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第4話:年明けコンビニ依存
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年が明けた。
会社が始まり、また満員電車と残業の日々が戻ってきた。
変わったことといえば、私の帰宅ルートだ。
最寄り駅からアパートまでの間にある、あのコンビニ。
以前は「必要な時だけ寄る場所」だった。
でも今は、「必ず寄る場所」になってしまった。
夜22時。
自動ドアをくぐる。
「いらっしゃいませー」
店員のマニュアル通りの声。
私は雑誌コーナーへ向かうふりをして、店内を見渡す。
いない。
佐藤の姿はない。
チッ、と心の中で舌打ちをする。
今日は残業なしか? それとももう帰ったのか?
LINEすればいい。
「今コンビニいるけど」って送ればいい。
でも、それは負けな気がする。
あくまで「偶然会った」という体でないと、私のプライドが許さない。
私は買うつもりもないファッション誌を立ち読みする。
『春のモテコーデ』特集。
モデルが着ているパステルカラーのニットが、今の私には眩しすぎて吐き気がする。
こんな服着て、どこに行くの?
コンビニ?
5分経過。
来ない。
私は諦めて、ドリンクコーナーへ行く。
いつもの缶チューハイを取る。
ついでに、おつまみのチータラも。
レジに向かう途中、ホットスナックコーナーが目に入る。
ファミチキが一つだけ残っている。
カピカピに乾いた衣。
まるで、私を待っているみたいだ。
「……これもください」
店内に充満したフライヤーの油の臭いが、髪の毛一本一本にまとわりついてくる。酸化した油の臭い。これが私の香水代わりだ。
結局、買ってしまう。
一人で食べるファミチキは、ただの油っこい肉だ。
あのイブの夜、寒空の下で食べた時のような、背徳的な旨味はない。
店を出る。
冷たい風が吹く。
ビニール袋がガサガサと音を立てる。
その音が、私の心の空洞に響く。
「……依存してんなぁ」
自嘲する。
男に依存してるんじゃない。
「コンビニで偶然会う」というシチュエーションに依存しているんだ。
日常の中の、ほんの小さな非日常。
それが、今の私の唯一のエンタメになっている。
翌日。
また22時。
今度は、いた。
弁当コーナーで、パスタを物色している猫背のスーツ。
佐藤だ。
見つけた瞬間、心拍数が上がるのが分かった。
馬鹿みたい。
ただの同僚のおっさん(予備軍)なのに。
「……あ、お疲れ」
私は背後から声をかける。
わざとぶっきらぼうに。
「お! お疲れー。やっぱ会うな」
佐藤が振り返る。
その手には、大盛りのミートソースパスタ。
「今日も残業?」
「いや、今日は早上がり。でも飯作るの面倒でさ。お前は?」
「私は……まあ、ちょっとお酒とおつまみを」
「おっさんかよ」
軽口を叩き合う。
この数分の会話。
それだけのために、私は一日働いていたのかもしれない。
レジで並ぶ。
「ご一緒に温めますか?」
「お願いします」
電子レンジのブーンという低い音。
業務用の強力な電磁波が、パスタを加熱していく。
この音が好きだ。
冷え切った日常を、無理やり温めてくれる音。
「……また、外で食う?」
佐藤が小声で言った。
私は一瞬迷って、頷いた。
「寒いけどね」
「それがいいんじゃん」
私たちはまた、あの汚いベンチに座った。
彼はパスタを啜り、私はチータラを齧る。
会話はほとんどない。
ただ、隣に誰かがいて、咀嚼音が聞こえる。
それだけで、私の20代はギリギリのところで崩壊を免れている。
口の中に残る、保存料特有のケミカルな後味。
それが、私の日常の味だ。
もう、手作りの味なんて思い出せない。
このコンビニ依存が治る日は来るんだろうか。
いや、治らなくていい。
中年になっても、お婆ちゃんになっても、こうしてコンビニの前で誰かと飯を食っていたい。
そんな最低の願望が、頭をよぎった。
(第4話 終わり)
会社が始まり、また満員電車と残業の日々が戻ってきた。
変わったことといえば、私の帰宅ルートだ。
最寄り駅からアパートまでの間にある、あのコンビニ。
以前は「必要な時だけ寄る場所」だった。
でも今は、「必ず寄る場所」になってしまった。
夜22時。
自動ドアをくぐる。
「いらっしゃいませー」
店員のマニュアル通りの声。
私は雑誌コーナーへ向かうふりをして、店内を見渡す。
いない。
佐藤の姿はない。
チッ、と心の中で舌打ちをする。
今日は残業なしか? それとももう帰ったのか?
