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Ep.01
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中学二年生の二月。
それは、人生で最も「自意識」という病が重篤化する時期だ。
教室の空気は、バレンタイン一色に染まっている。
女子たちは休み時間のたびに集まって、「誰にあげるか」「手作りか市販か」「告白するか」という作戦会議を開いている。
私は、その輪に入りながらも、心の中で冷めた視線を送っていた。
(みんな、必死だなあ)
彼女たちは、自分が「物語のヒロイン」になれると信じて疑っていない。
チョコを渡せば、ドラマみたいな奇跡が起きると本気で思っている。
でも、私は違う。
私はもう少し冷静で、客観的だ。
奇跡なんて起きないことは知っている。
それでもチョコを渡すのは、恋がしたいからじゃない。
「その他大勢のモブキャラ」から、「名前のある登場人物」に昇格したいからだ。
ターゲットは、サッカー部の先輩。
三年生の神谷先輩。
部活のエースで、背が高くて、ちょっとダルそうな喋り方が人気の人。
私は女子マネージャーの一人として、彼の近くにいる。
「タオルちょうだい」「はい」
「スポドリ薄くない?」「すいません」
そんな業務連絡だけの関係。
彼にとって私は「マネージャーA」であり、それ以上でも以下でもない。
それが、無性に腹立たしい。
好きかと言われれば、正直わからない。
ただ、彼が他の女子(特に同級生の可愛い子)と話している時の、あの「個として認識している目」を、私にも向けてほしい。
「お前は特別だ」とまでは言わなくてもいい。
せめて「お前は他の奴とは違うな」くらいには思われたい。
そのための作戦が、これだ。
【二月十三日・フライングゲット作戦】
バレンタイン当日の十四日は、戦場だ。
ライバルたちが群がり、チョコの山ができる。
その中に私のチョコを置いても、ただの「山の一部」にしかならない。
埋もれる。
モブのまま終わる。
だとしたら、時間をずらせばいい。
前日の十三日。
まだ誰も動いていない、静寂の時間。
そこで渡せば、私は「最初の一人」になれる。
「え、明日じゃなくて今日?」と驚かせることができる。
その驚きは、強烈なインパクトとして記憶に残るはずだ。
「マナ、今日部活出る?」
友達に聞かれて、私はあくびをして見せた。
「んー、出るよ。先輩たち引退したけど、たまに来るらしいし」
あくまで「ついで」を装う。
でも、カバンの中には、昨日の夜遅くまでかかって焼いたクッキーが入っている。
重すぎないように、市販のキットを使った。
でも、「手作り」という既成事実は作れる。
メッセージカードには、「受験お疲れ様です。これ食べて合格パワーつけてください」と書いた。
「好き」とは書かない。
「応援」という大義名分を掲げて、安全圏から刺す。
放課後の部室。
今日は一、二年生の練習日だけど、三年生も数人顔を出すと聞いている。
私は誰よりも早く部室に行き、鍵を開けた。
誰もいない。
部室特有の、制汗スプレーと土の匂いが混じった空気が、私の心臓を加速させる。
ここだ。
彼が来るのは、だいたい一番早い。
家が近いからだ。
他の部員が来る前の、数分間の空白。
そこが私のステージだ。
カバンから、ラッピングされた袋を取り出す。
透明な袋に、猫のシール。
中には完璧なきつね色に焼けたクッキーが五枚。
これを受け取った時の彼の顔を想像する。
「お、マジ? 明日なのに?」
驚いた顔。
そして、
「マナは気が早いなー」
と笑う顔。
その瞬間、私は「マネージャーA」から、「ちょっと変わった面白い後輩」にクラスチェンジする。
物語の「登場人物」として、彼のエンドロールに名前が載る。
ガラッ。
引き戸が開く音がした。
来た。
足音でわかる。
少し引きずるような、気だるげな歩き方。
神谷先輩だ。
私は深呼吸をして、袋を背中に隠した。
さあ、幕開けだ。
私の完璧な脚本を、今ここで上演する。
これは恋の告白じゃない。
