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第17章 ローカ・パドマの咲く頃に
第410話:殺戮鬼、破壊神と未来神に邂逅する
しおりを挟む殺人鬼でも人間――それぞれに個性がある。
当たり前なことだが、グレンはそれを学生時代に学んだ。
きっかけは些細な思い付きである。
青年期のグレンは悩みこそしないものの、「おれって殺しの欲求に取り憑かれてるヤベー奴なんじゃないの?」と人並みに考えたことはあった。
深刻なものではない。興味本位に近い。
人を殺したことはまだないが、生命を殺すことに執着する。
ピンと張った皮が破れて、みっしり詰まった肉が弾けて、硬い骨が折れて髄液が零れ、殴って蹴れば赤黒い血が飛沫を上げて、引きずり出した臓器がねっとりとした生暖かい湯気を立てて……やがて命の脈動が潰える。
誰かの息の根が止まる瞬間をこの手でもたらす。
獲物を殺すために殺意を漲らせる昂揚感、対象が死に至るまでの過程で蓄積されていく充足感、相手が絶命した時の「命を奪う」という達成感。
昂揚感、充足感、達成感――その果てに待つ征服感。
これら殺しの三拍子すべてが、グレンを享楽に酔わせてくれた。
性的な快感に勝るとも劣らない悦びが込み上げるのだ。
獲物が強ければ強いほど、この快感とともに悦びが長く味わえる。それを学んだグレンが更なる強敵を求めるのは自然な流れだったと言えよう。
山で出会す獲物なら熊や猪、猿や牡鹿もなかなかだった。
前者が山で遭遇する獣では危険度MAXなのは言わずもがなだが、猿や牡鹿も飛び道具なしで人間が立ち向かうには高難易度な動物である。
野生動物の凶暴性を舐めてはいけない。
そこそこの中型犬でさえ、本気で牙を剥けば人間を噛み殺すことがある。決して侮ってはいけない。獲物を殺すには覚悟が求められる。
それでも殺しの欲求を満たすため、グレンは戦いを挑んでいた。
三つ子の魂百までも――バカは死んでも治らない。
グレンは明けても暮れても殺戮に酔い痴れたが、自らの立ち位置を客観的に捉えられるくらいの視野を持っていた。
常識から外れており――良識とは逸れている
だが、そのどちらも理解できる見識は培っていたのだ。
我ながら小賢しい餓鬼だったんだな、とグレンは過去を振り返る。
早い話、「自分の性癖はヤバい」という自覚があった。
殺しの欲求に取り憑かれていることは楽しいから気にしてない。
だが、日夜山に分け入っては猪や熊を手持ちの武器で殺しては大喜びする餓鬼なんて、ヤベー奴の一等賞だとわかっていたのだ。
まだ人間を手に掛けたことはないが、殺人鬼みたいなものである。
殺人こそ犯していないため、ただの鬼かも知れない。
そろそろ人を殺すのも時間の問題かな、と諦めにも似た確定的な未来を思い描いた頃、殺人鬼の先達について漠然と思いを馳せるようになった。
――調べるのは造作もない。
ちょいとネットで検索すれば、その手の情報はわんさか出てきた。学校で強制された読書の時間では、犯罪者関係を考察する本(主に連続殺人鬼)を読んでいればそれほど怪しまれもしなかった。
犯罪心理学なんて学問があるくらいだ。
勿論、殺人鬼の心理状態を解き明かす部門もあった。過去の殺人鬼が犯した凶行を題材として取り扱うので、事件の詳細や犯人の心境を知ることができた。
そうしたものは大いに参考資料となった。
教師も「お、将来は刑事にでもなるのか?」と無関心に褒めたものだ。
――殺人鬼にも個性がある。
その当たり前なことはこの頃に学んだことだ。
まず殺人鬼と呼ばれるには多人数を殺す必要があった。
怨恨や営利目的で一人二人殺しただけで殺人鬼の称号は生温い。単なる殺人犯がいいところだ。単独で何人も殺してこそ殺人鬼である。
いわゆる連続殺人鬼までの称号になると、一ヶ月以上に渡って(潜伏期間とも言うべき間が空いてもOK)複数の殺害を犯す必要があるらしい。
(ちなみに、殺人鬼は犯行の間隔でいくつかに分類される。一度に大勢の人間を殺した場合は大量殺人者、順番に淡々と殺人を繰り返した場合は連続殺人者、2つ以上の地点で短時間に殺人をした場合は乱痴気殺人者……というのがアメリカ連邦捜査局における複数殺人犯の呼称らしい)
連続して人を殺すには動機がある。
捕まれば死刑は間違いなし。最低限の教育を受けていれば、それくらいの決まり事は弁えそうなものだ。しかし、その理性的な社会のルールを噛み破ってでも誰かを殺したいという欲求を抑えられない。
それが殺人鬼というものだ。グレンは大いに共感を寄せた。
この動機は四つのタイプに分けられるらしい。
ひとつ――幻想に取り憑かれたタイプ。
神や悪魔といった上位存在、あるいは宇宙からの使者や異次元の魔物、もしく別人格や実在する何者か……そういった存在の声に命令されたり、唆されたと思い込んで、とにかく殺人を繰り返すことになるそうだ。
非現実な幻想からの指示に突き動かされている、ということらしい。
真なる世界を知った今では色々と考えさせられるタイプだ。
……本当にそんな指示を飛ばしていた神族が魔族がいたんじゃねーの? と勘繰りたくなってしまう。確かめる手段がないのでやらないけど。
ふたつ――使命感を果たそうとするタイプ。
存在を認めたくない人種。マイノリティというか蔑まれやすい、そういった人々を殺すことに使命感を燃やすタイプだ。浮浪者、薬物中毒、売春婦、LGBT……差別されやすい属性が対象となることが多いらしい。
差別に限ったわけではなく、ある一定のグループを狙うこともあるという。宗教信者とか特定の組織や会社に所属することも理由になるそうだ。
彼らを排除する自分は正義、と自己正当化しながら殺人を繰り返すという。
みっつ――快楽を求めるタイプ。
グレンはこのタイプだと思うのだが、後述する四つめもわからなくはないので、この二つが混合したようなタイプではないかと自己分析している。
これはもう単純明快、人を殺すのが楽しいのだ。
ただ、この快楽主義のタイプはいくつかに分類されるらしい。
ストレートに性欲を求めるタイプは、相手を拷問や陵辱で嬲り殺しながらの性行為に耽ることを楽しみとする。
殺人にスリルやサスペンスを求めるタイプは、サディスティックに相手を殺すことに喜びを感じる。場合によってはより高いドラマティック性を求めて劇場型犯罪へと突き進む者もいるようだ。
(※劇場型犯罪=実行犯が主役を気取り、一連の犯行を演劇に見立てる。アメリカで起きたゾディアック事件、日本ならばグリコ森永事件などが有名)
また、営利目的の連続殺人もここに含まれるそうだ。
金銭的かつ快適な生活を維持するために人を殺し続けること、親族や知人に生命保険をかけてから殺すことで保険金をせしめるなどの例があるらしい。
人を殺す快楽の求め方だけでも三通りあるわけだ。
