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第六夜 疱瘡婆
第1話 おてんば娘が降ってきた
しおりを挟む怪僧『幽谷響』──あらゆる音を統べる秘術を修めた魔道師。
魔道師とは、六道輪廻に背いて己だけの道を突き進む者。
常軌を逸した体現者たち。
そんな魔道師においてさえ、彼の才能は突出しているらしい。
誰にでも下手に接するが、その態度は不敵で不快で不貞不貞しい。
少年のようなのに老獪さを滲ませた面相、小柄というより矮小な体躯。
それが彼の身体的な特徴だった。
なにより特筆すべきは声──幽谷響の声は魂に滲みる。
その声は万人の魂をざわめかせ、安らげ、いらつかせ、落ち着かせ、際立たせ、狂わせる。如何様にするも幽谷響の気分次第だ。
音を統べ、声を操り、人々を幻惑する旋律を奏でる魔道師。
──それが幽谷響である。
その幽谷響が土下座をしていた。
「先生、また厄介なお仕事をお頼みしたいんでやすが……」
いつもの小生意気な口調ではない。なんとも申し訳なさそうである。
土下座されているのは幽谷響が居候を決め込んでいる屋敷の主人。
民俗学者──源信一郎。
生命を司る魔道師『木魂』──それが信一郎の魔道師としての肩書きだ。
魔道が縁で幽谷響と知り合い、いつの間にか図々しくも屋敷に住み着かれてしまった苦労人である。
信一郎は魔道師でこそあるものの、その感性は一般人に等しい。
とある事情から先代『木魂』より強制的に後継者とされたため、魔道師の自覚が薄いのだ。信一郎自身、魔道師という生き方には懐疑的である。
そんな信一郎を幽谷響は“仕事”と称して厄介事に引っ張り出そうとするので、その心証は極めて悪い。今日もまた“仕事”を頼みたいらしい。
信一郎は読んでいた学術書を閉じ、土下座する幽谷響をジト眼で見つめた。
「君が土下座をするってことは……またそういう仕事だよね?」
幽谷響が土下座で仕事を頼む時、それは『とても面倒な仕事を頼みたい』という合図なのだ。信一郎が嫌がること必至な仕事である。
「へい、誠に申し上げにくいんでございやすが……まずはこれを着ていただきたいんで……先生の琴線に直撃するのは覚悟してやすが……」
「ふざけるなあああああああああああああああああああああああああーっ!!」
幽谷響が衣装を差し出したと同時、信一郎は怒鳴り声を上げる。
「せ、先生! 如何されたのです!? 今の大声は何事ですか!?」
信一郎の大声を聞きつけて、金髪碧眼の美少女が居間へと駆け込んできた。
シラヤマ・ギガトリアームズ・T・ティアーナ・マイル。
──大魔道師『白山神通坊』の一人娘。
この春から都心の高校に通うため、信一郎の屋敷に居候する魔道師の少女だ。
居間に飛び込んできたマイルは眼を丸くしていた。
幽谷響は土下座のままガタガタ震えており、信一郎はある衣装を鷲掴みにして肩を怒らせ、荒い息を繰り返しているのだ。
一見したところでどんな状況かわかるわけがない。
「あの、先生……どうなされたのですか?」
「マイルちゃんか……いやね、幽谷響がまた私に仕事を頼んできたんだよ」
息を整えて自分を落ち着かせながら、信一郎は答えた。
「いつものことではないですか。なのに、その荒れ様は一体……?」
「うん、そうだよ。魔道師としての仕事なら、不本意ながら引き受けてやらないでもないさ。でもね……でも……」
信一郎は幽谷響から差し出された衣装を広げてマイルへと見せた。
「こんな格好でする仕事ってなんだよっ!?」
それはシックな色を基調とした女子高生の制服だった。
「いい年した男に女子高のブレザーを着ろってどんな罰ゲームだ!? もう魔道師とか関係ないだろ!?」
「先生ならイケやす! なんせ未だに女子大生と間違われ……すぶたっ!?」
何かほざこうとした幽谷響の頭を、信一郎は怒りのまま踏み潰した。
幽谷響の言いたいことはわかる。
信一郎は学生時代から全く変わっていないのだ。
ナチュラルメイクしたような肌に、女性からも憧れられる女らしい美貌。信一郎は100人に聞いたら100人が女性と答えるような女顔なのだ。
ある人物を真似したロングヘアが拍車をかけている。
その気になれば、『木魂』の能力で本当に女性化できるのも問題だった。
「そりゃあ魔道師として仕事を引き受ける時、変装の代わりに女性化するって言ったさ。でもな、私が女性扱いされるのが嫌いだって知ってるよな? 女装が大嫌いだって知ってるよな!?」
