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第2話:クリスマス飯共有
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「……寒っ」
コンビニの入り口横。
灰皿が撤去されて久しいスペースにある、薄汚れた赤いベンチ。
そこが私たちのクリスマスディナーの会場だった。
佐藤が買ってきた缶ビールとスパイシーチキン。
私が買った半額のショートケーキと缶チューハイ。
それらをベンチの上に並べる。
ベンチの塗装は剥げかけで、誰かがつけたガムの跡が黒くこびりついている。
「はい、乾杯」
「……どうも」
二度目の乾杯。
一度目は勢いでやったけど、冷静になると地獄絵図だ。
28歳の女が、会社の後輩でも恋人でもない、ただの同僚の男と、寒空の下でコンビニ飯。
通る人の視線が痛い。
カップルが「うわ、寒そ」と言いたげな目で見ていく。
うるさい。
あんたたちだって、数年後にはこうなってるかもしれないんだからな。
「うめー。やっぱ冬は肉だわ」
佐藤はチキンにかぶりつく。
口の周りが油でテカテカしている。
咀嚼音。
クチャクチャとまではいかないけど、骨の周りの肉をこそげ取る音がリアルだ。
「……冷めてるじゃん、それ」
「ん? まあな。でも猫舌だからちょうどいいわ」
佐藤は呑気に笑う。
その笑顔が、妙に腹立たしい。
なんでこの状況で、そんなに幸せそうなの?
私は自分の分のチキン(なぜか彼が奢ってくれたやつ)の包みを開けた。
湯気はもう立っていない。
一口齧る。
衣が湿気っている。
肉は硬くなり始めている。
スパイスの味だけが舌を突き刺す。
……不味い。
いや、味自体はいつものファミチキだ。
でも、「イブに男と食べている」という状況が、この味を惨めさの味に変換している。
「お前さ、彼氏いねーの? 意外とモテそうなのに」
「そういうセクハラまがいの質問、会社以外ならOKだと思ってません?」
「へいへい、失礼しましたー」
佐藤はビールの空き缶を揺らして、残り少ない液体お飲み干した。
そして、私のショートケーキを見た。
「ケーキ、食わねえの?」
「……食べるわよ」
私はプラスチックのスプーンを取り出した。
箱の中で、少し傾いたイチゴのショートケーキ。
半額シールが、まるで私の値札みたいに貼られている。
「あーん、とかしねーの?」
「殺すよ」
「怖っ!」
私はケーキの角を掬って、口に入れた。
生クリームの甘さと、スポンジのパサつき。
コンビニスイーツ特有の、植物油脂の味がする。
……ああ、これだ。
私が求めていたのは、高級ホテルのディナーでも、手作りの温かい料理でもない。
この、手軽で、安っぽくて、体に悪そうな味。
これが私の身の丈なんだ。
隣の佐藤を見る。
彼は私のケーキをじっと見ている。
物欲しそうな犬みたいに。
「……食う?」
「いいの!? やった!」
私が差し出した箱から、彼はなんと指で、直接スポンジの端をつまんで口に入れた。
「甘っ! うめー!」
「……汚いなぁ、もう」
指についたクリームを舐める彼を見て、私は溜息をついた。
でも、不思議と嫌悪感はなかった。
むしろ、その無作法さが心地いい。
綺麗に飾らなくていい。
上品に振る舞わなくていい。
ただ、欲求のままに食って、飲んで、笑う。
彼が吐く息が白い。
街灯の光に照らされて、その息が生々しく揺れる。
生きている、という感じがする。
私は残りのケーキをかきこんだ。
喉が詰まりそうになって、チューハイで流し込む。
炭酸が喉を焼く。
「……ねえ佐藤」
「ん?」
「来年はさ、もっとマシなもん食おうね」
「お、来年の予約入りましたー」
佐藤はおどけて敬礼した。
来年。
そんな約束、守れるわけがない。
どうせ来年も、私たちはここで、冷めたチキンを齧っている。
でも、それが一番似合っている気がして。
私は、口の端についたクリームを指で拭った。
甘くて、油っぽくて、少し涙の味がした。
ベンチの下には、彼が捨てたチキンの骨が転がっていた。
