論理で恋を解く男が、星のように揺れる夜

月下花音

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第60話 「信じるという暴力」

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 午前10時の相談所。

 透と美月は、机を挟んで座っていた。

 美月が話す。

「藤原さん、私……決めました」

 ◆

 五路交差点発、哲学者のほろにがログ。第60話。

 透は美月を見る。

「何を?」

 美月は涙を浮かべる。

「私、藤原さんから離れます」

 透の心臓が止まる。

「何を言ってるんだ……」

 美月は涙を流す。

「藤原さんは、私を信じてくれました」

「私の嘘を、許してくれました」

「私の過去を、受け入れてくれました」

 透は頷く。

「そうだ……だから……」

 美月は首を振る。

「だから、離れます」

 透は立ち上がる。

「どういうことだ……」

 美月は涙を拭う。

「藤原さんが私を信じてくれること」

「それが、私には暴力なんです」

 透の息が止まる。

「暴力……?」

 美月は頷く。

「はい……」

「藤原さんは、私を信じてくれます」

「でも、私は自分を信じられません」

「私は、また誰かを傷つけるかもしれない」

「私は、また藤原さんを苦しめるかもしれない」

「だから……」

 透は首を振る。

「そんなことない……」

 美月は涙を流す。

「あります……」

「私は、弱いんです」

「藤原さんの信じる力に、応えられないんです」

 透は美月に近づく。

「美月さん……」

 美月は後ずさる。

「だから、離れます」

「藤原さんを守るために」

 透は叫ぶ。

「守らなくていい!」

「俺は、君がいないと生きられない!」

 美月は涙を流す。

「でも……私は……」

 透は美月の手を掴む。

「美月さん、聞いてくれ」

「俺が君を信じることが、暴力だと言うなら」

「俺は、その暴力を振るい続ける」

 美月は透を見る。

「藤原さん……」

 透は涙を流す。

「俺は、君を信じる」

「君が自分を信じられなくても」

「俺は、君を信じる」

「それが、俺の愛だから」

 美月は泣き崩れる。

「でも……それは……」

 透は美月を抱きしめる。

「暴力でもいい」

「俺は、君を信じ続ける」

「君が逃げても、信じる」

「君が嘘をついても、信じる」

「君が俺を傷つけても、信じる」

 美月は透の胸で泣く。

「藤原さん……」

 透は美月の頭を撫でる。

「信じるという暴力」

「それが、俺の愛だ」

 ◆

 午後3時の相談所。

 透と美月は、窓の外を見ていた。

 空が青い。

 雲が流れる。

 美月が話す。

「藤原さん、私……まだ怖いです……」

 透は美月の手を取る。

「怖くていい」

「俺も、怖い」

 美月は透を見る。

「藤原さんも……?」

 透は頷く。

「俺も、怖い」

「君を失うのが、怖い」

「君を傷つけるのが、怖い」

「でも、それでも君を信じる」

 美月は涙を流す。

「どうして……そこまで……」

 透は小さく笑う。

「愛してるから」

「それ以外に、理由はない」

 美月は透の手を握り返す。

「私も……藤原さんを愛してます……」

「でも……怖いんです……」

 透は美月を抱きしめる。

「怖くていい」

「俺が、そばにいる」

「いつでも」

 美月は透の胸で泣く。

「ありがとうございます……」

 透は美月の頭を撫でる。

「謝らないでくれ」

「これは、俺が選んだことだから」

 二人は、しばらく抱き合っている。

 言葉はいらない。

 ただ、温もりだけ。

 ◆

 午後11時の相談所。

 透は机に向かっていた。

 美月は隣で眠っている。

 透が新しい手紙を開く。

 便箋には、丁寧な文字でこう書かれていた。

『信じることが、暴力になることはありますか?

 相手を信じすぎて、

 相手を苦しめることはありますか?

 分かりません。

 28歳・男性』

 透の手が止まる。

 これは、俺のことだ。

 透はペンを取り、便箋に書き始めた。

『信じることが、暴力になることはあります。

 相手が自分を信じられない時、

 あなたの信じる力は、相手を苦しめます。

 でも、それでも信じてください。

 それが、愛だから。

 愛は、時に暴力です。

 相手を縛ります。

 相手を苦しめます。

 でも、それでも愛してください。

 それが、あなたにできることだから。

 俺も、信じ続けます。

 相手が逃げても、信じます。

 相手が嘘をついても、信じます。

 相手が俺を傷つけても、信じます。

 それが、俺の愛だから。

 信じるという暴力。

 それを、振るい続けます。

 あなたも、信じ続けてください。

 それが、愛の形です。

 藤原透』

 透は手紙を封筒に入れ、棚に置く。

 透は美月を見る。

 美月が、穏やかに眠っている。

 透は小さく呟く。

「美月さん……」

「俺は、君を信じ続ける……」

「それが、暴力でも……」

 透は美月の手を取る。

「君が怖がっても、信じる」

「君が逃げても、信じる」

「君が俺を傷つけても、信じる」

 透は涙を流す。

「それが、俺の愛だから」

 美月が目を覚ます。

「藤原さん……?」

 透は美月を見る。

「起こしてごめん」

 美月は首を振る。

「大丈夫です……」

 美月は透の手を握る。

「藤原さん、ありがとうございます……」

「私を、信じてくれて……」

 透は小さく笑う。

「これからも、信じ続ける」

 美月は涙を流す。

「それが……暴力でも……?」

 透は頷く。

「暴力でも」

「俺は、君を信じ続ける」

 美月は透を抱きしめる。

「ありがとうございます……」

「私も……藤原さんを信じます……」

「怖いけど……信じます……」

 透は美月を抱きしめ返す。

「ありがとう」

 二人は、しばらく抱き合っている。

 窓の外に、星空が見える。

 雪が、笑っている気がした。

「お兄ちゃん、美月ちゃん、幸せになってね」

 雪の声が、聞こえた気がした。

 透は小さく呟く。

「ありがとう、雪」

「俺たちは、幸せになる」

「信じるという暴力を、振るい続けながら」

 美月は透を見上げる。

「藤原さん……?」

 透は首を振る。

「何でもない」

「ただ、雪に感謝してた」

 美月は小さく笑う。

「私も、雪ちゃんに感謝してます」

 二人は、再び抱き合う。

 信じるという暴力。

 それが、二人の愛の形。

 怖くても、苦しくても、

 信じ続ける。

 それが、愛だから。

(第60話完 第3章完結)

 
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