よっつめ――自らの力を知らしめたいタイプ。
これもある意味でわかりやすいのだが、殺す相手に「おれはおまえよりスゲえ奴だ!」と印象づけて殺すのだ。自己顕示欲の究極版と言うべきか、自分が強くて優れていることを誇示しながら相手を殺すわけである。
グレンの場合、殺しに快楽を求めている。
同時に強敵を倒して自らの力を示したい気持ちもあるため、三つめの快楽主義と四つめの力を知らしめるタイプの混合型、という自己診断を下した。
グレンは自分が「頭は良くない」と思っている。
それでも本性を隠すべきことには早い段階で気付いたし、殺戮を愛好するという趣味も他人に知られてはならないと察した。
家族や親族に友人には怪しまれないように徹底した。
無論――ご近所付き合いもだ。
平々凡々だけどそつなく人付き合いをこなし、学校でのカーストは陽キャでもなければ陰キャでもない。どちらとも仲良くフレンドリィに交流する。自ら目立つようなことはせず、かといって見向きもされない日陰者でもない。
ありふれた朗らかな少年を演じたものだ。
……ただ、高校生ぐらいから次第に殺しを愛する本性が表に出てきたのか、人相が野獣のように悪くなり、服の趣味もチンピラ風になってきた。
これをグレンは「おれの個性!」と自己主張することで乗り切った。
なるべく事なかれ主義を貫くことに徹した。
この話をロンドさんにしたところ、こんな風に笑われてしまった。
『それって吉良吉影じゃねーか』
グレンは詳しくないが、そのような名前の殺人鬼が登場する漫画があるらしい。彼もまた殺人鬼という本性の隠蔽に努めたそうだ。
――殺人鬼は社交性に優れている。
例外なくそうと断言できる証明はないが、歴史的な悪名を轟かせた大量殺人犯には、円滑な社会生活を営んでいた者が少なくない。
勿論、愚かさが際立つ殺人鬼もいる。
しかし知能が高い連続殺人鬼は悪目立ちをしており、悪のカリスマとでも言えばいいのか、禍々しく神格化されることがあった。
それで「殺人鬼=知能が高い」なんてバイアスが働くのかも知れない。
そうでなくともアメリカ連邦捜査局の研究によれば、殺人鬼のほとんどは日常的な社会生活を送り、怪しまれず一般人として過ごしていたという。
仕事や家庭を持ち、中には成功を収めた者もいる。
だからこそ犯行の発覚が遅れ、殺人の繰り返しを許したわけだ。
頭の良い悪いはさておき、自身の犯行を隠匿するだけの知能と、我関せずで素知らぬ顔をするだけの立ち居振る舞いができた証明だろう。
実際、グレンもそういうところはあった。
この社交性というのが、連続殺人には大切なようだった。
連続殺人鬼という用語を生み出した元祖――テッド・バンディ。
彼はカリスマ性を漂わせるイケメンというルックスも然る事ながら、非常に知能が高く極めて慎重であり、恐ろしく計算高い男だった。警察当局を出し抜く手段を常に考え、犯行現場に痕跡を残さないことを徹底していた。
話術にも長けており、人誑しの才能があったらしい。大学時代には共和党の支部長に気に入られ、助手のような仕事に就いたほどだ。
この話術で標的にした女性たちを口説き、次々に殺害したとされている。
殺人ピエロの異名を轟かせた連続少年殺害犯――ジョン・ケイシー。
様々な業種のビジネス(靴のセールス、会議所の販売券、複数の飲食店のマネージャー)で成功を収め、やがて建築会社の社長となる。その頃には地元の名士でもあり、政治の世界にも人脈を広げるほどだった。
恵まれない子供たちへの慈善活動では自らピエロに扮したため、犯行が発覚した後には“殺人ピエロ”と恐れられることになる。
彼は社会的成功を収めていたため、容疑を掛けにくかったのだ。
赤い切り裂き魔と呼ばれた流浪の殺人鬼――アンドレイ・チカチーロ。
生まれついての性的不全に苦しんだ末、発散できない性欲を解消する方法として殺人に行き着いてしまう。後にロシア全土に点在する工場を整備する技師となり、仕事で各地を回ると行く先々で女性や子供を手に掛けた。
性的不全(勃起不全)にまつわる奇行や失敗談はあるものの、それ以外での彼の評判は上々。兵役時代は高評価を得ていたほどだった。
一時期は教職に就いたこともあり、読書を愛する温厚な態度。身のこなしは礼儀正しく、言葉遣いも丁寧で穏やかな紳士だったという。
快楽殺人を楽しむ凶悪犯には見えなかったそうだ。
――高名な殺人鬼ほど社交性に優れている。
この都市伝説めいた巷説を裏付ける要因となったのは、こうした殺人鬼の人当たりの良さに由来するのかも知れない。
参考になるなー、と学生時代のグレンは感心したものだ。
幸か不幸かまだ人を殺したことはないけれど、遠くない未来には殺人に手を染めている可能性が無きにしも非ずだ。
おれはいずれ殺人鬼となる――その確信がグレンにはあった。
場合によっては殺人鬼より酷いものだろう。
殺人鬼は人を殺せば満足だろうが、グレンの抱える殺しへの欲求は人間に留まらない。獣や鳥に魚に動物……生きとし生けるものを殺したいのだ。
もしも願いが叶うなら――神も悪魔も殺す。
それは非現実的だとしても、人を殺す未来は容易に想像できた。
だが、殺人鬼となって人を殺し続ければ、いつかは官憲の捜査が及ぶのは目に見えている。犯行を隠すにも限界はやってくる。
事実、殺人鬼はその抑えきれない殺人衝動ゆえに犯行を繰り返し、それが過剰になったがため、凶行の証拠が露見してしまうケースがほとんどだった。
捕まるのはいけない――自由を奪われるのは勘弁だ。
拘束や監禁されるのは我慢ならなかった。
人に限らずあらゆる生命を殺すこと。それを日々の楽しみとしているグレンにしてみれば、監獄にぶち込まれて行動を制限されるのは耐えられない。何もない独房に閉じ込められるのを想像しただけで気が狂いそうになる。
グレンの場合、殺害対象は人間に限らない。
持てる限りの力を尽くして歯向かってくる生物であれば、種族は問わないのだ。生家が熊や猪が生息する山里なのはもっけの幸いだった。
昨今、犬や猫の惨殺死体が転がっているだけで大騒ぎである。
動物愛護の精神が少々行き過ぎだと思う。
しかし、滅多に人の分け入らない山奥で獲物を狩り殺し、そこら辺に埋めておけば人目につく心配はせずとも良い。そんな山の奥まで立ち入る人間がもし見つけたとしても、大して気にも留めないから助かる。
強い野生動物を殺せば満足感を覚える。
幸か不幸かグレンの生まれた故郷は獣のいる山深い土地。
こうした環境に恵まれたおかげで、グレンは人殺しをせずに済んでいた。
だというのに――自ら墓穴を掘った。
調子に乗って山の鳥獣を殺し尽くしてしまったのだ。
グレンが縄張りとしていた山々には、もう狩れる獣がいない。少なくとも、熊や猪に鹿や猿といった大物はあらかた狩ってしまった。
山と山は繋がっている。