私の存在証明をかけた、一世一代のプレゼンテーションなのだ。
それは、人生で最も「自意識」という病が重篤化する時期だ。
教室の空気は、バレンタイン一色に染まっている。
女子たちは休み時間のたびに集まって、「誰にあげるか」「手作りか市販か」「告白するか」という作戦会議を開いている。
私は、その輪に入りながらも、心の中で冷めた視線を送っていた。
(みんな、必死だなあ)
彼女たちは、自分が「物語のヒロイン」になれると信じて疑っていない。
チョコを渡せば、ドラマみたいな奇跡が起きると本気で思っている。
でも、私は違う。
私はもう少し冷静で、客観的だ。
奇跡なんて起きないことは知っている。
それでもチョコを渡すのは、恋がしたいからじゃない。
「その他大勢のモブキャラ」から、「名前のある登場人物」に昇格したいからだ。
ターゲットは、サッカー部の先輩。
三年生の神谷先輩。
部活のエースで、背が高くて、ちょっとダルそうな喋り方が人気の人。
私は女子マネージャーの一人として、彼の近くにいる。
「タオルちょうだい」「はい」
「スポドリ薄くない?」「すいません」
そんな業務連絡だけの関係。
彼にとって私は「マネージャーA」であり、それ以上でも以下でもない。
それが、無性に腹立たしい。
好きかと言われれば、正直わからない。
ただ、彼が他の女子(特に同級生の可愛い子)と話している時の、あの「個として認識している目」を、私にも向けてほしい。
「お前は特別だ」とまでは言わなくてもいい。
せめて「お前は他の奴とは違うな」くらいには思われたい。
そのための作戦が、これだ。
【二月十三日・フライングゲット作戦】
バレンタイン当日の十四日は、戦場だ。
ライバルたちが群がり、チョコの山ができる。
その中に私のチョコを置いても、ただの「山の一部」にしかならない。
埋もれる。
モブのまま終わる。
だとしたら、時間をずらせばいい。
前日の十三日。
まだ誰も動いていない、静寂の時間。
そこで渡せば、私は「最初の一人」になれる。
「え、明日じゃなくて今日?」と驚かせることができる。
その驚きは、強烈なインパクトとして記憶に残るはずだ。
「マナ、今日部活出る?」
友達に聞かれて、私はあくびをして見せた。
「んー、出るよ。先輩たち引退したけど、たまに来るらしいし」
あくまで「ついで」を装う。
でも、カバンの中には、昨日の夜遅くまでかかって焼いたクッキーが入っている。
重すぎないように、市販のキットを使った。
でも、「手作り」という既成事実は作れる。
メッセージカードには、「受験お疲れ様です。これ食べて合格パワーつけてください」と書いた。
「好き」とは書かない。
「応援」という大義名分を掲げて、安全圏から刺す。
放課後の部室。
今日は一、二年生の練習日だけど、三年生も数人顔を出すと聞いている。
私は誰よりも早く部室に行き、鍵を開けた。
誰もいない。
部室特有の、制汗スプレーと土の匂いが混じった空気が、私の心臓を加速させる。
ここだ。
彼が来るのは、だいたい一番早い。
家が近いからだ。
他の部員が来る前の、数分間の空白。
そこが私のステージだ。
カバンから、ラッピングされた袋を取り出す。
透明な袋に、猫のシール。
中には完璧なきつね色に焼けたクッキーが五枚。
これを受け取った時の彼の顔を想像する。
「お、マジ? 明日なのに?」
驚いた顔。
そして、
「マナは気が早いなー」
と笑う顔。
その瞬間、私は「マネージャーA」から、「ちょっと変わった面白い後輩」にクラスチェンジする。
物語の「登場人物」として、彼のエンドロールに名前が載る。
ガラッ。
引き戸が開く音がした。
来た。
足音でわかる。
少し引きずるような、気だるげな歩き方。
神谷先輩だ。
私は深呼吸をして、袋を背中に隠した。
さあ、幕開けだ。
私の完璧な脚本を、今ここで上演する。
これは恋の告白じゃない。
私の存在証明をかけた、一世一代のプレゼンテーションなのだ。
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