調は悪いが年上に礼儀を払うウィングは素直に従い、「はい……」と不満げな面持ちのまま愚痴を吐き足りない口を無理やり閉じた。
有名税――ヨコヅナが言えば説得力がある。
なにせ現実の大相撲で本物の横綱まで登り詰めた呑海(かつては蒼海)であり、今は一線を退いて大海洋親方の名前でタレントもやっている。
アシュラ・ストリートの宣伝大使でもあるのだ。
そのヨコヅナから諭されれば、ウィングも駄々を捏ねられない。
ウィング、天魔ノ王、ヨコヅナ、獅子翁――。
この4人はよく連み、“阿修羅の宮”で無駄話に花を咲かせていた。
――阿修羅街には非戦闘エリアもある。
ここでは一切の戦闘行為が許されていない。
システム上、絶対に戦えないよう制限を掛けられた安全地帯。
各プレイヤーが次のバトルに備えて準備を整えたり、ゲーム中で習得した物品をプレイヤー同士で交換や売り買いしたり、アバターを介したボイスチャットで情報交換や談話をしたりと、休憩や交流の場として用意されたものだ。
非戦闘エリアは全部で8つ。
それぞれ阿修羅を含む仏法の護法神である八部衆から名付けられており、“阿修羅の宮”はそのひとつだった。ここはランキング上位者のみが入ることを許される超が付くほどの特別エリアという扱いである。
ランキング報酬の一環であり、100位以下は立ち入ることができない。
そして、アシュラ八部衆の溜まり場でもあった。
最近はこうして集まる度、ある悩みついて議論を交わしていた。
『――アシュラ八部衆は次元が違う』
これが阿修羅街に万遍なく知れ渡った結果、プレイヤーがウィングたちの強さに尻込みして、まったく挑んでくれないという弊害が現れていた。
こうなると対戦者に新鮮味がなくなる。
いつも同じ顔触れと戦うようになってしまうのだ。
アシュラ八部衆と遊んでくれる面子は、同じ八部衆か匹敵する実力を持つベスト16、あるいは阿修羅の宮に出入りできる力量の持ち主。
いいとこ80位前後のランカーくらいである。
『80人ちょいの対戦相手か……昨今のVR格ゲーと大差ねえな』
『選り取り見取りというには物足りないか』
天魔ノ王はヘラヘラと茶化したが、獅子翁は生真面目に同意を示した。
この頃のゲームにはそれくらいのプレイアブルキャラクターが完備されていた。シリーズ物など100人を超えることも珍しくはない。
『俺はもっと色んな奴と腕を競いたいんだけどなぁ……』
ウィングはこれ見よがしのため息をついた。
『気持ちはわからんでもないがなウィング君、急くのは早計だぞ。アシュラ・ストリートの評判は各方面に広まったばかりじゃ。スポーツや格闘技のプロも参加を検討しているという話もよく耳にするようになった』
新規の参戦を少し待ちなさい、とヨコヅナは穏やかに窘めた。
『ニューチャレンジャーかぁ……そういや獅子翁、おまえさんが手塩に掛けて育ててるっていうミサキって子はどうだ? ちょいと腕試しを……』
『だったら俺が手合わせをしよう』
『いや、おまえばっかだと飽きるから弟子のミサキ君とだな……』
『だったら俺が手合わせをしよう。あの子にはまだ早い』
『練習試合なんだからそれでいいだろ。たまには違う奴とも戦って……』
『だったら俺が手合わせをしよう。俺の方が手応えあるぞ』
『おまえは壊れたオーディオプレイヤーかッ!?』
繰り言やめろ! と溜まりかねたウィングは怒鳴りつけた。
この頃から獅子翁の愛弟子バカは留まることを知らず、愛弟子可愛さのあまりミサキを他の八部衆と戦わせることを控えていたのだ。
このためウィングはミサキの才能をなかなか見出せなかった。
気付くのは――VRMMORPGで再会した時だ。
苛立ちを燃やすようにウィングは立ち上がる。
『そこまでいうなら戦ってやるよ白髪三千丈! 今日こそ仙人ぶったその長ったらしい白髭を三日月に整えて、どっかの大海賊みたいにしてやる!』
『なんだウィングも大好きじゃん、ワ○ピース』
うるせえ! と茶々を入れる天魔ノ王にウィングは一喝した。
獅子翁は仙人と呼ばれる所以の長く蓄えた白髭を撫でつけると、「やれやれ……」と立ち上がった。どうやら挑戦を受けるらしい。
両者の対戦マッチが成立した時だった。
阿修羅の宮に掲げられた大型ビジョンから歓声が聞こえてくる。
非戦闘エリアには大きな街頭ビジョンがそこかしこに設置されており、そこにはバトルを楽しむプレイヤーたちがランダムで映されていた。
沸きに沸いた歓声はそこから響いてくる。
『ありゃあ……D・T・Gのオヤジか』
また団体戦かよ、と天魔ノ王は興味なさげに吐き捨てた。
ウィングは眇めた眼で大型ビジョンを見上げる。
『あの変態オヤジ、戦争をやらせたら随一だからな……俺たちでも敵いやしねぇ。そりゃあ王様と祭り上げる連中も出てくるだろうさ』
D・T・Gは自らを王様だと言い張る。
彼の取り巻きもまた、D・T・Gを王だと褒め称える。
蹂躙王、改造王、戦争王、変態王、未来王。
そして――開闢王。
これらがドラクルン・T・ギガトリアームズに捧げられた王号だ。
~~~~~~~~~~~~
――アシュラ八部衆。
その卓越した戦闘能力も余人の追随を許さないが、それぞれが強烈なキャラクター性を持っていることでも有名だった。
対戦相手としては「勝てる気がしない」ので忌避されたが、その圧倒的強さに憧れる者は後を絶たず、アイドルのように持て囃す者も少なくなかった。ウィングが触れていた黄色い声援とは、そういったファン層のものである。
合気の王――ウィング。
女顔なイケメンを鼻にも掛けず、直向きなストイックさで知られ、重力を操るが如く対戦者を空高く投げ飛ばす。合気の達人として恐れられた。
現ツバサ・ハトホルのアシュラ時代の姿だ。
この頃は現実世界の羽鳥翼そのままのアバターだった。和風の着物を道着に仕立て直したような衣装を好んで使っていた。
まさかオカン系女神になるとは夢にも思わなかった頃である。
打撃仙人――獅子翁。
老いさらばえた仙人みたいな見た目のくせして、殴らせたら廃ビルも一撃で突き崩すと噂される打撃力の鬼。流儀としては空手や拳法をメインとしている。
現レオナルド・ワイズマンのアシュラでのアバターだ。
彼は大幅にアバターの外観を変更していた。現実ならば20代半ばの青年なのに、白髪白髭をたっぷり蓄えた仙人のような出で立ちだった。
大海洋親方――ヨコヅナ。
アシュラの宣伝塔でありながら、隠しきれない実力ゆえに八部衆入り。戦闘スタイルは相撲に留まらず、打撃も投げもルチャリブレも熟すオールラウンダー。
現ドンカイ・ソウカイのアシュラの頃の四股名だ。
ドンカイはVRMMORPGではオーガという大型種族から神族に成り上がったため、3m近い巨体になっている。風貌的な変化はほとんどない。
精々、下顎から伸びる牙が目立つようになったくらいか。
黒衣の剣豪――天魔ノ王。