たとえグレンが狩り尽くしても、それは一時的なものだ。
生態系から獣が消えることで空白が生じた山には、他の山から実りを求めて新たな獣が訪れる。鳥獣が消えたのはほんの一時に過ぎない。
この一時――グレンは堪え忍べる自信がなかった。
殺しへの欲求がフラストレーションによって加速していたのだ。
もはや昆虫や魚介類を殺したところで満たされない。むしろ脆弱な生命体を殺すことなどダルいだけだ。最低でも殺意満点のグレンに恐怖を抱いて、殺されまいと反抗してくるだけの気骨のある生物でないと満足できない。
獲物が狩れない日々にグレンは苦悩した。
鏖殺とは贅沢な楽しみ方であり、無計画な暴挙でもあった。
連続殺人もまた同じなのだろう。
殺し過ぎれば足がついて警察の御用になるのは元より、狩るべき獲物を殺し尽くすと虚無になる期間が長すぎる。その間、殺意を紛らわす術がないのだ。
この頃、グレンの内に殺人への意欲が芽吹いてきた。
町に出れば人間なんて腐るほどいる。
山に棲む動物よりも、人間の絶対数が圧倒的に多かった。
100人くらい殺してもわかんねぇんじゃね? なんて考えてしまう。
それでも――お縄を掛けられるのは御免だった。
町に出れば獲物がいくらでもいる。
女子供や老人は弱すぎるから面白くない。ナヨナヨしたナンパ野郎もお断りだ。スポーツか運動をしているのが合格の最低ライン、格闘技を修めていて有段者ならば申し分ない。そういう連中を狩ればいい。
だが、犯行が露見すればブタ箱行き確定である。
強い獲物を殺したい、山の獣は狩り尽くした、ならば手近な人間を襲えばいい、バレたら身の破滅で二度と殺しを楽しめなくなる。
どちらへ向いても八方塞がり、グレンは頭を抱えて煩悶した。
そして、殺意はマグマの如く煮えたぎる一方だ。
そんな爆弾を抱えたまま、グレンは悶々とした青春を送っていた。
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『なんかスカッとすることねぇかなぁ』
生命を殺しまくりたい、なんて口が裂けても言えない。
――とある高校の教室の昼下がり。
昼飯を食べ終えたグレンは、机に突っ伏すと誰に言うわけでもなく文句をぶつけるように独りごちた。だが、この戯言を拾う奇特な人物がいた。
『ほう、何やら溜まっているご様子ですな』
反応してくれたのは前の席に座る情報屋だった。
本名は忘れた――というか知らない。
みんながみんな「情報屋」と呼んでいるので、風変わりなあだ名の方で通るようになった同級生だ。出っ歯に古くさい丸眼鏡がトレードマーク。
興奮すると「フハッ!」と独特な鼻息の荒さが際立つ。
チー牛とか陰キャの代表格に祭り上げられそうな外見をしている。
だがしかし、この男もなかなか侮れない。
情報屋の二つ名は伊達ではなく、あらゆる方面にアンテナを張り、知り得る限りの情報を集めているのだ。そのため陰キャは元より、陽キャも各種チケットの入手やバズるアイテム欲しさで彼を頼っていた。
グレン同様――陰キャにも陽キャにも顔が利く人間である。
陰キャと陽キャ、どっち付かずの蝙蝠野郎同士という共通点はあるが、ただ単純に席が近いのでよく話すようになった。
グレンの数少ない友達だ。
この男に愚痴をたれると、時たま良いことがある。
その情報網から解決策を見つけてくれるのだ。
殺しの欲求を解消できないから溜まる一方の鬱憤について愚痴ると、情報屋は丸眼鏡が摘まんで「クイッ」と知的に持ち上げた。
それから読んでいた本(形態形成場理論の仮説を実証するとか小難しそうな本)をパタンと閉じ、おもむろに鞄を開いて中を覗かせてきた。
鞄の中身は――ナノメモリが詰まっていた。
(※マイクロメモリを更に小型化したもの。この時代では情報媒体を物理的に売買や運搬する際、この超小型記憶媒体を用いるのが一般的)
ピンク、レッド、ミルク、そんな色のナノメモリばっかりだ。
密売人の顔になった情報屋は声を潜める。
『貧乳、スレンダー、巨乳、グラマラス、ロリータ風、アイドル、女子高生風、人妻、熟女、露出、SM、陵辱、調教、コスプレ、自慰行為、特殊……』
友達の誼だ――好きなのを持っていくといい。
『……理解力のある友達で嬉しいぜ』
性欲が溜まってんじゃねえよ、とグレンは犬歯を剥いて苦笑した。
『じゃあ、こいつは無用の長物かな』
情報屋が鞄を閉じようとするのを引き留める。
『いや待て、せっかくだから親友の誼に預からせてくれ。ムチムチぽっちゃり系のグラマラス姉ちゃんが事件性のある悲鳴を上げるくらい、それこそ殺されそうになるくらい陵辱されるやつってあるかい?』
『相変わらずだな……その性癖、公言しないように』
やや軽蔑の眼差しとともに的確なアドバイスを投げて寄越した情報屋は、リクエスト通りのナノメモリを3つもチョイスしてくれた。
サンキュウ、とグレンは礼を述べてナノメモリを握り締めた。
それから殺意という本音をぼやかして打ち明ける。
『いや、エロス方面でのサポートは正直ありがたいんだが、こういうんじゃねえんだよなぁ……ドカーン! ズゴーン! ブシャアッ! ドババッ! って感じで暴れたいんだよ。身体を動かす方面で発散させたいんだ』
『つまり運動……どちらかといえばバトルでもしたいのかな?』
擬音語だらけの説明をうまいこと咀嚼してくれたのか、情報屋はグレンの訴えたい内容を七割くらい理解してくれた。
グレンは戦いたい――命懸けで殺し合いたい。
この際だから殺すことはできなくても、その一歩手前まで迫れるようなスリリングのある戦いをしたくて溜まらないのだ。
殺しの欲求――その禁断症状が限界に達しつつあった。
理解を示してくれた情報屋にグレンは血走った目で迫る。
『それだよそれそれ! 血湧き肉躍るバトルっていやぁいいのか? 戦う相手をドカーンと殴ってズゴーンと蹴って、血飛沫ブシャアと撒き散らさせて、臓物がドババって溢れるのを楽しみたいんだよおれは!』
そういうレジャーってない? とグレンは無茶振りをしてみた。
情報屋はかなり引き気味だった。
『正しい意味で血湧き肉躍る戦いがしたいみたいだね……と言うより、誰かをボコボコにして血と肉がはみ出る様を見たいとしか思えないけど』
どうやら殺意が漏れていたらしい。
スプラッタっぽい趣味なのはバレバレなので今更だ。
殺し屋としてのグレンの殺気に当てられたのか、席に座る情報屋の腰がわずかに退けていた。無意識に殺気を感じて、本能的に忌避したようだ。
意外と勘がいいな――内心グレンは感心した。
こういう野生の勘が働く人間は結構よく見掛けるものだ。
いざ殺そうとしても、一筋縄ではいかない手合いかも知れない。
手当たり次第に情報を集める男は、どんな些細な情報をも受け取れるアンテナを張っているのだろう。それがグレンの殺気を感知したらしい。
