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2. バレンタインデー当日
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2月14日。
決戦の日。
朝から学校の空気が異常だ。
甘い。
物理的に甘い匂いが充満している。
教室に入ると、すでに友チョコの交換会が始まっていた。
「えー! アイリの可愛い~!」
「食べて食べて~♡」
「ラッピング凝ってる~!」
黄色い声が飛び交う。
ここは戦場だ。
私はカバンから、夜なべして量産した友チョコ(溶かして固めただけの何か)を取り出す。
タッパーに入れたまま配給するスタイルだ。
一人ひとりラッピングする金も時間もなかった。
「はい、これ」
「ありがとー! ミサキのは?」
「あ、ごめん。タッパーだから今食べて」
「えー(笑)ウケる」
乾いた笑い。
私のチョコは「ウケる」枠で処理された。
まあいい。
これでノルマは達成だ。
工場労働のような単純作業を終えて、私は席に着いた。
隣の席のタカハシが、まだ来ていない。
机の中に、昨日買った300円のチョコレートバーが入っている。
ラッピングはしてない。
そのままだ。
コンビニの袋に入れたまま。
渡すタイミングが分からない。
みんなの前で渡したら「え、本命?」って冷やかされるし、呼び出すのも重い。
どうすればいいんだ。
ゴミを捨てるフリして机に置くか?
それとも「拾った」って言って投げつけるか?
思考がグルグルして、胃が痛い。
『ガラッ』
教室のドアが開いて、タカハシが入ってきた。
寝癖がついている。
ブレザーのボタンが開いている。
いつも通りの、冴えないタカハシだ。
「……うい」
「……おはよ」
タカハシが席に座る。
カバンを置くと同時に、机の中のチョコに気づいた……わけがない。
私のカバンの中だ。
まだ渡してない。
どうする?
今?
いや、周りの目が。
アイリたちがこっち見てる気がする。
自意識過剰かもしれないけど、女子の視線探知能力は高性能レーダー並みだ。
一時間目の休み時間。
タカハシがトイレに立った隙に、私は行動に出た。
教科書を取り出すフリをして、タカハシの机の中にチョコを突っ込んだ。
奥の方に。
まるで爆弾を仕掛けるテロリストのような手際だったと自分でも思う。
心臓がバクバクしている。
誰にも見られてないよね?
タカハシが戻ってきた。
何食わぬ顔で座る。
次の授業は数学だ。
教科書を取り出そうと、机の中に手を入れるタカハシ。
私の心拍数が跳ね上がる。
手が止まる。
ガサゴソと何かを掴む音。
出てきた。
銀色のパッケージ。
『少しリッチなチョコレートバー』
タカハシが凝視している。
「……ん?」
首を傾げている。
そして、ゆっくりとこちらを向いた。
目が合った。
「……これ、お前?」
小声だ。
周りには聞こえないくらいのボリューム。
私は無言で頷いた。
顔が熱い。
火が出そうだ。
「……あざす」
タカハシは少しだけ口元を緩めて、チョコをポケットにしまった。
それだけ。
たったそれだけのやり取り。
でも、私の世界が一瞬だけスローモーションに見えた。
タカハシのニカっとした笑顔。
八重歯が見えた。
あれ、なんか今日、かっこよく見えない?
いや、気のせいだ。
フィルターかかってるだけだ。
300円のフィルターが。
放課後。
家に帰ると、アイリからLINEが入っていた。
『彼氏から逆チョコもらっちゃった~♡ しかもGODIVA! あとティファニーのネックレス!!』
添付された写真。
高級そうな箱と、煌めくシルバーのアクセサリー。
彼氏とのツーショット。
幸せの暴力だ。
スマホの画面が割れそうなほどの輝きを放っている。
「……はぁ」
ため息が出た。
私の300円のチョコと、タカハシの「あざす」。
アイリのGODIVAとティファニー。
格差社会ここに極まれり。
なんで私はあんなので一喜一憂してたんだろう。
バカみたいだ。
底辺の恋だ。
カバンから、自分用に買ったブラックサンダー(30円)を取り出す。
友チョコの残骸だ。
バリッと袋を開けてかじる。
ザクザクした食感。
甘い。
でも、なんか砂を噛んでるみたいに味がしない。
友チョコのお返しでもらった手作りクッキー(焦げてる)も食べたけど、口の中の水分を全部持っていかれただけだった。
「……お返し、あるのかな」
ふと思った。
タカハシのことだ。
忘れるかもしれない。
あるいは、コンビニのチロルチョコとかで済まされるかもしれない。
それでもいい。
いや、よくない。
やっぱりティファニーとは言わないけど、せめて500円くらいのクッキー缶とか……。
期待するな。
期待したら負けだ。
300円の投資だぞ。
ハイリスク・ローリターンだ。
ベッドに寝転がって、天井を見上げる。
タカハシのポケットに入ったチョコ、もう溶けてるかな。
それとも食べてくれたかな。
感想、聞きたいな。
「美味かった」って一言だけでいいのに。
それだけで、GODIVAにも勝てる気がするのに。
そんな乙女チックなことを考えている自分が気持ち悪くて、私は布団を頭から被った。
口の中に残るブラックサンダーのカカオの苦味が、私の初恋の味みたいで泣けてきた。
(つづく)
決戦の日。
朝から学校の空気が異常だ。
甘い。
物理的に甘い匂いが充満している。
教室に入ると、すでに友チョコの交換会が始まっていた。
「えー! アイリの可愛い~!」
「食べて食べて~♡」
「ラッピング凝ってる~!」
黄色い声が飛び交う。
ここは戦場だ。
私はカバンから、夜なべして量産した友チョコ(溶かして固めただけの何か)を取り出す。
タッパーに入れたまま配給するスタイルだ。
一人ひとりラッピングする金も時間もなかった。
「はい、これ」
「ありがとー! ミサキのは?」
「あ、ごめん。タッパーだから今食べて」
「えー(笑)ウケる」
乾いた笑い。
私のチョコは「ウケる」枠で処理された。
まあいい。
これでノルマは達成だ。
工場労働のような単純作業を終えて、私は席に着いた。
隣の席のタカハシが、まだ来ていない。
机の中に、昨日買った300円のチョコレートバーが入っている。
ラッピングはしてない。
そのままだ。
コンビニの袋に入れたまま。
渡すタイミングが分からない。
みんなの前で渡したら「え、本命?」って冷やかされるし、呼び出すのも重い。
どうすればいいんだ。
ゴミを捨てるフリして机に置くか?