幽谷響は頭を踏まれたままで弁解する。
「し、仕方なかったんでございやすよ! どうしても女性の魔道師が都合つかなかったんで……女子校に潜入して調査する、そのための人手が都合つかなかったんで……先生はお怒りになると思いやしたが……」
「ふむ──私では駄目なのか?」
幽谷響の釈明をぶった切り、マイルは自分の胸に手を当てた。
「まだ現役とは言えないが、この春休みが終われば私も晴れて女子高生だ。いくら見目麗しいといえども先生はれっきとした男性なのだ。女子高生を演じきれるとは思えぬ。ならば、私の方が無難ではないか?」
マイルは信一郎のことをちゃんと男性として認識してくれていた。
それだけでもありがたい。感涙してしまいそうだ。
「考えないわけではありやせんでしたが、姫さんはその……目立ちすぎやす」
金髪碧眼の美少女──日本の女子校に潜入したら注目の的だろう。
「それに女子校に潜入するだけじゃありやせん。女子高生たちから話を聞いて回ってくるんでございやすよ? 謂わば情報収集の仕事ってことでさ。姫さん、それを目立たずにやり遂げる自信がございやすか?」
「うぬ……すまん、私には不向きのようだ」
戦闘能力に秀でた魔道師の娘、そういった裏方は不得手らしい。
「だからって私に振るのはおかしいだろう!?」
「拙僧 だって苦渋の決断なんでございやすよ! 手が足りてりゃ先生に頼みやせんぜ! 女子高生と言うには、さすがにとうがたってございやすからね!」
あろうことか幽谷響は逆ギレしたので、信一郎の堪忍袋の緒もブチ切れた。
「そうか……女子校に潜入できる魔道師がいればいいんだな?」
信一郎は幽谷響から足を退けると、その顔面を鷲掴みにして持ち上げた。
「だったら──君が女の子になればいいんだよ」
「な、何を仰ってるんでやすか先生っ!? 拙僧がそんなことできるわけ……」
「できるさ、私が何の魔道師か忘れたか?」
生命を司る魔道師『木魂』──生命力を操作し、生物を自在に変えられる。
自分の性別を変えられるのだから、他人の性別だって変えられるのだ。
受け継いだ『木魂』の能力を把握できてきたおかげで、最近できるようになった芸当である。ちなみに動物実験は初めてだ。
「ちょ、待っ……先生! それは勘弁なりやせんか!?」
「いいや、今度ばかりは勘弁ならん。安心しろ幽谷響、秋葉原を歩いたらオタク共が総動員で振り向くような萌える美少女にしてやるから。勿論、最近よく名前を聞く女性声優さんみたいな可愛い声にしてやるよ」
「せ、拙僧のアイデンティティが崩壊するーっ!?」
幽谷響はジタバタしながら、なりふり構わずマイルに泣きついた。
「姫さん、お助けを! このままじゃ姫さんらのお仲間にされちまいやす!?」
「ふむ、それはそれで第二の人生として謳歌すれば良いのではないか?」
「拙僧は女の子として生きてく自信がありやせん! 拙僧は今の自分が大好きなんでございやすよ! どうかお助けをーッ!?」
幽谷響は必死で助けを求めるが、マイルは尻込みしていた。
「いや、その、なんだ、幽谷響……そなたは顔面を封じられていて見えぬのだろうがな、今の先生は凄まじい状態で近寄りがたいのだ。髪をエメラルド色に染めて、悪鬼も退くような相貌をされておられてな……」
「げっ、まさかの修羅ヴァージョン!? 先生マジでございやすか!?」
本気も本気──もう怒りが臨界点を突破していた。
「さて、まずは女性ホルモンをたっぷり注入してやろうか……」
「ど、どうか御慈悲ををぉぉぉーっ!!」
信一郎が幽谷響の肉体改造に着手しようとした、正にその時である。
「──ウオンチューッ!?」
奇声と共に天井裏を突き破って、一人の女の子が落ちてきた。
落ちてきた少女は幽谷響を巻き込んで着地、彼を下敷きにして尻餅をついた。
「アイタタタ……天井薄いなーここ、おもいっきりお尻打っちゃった。ただでさえ大きめなのに、腫れたりしたらどうすんのよ……」
女の子は涙目でお尻をさすりながら独りごちていた。
円らと言うよりもまん丸の大きな瞳、愛らしくも少年のように活発そうな面相、ボリューム感のあるショートヘアにツバのない大きなキャスケット帽を被り、春とはいえまだ肌寒いのにショートパンツにニーソックスだけを履き、丈の短い薄手のジャケットという軽装だ。
そんな見た目のせいか、天井を破った割には軽そうな雰囲気がある。