グレンは殺気を抑え、人畜無害を装った。
すると情報屋も気を取り直して、また眼鏡の位置を直す。
『……俺らの年齢だと破壊衝動に駆られることも珍しくはない。そういう欲求に囚われて、とにかく暴れたい気持ちに駆られることもあるだろう』
ちょっと待ってな、と情報屋は考え込む。
グレンの要求に報いることができそうな情報を脳内検索しているようだ。その後、スマホを取り出して情報を再チェックしたらしい。
『……VRゲームに興味はあるかい?』
ありきたりな返答にグレンは呆れ顔で肩をすくめた。
『あんなもん、お遊びだろ?』
殺戮を疑似体験できるVRゲームならば、グレンの抱えている殺しの欲求もいくらか晴らせるのではないか? そんなこと真っ先に思いついた。
体験版をいくつか遊んだこともあったが――。
『所詮ゲームじゃねえか。リアルを追求なんて謳い文句は聞き飽きたぜ。VRつっても、現実には程遠いし全然物足りねぇもんだろあれ』
『そこはそれ、こういった手の込んだ技術は日進月歩でクオリティが上がっていくものなんだ。君みたいに我が侭なユーザーが日夜うるさいからね』
情報屋はスマートフォンをタプタプと操作する。
手のひらサイズの端末から立体的なスクリーンが投射されると、ちょっとしたモニターサイズのスクリーンが中空に投影された。
最新モデル、立体ホログラムスクリーン機能搭載のスマホらしい。
こういう誰もが欲しがるような最新鋭機器を、誰よりも先んじて入手するルートを持っているからこそ、陽キャからも尊敬の念を集めていた。
スクリーンに写されたのはVRゲームのPVだ。
闘争本能を駆り立てるBGMとともに、荒んだ町並みとそこで喧嘩に明け暮れるストリートファイターどもがバトルを繰り広げる光景が流れた。
PVだから盛っているところもあるだろう。
作中ムービーと実際のプレイでは映像美が異なる。よくあることだ。
そんな色眼鏡を差し引いても目を見張るものがあった。
『おいおいおい……これマジでVRゲームか? ちょっと前のしかよう知らんけど、クオリティが段違いじゃねえか。不気味の谷を飛び越えてんぞ』
グレンは思わず感歎の声を上げていた。
もはや現実と見紛うほどの完成度である。
実際の対戦プレイも動画にあるが、ゲーム内で行える自由度が半端ではない。手の指先から足の爪先まで、自由自在かつ繊細に動かせるようだ。
VRのアクションゲームはいくつか試してみた。
グレンが「所詮はゲーム」と割り切ったのは、ここまで微に入り細に入り肉体の動きを再現できるものがなかったからだ。武器を握ったり物を掴んだりはできるが、指の一本まで細かく動かすことは不可能だった。
VRで人体の汎用性を万全に活かすのは不可能だと思っていた。
身体の動きにしてもそうだ。ゲーム特有のギクシャクしたモーションキャプチャーめいたものがまだ残っていたので、いまいち興が乗らなかったのだ。
だが――このVRゲームは一味違う。
自由度の素晴らしさを伝えるためだろう、PVの演者となったプレイヤーが様々な複雑な動きを披露してくれた。
細かい指の動きもそこで確認することができた。
VRシステムはよく知らないが、画期的なことではないのだろうか?
何よりグレンを驚かせたのは負傷表現だった。
殴られるとダメージを負うとともに殴られた箇所へ痣ができ、鬱血するとともに腫れ上がる。顔へ打撃を食らった拍子に口内が切れれば、唇の端から血を流す。骨折などもリアルに再現されており、現実となんら遜色はない。
これは――殺す寸前まで追い込めるのでは?
さすがにゲームなので対戦相手を惨殺するのは難しそうだが、殺すまでの行程をそれなりに疑似体験できそうな予感がした。
これだけでも殺しへの欲求が少なからず解消される。
鬱憤晴らしができそうなので、グレンの期待も高まるばかりだった。
実際のプレイ交えた詳細な説明が始まると、ますます丁寧に作り込まれたゲームシステムを理解できた。PVを観ただけ思い知らされた気分である。
いつしかグレンは――新たな仮想現実にのめり込んでいた。
こちらの感動に気付いたのか、情報屋は得意気に鼻を鳴らす。
『言っただろう? 技術は日進月歩だって』
情報屋はドヤ顔を決めた直後、PVは締めに入ると最期にゲームタイトルをデカデカと表示して、渋い声優の声が読み上げる。
『己が武を以て覇を競え――アシュラ・ストリート』
これがアシュラ・ストリートとの出会いだった。
『ちょ……ちょっとだけ、ほんの先っちょだけ……やってみてもいいかな』
『なんで中途半端にツンデレ気味なんだよ?』
情報屋にツッコまれたが、グレンも素直になれないお年頃なのだ。
現実の殺しに勝る快楽はないと盲信していたグレンにすれば、VRゲーム如きのリアリティにここまで魅了させられたのは初めてだった。
悔しい……でもプレイしてみたい!
本音を言えばゲーム内で殺れるのかを実践してみたい!
気付けばアシュラ・ストリートに夢中だった。
『なあ、これもう発売してるん?』
『いや来月リリースだね。良ければお安く手に入れられるけど……』
是非お願いします! と頼み込んだのは言うまでもない。
この時ばかりは腰を直角にして頭を下げた。
多分、グレンの半生で唯一無二の礼儀正しいお辞儀のはずだ。
PVに魅せられたグレンは早速アシュラ・ストリートの購入を決意するも、VRゲームをできるPCから揃える必要があった。
今まではまったく興味が湧かなかったのもあって、精々インターネットを見られる程度のパソコンしか手元になかったのだ。
そもそもグレンは暇さえあれば山で獣を狩っていた。
そんな肉体派の男が機械音痴になるのは必然であろう。殺しのための道具は作成できるが、電子機器やIT方面は無知の極みである。
『仕方ない、これもまた友達の誼だ』
というわけで――すべて情報屋がお膳立てしてくれた。
オススメPCを言われるがまま購入すると、全部セッティングしてくれた。快適に遊べるアプリや電脳空間へ入るためのヘッドギアも選んでくれて、ついでにアシュラ・ストリートのインストールまでやってくれたのだ。
まさに至れり尽くせりである。
代わりに一週間、購買部で昼飯を奢る見返りは支払った。
せっかくだから一緒に殺ろうぜ! とグレンは誘ったのだが、情報屋は断ってきた。言葉は「遠慮するよ」と柔らかかったが。
しかし、あの態度は間違いなくグレンを警戒していた。
『君に殺されたくはないからね』
本当に良い勘をしている。グレンの本性を読んでいるようだ。
『よし気に入った、おまえを殺すのは最後にしてやる』
『それは俺を殺す段になって「あれは嘘だ」って手のひら返すやつだろ』
ネットでよく見たネタで笑って誤魔化すことにした。
なにはともあれ、グレンは人生初のVRゲームの世界へ、アシュラ・ストリートの舞台でもある阿修羅街という仮想空間へ飛び込んだ。