全エリアのプレイヤーを復帰前に撃破するという荒行を成し遂げた剣豪。剣術のみならば最強と断言できる。龍をも斬り殺すと噂されていた。
現セイメイ・テンマがアシュラにいた時の風体だ。
彼だけは黒衣の剣豪というテーマを崩さず貫いていた。
御先祖さまである“天魔凄鳴”という剣豪に肖った衣装だという、真っ黒い着物と袴を着込み、ロングコート見紛うほどの長羽織をまとっている。
この4人がアシュラ八部衆の上位といっていいだろう。
白雷の拳銃師――ガンゴッド。
銃神の異名から来てる彼はアシュラでも珍しい拳銃使いだが、これを遠距離ではなく近距離で炸裂させる武器として使う。ガン=カタという武術らしい。
現ジェイク・ルーグ・ルーのアシュラ全盛期のアバターである。
ガン=カタの元ネタは昔の映画とのこと。
白雷や蒼雷の異名で呼ばれたが(自称もした)、これは至近距離で拳銃を連射されると雷鳴のように鼓膜に効いたことが始まりのようだ。
彼女もまたアバターの外見を変更していた。
現実世界での彼女は中性的ではあるが紛れもなく女性であり、アバターの性別を変更して美青年のガンマンを演じていたのだ。
実際、宝塚風の男装と考えればよく似合っていた。
仙人の稚児――姫若子ミサキ。
獅子翁の弟子であり女性アバターだが中身は少年、これらを恥ずかしがることなく公言していた少年プレイヤー。流儀はもちろん師匠譲りだ。
現ミサキ・イシュタルがアシュラで使用していたキャラクターである。
彼は美少女のアバターで通していたが「オレ男ですから」と物怖じすることなくオープンにしており、ネカマ呼ばわりされても何処吹く風だった。
ミサキなりにこだわりがあったらしい。
そんな彼だがアシュラ八部衆では下位に属していた。
この頃はまだ未熟さも目立ち、ランキング上位を目指すプレイヤーによく試合を申し込まれていた。ウィングたちと比べたら勝ち目がありそうだからだ。
それでもミサキはトップ8を死守した。
これは彼の才能は本物だったという証拠になっている。
歩く武器庫――焔☆炎。
婆娑羅な和風に着飾った少女だが、羽織った衣の下は武器庫の二つ名が示すとおりに多種多様な武器を潜ませていた。それらの武器を巧みに使い熟す。
現ホムラ・ヒノホムラがアシュラで活躍した姿である。
まだ小学生か中学生という幼さと生来の顔立ちの良さのおかげで、素で美少女と間違われたのをいいことに、アシュラ八部衆の紅一点を気取っていた。
セイメイも「騙されたぁ!」と喚いている。
この剣豪は体格からその人の性別を見分けられる観察眼を持っているが、ホムラは幼かったため、アバターからでは区別できなかったらしい。
歩く武器庫と呼ばれるほど複数の武器を使い分けたホムラだが、最終的には長巻という野太刀を愛用するように落ち着いた。
ちょうどその頃にアシュラ・ストリートはサービス終了したが……。
――ガンゴッド、姫若子ミサキ、焔☆炎。
この3人は残念ながら八部衆では下位グループだった。
上位4人の実力と比べたら、若干見劣りした事実は否めないだろう。
だが、勝負は時の運でも決する。
その日のコンディションやバイオリズム、早い話が体調如何によって勝敗が左右する時もある。獅子翁がガンゴッドに後れを取る時もあれば、ヨコヅナがミサキに勝ちを譲ることだってままあった。
お互いの実力に大きな開きがなかった証左でもある。
アシュラ八部衆でも、この7人は個人の武力を重んじた戦闘能力に秀でているのがわかるはずだ。格闘家として武道家として当然のことと言えよう。
だがD・T・Gは一味ちがった。
個人が備える実力としては、ミサキたち下位グループより抜きん出てはいるが、ウィングたち上位グループには一歩譲るくらいの位置にいる。
D・T・Gが本領を発露するのはそこではない。
彼は単騎の武力のみならず、群の戦力を奮うことに長けたのだ。
将としての才覚――帥としての手腕。
戦争のように大多数が戦う現場で采配を奮って指揮を執る。
そういった才能に秀でいていたのだ。
格闘ゲームのアシュラ・ストリートでそんな才能が何の役に立つ? と不思議がられるかも知れないが、実は阿修羅街には団体戦もあったのだ。
最初はタッグマッチやチーム戦が精々だった。
しかしアップデートを繰り返した成果として、擬似的に戦争めいた団体戦を味わえる広大なフィールドとバトルシステムが追加されたのである。
いや、完全に戦争だった。
ほとんど銃火器が使われない、戦国時代以前の戦争に等しい。
馬の代わりにバイクを駆り出す者もいたくらいで、ちょっとした騎馬戦みたいな真似もできた。槍や刀に棍棒を装備して動きやすい鎧を着込み、足軽や歩兵になった気分で参戦するプレイヤーもいた。
いくつかの勢力に分かれて大乱戦を楽しめるわけだ。
ここで異彩な存在感を放ったのが他でもない、D・T・Gである。
開闢の王――D・T・G。
これは本名をイニシャルに省略したものとのことで、フルネームは『ドラクルン・T・ギガトリアームズ』という長ったらしいものになるという。
日本人とは思えない名前である。
真ん中のミドルネームらしい“T”も明らかにされていない。
顔立ちや体格も日本人離れしていたので、本籍はヨーロッパ方面の欧州人ではないかとの風聞も流れたが、真相が定かになることはなかった。
ただ、欧州出身という噂の元ネタは当人からだ。
『オレ様はとある国の王様だぁッ! さあ者ども、敬え崇め奉れぇい!』
こんな発言から深読みされたらしい。
素行が悪すぎて祖国に居場所がなくなり、逃げるように日本へ渡ってきた欧州のどこかの小国の王族では? という噂が広まったのだ。
ほとんどゴシップ――信じた者は少ない。
そんな誰も信じない妄言を声高に唱える胡散臭いオヤジだが、あまりにもバカさ加減が目立つので誰も本気で取り合わない。
だが、その指揮能力の高さと采配の正確さは本物だった。
団体戦でD・T・Gに総大将を任せた場合――。
その勝率は軽く90%を越えていた。
団体戦の戦績のみを切り抜けば、アシュラ八部衆最強である。
将軍、元帥、総督――王将にして帝王。
統率者としての能力では比肩する者がいなかった。
時折アシュラ八部衆の誰かが敵対勢力に回ると、戦局をひっくり返されて負けることもあったが、それでもD・T・G率いるチームの勝率は高い。
いくら個人で強くても、数の力に屈することはままあった。
足利幕府15代将軍――足利義輝。
彼は秘剣・一の太刀を修めた剣の達人でもあった。
政治的理由から暗殺される際には軍勢に囲まれるも、多勢に無勢であろうと決して怯まず、数少ない部下とともに敢然と立ち向かったそうだ。
その壮絶な最期は語り草となっている。
(※江戸時代に物語として箔をつけられた可能性もあり。同じような最後を遂げた武人や軍神の話も伝わっているので類例があるのかも知れない)
義輝は足利家に伝わる天下の名刀を部屋中に突き立て、それを代わる代わる振るうことで何十人もの兵を斬り伏せたという。