しかし、スタイル的には身軽ではない。
胸や腰回りの発育が、同じ年頃の少女よりも豊かだった。
「あ、茜……茜ではないか?」
「え? あ、あれ? なんで……茜ちゃんが?」
驚きを隠せないマイルと信一郎に、茜は気楽に挨拶してくる。
「ヤッホー♪ プリンセス見習いなマイルにミラクルビューティホーなセンセーおひさー♪ あれ? ヤマビコの小っちゃいオッサンもいるって聞いてたんだけど……どっかいった?」
その幽谷響だが、茜の尻の下で完全に潰れていた。
~~~~~~~~~~~~~
炎と共に在る魔道師『火車』──火野煉次郎。
その一人娘にして『火車』の号を継承するであろう少女──火野茜。
マイルと同じく、この春から信一郎の屋敷に居候することになった女の子の一人である。そろそろ来るとは聞いていたのだが……。
「……だからって、なんで天井裏から登場するんだい?」
「いやーあれはねー、アカネさん的にはサプライズな再会を演出したつもりだったんだけどさー。アタシは羽毛のように軽いのに、センセーのお家の天井裏がもろかったんだねぇ……失敗しちゃった、てへっ♪」
破られた天井を直して居間を片付けてから、再び座卓についた一同。
信一郎の前に座った茜はただひたすら戯けており、反省する素振りすら見せなかった。こういうところはまるで成長していない。
以前、彼女の父親である煉次郎と一緒に仕事をしたことがあり、その時に茜とも出会っているのだが、その頃から彼女はこんな感じだ。
お調子者というか能天気というか……お気楽極楽なのだ。
だらしなく座る茜の横、きちんと正座するマイルが溜め息を吐いた。
「まったく……茜よ、そなたは良くも悪くも変わらぬな」
「なによー。マイルだって優等生ぶったお姫様っぷりがますます板に付いてきたんじゃないのー?」
悪態をつきあっているが、言葉にイヤミがまったくない。
親しい友人同士で茶化し合っている、そんな感じで微笑ましかった。
「そういえばマイルちゃんと茜ちゃんは友達だったね」
「はい、中学生時代に些か縁がありまして……」
マイルの説明を取り上げるように、茜が彼女に肩を組んで話し始めた。
「会った頃はケンカばっかしてたんだけどさ、なんだかんだで仲良くなっちゃって、今じゃ前世からのソウルメイトって感じだもんねー♪ あ、アリスも仲間に入れてやンなきゃ可哀想かな?」
「うむ、アリスも我々の友だ。私は妹のように想っているぞ」
朱雀院アリス──彼女もこの春から居候することになっている。
「えー? あんな口が悪くって大食らいで怪力バカな妹、アタシいらなーい」
「……茜、それをアリスの前で言うでないぞ?」
「だってホントのことじゃん。それにマイルには『姉様姉様姉様ー♪』って懐くけど、アタシなんか年上なのに呼び捨てよ呼び捨て。可愛げなんてありゃしない。ツンデレのデレ抜きって感じ?」
実際、アリスは人見知りが激しかった。
懐く人には甘えるように懐くのだが、嫌いな人間には徹底して冷たいのだ。
「あはははは……まあ、アリスちゃんは転校の手続きで少し遅れるって連絡があったよ。今週中にはやってくるんじゃないかな。楽しみにしてるといい」
「──ところで茜嬢」
今まで黙っていた幽谷響が不意に口を挟んできた。
落ちてきた茜の尻餅の下敷きにされてから、ピクリとも動かなかったのだが、どうやら回復したらしい。
むしろ女の子にされなかったことに感謝しているようだ。
「瓢箪から駒というか、渡りに船と申しやしょうか、嬢が来てくれたおかげで拙のアイデンティティは救われやした……ついでと言っちゃあなんでやすが、一仕事頼まれちゃくれやせんか?」
なるほど、例の女子校に潜入する仕事を茜に任せたいらしい。
茜も可愛いけれどマイルほどは目立たない。
それにこの通りのお調子者な性格、違和感なく場に溶け込むことにも慣れている。適任といえば適任だろう。しかし──。
「えー、ヤマビコの仕事って面倒臭いの多いからキラーイ。パース」
この娘、ワガママで気まぐれだから扱いづらいのだ。
「報酬ということでお小遣いはたーんと弾みやすぜ? 欲しいものも買って差し上げやしょう。ゲームハードだろうとソフトだろうとお望みのままですぜ?」
「マジで!? じゃあやるー♪」
ただし、ちゃっかりしている。おまけに現金だった。
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