結論――滅茶苦茶にハマりまくった。
凡百なVRゲームとは一線を画した、我を忘れる没入感。
別世界へ飛び込んだかのような新鮮な心持ちだった。
アバターとの一体感も凄まじく、現実の自分と違和感がまったく感じられないところに「これ本当にゲーム?」と違和感を覚えてしまう。
現実で積み重ねてきた自分の運動神経。
その動きを寸分違わずトレースするアバターは、山を駆け回っていた機動力をそのまま……いや、それ以上の躍動感をブーストするように味わえた。
PVで観たまま、指先の第一関節まで自在となるのもいい。
いざという時の目潰し攻撃や、指先で砂を引っ掛けて投げつけるフェイントなどもやりたい放題。こんな卑怯な手口まで再現できる。
足の指に隠した剃刀で斬りつける、なんて曲芸までやれてしまう。
そういう意味での自由度も計り知れなかった。
なにせ阿修羅街に転がっているスクラップを拾い集めれば、手製の武器まで作れるのだ。これもグレンの十八番、やり込み要素でもある。
何より感動したのは――やはり負傷表現だ。
皮が裂け、血が滴り、肉が膿み、骨が砕け、腸が露わになる。
これらの描写がリアルを越えて生々しい。
おまけに人間を殴ったり蹴ったりする感触、あるいは鈍器を叩きつけたり刃物で斬りつけた手応え、これらが現実と区別つかないのは衝撃的だった。
すべてに置いて現実との差違を感じられない。
仮想現実ではなく、別世界の現実を体感していると錯覚したほどだ。
ただまあ……ちょっと不満点はあった。
こちらがダメージを受けるとちゃんと衝撃を感じるのだが、痛覚への刺激はそれなりに緩和されているのだ。現実での痛みと比べたら20分の1くらいまでレートが下げられている。
グレンはここだけは納得できず、譲れないポイントだった。
殺し合いにおける痛みとは重要な要素である。
相手をぶち殺す快感というものは、獲物からぶち込まれる反撃を凌いでこそ醸造されていくもの。殴られたら殴り返すのが楽しいのだ。
痛みさえも悦びとしてグレンは甘受することができた。
ある種のマゾに通ずる心境なのかも知れない。
グレンの信条からすれば、痛みが甘いのは低評価ポイントだった。
だが、コアなユーザーには好評だった。
特にリアルで格闘技系のスポーツを嗜む連中には持て囃された。
なにせ命に関わるような無茶をしても大して痛みは感じないし、対戦中に怪我や負傷をしても気にすることはない。アバターが再起不能になろうとも、リスタートか再ログインすれば完全回復するのだ。
それでいてリアルと変わらない対戦を行える。
ヴァーチャル空間で実戦とほぼ同じの経験できるのだ。
現実での試合を想定したトレーニングの機材として、これほど優秀なものはない。異種格闘技戦だってやりたい放題だ。
実際、阿修羅街の各エリアでは頻繁にトーナメントが開催された。
格闘技団体の協賛も結構なものだったと聞いている。
普段は運動をしないエンジョイ勢でも楽しめるようにと、システム面で様々な気遣いもあったが、当人が運動神経に優れていれば有利な面もあった。
自身で積み重ねた体術が圧倒的に物を言うからだ。
そのためサービス開始時は、ランキング上位勢がそういったスポーツや格闘技の経験者が占めたものだ。ただし、これは一過性のものだった。
いくらリアリティが凄くてもVRゲームだ。
アバターは最初からある程度の身体能力を備えているし、仮想空間内で活動することで経験値を貯めれば、各種の強化を施すこともできる。
おかげで運動神経0のゲーマーでもすぐに追いつくことができた。
こうしてランキングは混迷していくわけである。
ちなみに――グレンは体得した体術が物を言った部類だ。
格闘技の経験はまったくないグレンだが、まさかり担いだ金太郎よろしく山奥に入り込んで熊や猪を相手に本格的な殺し合いで稽古をつけてきた。
命懸けの戦いに勝る戦闘訓練はない。
野性を相手に腕を磨き、獲物を殺すことに先鋭化させた無手勝流。
これがグレンの体得した流儀である。
グレンの戦闘能力は相当なものであり、素人相手なら負け知らずだった。
人間相手に勝利を収めるなど朝飯前。熊や猪に猿といった野生生物と比べたら、人間なんて隙だらけで殴り放題の蹴り放題だ。
背後を捕って首を絞めるなんてこともわけはない。
迷走したランキングだった、やがて別格の強者を浮き彫りにする。
ベスト16というものが選出されるようになり、その中でも上位8人はその地位を譲ることなくトップ8へ居座り、その地位を不動のものとした。
これが――アシュラ八部衆の始まりだ。
ウィング、ヨコヅナ、天魔ノ王、獅子翁――。
ガンゴッド、姫若子ミサキ、焔☆炎、D・T・G――。
この8人は自ずと頭角を現してきた。
これに追随するように“アシュラ九部衆”と揶揄された、情報屋に勝るとも劣らないグレンの大親友(本人は認めないが)エンオウが続いた。
エンオウを含むベスト16の常連だった拳銃師バリー、軍曹ジャガナート、ハスラーQ、赤城山生まれの百足卍郎といった顔触れが並ぶようになった。
いつしかグレンもベスト16に数えられた。
(※この頃は虞錬というハンドルネーム)
ありがたいことにいくつものカッコイイ通り名をいただいたものだ。
皆殺しのグレン、鏖殺のグレン、殺し屋グレン……。
個人的には“殺戮師グレン”か“ぶっ殺しのグレン”が気に入っている。
グレンは阿修羅街でも殺すことに執心した。
恐らく、アシュラ・ストリートでも唯一無二の存在だったろう。
対戦相手を倒しても満足せず、気を失って倒れ伏したアバターに躊躇なく死体蹴りや死体撃ちという暴行を加えていき、完膚なきまでに抹殺する。
ペナルティや非難に叱責も歯止めにならない。
アシュラ八部衆の武名が鳴り響くようになった頃――。
グレンは「対戦者を殺すプレイヤー」として悪名を轟かせていた。
~~~~~~~~~~~~
遅かれ早かれだ――グレンはそう思っている。
アシュラ・ストリートで遊び始めて数日。
機械音痴ながらも情報屋のざっくばらんな指導により、どうにかこうにかPCの使い方も覚え、電脳空間での動き方にも熟れてきた頃のことだ。
その日もグレンは戦いに明け暮れていた。
弱い奴らはダルいながらも適当に甚振って嬲って叩きのめして、強い奴と巡り会えたら敬意を表するとともにぶち殺す勢いで襲い掛かった。
どれほどの対戦相手を地に沈めたか……。
それなりに腕の立つ空手家の男を倒した時のことだ。
グレンが対戦相手の体力ゲージを削り切り、空手家が仰向けに倒れて起き上がらなくなると、システムから「対戦相手KO」の通知が届いた。
ここで試合終了、ゲームセットである。
空手家はリスタート、グレンは新しい遊び相手を探しに行けばいい。
だが、ふと気付いてしまった。
『目の前で倒れてるアバターに追い打ちをかけたらどうなるのか?』
もしかして――殺せるのではないか?
