道参人夜話

曽我部浩人

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第二夜   応声虫

第1話 極道

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 源信一郎みなもとしんいちろうは途方に暮れていた。

「先生、どこかお加減でも悪いんですか?」

 そう呼ばれて畏まる。

 大学でも非常勤講師をしてても、先生なんて呼ばれたことはない。信一郎を先生呼ばわりするのは、その異能を知る人間ぐらいのものだ。

「い、いいえ! す、少し考え事をしてただけです!」

 周囲を窺うように信一郎は眼を泳がせる。

 その信一郎のご機嫌を損ねまいと緊張する周囲の一同。

 正直つらい。今すぐにでも逃げ出したい。

 都内某所──日本の暗黒街の一角を担う、ある組織が所有するビル。

 表向きは金融関係の事務所を装っているが、その内装はこれ見よがしにヤクザな装丁そうていが施されていた。刑事ドラマで見たまんまである。

 応接室で黒革のソファに縮こまる信一郎。

 それを取り囲むのは、明らかにカタギではない荒くれ者たち。

 彼等は信一郎をお姫様のように扱ってくれたが、物々しい風体の男たちに上げ膳据え膳で持ち上げられるのは、脅されるのとは違う恐ろしさがあった。

 ──事の発端は二時間前に遡る。

 信一郎が仕事を終えて大学から出てきた途端、正門前に停まっていた黒塗りの車から数人の怖そうなお兄さんたちが降りてきた。

 彼らは外見に似合わない丁寧な物腰で、「お迎えに参りました」と挨拶したかと思えば、強引に信一郎をこの事務所へと連行したのだ。

 そして――現在に至る。

 微動だにしない信一郎にヤクザたちも落ち着かないようだ。

「先生、緑茶に和菓子はお気に召しませんでしたか?」

 ヤクザの一人が、恐る恐る問い掛けてくる。

 信一郎が「いいえ」と言うよりも早く、周囲が一斉に喚いた。

「だから言ったんじゃ兄貴! 先生のようなお人には紅茶にケーキじゃと!」
「ワシ、ちょっくら駅前のサンジェルマンまでひとっ走り行ってきやすぜ!」
「おう行ってこい! 一番いいところを包ませてくんだぞ!」

 慌ただしくなるヤクザたちの迫力に、信一郎は発言する勇気も失せた。

 しかも、またもや女性と勘違いされている模様。

 ちゃんとスーツを着込んでいても、必要以上に伸ばしたロングヘアに舞台俳優だった母親にそっくりな女顔が世間の目を欺いてしまう。

 女性みたいな我が身を呪いたい。

 あと、叶うのならば今すぐお家に帰りたい。

 泣きたい信一郎と浮き足立つヤクザたち──その時、扉が開いた。

 現れたのは、尋常ならざる気を放つ長身の男だった。



 仕立ての良いブラックスーツの上に、重厚な鉄片で甲冑のように飾られた重々しいロングコートを羽織る。踏み締める足は重々しいのに物音一つさせず、鷹を思わせる眼差しをぐるりと室内に巡らせる。

 その威厳ある眼光に、ヤクザたちは背筋を正して畏まった。

 彼の眼差しは信一郎を認めると和らいだ。

「よお先生、わざわざ呼び出しちまってすまねえな」

 ざっくばらんな髪の男前が穏やかに微笑むと、頬の大きな刀傷も歪む。

 そんな刀傷を持つ男など、信一郎の知り合いに一人だけだ。

「と、とおるさんじゃないですか」

 白山通しらやまとおる──信一郎が持つ特殊な一面での知人だった。

「じゃあ、私を呼んだのは……」

 白山はバツが悪そうに頭を掻き毟った。

「いや、先生を巻き込むつもりはなかったんだけどなぁ……」

「──拙僧でございやすよ」

 大柄な白山の背後から、魔を差すよう声が聞こえてくる。

 体中に身に付けた数珠を鳴らし、自分の身の丈を越える錫杖を手に、矮躯で少年のような見た目をした僧形の小男がゆっくりと現れる。

「……幽谷響やまびこ、また君か」

 そうだった──忘れていた。

 信一郎が面倒事に巻き込まれる時、必ずこの男が絡んでいるのだ。

 落胆する信一郎に、幽谷響はニヤリと微笑んでいた。

 ──この世に六道あり。

 地獄道、餓鬼道、畜生道、人間道、修羅道、天上道──これを六道という。

 現世を生きる者は、六道いずれかを歩くことを余儀なくされる。

 だが、それを良しとせず──己の道を見出す者がいた。

 道より外れるは外道と呼び、道より堕ちるを魔道と呼ぶ。

 外道とは──人の道を踏み外し、魔の深みにはまり、異形へと変貌した者。
 魔道とは──人の道を踏み越えて、己の信念のみで邁進まいしんする異能の者。

 魔道を歩む者は異常の術を学び、永劫に果てぬ道へ参る異能の人々。

 ある者は森羅万象を統べる叡智を説き、ある者は空想の領域を具現化する。



 果てなき道へ堕ちるが魔道──ゆえに『魔道師』と称される。


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