論理で恋を解く男が、星のように揺れる夜

月下花音

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第21話「いま話してはいけないこと」

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 午後2時の古本屋。

 透は心理学の棚を整理していた。

 フロイト、ラカン、フーコー。

 沈黙を探求した学者たちの言葉が、静かに並んでいる。

「沈黙は、時に雄弁だ」

 透は小さくつぶやく。

 話してはいけないことがある。

 それは、誰にでもある。

 ◆

 五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第21話。

 店主の老人が、カウンターで黙っている。

 珍しい。

 いつもは、何か話しかけてくるのに。

「どうかしましたか?」

 老人は小さく笑った。

「いや、今日は話さない方がいい気がしてね」

 透は少し驚く。

「なぜですか?」

「話すと、壊れそうなものがあるんだ」

 透は黙る。

 沈黙の重さが、店内を満たす。

 夕方、透は川沿いを歩いていた。

 橋の上で、若いカップルが黙っている。

 言い争いの後だろうか。

 言葉が、出ない。

「いま話してはいけないこと、か」

 透は小さく笑う。

 話すと、壊れる。

 だから、黙る。

 ◆

 午後11時の相談所。

 透は机に向かい、新しい手紙を開いた。

 便箋には、震えた文字でこう書かれていた。

『付き合っている彼が、最近冷たく感じます。

 何が原因か分かりません。

 聞きたいけど、聞けません。

 聞いたら、壊れそうで。

 いま話してはいけないことが、あるのでしょうか?

 26歳・女性』

 透はペンを取り、ノートに書き込む。

「関係の安定度をS、沈黙の重さをW、恐怖の強度をFとする。

 だが、この式には本質が欠けている。

 沈黙は、時に関係を守る」

 透の手が止まる。

 窓の外、星空が見える。

 星は、何も言わない。でも、輝いている。

「いま話してはいけないこと、か」

 透は便箋に、丁寧な文字で書き始めた。

『あなたの悩みは、彼が冷たいことではありません。

 あなたの悩みは、「聞けない」ことです。

 でも、それは正常です。

 いま話してはいけないことが、あります。

 話すと、壊れることがあります。

 でも、問いを変えてみましょう。

「話さないことで、関係は守られるか?」

 答えがYesなら、今は黙ってください。

 答えがNoなら、話してください。

 沈黙は、時に関係を守ります。

 でも、沈黙は、時に関係を壊します。

 彼が冷たい。

 その理由を、聞きたい。

 でも、聞けない。

 その恐怖は、正常です。

 でも、聞かなければ、分かりません。

 いま話してはいけないこと。

 それは、本当にありますか?

 それとも、あなたの恐怖が作り出した幻ですか?

 勇気を出してください。

「最近、冷たいけど、何かあった?」

 その一言が、すべてを変えます。

 話すと、壊れるかもしれません。

 でも、話さないと、もっと壊れます。

 沈黙は、時に雄弁です。

 でも、言葉は、もっと雄弁です。

 藤原透』

 透は手紙を封筒に入れ、棚に置こうとする。

 だが、手が止まる。

「これで、いいのか?」

 透は自分の回答を読み返す。

 何かが、おかしい。

 論理は、合っている。

 でも、何かが、足りない。

「俺は、何を書いてるんだ」

 透は小さくつぶやく。

 その時、便箋に書かれた文字が、揺れて見えた。

 透は目をこする。

 疲れているのか。

 文字は、元に戻る。

 透は手紙を棚に置いた。

「気のせいだ」

 透は窓の外を見る。

 星空が、揺れて見える。

「疲れてるのか」

 透は小さく笑う。

 でも、笑えない。

 透は自分の胸に手を当てる。

 心拍が、速い。

 でも、何かが、おかしい。

 リズムが、不規則だ。

「いま話してはいけないこと、か」

 透は小さくつぶやく。

 透にも、ある。

 過去の真実。

 それは、いま話してはいけないこと。

 話すと、壊れる。

 透が、壊れる。

 透は机の引き出しを開ける。

 古い何かに、手を伸ばしかける。

 指先が震える。

 話してはいけないことが、そこにある。

 透は引き出しを閉めた。

 まだ、触れられない。

 透は相談所を出て、交差点に立つ。

 五つの道。

 どれを選んでも、話してはいけないことがある。

 風が、吹き抜ける。

 でも、風の音が、おかしい。

「ゆき」

 妹の名前が、聞こえる。

 透の頭の中から。

「俺は、どうかしてる」

 でも、心の奥で、何かが囁く。

「いま話してはいけないこと」

 それは、何だ?

 透は、まだ知らない。

 でも、知る日が、近づいている。

(第21話完 次話へ続く)

 次回、透は「僕の正しさを疑って」という言葉に向き合う。
 そして、透の論理が——君の想像する「正しさ」が、揺れ始める——。
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