そんな期待感を抱いたグレンの心臓は大きく脈打った。
FPSなら死体撃ち、アクションゲームなら死体蹴りというやつだ。マナー違反な行為だと情報屋からも戒められていたが、グレンの求めるものはそこにある。
死体を撃ったり蹴るのではない。
まだ息の根のある生命にトドメを刺して殺したかった。
思い立ったら吉日だ、とばかりにグレンは倒れている空手家の顔面を思いっきり踏みつけた。スチール缶を縦に潰すつもりで脚力を込めた。
グシャリ――肉と骨を一緒に踏み砕く感触。
猿や鹿の頭蓋骨にしてきたのと同じ手応えが返ってきた。
空手家の顔面を血塗れでグシャグシャになっており、閉じられなくなった口はひしゃげたように歪んでいる。真っ赤に染まった歯茎には数本の歯しか残されておらず、砕けた破片があちらこちらに飛び散っていた。
大きな猿を仕留めた時の興奮をグレンは呼び起こそうとしていた。
あの時も顔を潰してみたくて、こんな踏み潰しをしたものである。繰り返し繰り返し、頭を踏んで頭蓋を砕いていく。ストンピングというやつだ。
その度に空手家の顔が崩れ、骨も肉も組織も原型を留めなくなる。
毒々しいほどの生命力の散華を感じた。
命という花を自らの手で散らす感覚に激しい陶酔を覚えてしまう。
空手家は呻きながら顔を庇おうと腕を上げるが、その腕ごと踏み潰す。「ぎゃ」と血で濁った短い絶叫が漏れる。
気絶寸前だが肉体が痛みに震えるのか、細かい痙攣を繰り返していた。
現実と寸分違わない残酷な場面が網膜へ映り込む。
突然、黒と黄色の枠で囲まれたウィンドウを開いた。それはアシュラ・ストリートのメインシステムからのお達し、いわゆる警告だった
小難しい文章で記してあったが、簡単にするとこう言いたいらしい。
『アシュラ・ストリートはそのシステム上、対戦相手を完全に殺せることもできるけど、それを殺るとランキングなどにペナルティが発生するぞ』
だから止めときな――注意を兼ねた警告だ。
ちなみにこの時、敗者は自分が殺されていることを知らない。
体力ゲージが尽きると同時に「敗北」の通知が届いて画面がブラックアウトし、経験値や報酬などを確認できるリザルト画面に移っているのだ。
おかげでプレイヤーは死の恐怖を味わわずに済んでいる。
ただ、残されたアバターは別だった。
こういう仕様なのか、負けたプレイヤーがゲーム内エリアから自身の準備エリアに戻っても、アバターはしばらく敗北したエリアに残るらしい。
あくまでも抜け殻――それも虫の息だ。
プレイヤーの意識はないが、殴れば痛みに反応して悲鳴を上げる。反射的に防御行動も取る。致死的な攻撃を加えたら死んでしまう。
勝敗は決したのだから、殺すことはないと警告は窘めてくる。
『うるせぇ! システム如きが邪魔すんじゃねえ!』
グレンは一喝すると警告システムを強制的に切った。
『知ったことかよそんなもん!』
血を見たグレンが聞く耳を持つはずなどなかった。
『おれが殺りたかったのはこれだ! 強敵を叩きのめして地に伏せてから殺す! 勝利の証に息の根を止める! 負けた生命をこの手で奪い取るッ!』
殺害こそが――グレンの求めたものだ!
仮想空間とわかっているが、現実と見紛うリアリティである。
山野を駆け回り、獲物を見つけて挑み、肉弾戦で弱らせて、心臓が鼓動を刻まなくなるまで、脳味噌が電気信号を巡らせなくなるまで殺していく。
阿修羅街でなら――殺しを堪能することができる!
現実と変わらない殺戮の手応え、その再現度にグレンは感動した。
感動を超えた狂喜とともに涙まで流していたと思う。
手負いの熊の分厚い肉にひたすら拳を叩き込み、嬲り殺すしたことを回想する。途中から爪を立て、血の滴る肉や色の違う神経を引き裂いたことを思い出す。
空手家の生命反応が途切れるまで徹底的に殺意をぶち込んだ。
もう手も足も身体も止まらない。
気付いた時には、グレンは返り血で真っ赤に染まっていた。
空手家のアバターは肉塊にしか見えないぐらい、グチャグチャに叩き潰されていた。そして、警告ウィンドウはペナルティ内容を伝えてくる。
初めて――人間を殺した。
そのことに何の感慨も覚えない。大した感想もなかった。
ただ、久し振りに殺しへの欲求が満たされた。
山の獣たちを皆殺しになるまで狩り尽くしたことで、殺すべき獲物を枯らしてしまうというミスを犯したため、数ヶ月お預けを食らっていたのだ。
そんな殺しへの欲求が解消された。
つまり阿修羅街でも殺戮ができると実証された瞬間でもあった。
ふと、グレンの脳裏に理性的な疑問が過る。
殺戮の熱に浮かれた脳細胞でぼんやりと考えてみた。
何故――これほど真に迫る殺しができる?
いくらリアリティを求めたとはいえ、さすがのグレンでも「殺りすぎじゃねえのこれ?」と首を傾げるレベルだ。常識的に考えてもおかしい。
現実と変わらない操作性を追求した副産物なのか?
ランキング下落などのゲームを楽しむ上では不利となる警告ペナルティで脅してくるので、大抵のプレイヤーは殺しに手を染めることはあるまい。
運営はこれで管理しているつもりなのだ。
グレンのような嗜好の持ち主がいることを考慮していないのか?
なんにせよ、これはグレンにとって好都合だった。
ペナルティを与えられても気にしない。
殺りたいことを殺る、殺しへの欲求が満たされればそれでいい。
阿修羅街がどのような意図でこんな殺害行為ができるシステムを搭載し、あるいは改善も修正もせずに残しているかわからないが、グレンは我が世の春を得た気分だった。そして、とことん利用させてもらおうと密かに感謝した。
心行くまで殺戮を楽しめる。
もう野山で獣を追い回す時代は終わってしまった。
幼年期に殺意を芽生えさせ、少年期にそれを育み、懊悩した青年期を卒業する。
殺人という初体験を済ませたグレンは大人になったのだ。
人間の強者と戦い――これを仕留めて殺す。
こちらの方が圧倒的に楽しく、充足感が尋常ではなかった。
いちいち山奥まで移動する手間はなく、狩りの道具を揃える必要もない。それに人間を殺しても罪に問われず、官憲のお世話になって刑務所行きもない。
ゲーム内のペナルティなど安いものだ。
殺しの快感を爆発させると、最大風速の多幸感が通り過ぎていく。
引き潮のように去っていく余韻にグレンは浸った。
賢者タイムみたいな物悲しい虚無感が、猛る気持ちを落ち着かせる。
『仮想現実とはいえ、初めて人間を殺してみたが……』
返り血に染まる手を見下ろすグレンは、冷めた口調で漏らした。
『人も獣も同じだな――生命に変わりゃしねぇ』
そう呟いた直後、グレンは横っ面を思いっきりぶん殴られた。
『こぉの…………大バカ野郎があッ!』
首の筋肉が伸び切った挙げ句、勢いのままブチブチと引き千切られて頭と胴体が生き別れしかねないパンチだった。脳味噌も片側へ寄せられそうになる。
脳震盪と首の骨折により、グレンは一撃KOに処された。
まさかのワンパンノックアウトに呆然とするグレンが、仰向けになって空を見上げていると、その視界にのそりと大きな影が入ってきた。
喋り方こそ穏やかだが、怒気を込めた声が聞こえる。
『――敗者を辱めるな』
声の主は身の丈190越えの巨漢だった。