義輝の剣の冴え、そして名刀の切れ味に何者も敵わない。
そこで兵士たちは戸板などの盾になるものを構え、それで義輝を数に任せて取り囲むと、強引に動きを封じてから槍や刀で滅多刺しにした。
数に頼れば武勇に勝る者も仕留められる。
それを如実に示した例として、剣豪将軍の最期は伝えられていた。
徒党を組めば――上位ランカーも倒せる。
この可能性を示唆した団体戦は、密かな人気を博していた。
団体戦が本格さを増してくると、連戦連勝を続けるD・T・Gの傘下に加わるプレイヤーも増えてきた。いつしか彼を“王様”と崇めるほどにだ。
D・T・Gの家来になれば団体戦で勝ちまくり。
自然とアシュラのランキングも上がる、という勝ち馬に乗る方式だ。
彼は個人としての戦闘能力も優れていた。
そうでなくてはアシュラ八部衆に数えられるわけがない。
流儀は剣術なのだが、セイメイのような日本刀のスタイルではなかった。
西洋風――とでも言えばいいのだろうか。
最も近いのはレイピアなど振るう刺突主体の剣技、スポーツならばフェンシングに該当するような片手剣の使い手なのだ。
しかし、使う剣はレイピアではない。
刀身が幅広くやや厚みのある、それでいてしなやかな剣だった。長さはごく一般的。そのような剣を片手で軽やかに操ってみせた。
『あのオヤジの剣は攻守ともに完成されてる。隙間なく詰め込んだ感じだ』
だから戦りづらい、とセイメイはよく零していた。
巧みな剣術を修め、指揮官に相応しく、求心力もある“王様”。
ここまでならばちょっと騒がしい変人で済むのだが、それで終わらないがためにD・T・Gにはもうひとつの通称が広く知れ渡っていた。
――イカしてイカれてイッてる変態オヤジ。
このような悪名で呼ばれるのにも、ちゃんと理由があったのだ。
まず当人が異様なまでの賑やかしであるということ。
『オレ様は王様だぁぁぁーッ!』
そうを大声で叫びながら団体戦のフィールドに現れるD・T・Gは、毎回凝ったステージ衣装でコスプレをしていた。どれも“王様”をモチーフにしており、ド派手だったり滑稽だったりとウケ狙いがメインだ。
裸にデカパン一丁、豪奢なマントに王冠を被るだけ。
どう見ても“裸の王様”に扮して、観客を爆笑で沸かしたこともある。
このパフォーマンス力の高さを「イカス!」と評価する声は多かった。反面、悪目立ちする者を嫌う層からは「イカれてる」とも不評を買っていた。
そして「イカス!」と評価された点は他にもある。
前述の通り、D・T・Gが指揮を執れば団体戦は負け知らずだった。
――それがどんなに弱卒の寡兵でもだ。
10人に満たない下位ランクのプレイヤーのみで参戦した際、D・T・Gは采配を駆使して十倍の人数はいたチームから勝利をもぎ取った。
これは今でも語り草となっている。
団体戦に限るものばかりだが、こうした伝説じみた功績を当たり前のように積み重ねたことから「イカス!」という賞賛で讃えられるも、その時に使った奇策があまりにも常識はずれなので「イカレてる」と呆れられることもあった。
イカしてイカレて――。
そう呼ばれる理由は、どうもこの辺りにあるらしい。
またD・T・Gの取り巻きも風変わりの個性派ばかりである。
前衛的、奇妙奇天烈、摩訶不思議――。
そんな奇矯な格好をした者が嘘みたいに集まっていた。
否、正確に言えば集まったのではない。
D・T・Gのカリスマ性に誘蛾灯よろしく惹かれてしまった者は、いつしかそのような変態に等しい性癖を暴露するようになってしまうのだ。
原型がなくなるまで変人になった例もある。
『D・T・Gのカリスマで洗脳された? 催眠みたいなもんか?』
『人体改造とかされてね? 明らかに体格が激変した奴もいるぞ?』
『そりゃアバターの作り直しだろ。本人の面影0の奴もいるけどな』
このような憶測が飛び交っていた。
だが、人伝に聞いた話ではどうにも様子が違うらしい。
『――オレ様は常識が嫌いだ』
D・T・Gはこのような訓示を垂れるという。
特に自らの臣下と認めた者には熱心に説法するそうだ。
『大昔の頭でっかちども勝手に決めたルールに、最先端の未来を突き進む我らを縛る道理があるのか? しきたりなんぞクソ食らえだ! 既成概念なにそれ美味しいの? 己が欲望をもっと解放しろ! 自身の本能に耳を傾けやがれ!』
ここにいる現在は――求める未来になれるのか?
『時代によってコロコロ変わる常識なんぞに惑わされるな。そんなもんに惑わされるしか能がねえ、一般大衆という愚民の声など恐れるに足りねえ!』
おまえは――おまえがやりたいことをやれ。
『さあ……隠してる本性をさらけ出してみな? 他の誰があざ笑おうとも、おまえ自身が誇りゃそれでいいんだ。そして、オレ様が全肯定してやる』
何者にも縛られないおまえを認めてやる。
『“T”の名の下に、新しいおまえを祝福してやろう』
古い時代に土を蹴りつけ――新たなる時代へと踏み出すのだ。
『本当のおまえはどうしたい? それを明け透けなくひけらかすがいい!』
こうした説教を受けた者は劇的な豹変を遂げたという。
ある硬派な古流武術家プレイヤーがいた。
D・T・Gの教えを受けて数日後。彼はドギツいくらい濃い化粧をして、目映いほどラメの入った全身タイツを着込んだオネエダンサーになっていた。
ある快活なスポーツ少女プレイヤーがいた。
D・T・Gの仲間になって数日後。彼女はゴシックロリータなファッションに身を固め、仕込み傘を武器とするヤンデレ美少女になっていた。
ある知的な戦い方をするリーマン系ファイターがいた。
D・T・Gに感銘した数日後。彼は半裸で腰蓑を着けて顔に巨大な仮面を被った、未開部族のシャーマンみたいなバトルスタイルに変更していた。
D・T・Gに関わると人間性が激変する。
それはもう極端にだ。変態化するといっても過言ではない。
これらの例はまだぬるい部類である。D・T・Gの配下となったプレイヤーには、筆舌に尽くしがたい変身を遂げた者が数え切れない。
男が女になったり、女が男になったり、ノーマルが同性愛に目覚めたり両性愛に走ったり……LGBTなど可愛いものだった。
まだ人間でいるのだから――。
動物や静物、無機物や自然現象になってしまった者もいる。
VRゲームのアバターだから何でもありだが、人間を止めてその存在になりきるという行為はなかなか鬼気迫るものがあった。
そんな臣下をD・T・Gは厚遇した。
『本当の自分に目覚め、新しい未来に踏み出した者たちよ! オレ様は開闢王の名の下におまえらを歓迎する! 愛してるぜぇ! 我が民草たちよぉ!』
愛している――この言葉に嘘偽りはない。
何故ならD・T・Gは男も女もイケる性癖だったからだ。
『王たる者、女色も男色も選り好みせず堪能してこそだ。そこで王の度量が推し量れる。オレ様は何者であれ、未来を見据える者を愛するぞ』
器量や美醜にこだわらず、誰でも抱けると宣言したくらいである。
