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第四夜 びしゃがつく
第1話 托鉢NOW
しおりを挟む幽谷響はポツンと立ち尽くしていた。
茜色に染まる夕暮れ時、帰路に着く人々で賑わう駅前広場。
古臭い網代笠を目深に被り、子供と比較しても劣る矮躯に薄汚れた僧衣を着て、右手の鈴を鳴らしては、左手に持った鉢で布施を募っている。
托鉢をしているようだが、彼が真っ当な僧侶かは疑わしい。
幽谷響の前に人影が立ち止まり、手の鉢に五円玉を落とした。
「おありがとうございやす」
お辞儀して礼を述べつつ鈴を鳴らすと、笠を反らすように顔を上げ、恵みを施してくれた人物の顔を見上げた。愛想良さそうに微笑む。
営業スマイルのつもりなのだ。
しかし、その顔は異相である。
明らかに童顔なのだが、言い知れない老獪さがあった。
喉から発する言葉は鉛のように重く、聞く者の魂にのし掛かる。
神経の弱い人間なら耳にしただけで鬱になるだろう。
しかし、布施をした人物はそんなもの意にも介さなかった。
「……こんなところで何をやってるんだ、君は」
信一郎の姿を認めて、幽谷響は素に戻った。
「おや、先生じゃありやせんか」
民俗学者、源信一郎は忌々しそうに苦笑いを浮かべる。
線の細い身体にタイトな黒いスーツを着込み、背の半ばまで届いた長髪。生まれ付いての美貌は女顔なため、誰が見ても美しいキャリアウーマンだ。
だが、生粋の男性である。
若輩ながら大学の非常勤講師であり、幽谷響の下宿先の大家でもあった。
下宿先というのは少し違うかも知れない。祖父から継いだ信一郎の屋敷に、幽谷響が勝手に転がり込んできただけだ。
試しに一度だけ「家賃を払え」と脅してみたら、出任せで口にした金額の十倍の現金をポンと寄越してきたので、追い出す口実も失ってしまった。
以来──この男は我が物顔で住み着いている。
とは言うものの、いつも家にいるわけではなく、ふらりと旅立ったり、不意に帰ってきたりする。根無し草とはよく言ったものだ。
家にいない時はどんな悪事に手を染めてるのかと思いきや──。
「まさかエセ坊主になって善良な市民から金品を巻き上げていたとはね」
「言いたい放題に言ってくれやすな」
幽谷響は開き直った悪童のようにニタニタと笑った。
「拙僧は曲がりなりにも出家した身。今でこそ本山や宗派の面々は各地に散り、その教えのなんたるかは歴史の趨勢に消えやしたが、日々これ修行であると肝に銘じておる次第。ならば托鉢も修行の一環にございやす」
「いや、御託はどうでもいいんだよ」
信一郎は幽谷響に近付き、重たそうな僧衣の袂を持ち上げた。
ジャラジャラと小銭の重たそうな音が聞こえる。この感触だけでも相当の量だ。紙の音もするところから、紙幣もかなり混じっているらしい。
幽谷響に顔を近付け、叱りるように問い詰めた。
「……大方、その鈴の音に仕掛けているんだろう? 罪悪感を募らせて罪滅ぼしをしたくなるような気分にさせる音色でも絡ませてね。普通に托鉢したってこの金額は稼げないからね」
「さすがは先生、御名答でございやす」
嫌々ながらも付き合いは長い。見透かして当然である。
「しかし、何も知らない一般人から金品を巻き上げているわけではございやせん。この恵みを施してくれた方々は、己が懐にある余剰な富を気付かず、それを持ち腐れさせておりやした。拙僧はそれに気付くよう促し、社会の片隅に埋もれていた金を掬い上げただけでございやすよ」
へ理屈を捏ねる幽谷響に、信一郎は適当な相槌で返した。
「はいはい、君の本業より百倍マシだからね。大目に見ておくよ」
本来、幽谷響が請け負う仕事は陰惨なものが多い。
そのほとんどが一般常識の埒外にある。裏社会や暗黒街、あるいはそれより深く根深い場所から依頼を引き受け、その異能を使って解決してしまうのだ。
場合によっては信一郎もその片棒を担がされていた。
彼等は──『魔道師』と称する異人。
天上道、修羅道、人間道、畜生道、餓鬼道、地獄道、以て六道。
あらゆる魂は輪廻転生を繰り返し、この六道を彷徨いながら悟りを目指すというのが仏教の理念。
しかし、この六道に背いて己だけの道を邁進する者──それが魔道だ。
あるべき正道から外れて、自分の求める技術だけを探求する。その異能は身震いするほど凄まじく、常識から逸脱した能力を体得した者が多い。
幽谷響が托鉢で鳴らしていた鈴の音にしても、彼にしてみれば小手先の子供騙しでしかないはずだが、やっていることは催眠術師どころではない。
──その本領たるや計り知れない。
その幽谷響は「先生のが恐ろしいじゃありやせんか」と笑う。
失礼な発言だが、信一郎は自分の能力も恐ろしかった。
「……最近見かけないと思ったら、こんなところで小遣い稼ぎかい?」
「なに、単なる座興でございやすよ。本命は──」
幽谷響の大きな耳がビクリと動き、獲物を見つけたようにニタリと笑う。
「──見つけやした」
信一郎は幽谷響の視線をなぞるように目線を動かした。
駅の階段から降りてくる人の群れ。
統一性がない老若男女の中、既知の人間を見出すのも難しい。
なのに、信一郎は幽谷響が見つけた人物を一目で見分けられた。
それは影──異様に濃いのだ。
従来、影とは薄ぼんやりとしたものだ。特に人間は日の光を透かすのか、他の物が形作る影よりも薄く感じられる。
なのに、彼女の影は周囲の人々より明らかに濃い。
墨で染めたように濃い影を引き摺る彼女に変わった様子はない。
しかし、その濃厚な影までも視野に入れると、重々しい運命を抱えているような印象を受けてしまう。
彼女を見付けた幽谷響も浮かない顔をしていた。
「ありゃいけやせん。予想以上に深刻……いや、最悪になっておりやすな」
「あの娘が……請け負った厄介事なのか?」
小声で尋ねる信一郎に幽谷響は頷き、口の端を限界まで釣り上げた。
「ええ、そうでございやす。『方相氏』の阿呆め、あんな状態になるまで見過ごすとは、何の為に正義の中枢に潜り込んでんだかわかりゃしねえ。もっと早く情報を寄越せば労せずに済んだものを……」
幽谷響は悪し様に陰口を叩いた。
口にした名前には信一郎も覚えがある。
悪・即・斬の『方相氏』──正義の味方を称する魔道師だ。
表向きは警察関係に勤めているらしい。
「彼絡みか……すると警察沙汰なのか?」
信一郎の問いに幽谷響は苛つきを隠そうとしなかった。
「ええ、そうでございやすよ。官憲の不手際が及ぼした一般市民への害悪、彼女はその被害者でございやす。拙僧はその尻拭いを押し付けられたんでさ。まったく、傍迷惑な話でございやすよ」
「それでも君のことだ、グチグチ言いながらも仕事はこなすんだろう?」
「それはそれでございやすからね。でなきゃ拙僧の立つ瀬がございやせん。しかし、あそこまで悪化してると仕掛けに手間を費やさねばいけやせん……ええい、重ね重ねに『方相氏』が恨めしい……」
幽谷響は愚痴るが、頭の中では策を弄しているようだった。
すると妙案でも浮かんだのか信一郎に向き直り、企む笑顔で誘ってきた。
「先生、ちと長期のお仕事を頼めやせんか?」
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