鍛え上げた鎧の筋肉をまとった長身巨躯、それなのに比較的甘いマスクをした好青年である。天狗や修験者を思わせる道着で身を包んでいた。
山峰円央――エンオウ・ヤマミネ。
情報屋は特別枠として、グレンが親友と認める唯一無二の漢。
これがエンオウとの初期接近遭遇だった。
すぐにリスタートしたグレンは、自分を一撃で倒したエンオウの元へ駆けつけると、ろくに挨拶もせず躍りかかってリベンジマッチを挑んでいた。
『エンオウは間違いなく強い! 殺したら絶対面白い!』
そのことしか頭になかった。
負けて悔しい花いちもんめとか、敗北を濯ぐとか、雪辱戦とか、負けたことに端を発する恨みがましい気持ちは一切ない。ただただ、エンオウという強敵に巡り会えたことに感謝し、この手でぶち殺したいと願うばかりだった。
意外かも知れないが――グレンは一途だった。
恋愛にしろ友情にしろ、これと決めたらブレることはない。
だからグレンはエンオウを親友と定め、必ず殺すと誓っているのだ。
初めての出会いで一発KOされてからの、数秒と経たずに再試合を申し込んだがこれも瞬殺された。辛勝どころか惜敗にすら持ち込めない。
フェイントみたいなジャブから、土手っ腹にキツい一撃だった。
今度はストレートに蹴られたらしい。
上半身と下半身が内臓ぶちまけながら離れ離れになるかと思った。
その日は都合18回、エンオウに戦いを挑んだが一度たりとも勝利をもぎ取ることは叶わなかった。すべて秒殺、最大でも59秒しか保たなかった。
グレンは――嬉しかった。
『なんだよ……人間のが殺し甲斐ある獲物いっぱいじゃねえか!』
アシュラ・ストリートならいくらでも殺せる。
こいつらを練習相手に、グレンもまだまだ強くなれる。
その見込みが立ったのが堪らなく嬉しかった。
そして、殺しても殺しても雨後の竹の子か春先の土筆みたいに後から後から生えてくる。リスタートと再ログインで獲物は復活しまくりだ。
無限に殺せる獲物がわんさかいる。
エンオウみたいな化け物じみた奴もわんさかいるに違いない。
それを想うとグレンは胸の高鳴りが抑えられなかった。
アシュラ・ストリートのランキングの序列がなんとなく見えてきて、アシュラ八部衆の勇名が幅を利かせてくると、グレンは当然のように動き出した。
アシュラ八部衆全員に殺し合いを挑んだのである。
敢えて当時の自分を評するなれば、身の程知らずの一言で片付く。
合気の王――ウィングに挑戦した場合。
気付けば空高く放り投げられた後、明らかに重力以上の加速度で瓦礫の山に叩き落とされて、地面に数mは陥没させられて一撃KOに終わった。
打撃仙人――獅子翁とバトルした場合。
ぬるりとした動きで懐に忍び込まれたと思ったら心臓の上に拳を叩き込まれ、直後に全身の神経と筋肉が動かなくなって戦闘不能になった。
大海洋親方――ヨコヅナに勝負を挑んだ場合。
はっけよいのこった! の掛け声がした時には巨大な張り手が目の前に迫っており、張り飛ばされたと理解した時には壁画よろしく壁にめり込んでいた。
黒衣の剣豪――天魔ノ王に辻斬りされた場合。
『おまえの殺り方はねちっこいな』
天魔ノ王はグレンをそのように批評すると、瞬時に四肢を切り落として眉間に刀を突き込んできた。太刀筋を読むことさえできなかった。
――人間を斬ることに慣れている。
黒衣の剣豪の振るう太刀は、グレンにそう確信させるものだった。
後にも先にもグレンを殺したのは、あの剣豪だけである。
(※あくまでアシュラ・ストリート内での話)
ガンゴッドやD・T・Gにも、まるで歯が立たなかった。
辛うじて白星を掴めそうな相手は、年下ながら八部衆に数えられていた中学生の姫若子ミサキと、まだ小学生の焔☆炎ぐらいだった。
餓鬼でもアシュラ八部衆――戦闘能力はお墨付きだ
当時の2人は大物の熊よりちょっと手強いレベルだったので、グレンとしてはお手頃に楽しめる獲物だった。手を出したのは説明するまでもない。
しかし、まともに戦えた例しがなかった。
姫若子ミサキを襲おうとすると、保護者がしゃしゃり出てくる。
『ウチの弟子に何するかーッッッ!!』
師匠バカでヒートアップした獅子翁にはまず勝てない。
瞬間的にとんでもない強化が掛かるらしい。
焔☆炎の場合も、ウィングや天魔ノ王にドンカイが割り込んでくる。
他の対戦相手が挑むのは傍観するのだが、殺し屋で知られるグレンは近付くことすら許されなかった。
そうでなくとも――エンオウに邪魔される。
たまには女子供を大量虐殺したくなることもあるグレンは、そう言った連中に襲い掛かろうとすると、どこからともなくエンオウが現れる。
そして、グレンは悪役よろしく鎧袖一触で倒されてしまうのだ。
そこからはエンオウとの喧嘩が始まるのはお約束である。
『なんでおれたちゃ毎日ヒーローショーみたいなことやってんだよ!?』
『知るか、おまえの素行の悪さが問題なんだ』
罵り合いながら殴り合ったものである。
なんだかんだで――楽しい思い出ばかりだ。
グレンはアシュラ・ストリートという遊戯を楽しんでいた。
アシュラ八部衆という最高峰。
阿修羅街に君臨する彼らは最高の励みとなった。
何度も挑んで幾度となく瞬殺されたものの、少しずつ彼らの戦い方を学ぶことで、自己流の戦闘技術をアップデートさせていった。実戦経験を積み重ねで、生物として着実に強くなっていくのを実感することもできた。
エンオウとのバトルも最高の娯楽だった。
最初こそ対戦時間が1分も保たない力量の差があったが、阿修羅街の強者たちと死闘を繰り広げ、何人もの猛者を殺したグレンはレベルアップを続けた。
勝つのは難しいが、対等に渡り合えるまで成長したのだ。
親友と切磋琢磨した賜物だと信じている。
(※エンオウは絶対に認めてくれないが)
アシュラ・ストリートは、グレンにとって仮想現実ではない。
今まで暮らしていた現実とは別世界、新しい第二の現実となった。
これは――後に判明した話。
『アシュラ・ストリートのリアリティがスゴかった? VRMMORPGに負けず劣らずのレベルで始めた頃は涙がちょちょぎれるほど感動したって?』
当たり前だろ、とロンドさんは教えてくれた。
『ありゃ真なる世界へ連れてきてモノになる人間を選別するために、世界的協定機関が世界中にばら撒いた選別機のひとつだ』
根本的なシステムはVRMMORPGからの劣化コピー。
『アルマゲドンを世に出す前に試作機も兼ねてたんだよ』
そう言われてしまえば納得である。
他にもいくつかあったそうだが、詳細までは聞かなかった。
あそこで活躍した連中は八部衆を始め、なんだかんだでVRMMORPGに移住していた。聞けば、そういう風に誘導もしたそうだ。
『たとえば――とある大学生の場合』
家に引き籠もりニートな小娘を飼ってそうな男子大学生だ。
『そいつは大学でVR技術を専攻していたが、師事する大学教授にちょいと鼻薬を嗅がせて、VRMMORPGをやるよう仕向けたりとかな』
裏ではあれこれ立ち回っていたらしい。
『ロンドもバッドデッドエンズを選ぶのに使わせてもらったしよ』
グレンもそうして拾われた口である。