イッてる変態オヤジ――。
そう呼ばれる理由は、こういった奇行に端を発するものらしい。
開闢王の家来たちは熱狂的に王を奉った。
D・T・Gの率いる勢力は日増しに拡大していき、アシュラにおいても一大グループというか、派閥を結成するまでに成長したほどだった。
……まともな神経ならば関わり合いたくない。
事実、D・T・Gの口車に乗せられるのは10人中1人か2人程度。
だが、分母が増えれば分子も増える。
アシュラ・ストリートの面白さがネット上に広まるとともに、プレイ人口も増えてくればD・T・Gを王と崇める信者も増える一方だった。
戦争をやらせれば絶対の勝利を約束し……。
男も女も誰でも抱ける性欲の強さに定評があり……。
説法した人間の隠された本性を露わにする……。
ここら辺の複数要素が織り交ぜられた結果のようだ。
――イカしてイカれてイッてる変態オヤジ。
これがアシュラ八部衆最後の1人、D・T・Gへ下された評価である。
~~~~~~~~~~~~
そのD・T・Gにグレンは招待を受けていた。
場所は都内某所――最高級ホテルの最上階スィートルーム。
応接室に通されたグレンはD・T・Gと対面する。
ドラクルン・T・ギガトリアームズ。
いつぞや聞いた日本人らしからぬフルネームを名乗る男に、グレンはほんの少し目を細めると訝しさを滲ませていた。
『アンタが戦争大好きな王様でイカレ親父の……D・T・Gか』
その現実での姿か? とグレンは言葉を続けない。
当人を前にして「イカレ親父」なんて失礼千万なのだが、つい口から飛び出してしまった。しかし、D・T・Gは気にする様子はない。
改めて――ドラクルンと呼ぶべきか。
そもそも本人なのか? とグレンの内に疑念が生じる。
確かに面立ちや体格はアシュラのD・T・Gと同じなのだが、醸し出す雰囲気がまるで別人だった。喋り方や立ち居振る舞いも異なっている。
――自称“オレ様”の派手好きな暴君。
そんな印象はどこにもなく、落ち着いた紳士として目に映った。
上流階級に属する雰囲気を醸し出している。王族や貴族に名を連ねる者、といわれても信じられる気品さえ讃えていた。
だが、グレンは異なる匂いを嗅ぎ分ける。
研究者あるいは探求者。
王である以前に学究の徒である、そんな学者肌な矜持を感じ取れた。
ドラクルンはアルカイックスマイルな相好を崩さない。
やや当惑したまま疑問が口を突いて出る。
『オレは王様キング・オブ・キング、って大騒ぎしてる本人とは思えねぇ大人しさで面食らってんだけど……アンタ、本当にあのD・T・Gなのか?』
『はい、紛れもなく本人ですよ』
キャラ付けが少々濃すぎましたか、とドラクルンは顔を撫でた。
反省した口振りだが含み笑いを漏らしている。
『あのような舞台でしたからね。外連味は大事と思いまして……傍若無人な王様を演じてみたのですよ。態度は我が儘で横暴極まりない、されど有能さゆえそのカリスマ性を隠せない暴君をね……』
あるいは――D・T・Gのもうひとつの側面かも。
『私がD・T・G当人か疑っておられるようですが、それは杞憂というものです。この場に君を招待したのが何よりの証拠ではありませんか』
違いますか? とドラクルンの眼光が鋭さを増す。
『虞錬くん……いいえ、大嶽煉次郎くん?』
ダメ押しのようにドラクルンが口にしたのは、グレンの本名だった。
ハンドルネームではない。戸籍に記載された氏名である。
思わずギョッとしたグレンは、ツッコミを入れそうになるも唇を噛んで目を泳がせるに留めた。それほど虚を突いてくる発言だったからだ。
アシュラで本名を明かしたことはない。
大親友(まず拒否されるが)のエンオウにすら教えていない。
まず前提として大きな疑問があった。
そもそもドラクルンは“招待状”を送りつけてきたのだ。
ドラクルンはアシュラのチャットで「直接会いたいので招待させてくれませんか?」とあちらから申し出てきた。グレンは面倒臭がりながらも「美味い飯を奢ってくれるなら」とぞんざいに答えるだけに留めた。
これが了承と受け取られたらしい。
後日、グレン宛に封蝋付きの厳めしい招待状が届けられた。
封筒の中には招待状の他に、殺しへの欲求に取り憑かれたグレンの蛮行を暗に仄めかすような手紙めいたものも同封されていた。
『野山の獣を殺すのも飽いたでしょう?』
『阿修羅街での殺害行為は周囲の目が鬱陶しいでしょう?』
『私なら、若き君の抱えている悩みに答えてあげられるかも知れません』
『騙されたと思って、一度来訪していただけませんか?』
この時点で多少なりとも戦慄したものである。
本名もそうだが、住所を明かすなんてポカをした覚えはない。
山を駆けずり回っての殺戮行為を誰かに知られるなんて以ての外だ。
地元の猟師たちはおろか山に分け入る者たちにさえバレていないのに、招待状はそれらをぼやかしながらも的確に言い当ててきた。
伝説の殺人鬼たちを見習うグレンは、日常生活や社会生活に支障が出ないくらいの常識を弁えているつもりだ。そんなヘマはしない。
なのに――ドラクルンはグレンの個人情報を把握していた。
この時点で「ヤバい」と内心冷や汗ものだ。
グレンは危機管理能力を働かせながらも「ヤバくなったら何人か殺してでも逃げ切ってやる。正当防衛も通じるだろ」と楽観的に考えていた。
――現実でも殺人が楽しめるかもな。
血生臭いポジティヴシンキングを働かせたグレンは挑発的に答える。
『……興信所に顔でも利くのか?』
本名や住所を割り出すには、探索する者を使う必要がある。
『それともフィリップ・マーロウみたいな名探偵でも雇ったか? あるいは電子戦がお得意なアノニマスクラスのハッカーに市役所まで調べさせたか? 親友にも喋ったことのねぇ、おれの事情をよく御存知じゃねえか』
グレンが捲し立てる横で、ロンドたちがこそこそ話を始めた。
『フィリップ・マーロウって……また渋いなおい。金田一耕助や明智小五郎にシャーロック・ホームズをすっ飛ばして、それが出てくるか』
『あのくらいの歳の子なら名探偵コナンとかじゃないのかしらね』
『今では名探偵なんて星の数ほどいますけどね』
外野うるせえ! って気分だが無視した。
煽ってはみたものの、ドラクルンに動揺の色は浮かんでこない。
『主人が主賓に疎くてどうしますか』
アルカイックスマイルのまま、泰然自若な一言で片付けてきた。
穏やかな対応のまま言葉を続けてくる。
『私は知りたいことが何であれ、八方手を尽くして根掘り葉掘り徹底的に調べ上げる性質でしてね……君の知らない君にまつわることまで御存知ですよ』
情報屋くんにもよろしく――ドラクルンはそう締めた。
友人関係も抑えられていた。身内で通じるあだ名まで承知とは恐れ入る。
これが上級国民ってやつなのか?
もはや興信所とか名探偵の出る幕ではない。刑事ドラマで黒幕みたいに暗躍する公安警察レベルの隠密調査能力ではなかろうか?
