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二日目

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 薄明の中、島全体がまだ青い霧に包まれた、午前五時。

 誰よりも早く目覚めて、ランニングウェアに着替えたリクは、物音を立てずに洋館を出て、軽い準備運動のあと、走り出す。

 毎朝十キロのランニングは彼の日課であって、ここ数年は盆正月でも欠かしたことがない。

 フェリー乗り場あたりまでを往復すればちょうどいい距離になるだろうと見当をつけて、濃い霧の漂う海沿いの道を軽快に走っていく。

 この時間は自動車も通らないだろうと高をくくって、車道の真ん中を走っていると、まもなく、あの奇妙な外観の研究所が、霧の向こうに姿を現す。

(エヌバイオファーマ、っていったか。東京に本社がある製薬会社が、わざわざこんな島に、こんなデカい研究所を建てるなんて……)
(なんとなく、キナ臭いが……、まあ、俺には関係ないな)

 製薬会社がこの島を選んだのにはそれ相応の理由があるのだろうが、それを突き止めたところで、一銭の得にもなりはしない。

 リクは、軽く肩をすくめると、少しスピードをあげて研究所のそばを通り過ぎた。

 それから、さらにしばらく走り、細長い岬を回る急なカーブを越えたところで、突然、霧の中から、黒い人影がぬっと姿を現した。

「っ!!」

 リクは驚いて思わず足を止めるが、相手はこちらに気づいているのかいないのか、背中を向けたまま、ゆっくりと町へ向かって歩いていく。

 黒のTシャツを着たその五十代くらいの男は、真直ぐ前を見つめたまま、まるで軍隊の行軍であるかのように、姿勢よく、規則正しく、しかし、やけにノロノロと前進を続ける。

(島民、だよな……。朝の散歩か?)

 リクが視線を転じると、男の前方十メートルほどのところに、またひとり、今度は黒のタンクトップ姿の三十代くらいの女が、やはり男と同じ姿勢、同じペースで、町へ向かって歩いている。

(なんだよ、これ……)

 霧の向こうに目を凝らすと、その女の前にも、さらに人が、その前にもまた人がいて、皆一定の間隔を空けて、町へ向かって、ノロノロと歩いている。

(この島では、菜食主義のほかに、早朝のウォーキングも流行ってるのか……?)

 島民たちのどこか奇妙な行進を眺めているうちに、ふいに寒気を覚えてぶるりと身体を震わせたリクは、何かを振り払うように腕を大きく動かし、ふたたび走り出す。

(何をビビってるんだ、俺?)

 苦笑しつつ一気にスピードをあげて、前にいた男を、それから女を、あっさり追い越すと、急に、あたりの霧が薄くなってきた。

 それから、突如、前方に現れた光景を目にして、

「っ!?」

 今度こそ、明確な恐怖を覚えて、リクはその場に立ちすくんだ。

(なんなんだよ、これ……っ!)

 なんと、島民のその不気味な行進は、まだはるか先にある町まで続いていて、やたらと間隔の広い一列縦隊をなしている人間の数は、少なく見積もっても、三百人以上はいた。

 誰ひとり私語もなく、全員が一糸乱れぬ動きで、のろのろと前進を続けていくその姿は、全身の毛が残らず逆立つような、おぞましい嫌悪感をリクに与えた。

 行進しているのは、だいたい十代後半から五十代くらいまでの人間だけで、幼い子供や老人の姿は見えない。

(こいつら、どこから来たんだ?)

 思わず後ろを振り返って、いまは突き出た岬の後ろに隠れてしまったあの研究所を脳裏に浮かべる。
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