LINEすればいい。
「今コンビニいるけど」って送ればいい。
でも、それは負けな気がする。
あくまで「偶然会った」という体でないと、私のプライドが許さない。
私は買うつもりもないファッション誌を立ち読みする。
『春のモテコーデ』特集。
モデルが着ているパステルカラーのニットが、今の私には眩しすぎて吐き気がする。
こんな服着て、どこに行くの?
コンビニ?
5分経過。
来ない。
私は諦めて、ドリンクコーナーへ行く。
いつもの缶チューハイを取る。
ついでに、おつまみのチータラも。
レジに向かう途中、ホットスナックコーナーが目に入る。
ファミチキが一つだけ残っている。
カピカピに乾いた衣。
まるで、私を待っているみたいだ。
「……これもください」
店内に充満したフライヤーの油の臭いが、髪の毛一本一本にまとわりついてくる。酸化した油の臭い。これが私の香水代わりだ。
結局、買ってしまう。
一人で食べるファミチキは、ただの油っこい肉だ。
あのイブの夜、寒空の下で食べた時のような、背徳的な旨味はない。
店を出る。
冷たい風が吹く。
ビニール袋がガサガサと音を立てる。
その音が、私の心の空洞に響く。
「……依存してんなぁ」
自嘲する。
男に依存してるんじゃない。
「コンビニで偶然会う」というシチュエーションに依存しているんだ。
日常の中の、ほんの小さな非日常。
それが、今の私の唯一のエンタメになっている。
翌日。
また22時。
今度は、いた。
弁当コーナーで、パスタを物色している猫背のスーツ。
佐藤だ。
見つけた瞬間、心拍数が上がるのが分かった。
馬鹿みたい。
ただの同僚のおっさん(予備軍)なのに。
「……あ、お疲れ」
私は背後から声をかける。
わざとぶっきらぼうに。
「お! お疲れー。やっぱ会うな」
佐藤が振り返る。
その手には、大盛りのミートソースパスタ。
「今日も残業?」
「いや、今日は早上がり。でも飯作るの面倒でさ。お前は?」
「私は……まあ、ちょっとお酒とおつまみを」
「おっさんかよ」
軽口を叩き合う。
この数分の会話。
それだけのために、私は一日働いていたのかもしれない。
レジで並ぶ。
「ご一緒に温めますか?」
「お願いします」
電子レンジのブーンという低い音。
業務用の強力な電磁波が、パスタを加熱していく。
この音が好きだ。
冷え切った日常を、無理やり温めてくれる音。
「……また、外で食う?」
佐藤が小声で言った。
私は一瞬迷って、頷いた。
「寒いけどね」
「それがいいんじゃん」
私たちはまた、あの汚いベンチに座った。
彼はパスタを啜り、私はチータラを齧る。
会話はほとんどない。
ただ、隣に誰かがいて、咀嚼音が聞こえる。
それだけで、私の20代はギリギリのところで崩壊を免れている。
口の中に残る、保存料特有のケミカルな後味。
それが、私の日常の味だ。
もう、手作りの味なんて思い出せない。
このコンビニ依存が治る日は来るんだろうか。
いや、治らなくていい。
中年になっても、お婆ちゃんになっても、こうしてコンビニの前で誰かと飯を食っていたい。
そんな最低の願望が、頭をよぎった。
(第4話 終わり)
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