そういった表に出ない組織を動かす力を持っているのかも知れない。
グレンは改めてD・T・Gを観察した。
ドラクルン・T・ギガトリアームズという底知れぬ男を……。
見た目は恰幅のいい中年男性である。
大柄で長身ではあるがスラッとはしていない。デブというほど肥満体ではないが幅ある。太っているわけではないが厚みがあるといった風体だ。
だから恰幅がいいという言葉が似合う。
体格のいい大仏さまが直立したような印象があった。
独特のロールが掛かった癖っ毛を伸ばしているのかまとめているのか、こういうヘアスタイルの仏像があったような気がしないでもない。
アルカイックスマイルも手伝い、ますます仏様に見えて仕方ない。
フリルみたいなヒラヒラをあしらったワイシャツに、地味なくせして高級感をこれでもかと見せびらかせてくるパンツ。上流階級の部屋着だろうか。
落ち着いた物腰、慇懃な喋り方、丁寧な応対。
インテリ金持ちのオッサン――そんな一言でまとめられる。
だがグレンは言い知れぬ迫力を感じていた。
ドラクルンと面会してからというもの、全身から汗が滴っているのだ。
部屋が暑いからじゃない。これは冷や汗だ。
かつて殺しの技術が未熟だった頃。
まだ格上の獲物だった熊と出会した時、全身の至るところから噴き出した冷や汗を思い出してしまう。汗の量ならばあの時の比ではない。
グレンの服の下は冷や汗でびっしょりだった。
――これは本能が発する危険信号。
目の前にいるのは自分では殺せない生物。人間よりも遙かに強靱で別格の性能を持つ獣だ。勝てるわけがない、今すぐ逃げろ、さもないと殺されるぞ。
そう、グレンの直感が訴えてくるのだ。
命の危機を感じるほど恐ろしいのはドラクルンだけではない。
のほほんと茶を啜るロンドもまた脅威だった。
この冷や汗の量と奥歯がガチガチと歯の根が合わないために鳴り出したことから推察するに、彼らの生物としてのポテンシャルは次元が違う。
まともに殺し合えば瞬殺だ――グレンの方が。
およそ人間とは思えない。怪物なんて罵声では物足りない。
名状しがたい恐怖が具現化したかのようだ。
巨大オネエのマッコウや、露出痴女のミレンの方がまだ親近感が持てる。ちょっと変な感じもするが、彼女たちは全然人間だった。
『安心なさい。君に危害を加えるつもりは毛ほどもありませんよ』
招待したのですから――歓迎させてください。
そういってドラクルンは主賓席に座るよう促してくる。
グレンの後ろにいつの間にかメイドが2人、音もなく忍び寄っていた。
……メイド? なのかこれ?
頭にメイドのフリルカチューシャを着けているし、役に立つかどうか怪しい小さなエプロンは着けている。だが、後はほとんど下着だった。
素材的には水着なのかも知れない。
レースたっぷりの高級仕様なショーツとブラジャー、後はガーターベルトでストッキングを釣って、肘くらいまである薄手のロンググローブを装着。
肌色率が素晴らしく多い。
おまけにブラやショーツからはみ出そうなほどデカ乳デカ尻で、太ももムッチムチというグレン好みの肉感たっぷりな美女コンビだった。
抱いて犯してムッチリした皮下脂肪に噛みつきながら――殺したい。
グレンの性欲を刺激してくる雌たちだった。
『女の好みまでバレてんのかよ……』
偶然とは思えず、グレンは喜色を帯びた声で呻いた。
『饗応の接待役を手配するのも主人の務め、手抜かりは許されません』
どうぞ、とドラクルンは再び着席を促してくる。
主人の言葉に呼応してメイドたちは寡黙に動くと、グレンのために椅子を引いてくれた。こういう接待のされ方は初めてなので少々戸惑う。
それでも舐められたくなかったので、グレンは偉そうに腰を下ろした。
『本当、おれのことをあれこれ調べたみたいだな』
『ええ、それはもう丹念に調べさせてもらいましたよ。裏山の生態系を壊滅寸前にまで追い込んだとか、中学生が自作の武器で熊や猪まで狩ったとか……』
それは家族すら知らない事実だった。
殺しへの欲求に取り憑かれた、グレンの本性にまつわる秘密である。
繰り返す戦慄に緊張はいや増すばかりだ。
身体の震えは止まらないが、口元には笑いが込み上げる。ドカリ! と長いテーブルに腕を乗せてから大きく前へと身を乗り出した。
口の端から牙を覗かせてグレンは尋ねる。
『すべてを承知した上で……おれを招待してくれたのか?』
ほんの少し笑顔を強めたドラクルンは答えた。
『すべてを承知したからこそ――あなたを招待したかったのですよ』
君の才能は類い希なるものです、とドラクルンは言った。
『世が世なら放っておくわけがない貴重なもの、将として師として軍を差配するのが趣味の私からすれば、是非とも手下に欲しい才能のひとつです』
殺戮の才――人殺しの才ではない。
『生命あるものを殺す、種別なく区別なく差別なく殺せる才……』
『現代社会じゃ絶対に認められねえ、埋もれざるを得ねえ希有な才だな』
カフェカプチーノを飲んでいたロンドが口を挟んできた。
『だが、殺しの技ってのはどんな時代でも需要が耐えることはねぇ代物よ。殺人にアレルギー反応を持ってる日本じゃ望むべくもないが、世界各国紛争には事欠かねえ。そういうとこを回る傭兵にでもなりゃ引く手数多かもな』
そういう将来もグレンは考えなくもなかった。
狭い日本を捨て去り、殺しへの欲求を満たせる場所へ赴こう。
そんな青写真を思い描くこともある。
だが、今は目の前にいるドラクルンとロンドの話に耳を傾けたくなった。こいつらはグレンに何かを、とんでもないことを持ち掛けようとしている。
その魂胆はうっすらと覗けてきた。
ひょっとするとそれは――グレンの願いを叶えるかも知れない。
そう、積年の願いをだ。
わずかな期待感を抱えたまま、2人の怪人物に付き合ってみる。
『ねえグレンくん、君のように才能に恵まれた者の多くはね、その才能を活かすことに全力を注ぐものなのです。心当たりがあるでしょう?』
『……………………』
ある――即答できたが黙っておいた。
殺しへの欲求と殺戮の才能、どちらも満たされればそれでいい。
グレンは徹頭徹尾、何かを殺すように出来ていた。
『富、名声、金、権力、人望、情愛……欲望や野心に縁がないでしょう?』
『……………………』
ない――これも即答できたが無言で通す。
そんなもの求めた記憶がない。
ただ人望というか、友情には少なからず心を揺らぐものを覚える。何かと良くしてくれた情報屋や、武道家エンオウは胸を張って親友と呼べた。
親友だからこそ真心を込めて――殺してやりたい。
そんな欲求が心の片隅に、微かだが蟠っている気がする。
『ありあまる才、そこより湧き上がる傑出した能力……そういったものを持て余す人種は確かにいます。そうですグレンくん、君のようにね』
『そういう奴ってのは多かれ少なかれ、ある出会いを待ってるもんさ』
ドラクルンの言葉尻をロンドが継いだ。
その連携が気になったグレンは、ようやく口を開いた。
『何だよ……その出会いってのは』
『自分の全能力を認めてくれる誰かですよ』
『そして、その能力の使い道を示してくれる上役だよ』
ドラクルンとロンドは交互に似通う意見を述べた。
誰しもが――王を求めている。
持て余す才能を認め、活躍の場を与えてくれる先導者。
王の風格を持つ者たちは具体例を挙げてくる。
『暴力の限りを尽くした武蔵坊弁慶は若き日の源義経と出会うことで、その図抜けた戦闘能力を平家打倒という場で奮うことができました』
『ほら吹き男爵に仕える5人の従者も、あの破天荒バロンがいなけりゃ単なる奇人変人ショーの1人に過ぎねえ。使い道がないままほったらかしさ』
(※『ほら吹き男爵の冒険』という物語に登場する、主人公ミュンヒハウゼン男爵に才能を見出されて従者となった5人の異能力者。山の木をいっぺんに引き抜く怪力、瞬時に世界を駆ける瞬足、見えないほど遠くの標的を撃ち落とす射撃、草が生えて伸びる音を聞く聴覚、7つの風車を鼻息で回転させる肺活量)
グレンはしばらく押し黙り、数拍の間を置いた。
こちらの出方を待つドラクルンとロンドの素振りを見て取り、露骨なくらいあざ笑うように口角を釣り上げ、皮肉たっぷりに言ってやる。
『D・T・Gがグレンを導く王になる……とでも言いたいのか?』
『いいえ、私ではありません』
私は君という才能を見つけた過ぎません、とドラクルンは否定した。
それからロンドへ目配せを送る。
『おまえさんの才能を欲しいと言ったのはオレだよ』
ロンドは人差し指でグレンを指した後、親指を自分の胸元へ突きつけるように指し示した。親指を立てたままロンドは自己紹介を始める。
『名乗ってなかったな――ロンド・エンドだ』
日本人名は省略しとく、とロンドは意味不明なことを言った。
ドラクルンもそうだが生粋の日本人ではないらしい。
だとしたら――コイツらは何者だ?