それとも「拾った」って言って投げつけるか?
思考がグルグルして、胃が痛い。
『ガラッ』
教室のドアが開いて、タカハシが入ってきた。
寝癖がついている。
ブレザーのボタンが開いている。
いつも通りの、冴えないタカハシだ。
「……うい」
「……おはよ」
タカハシが席に座る。
カバンを置くと同時に、机の中のチョコに気づいた……わけがない。
私のカバンの中だ。
まだ渡してない。
どうする?
今?
いや、周りの目が。
アイリたちがこっち見てる気がする。
自意識過剰かもしれないけど、女子の視線探知能力は高性能レーダー並みだ。
一時間目の休み時間。
タカハシがトイレに立った隙に、私は行動に出た。
教科書を取り出すフリをして、タカハシの机の中にチョコを突っ込んだ。
奥の方に。
まるで爆弾を仕掛けるテロリストのような手際だったと自分でも思う。
心臓がバクバクしている。
誰にも見られてないよね?
タカハシが戻ってきた。
何食わぬ顔で座る。
次の授業は数学だ。
教科書を取り出そうと、机の中に手を入れるタカハシ。
私の心拍数が跳ね上がる。
手が止まる。
ガサゴソと何かを掴む音。
出てきた。
銀色のパッケージ。
『少しリッチなチョコレートバー』
タカハシが凝視している。
「……ん?」
首を傾げている。
そして、ゆっくりとこちらを向いた。
目が合った。
「……これ、お前?」
小声だ。
周りには聞こえないくらいのボリューム。
私は無言で頷いた。
顔が熱い。
火が出そうだ。
「……あざす」
タカハシは少しだけ口元を緩めて、チョコをポケットにしまった。
それだけ。
たったそれだけのやり取り。
でも、私の世界が一瞬だけスローモーションに見えた。
タカハシのニカっとした笑顔。
八重歯が見えた。
あれ、なんか今日、かっこよく見えない?
いや、気のせいだ。
フィルターかかってるだけだ。
300円のフィルターが。
放課後。
家に帰ると、アイリからLINEが入っていた。
『彼氏から逆チョコもらっちゃった~♡ しかもGODIVA! あとティファニーのネックレス!!』
添付された写真。
高級そうな箱と、煌めくシルバーのアクセサリー。
彼氏とのツーショット。
幸せの暴力だ。
スマホの画面が割れそうなほどの輝きを放っている。
「……はぁ」
ため息が出た。
私の300円のチョコと、タカハシの「あざす」。
アイリのGODIVAとティファニー。
格差社会ここに極まれり。
なんで私はあんなので一喜一憂してたんだろう。
バカみたいだ。
底辺の恋だ。
カバンから、自分用に買ったブラックサンダー(30円)を取り出す。
友チョコの残骸だ。
バリッと袋を開けてかじる。
ザクザクした食感。
甘い。
でも、なんか砂を噛んでるみたいに味がしない。
友チョコのお返しでもらった手作りクッキー(焦げてる)も食べたけど、口の中の水分を全部持っていかれただけだった。
「……お返し、あるのかな」
ふと思った。
タカハシのことだ。
忘れるかもしれない。
あるいは、コンビニのチロルチョコとかで済まされるかもしれない。
それでもいい。
いや、よくない。
やっぱりティファニーとは言わないけど、せめて500円くらいのクッキー缶とか……。
期待するな。
期待したら負けだ。
300円の投資だぞ。
ハイリスク・ローリターンだ。
ベッドに寝転がって、天井を見上げる。
タカハシのポケットに入ったチョコ、もう溶けてるかな。
それとも食べてくれたかな。
感想、聞きたいな。
「美味かった」って一言だけでいいのに。
それだけで、GODIVAにも勝てる気がするのに。
そんな乙女チックなことを考えている自分が気持ち悪くて、私は布団を頭から被った。
口の中に残るブラックサンダーのカカオの苦味が、私の初恋の味みたいで泣けてきた。
(つづく)
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