【短編】冷めたチキンの味

月下花音

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第3話:LINE交換の罠

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 宴のあと。
 私たちはコンビニのゴミ箱に、空き缶とケーキの箱を捨てた。
 カラン、という軽い音が、クリスマスの終了を告げるゴングみたいだった。

「じゃ、帰るか」
「うん」

 駅に向かう道で別れるはずだった。
 でも、佐藤が立ち止まって、ポケットをごそごそと探り始めた。

「……あのさ」
「何?」
「連絡先、交換しね? 一応、戦友だし」

 戦友。
 上手いこと言うな、こいつ。
 確かに私たちは、クリスマスイブという戦場を、コンビニ飯という貧弱な武器で生き延びた戦友かもしれない。

「スマホ、充電切れそうなんだけど」
「マジ? じゃあこれ」

 佐藤は財布から、さっきのレシートを取り出した。
 クシャクシャになった、油染みのついたレシート。
 そこに彼は、ボールペンで殴り書きをした。
 IDだけ。

「はい。検索して」
「……アナログ」
「充電切れそうなんだろ?」

 私はその汚い紙切れを受け取った。
 『ファミチキ(骨なし)』という文字の上に、彼のIDが重なっている。
 不吉すぎる。

 家に帰って、スマホを充電器に繋ぐ。
 画面が明るくなるのを待って、私はIDを入れた。
 『sato_kazu1995』
 誕生日入れてる。ダサい。

 アイコンは、ラーメンの画像だった。
 どこまでも生活感しかない男だ。

 『追加しました。さっきはどうも』
 とりあえず送る。
 既読は瞬時についた。

 『おう。無事帰れた? ケーキごちそうさん』
 『どういたしまして。チキン代、ちゃんと払ったっけ?』
 『もらったもらった。500円』

 他愛のない会話。
 普段なら、こんなラリーは面倒で既読スルーする。
 でも、なぜか指が止まらなかった。

 『明石家サンタ見てる?』
 『見てる見てる。今の電話のやつヤバくね?』
 『可哀想すぎて笑えない』

 部屋には私一人。
 テレビの音声と、スマホの通知音だけが響く。
 ピロン。
 ピロン。

 その音が、何かの中毒みたいに脳を刺激する。
 通知が来るたびに、画面を見る。
 ラーメンのアイコンが表示される。
 「佐藤」。
 どうでもいい男の名前。

 でも、その通知が来る瞬間だけ、私は「誰かと繋がっている」と感じられる。
 
 画面には指紋がついている。
 さっきチキンを食べた時の油かもしれない。
 ティッシュで拭いても、ヌルヌルして完全には落ちない。
 
 その脂ぎった画面をタップするたびに、自分の指先まで汚染されていく気がした。
 
「……私、何やってんだろ」

 深夜2時。
 番組が終わる頃、会話も途切れた。

 『そろそろ寝るわ。明日も仕事だし』
 『だね。おやすみ』
 『おやすみ。またコンビニで』

 またコンビニで。
 それが、私たちの新しい合言葉になった。

 スマホを置いて、天井を見上げる。
 部屋の隅に置いたままの加湿器が、シュウシュウと音を立てている。
 
 寂しさは消えた。
 でも、代わりに妙な渇きが残った。
 もっと通知が欲しい。
 もっと、どうでもいい会話で時間を埋めたい。
 
 コンビニのチキンの味が、胃の奥からこみ上げてくる。
 安っぽいスパイスの味。
 それが、恋の味だというなら、私はもう味覚が死んでいるのかもしれない。

 画面が暗くなったスマホを、もう一度タップする。
 通知はない。
 真っ黒な画面に、自分の疲れた顔が映っているだけだった。
 画面の光に照らされた毛穴が、ファンデーションの崩れで目立っている。目の充血が酷い。ドライアイ用の目薬が沁みて、涙みたいに見えるのが滑稽だ。

 私は布団を被った。
 スマホを握りしめたまま。
 これが、20代のクリスマスの末路か。
 笑える。

(第3話 終わり)
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