『オレは破壊神だよ。そっちの王様は一応、未来神って括りだな』
グレンの心中を見透かしたようにロンドは言葉を重ねてきたが、余計に頭が混乱してきた。破壊神に未来神? 人間でもないだと!?
ロンドは「気にするな」と言いたげに続ける。
『ま、そこら辺はおいおいわかってくるさ。んなことよりもだ、今日の面会が相成った事情を知りてぇんだろ? おさらいしてやるよ』
グレンを招待した経緯について触れてくる。
『この偏屈な王様野郎とは長い付き合いでな。時たまタダ酒を集りに来るんだが、そん時に「アシュラ・ストリートにロンド好みの才能がいましたよ」と聞いてな、こうして一席設けてもらわったわけよ』
ロンドの言葉をドラクルンが引き継ぐ。
『我々の関係はそうですね……西遊記に準えるといいかも知れません』
西遊記? とグレンは首を傾げてしまった。
三蔵法師が三匹のお供とともに天竺へ行く話を何に例えるというのか?
斉天大聖――法名・孫悟空(通称・孫行者)。
天蓬元帥――法名・猪悟能(通称・猪八戒)。
捲簾大将――法名・沙悟浄(通称・沙和尚)。
それぞれ名だたる天界の神将であったが、沙悟浄は天帝の大切な瑠璃の杯を壊したため、猪八戒は宴会で月の女神をナンパしたため、それぞれ不届き者として職を奪われて下界へと叩き落とされてしまった。
孫悟空に至っては――罪状が多すぎる。
竜宮城での強奪事件(この時に如意棒入手)、冥界での閻魔帳改竄(自身を含む一族郎党を不老不死に)、天界への反逆罪は最低でも三度、西王母の神聖な桃園を食い荒らし、天界の大宴会を台無しにし、太上老君の霊薬を盗み食いし……。
これらの余罪を追及され、究極の炉心である八卦炉で灰になるまで焼き殺す火刑に処されたが、49日間耐えて脱獄する。
その後、怒りのままに天上界を半壊まで追い込むテロ活動。
最終的に天帝が釈迦如来に応援を頼み、あの有名な「私の掌から飛び立てるか?」という勝負を挑まれて敗北。五行山の下へと封印されてしまう。
とにかく――この3人は下界へ堕とされてしまった。
それを拾い上げたのが観世音菩薩である。
観世音菩薩は3人に仏法のなんたるかを教え諭し、「仏門に帰依し、三蔵法師という僧の弟子となりなさい。その神通力を以てして天竺へ赴く彼を守り切れば、仏神として天上界に返り咲けることでしょう」と勧めたのだ。
孫悟空たちは――この勧めに従った。
能力を持て余した神仙たちは、その利用価値を見出されたわけだ。
『グレン君を孫悟空に見立てた場合、その才能を見出したドラクルンは差し詰め、観世音菩薩といったところでしょうかね』
『じゃあ、雇ったロンドが三蔵法師になるわけだ』
『こんなおっかねぇ観音菩薩と三蔵法師がいてたまるかよ』
グレンがツッコミを入れると、ロンドは腹を抱えてゲラゲラ笑い、ドラクルンはアルカイックスマイルのまま上品な笑い声を漏らしていた。
『オレらがおっかねえか! 正直だな、ちゃんとわかってやがる!』
『言ったでしょうロンド、グレンくんは野生動物並みに鋭敏な神経の持ち主なのですよ。私たちの正体が見抜けずとも、肌で感じ取っているはずです』
『ああ……今のおれじゃあ逆立ちしたって敵わねえ』
いつ殺されるかヒヤヒヤものだぜ、とグレン苦し紛れの悪態をついた。
冷や汗は服の下だけではなく頬にも伝う。
きっと額も汗に塗れているが、拭うことさえできない。
ほんの少しでも油断すれば、破壊神と未来神を自称する異形の神々に引き裂かれるのではないかという懸念から、余計なことが何もできなかった。
ロンドはまだゲラゲラ笑っている。
カップを手に取り、またカフェカプチーノを飲んでいた。
『いいぞ、グレンだったか。おまえさん見込みがあるよ。いやドラ公の話に乗って今回ばかりは大正解だったぜ。思い掛けないめっけモンだ。さて、そろそろ本題に入ろうか。長い前置きは嫌いだからな、ストレートかつシンプルに行こう』
前置きが嫌いという割に、前口上は長ったらしい。
ドラクルンは単刀直入に尋ねてくる。
『もっと――殺したいだろ?』
『ああ、もっと殺したい……もっと、もっとだ!』
グレンは率直に即答した。
この返事に満足したロンドは頷くと、更なる質問を重ねてくる。
『だのに――まだ殺し足りないんだろ?』
『そうだよ、殺し足りねぇよ……弱っちい雑魚なんざいくら殺しても気が晴れねえ! かったるいだけさ! もっと手応えのある獲物を狩りてぇ! もっと歯応えのある強い奴らを片っ端から殺してえんだッ!』
『よしッ! いいぞ、そのブレねぇ殺意と心意気!』
パパァン! とロンドは拍手を鳴らして膝まで打ち鳴らした。
両手の人差し指と親指をまっすぐ伸ばして拳銃のジェスチャーを形作ると、遊ぶような仕草で両方ともグレンへ突き出してくる。
『その願い――オレが叶えてやる』
殺し甲斐のある獲物をいくらでも狩り殺させてやる。
尋常じゃない強さの敵といくらでも戦わせてやる。
たまには雑魚を皆殺しにして鏖殺なんて気分転換もアリだ。
『この世に生きとし生けるものを片っ端から皆殺しにしてやりゃあいい! 破壊神の名の下に、おまえの純粋無垢な殺意をまるっと認定してやる!』
『本気か? 本当に……殺しまくっていいのか?』
そんなことを言われたのは初めてだ。さしものグレンも戸惑う。
殺し放題を許される環境なんて、何処を探してもありはしない。誰もが認めてさえくれなかった。戦闘の殿堂アシュラ・ストリートですら、殺戮に明け暮れるグレンは決していい顔をされなかった。
こんな風に大々的に認められたのは、初めての経験だった。
思わず固く結んでいた口元が綻びそうになる。
グレンの表情の変化を読んだロンドは、太っ腹な笑顔で頷いた。
『ああ、殺しまくれ。飽くまでな』
ゾクゾクとした興奮の予兆が、背筋を全速力で駆け上がっていく。
認められるとは――こういうことか。
ドラクルンやロンドが言わんとしていたことを、身を以て味わわされている気分だった。彼らを道を指し示してくれる先達として敬いつつあった。
それでもグレンは困惑する態度を崩さず質問する。
『何処で……それは叶う? 普通じゃ無理だよな? さっき言ってた紛争地帯にでも連れてってくれるのか? あんたは傭兵斡旋業者か何かか?』
この時、グレンはまだ現実的に捉えていた。
アシュラ・ストリートの現実を越えるリアリティを失念していたのだ。
ロンドは“ギタリ”と禍々しく笑った。
ニヤリ、なんて在り来たりな微笑みでは片付けられない。濁音を交えなければ表現できないほどの、攻撃的で目にした者を戦かせる表情だった。
『連れてってやるさ。こんなちっぽけな世界のせせこましい紛争してる場所なんか目じゃねえ……もっとずっと素敵で血生臭いところへな』
傭兵斡旋? とロンドは鼻で笑う。