まるで、私たちの青春の残骸みたいに、白く光っていた。
(第2話 終わり)
コンビニの入り口横。
灰皿が撤去されて久しいスペースにある、薄汚れた赤いベンチ。
そこが私たちのクリスマスディナーの会場だった。
佐藤が買ってきた缶ビールとスパイシーチキン。
私が買った半額のショートケーキと缶チューハイ。
それらをベンチの上に並べる。
ベンチの塗装は剥げかけで、誰かがつけたガムの跡が黒くこびりついている。
「はい、乾杯」
「……どうも」
二度目の乾杯。
一度目は勢いでやったけど、冷静になると地獄絵図だ。
28歳の女が、会社の後輩でも恋人でもない、ただの同僚の男と、寒空の下でコンビニ飯。
通る人の視線が痛い。
カップルが「うわ、寒そ」と言いたげな目で見ていく。
うるさい。
あんたたちだって、数年後にはこうなってるかもしれないんだからな。
「うめー。やっぱ冬は肉だわ」
佐藤はチキンにかぶりつく。
口の周りが油でテカテカしている。
咀嚼音。
クチャクチャとまではいかないけど、骨の周りの肉をこそげ取る音がリアルだ。
「……冷めてるじゃん、それ」
「ん? まあな。でも猫舌だからちょうどいいわ」
佐藤は呑気に笑う。
その笑顔が、妙に腹立たしい。
なんでこの状況で、そんなに幸せそうなの?
私は自分の分のチキン(なぜか彼が奢ってくれたやつ)の包みを開けた。
湯気はもう立っていない。
一口齧る。
衣が湿気っている。
肉は硬くなり始めている。
スパイスの味だけが舌を突き刺す。
……不味い。
いや、味自体はいつものファミチキだ。
でも、「イブに男と食べている」という状況が、この味を惨めさの味に変換している。
「お前さ、彼氏いねーの? 意外とモテそうなのに」
「そういうセクハラまがいの質問、会社以外ならOKだと思ってません?」
「へいへい、失礼しましたー」
佐藤はビールの空き缶を揺らして、残り少ない液体お飲み干した。
そして、私のショートケーキを見た。
「ケーキ、食わねえの?」
「……食べるわよ」
私はプラスチックのスプーンを取り出した。
箱の中で、少し傾いたイチゴのショートケーキ。
半額シールが、まるで私の値札みたいに貼られている。
「あーん、とかしねーの?」
「殺すよ」
「怖っ!」
私はケーキの角を掬って、口に入れた。
生クリームの甘さと、スポンジのパサつき。
コンビニスイーツ特有の、植物油脂の味がする。
……ああ、これだ。
私が求めていたのは、高級ホテルのディナーでも、手作りの温かい料理でもない。
この、手軽で、安っぽくて、体に悪そうな味。
これが私の身の丈なんだ。
隣の佐藤を見る。
彼は私のケーキをじっと見ている。
物欲しそうな犬みたいに。
「……食う?」
「いいの!? やった!」
私が差し出した箱から、彼はなんと指で、直接スポンジの端をつまんで口に入れた。
「甘っ! うめー!」
「……汚いなぁ、もう」
指についたクリームを舐める彼を見て、私は溜息をついた。
でも、不思議と嫌悪感はなかった。
むしろ、その無作法さが心地いい。
綺麗に飾らなくていい。
上品に振る舞わなくていい。
ただ、欲求のままに食って、飲んで、笑う。
彼が吐く息が白い。
街灯の光に照らされて、その息が生々しく揺れる。
生きている、という感じがする。
私は残りのケーキをかきこんだ。
喉が詰まりそうになって、チューハイで流し込む。
炭酸が喉を焼く。
「……ねえ佐藤」
「ん?」
「来年はさ、もっとマシなもん食おうね」
「お、来年の予約入りましたー」
佐藤はおどけて敬礼した。
来年。
そんな約束、守れるわけがない。
どうせ来年も、私たちはここで、冷めたチキンを齧っている。
でも、それが一番似合っている気がして。
私は、口の端についたクリームを指で拭った。
甘くて、油っぽくて、少し涙の味がした。
ベンチの下には、彼が捨てたチキンの骨が転がっていた。
まるで、私たちの青春の残骸みたいに、白く光っていた。
(第2話 終わり)
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