仮想現実ならば人殺しができる――人間を殺しても罪に問われない。
規定上、ペナルティが科せられても知ったことか。
グレンはアシュラ・ストリートで殺戮を楽しむことができた。
――幼き日より抱えてきた殺しへの欲求。
それを罪に問われることなく解消する手段を得られたのだ。
アシュラ・ストリートの虜になったグレンは阿修羅街に入り浸り、一匹の獣となって自由気ままに狩りと殺しを謳歌した。
群れるだけが能の雑魚どもを殺すのは憂さ晴らしになった。
強敵と出会い、死闘の果てに息の根を止めるのは最高だった。
実力伯仲なベスト16と競うのも歯応えがあって良かった。
アシュラ八部衆へ無謀にも挑むのが、青い挑戦心が打ち震えたものだ。
そして、エンオウと殺し合いで遊ぶのは日課となった。
(※エンオウには「迷惑だ」と煙たがられたが)
だがしかし――日を追うに連れてグレンに不満が募っていった。
殺しへの欲求は満足している。
グレンの胸に溜まる不満は、意外なところに原因があった。
『弱い奴らが弱いままなのが気に入らねえ』
アシュラ八部衆やベスト16。
そうでなくともランキング150位に名を連ねるくらいなら、みんな上昇志向の塊である。強くなろうとするから殺し甲斐のある奴らばっかりだ。
そういう向上心のある者がグレンは好きだった。
強い奴を「どうやって殺そう?」とあの手この手を考えて、創意工夫を重ねに重ねて、自分の力を高めて殺す。それがグレンの趣味嗜好と言えた。
強者から味わう敗北もまた勉強になった。
負けた理由を脳内反省会で顧みることで、次の勝利と殺戮が味わい深くなる。
弱肉強食の理論に基づいて、自分が殺される瞬間を夢見るのも悪くない。
グレンは前向きかつポジティブな男だった。
ただ、そのやる気がすべて殺しと戦いに注がれているだけなのだ。
そんなグレンダからこそ我慢ならないものがある。
ランキング150位以下――下位の連中。
阿修羅街の底辺を這いつくばる雑魚の群れにして弱者の集まりだ。
あいつらに向上心なんてものはない。
カジュアルに格闘ゲームを楽しんでいるだけなのだ。
所詮はお遊びと言えばそれまでだが、グレンはあいつらが許せなかった。
弱いままでいることに甘え、強さの高みへ臨もうとしない。
『弱者はなんで阿修羅街いる!? 戦って殺し合って戦って死なせ合って……そういうのを求めて、アシュラ・ストリートやってんじゃないのか!?』
殺し甲斐のない奴なんて虫唾が走る。
弱い奴を殺すのはダルい。強くなる意志もないくせに阿修羅街をブラついては弱い者同士で傷をなめ合うように、かったるいバトルをやっている。
イライラするので見掛けたら即殺したものだ。
――そんな苛立ちを抱えるようになった頃のこと。
グレンは現実である人物に「会いましょう」と呼び出しを受けていた。
~~~~~~~~~~~~
都内某所――上級国民御用達みたいな最高級ホテル。
グレンはそこを訪ねるように呼び出された。
正しくは「招待された」と言うべきなのかも知れない。
招待主はアシュラ・ストリートで知り合った人物だ。後日、リアルで招待状まで郵送してくれたのだから本気の度合いが窺えた。
天を衝くバベルの塔みたいな最高級ホテルを見上げる。
『俺は王様だーとか威張ってたけど……ブルジョワなのはマジらしいな』
リアルマネーに気圧されそうなグレンだった。
意を決してホテルの門を潜る。
どう贔屓目に見てもヤクザの下っ端か、半グレのチンピラみたいなファッションのグレンは物怖じせず、ズカズカと大股で踏み込んでやった。
受付嬢も大したもので顔色ひとつ変えない。
名前を告げて招待状を見せる。
フロントにも手配済みだったらしく、何階の何号室だと教えられると、そこまで案内役まで着けられた。促されるまま部屋へと向かう。
ホテルの最上階――最奥の一室。
豪邸みたいな規模のスィートルームである。
そこに通されたグレンを待っていたのは初対面の四人だった。
一人は――破壊神ロンド・エンド。
現在のグレンの雇い主だ。現実世界の地球にいた頃と真なる世界での風体に差違はない。この頃からチョイ悪親父を気取ったファッションをしていた。
中身は最凶最悪を極めた極悪親父だが。
一人は――頭脳役マッコウ・モート。
真なる世界だと3m越えのガスタンクみたいなオネエだが、地球にいた頃から2m越えの超肥満体オネエだった。ファッションセンスも大差ない。
ぱっと見だと迫力のあるオバちゃんだと勘違いする。
一人は――秘書ミレン・カーマーラ。
破廉恥なフレンチメイドが板についているが、この頃はまだ秘書らしくレディーススーツで決めていた。ただし、胸元は開けっぴろげでオッパイの谷間は覗けるし、タイトスカートは短すぎてコスプレみたいだったが……。
露出狂? とグレンは青少年らしく赤くなりかけたものだった。
三人はロンドを中心にロングソファに座っていた。
愛飲するカフェカプチーノを啜っていたロンドは、入室してきたグレンを見ると気さくに片手を挙げて、馴れ馴れしい挨拶を飛ばしてきた。
『よう、おいでなすったな――殺戮鬼』
なにそれ、しっくり来る。
グレンは本性を看破されたかの如き呼び方に絶句した。
それとともに、生命を殺すことに執着する自分の肩書きは何と言えばいいのだろうか? という長年の悩みに終止符が打たれた気分だった。
グレンは殺人鬼ではない。
殺す対象は生命全般――人間だけに限らない。
なので殺人鬼という名称はグレンに相応しくない。見るもの触るもの、生きていれば何であれ殺す自分をどう言い表すべきか思いあぐねていたのだ。
だが、ロンドの一言でそれが氷解してしまった。
殺戮鬼――これほどグレンの凶行を讃えるものはないはずだ。
『へっ……礼を言うぜオッサン』
殺しへの欲求を見抜かれたことなんてどうでもいい。
気付けばグレンは照れ臭そうに人差し指で鼻の下を擦りながら、相応しい呼称を名付けてくれたロンドに礼を述べていた。
ロンドは何も言わず、呵々と喉を鳴らして笑うだけだった。
――そこは応接間なのだろう。
ロンドたちが腰掛けるロングソファ。その前に同サイズのテーブルが据え置かれ、反対側には対となるロングソファが向かい合わせに並んでいた。
いわゆるお誕生日席にも、一人掛けのソファが一対ある。
その上座にグレンを招待した人物が座っていた。
反対側の下座は主賓席――招かれたグレンのための席のようだ。
そこへ座る前にグレンは招待した主へ声を掛ける。
『アンタが……そうなのか?』
『はい、そうですよ。虞錬くん、お待ちしておりました』
その人物は両腕を広げて立ち上がり、グレンを迎えるポーズを取った。
『アシュラ・ストリートでは何度も顔を合わせて挨拶も済ませておりますが、現実でお目に掛かるのは初めてですね。改めて自己紹介いたしましょう』
アルカイックスマイルで話し掛けてくる。
『私はD・T・G――ドラクルン・T・ギガトリアームズと申します』
穏やかな口調の紳士は笑顔を崩さずに続けた。
『近しい者からは“開闢の未来神”――とも呼ばれておりますよ』
応援ありがとうございます!
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