『そんなチンケな仕事してるように見えるかオレが? さっきから言ってるだろ、オレは破壊神、この世のすべてをぶっ壊すためにいる』
ついてきな、と立ち上がったロンドは別室へとグレンを誘う。
『おうドラ公、例のブツ借りるぞ』
ドラクルンを略してドラ公、親しい間柄ならではのあだ名のようだ。
『どうぞ。今日のために調整も済ませてあります』
ドラクルンも立ち会うのか、席から立ち上がるとロンドに並んで別室へ向かう。マッコウやミレンもだ。最後尾にグレンが恐る恐る着いていく。
ただ隣の部屋へ移動するだけ。
だというのに、新天地へ導かれていると錯覚しそうである。
彼らが言うところの別室にあったもの。
まだ未発表のVRMMORPG――その試作機だった。
~~~~~~~~~~~~
数年と待たずに――地球は滅亡する。
超巨大隕石の激突によるものだ。これは回避しようがない。
それを察知した世界的協定機関ジェネシスは、真なる世界と呼ばれる異世界へ全人類を避難させるという遠大な計画を打ち立てたという。
そもそもの話――ジェネシスの幹部は真なる世界出身らしい。
彼らは灰色の御子とか呼ばれていた。
ドラクルンやロンドはこの灰色の御子で、神や悪魔に通じる能力を持った人間以上の存在とのこと。道理で人間風情では敵わないと恐れ戦くわけだ。
彼らにしてみれば里帰りに近いらしい。
灰色の御子たちにも何らかの事情があり、地球の人類を真なる世界へ連れて行き、人材や戦力にするという理由で動いていたらしい。
超巨大隕石の接近が、この計画を早めるように背中を押したそうだ。
VRMMORPG――アルマゲドン。
VRゲームの皮を被った異世界転移システム。
ついでに人類の魂(アストラル体)を肉体から解放し、神族や魔族といった上位存在に近付くよう鍛錬させるトレーニングシステムも兼ねていた。
こうした情報のすべてが機密事項である。
グレンはこれをロンドとドラクルンから大雑把に説明された。
微に入り細を穿つように事細かに話して聞かせたところで、グレンのように生命を殺すことしか能のないチンピラには馬の耳に念仏だ。それは当人が誰よりも自覚しているし、王様気質の2人もなんとなく察しているのだろう。
どっちみち――鵜呑みにできる話ではなかった。
グレンは多少なりともオカルトを信じている。
獣を追いかけて深山幽谷を分け入っていれば、化け物の十や二十には出会しているし、得体の知れない怪物と遭遇するのも二度や三度ではない。
ま、片っ端から血祭りにしたのだが――。
おかげで不思議なものを信じられる素養はあった。
そうだとしても、ドラクルンとロンドの語った内容は眉唾物として顔を顰めざるを得なかった。話半分で聞いてもお釣りが来る。
『おっ、その顔は信じてねえな? 残念なオッサンを見る目だぜそれ』
口ではそういうロンドだが、気を悪くした様子はない。
当然の反応だと歓迎している節があった。
『無理もありません。殺戮の欲求をひた隠しにしてきた彼は、そこらの凡愚より遙かに優れた良識を弁えいています。こんな誰かの描いた絵空事みたいな荒唐無稽極まりない話、与太話だとしても真に受けてくれませんよ』
百聞は一見に如かず――ドラクルンは手招く。
隣室に用意されていたのは、VRMMORPGの試作機だ。
勧められるまま玉座のようなゲーミングチェアに座らされると、例の下着メイドコンビがセットアップを始め、グレンの身支度を調えてくれた。
最後に電脳空間へ入るためのヘッドギアが装着される。
『真なる世界をその身で体験すれば、すべてを受け入れられるでしょう』
ドラクルンの言葉に嘘はなかった。
グレンはVRMMORPGを介して、真なる世界を体験させられた。
そこはまさに――本当の世界だった。
現実世界が色褪せてしまうくらい、真なる世界の森羅万象はグレンの五感すべてを鮮烈に刺激してきた。野を駆け、谷を越え、山を走り、川を渡り、海を泳いでみたけれど、そのどれもが現実を凌駕する圧倒的な威力で迫ってきた。
身体も全然動けてしまう。枷が外れたように軽い。
ドラクルンは「人間の肉体は重い鎧ようなもの云々」と話していたが、その意味を思い知らされた。本当の自分を解き放たれた気分だった。
普段から重りを担ぎ、本気になった時は外して全力を出す。
アニメや漫画でよく見たシチュエーションを再現したようなものだ。
そして当然――殺らせてもらった。
用意された装備は、分厚い鉈みたいな剣と頑丈そうな棍棒。
それらを両手に握り締めて狩れそうな獣を見繕うと襲いかかり、長時間かけての殺し合いを楽しませてもらった。
自分も手傷を負わされたが、その痛みも魂の芯まで響いてくる。
最高だ――痛みも十全に味わえる。
そんじゃそこらのVRゲームではこうはいかない。アシュラ・ストリートだって痛覚のレートは20分の1、リアリティには程遠かった。
生命を殺すリアルと、自分も殺されかねないスリル。
現実よりもハードで、迫真を越える殺し合いを楽しむことができた。
『はい、体験版はここまで~♪』
唐突にヘッドギアを外され、退屈な日常へ引き戻されてしまった。
ロンドがしたり顔でこちらを覗き込んでくる。
グレンは荒い呼吸を繰り返して、凄絶な獣の笑みを浮かべたまま瞳孔を開いて何もできずにいた。血流は沸騰しそうなくらい沸き立っているし、体温は火を噴きそうなほど熱い。股間は興奮のあまりいきり勃っていた。
いつ射精に達してもおかしくない、それほどのめり込んでいたらしい。
『どうだい殺戮鬼……あの世界で殺しまくりたくないか?』
ロンドは誘惑の囁きを耳元に吹き掛けてくる。
返事は決まっている。なのに、興奮が冷めやらず答えられない。
殺戮鬼への甘美な囁きは止まらない。
『殺せば殺すほど、おまえのアストラル体は……いやさ、魂は強くなる。それはもう底無しに、天井知らずにだ。強くなれば欲しい力は思いのままだ。神も悪魔もワンパンできる力だって夢じゃねえ……』
望むなら――それ以上の力をくれてやってもいい。
『さあ、どうする殺戮の鬼よ……返事は? Yes? はい? OK?』
否定の選択肢がない、否定する気もない。
『ぜ、ぜ……全部だ! イエスはいおーけぇい!』
よろしい、とロンドはグレンの頭からヘッドギアを剥ぎ取るように外すと、適当にポーンと放り投げた。下着メイドたちが慌てて受け取っている。
グレンは深呼吸をして気持ちを落ち着けた。
すごい夢から覚めた朝のよう心臓が落ち着かない。
『あ、アンタは……何をする気だ……?』
ようやく絞り出した言葉は、ロンドへの新たな疑問だった。
『何かを殺すしか取り柄のねぇ……おれを拾い上げて……どうしたい? 殺し屋にでも仕立てるつもりか? あの世界で……おれに何を殺させたいんだ?』
ロンドはキョトンとしていた。
両眼をまん丸にすると一瞬だけ虚空を見上げて考え込む。
『オレの趣味は武器集めでな』
