論理で恋を解く男が、星のように揺れる夜

月下花音

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第22話「僕の正しさを疑って」

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 午前3時の相談所。

 透は机に向かい、過去の処方箋を読み返していた。

 論理式、結論、処方箋。

 すべてが、正しく見える。

「正しさは、時に危険だ」

 透は小さくつぶやく。

 正しいと信じることが、間違いの始まりになる。

 ◆

 五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第22話。

 透は一通の手紙を手に取る。

 三ヶ月前に書いた処方箋だ。

『あなたの選択は、論理的に正しい』

 そう書いた。

 でも、その相談者から、返事が来ない。

「正しかったのか?」

 透は自分の文字を見つめる。

 論理は、合っている。

 でも、結果は、分からない。

 窓の外、星が揺れて見える。

 透は目をこする。

 また、だ。

 最近、視界が歪む。

 疲れているだけだ。

 そう、自分に言い聞かせる。

 ◆

 午後11時の相談所。

 透は新しい手紙を開いた。

 便箋には、丁寧な文字でこう書かれていた。

『藤原さんの処方箋を、いつも読んでいます。

 論理的で、正しくて、美しい。

 でも、私には疑問があります。

 藤原さんは、自分の正しさを疑ったことがありますか?

 正しいと信じることが、間違いの始まりではないでしょうか?

 私は、藤原さんの正しさを疑っています。

 それは、失礼でしょうか?

 28歳・男性』

 透は便箋に、震える文字で書き始めた。

『あなたの疑問は、正しいです。

 僕は、自分の正しさを疑ったことがあります。

 いや、疑うべきです。

 これまで僕は、何通もの手紙に「論理的に正しい答え」を書いてきました。

 でも、今夜、初めて気づきました。

 論理的に正しいことが、人生にとって正しいとは限らない。

 僕は他人を救おうとしてきました。

 でも、自分は救えていません。

 あなたは、僕の正しさを疑っています。

 それは、失礼ではありません。

 それは、僕を救う言葉です。

 だから、僕も疑います。

 僕の正しさを。

 僕の処方箋を。

 僕の存在を。

 疑ってくれて、ありがとう。

 これからも、疑ってください。

 それが、僕がここにいる意味です。

 藤原透』

 透は手紙を封筒に入れようとして、手が止まる。

「これで、いいのか?」

 透は自分の回答を読み返す。

 論理は、合っている。

 でも、何かが決定的に欠けている。

 透はペンを置いた。

 初めて、返事を書けない。

「俺の正しさを、疑え」

 その言葉が、胸を抉る。

 透は立ち上がり、棚の前に立つ。

 21通の恋が、静かに並んでいる。

 すべてに、論理的に正しい処方箋を書いた。

 でも、本当に正しかったのか。

 結果は、誰も教えてくれない。

 透は一通の手紙を取り出す。

 第1話の最初の相談。

『この人と一緒に星を見上げたいか?』

 透は自分の返事を思い出す。

『答えがYesなら、それがあなたの答えです』

 でも、透は自分の問いに答えていない。

 妹と、もう一度星を見上げたいか?

 答えは、Yesだ。

 でも、もう叶わない。

 だから、透は正しさを振りかざしてきた。

 正しければ、罪は薄れると信じて。

 透は膝をつく。

 初めて、机に突っ伏す。

「俺は、間違っていた」

 声にならない声で、つぶやく。

 誰も聞いていない。

 誰も、赦してくれない。

 透は引き出しを開ける。

 星座図に、手を伸ばす。

 指先が震える。

 触れる。

 埃が、舞う。

 雪の字が、指先に触れる。

 でも、ページは開かない。

 まだ、開けない。

 涙が、一滴、星座図に落ちる。

 インクが、滲む。

 透は星座図を閉じ、引き出しに戻した。

「ごめん」

 八年ぶりに、声に出した。

 でも、誰も聞いていなかった。

 透は相談所を出て、交差点に立つ。

 五つの道。

 どれも、正しくない。

 風が、冷たく吹き抜ける。

 星空が、揺れている。

 透は空を見上げる。

「僕の正しさを、疑って」

 誰に向かって言っているのか、自分でもわからない。

 でも、その言葉が、今の透のすべてだった。

(第22話完 次話へ続く)

 次回、透は「君が泣いた夜」を目撃する。
 そして、透の心が——君の想像する「崩壊」が、動き始める——。
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