突拍子もないカミングアウトで切り返してきた。
しかし、その表情は不敵に微笑みながらも目が戯けていない。語り口調も揺るぎないもので、本心から打ち明けているのがわかった。
『ひたすら破壊力があるやつ、なんでもぶった切れるやつ、どんなものでもぶっ壊せるやつ、人でも獣でも躊躇なく殺せるやつ、大量破壊兵器、都市壊滅兵器、虐殺兵器、殺戮兵器……武器も兵器もなんでもござれだ』
物騒極まりないやつほど欲しくなる――グレンみたいなのをな。
『――破壊神の部下になれ』
この時、ロンドは打ち明けてくれた。
来世も復活も認めない。世界のすべてを徹底的に破壊する。地球も真なる世界も二度と再生させず、輪廻転生も叶わないほど完膚なきまでに滅ぼし尽くす。
破壊神らしい未来絵図を描いてくれたのだ。
そんな世界終焉のシナリオへ、グレンも一枚噛むように勧めてきた。
『それは……どいつもこいつも殺しにしていいってことか?』
グレンの興味はそこに尽きた。
正直、世界の終わりとかは大して興味がない。とにかく生命を殺すこと、それも強い奴を全力で殺せれば文句はなかった。
誰を頭領と崇めてもいい、何を課せられても気にしない。
殺戮を認めてくれるなら、忠誠を誓うなど安いものである。
ロンドは大仰に認めてくれた。
『ああ、好きなだけ殺すといい。なんならオレだって殺していいぞ』
できるんならな、とロンドはせせら笑った。
破壊神には勝てる気がしない。最初からわかっているつもりだ。それでも最後の最期で挑みかかりたい反骨精神もグレンのどこかにあった。
『ロンドについていけば……好きなだけ殺しが楽しめるのはわかった』
グレンは――ロンドの申し出に快諾した。
これが最悪にして絶死をもたらす終焉にグレンが加入した瞬間である。
『じゃあ、後は私が引き継ぐわね』
実務担当は頭脳役マッコウの出番だった。
ガスタンク級の威容を誇る巨漢オネエは転がるようにグレンの前へ立つと、これから行うべき下準備について説明してくれた。
『悪いけど、アンタにはまず刑務所入ってもらうわ』
まさかのブタ箱行き宣告には面食らい、思わず腰が引けてしまう。
『安心なさい。あくまでも準備……偽装のための建前です』
マッコウの足らない説明を保管してくれたのはミレンだった。艶めかしい太ももや胸の谷間を見せつけ、しずしずと前に出てくる。
『我々バッドデッドエンズの協力者には、試験と称して特別なVRMMORPGを支給する予定なのです。その試験対象となるのは、主に犯罪者……これらを隠れ蓑にすることで、世界的協定機関の目を欺くつもりなのです』
『自由に殺しができなくなるのを心配してるみたいだけど、真なる世界へ渡っちゃえば関係ないんだから問題ないでしょ?』
ミレンとマッコウに説得され、グレンは渋々とだが納得した。
あの真なる世界の感動を目の当たりにしたのも大きい。
しかしまさか、あれほど恐れて嫌悪して毛嫌いして、絶対に回避しようとしていた刑務所行きを強要されるとは……世の中わからないものである。
ここでロンドとマッコウから注意が飛ぶ。
『適当な罪をこさえとけよ。ああ、殺人はダメだぞ』
『さっきロンドさんも触れてたけど、日本の司法や官憲って殺人に対して極度のアレルギーを持ってるからね。いくら試験対象としたくても、二の足を踏まれちゃうかも知れないから……殺人以外ならなんでもいいわよ』
惜しい、グレンは舌打ちしてしまった。
異世界へ転移する前に、現実世界でも一度くらいは殺人を経験しておこうと思ったが、そうは問屋が卸してくれなかった。
では何の罪で服役しよう? とグレンが思い悩んだ時である。
『でしたら――私の実験に協力していただけませんか?』
助け船を出してくれたのはドラクルンだった。
太い指でできた掌を広げると、ジャラッと細かい物の集まる音がする。
それは、いくつものナノメモリだった。
『私が作った電脳ドラッグです』
これを世間に流布させて――その主犯となってください。
『人間のアストラル体に大きく作用するよう働きかけるものなのですが、なかなか大々的に実験する機会に恵まれませんのでね……宜しければ、ですが』
グレンはピンと閃くものがあった。
『その電脳ドラッグ……弱い奴らを強くしてやるものはあるか?』
上昇志向のない雑魚でも上を見上げたくなるような――。
『最強に立ち向かう意志もねえ弱虫を奮い立たせ、現状に満足してチートを夢見るだけで何もしねえ軟弱野郎を目覚めさせるくらいの……』
向上心のない怠け者でも前に踏み出したくなるような――。
『そんな……強さに臨めるドラッグはあるか?』
ドラクルンはアルカイックスマイルから、快心の笑顔へと切り替わる。
そして、ひとつのナノメモリを指で摘まんだ。
『“英霊への道”――グレンのお望み通りな電脳ドラッグです』
『乗った、それをばら撒きゃいいんだな』
アシュラ・ストリートの底辺どもに一泡吹かせてやる。
いいや――強者の夢を見せてやるのだ。
これがグレンの置き土産、弱者どもの横っ面を張り倒す一撃だった。
その後、グレンこと大嶽煉次郎は逮捕される。
罪状は電脳ドラッグ製作、それを世に拡散させたこと。
実刑を受けたグレンは刑務所送りとなり、ロンドとドラクルンの根回しによって首尾良くVRMMORPGの試験者に選ばれた。刑務所の独房から真なる世界へと渡り、自由に殺戮という最高の享楽に耽ることができたのだ。
いつか――最悪にして絶死をもたらす終焉が暴れ出す。
それまでの潜伏期間は雌伏とし、グレンは真なる世界のすべてを殺すための力を付けてきた。牙を磨き、爪を研ぎ、強さを洗練させていく。
強敵との殺し合いは最高のトレーニングである。
VRMMORPGが用意した箱庭エリアからも抜け出して、グレンは真なる世界の好きなところを旅しながら、気ままな殺戮ライフ送ってきたのだ。
斯くして――殺しに飢えた獣は野に放たれた。
ところで、グレンはドラクルンから2つの依頼をされている。
『グレンやロンドさんに協力した見返りではありませんが、是非ともやってほしいことがあるのです。なに、大したことではありませんし、君の趣味を考慮すれば、片手間のついででこなせることですよ』
ひとつは――古の神々や魔王を皆殺しにする。
昔から生き続ける神族や魔族を一人残らず殺せということだ。
『古くさい教えを守り伝え、それを維持することに全精力を注ごうとする彼らは、私の掲げる誰も見たことのない新しい未来には不要です』
消してください、とドラクルンは冷淡に言った。
そして、もうひとつの依頼にはグレンも耳を疑ってしまった。
『私が心血を注いだ四人の高弟――これを殺してください』
全員です、とドラクルンは念を押した。
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