幼馴染に「つまらない」と捨てられた俺、実は学校一のクール美少女(正体は超人気覆面配信者)の「生活管理係」でした。

月下花音

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第二章 頂点の裏側で、俺は彼女を“壊れずに運用するシステム”になった

第18話:偽物の癒やし女神に宣戦布告された夜

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 カイとのコラボ配信から一週間。
 効果は劇的だった。玲奈のチャンネル登録者数は驚異的なペースで伸び続け、二百八十万を突破した。
 大学での玲奈への視線も変わった。
 これまでは「近寄りがたい高嶺の花」だったのが、「実は面白い」「塩対応が可愛い」という親近感(誤解)が混ざり始めた。
 
 だが、数字が伸びれば、当然ハエも寄ってくる。

「……湊、これ見て」
 夕食後。ソファでくつろいでいた玲奈が、不快そうに声を上げた。
 俺は洗い物の手を止め、手を拭いてリビングへ向かう。
 手首に泡が少し残っていた。冷たくてヌルりとした感覚が不快だったが、拭き取る時間も惜しかった。
 玲奈のスマホ画面。そこには、ある配信者の生放送が映し出されていた。
 
 『ミオの癒やしルーム』
 画面の中で、柔らかい雰囲気の美女が微笑んでいる。
 ミオ。登録者百八十万人。ジャンルは「雑談・ASMR」。
 コンセプトは「視聴者の彼女」「癒やしの女神」。
 
『――でね、最近話題のレイちゃん。凄いよねー、急に伸びて』
 ミオが首を傾げて、甘い声で語りかける。
『でもさ、みんな気づいてないのかな? あのコラボ配信、ちょっと違和感なかった?』

 俺は目を細める。
 的確だ。
 この女、気づいている。

『レイちゃんの受け答え、なんか……早すぎるっていうか、完璧すぎるの。まるで、誰かに横から台本を渡されて、それを読んでるみたいで』
 コメント欄がざわつく。
 『え、そう?』『言われてみれば』『裏方スタッフがいるって噂はあるけど』
 ミオは視聴者の反応を見て、満足そうに目を細めた。
『これ、私の勘だけどね。レイちゃんって、本当はもっと……不器用な子なんじゃないかな? 誰かに「こう言え」って操作されて、無理してるんじゃないかなって。……かわいそう』
 
 同情を装った、鋭利な攻撃。
 彼女はさらに続ける。まるで、迷える子羊に教えを説く聖母のように。
『例えばね、コメントで「疲れてない?」って来たら、本当に疲れてなくても「うん、ちょっとだけ……でも、あなたがいるから大丈夫」って言うの。それが“癒やし”だよ? 相手がほしい言葉をあげるのが、本当の優しさなの』

 玲奈の顔が歪む。
 ミオの主張は明確だ。
 「嘘も演技も、相手を気持ちよくさせるなら善である」。
 業界的には正解かもしれない。だが、それは今の玲奈たちが積み上げてきた「共犯関係」を真っ向から否定するものだ。

 玲奈がスマホを放り投げた。
「……ムカつく」
「放っておけ。よくある邪推だ」
「違う」
 玲奈が体を起こし、俺を睨みつける。
「あいつの言ってること、半分合ってるからムカつくの。……湊が私を操ってるのは事実だし」
「操ってはいない。最適解を提示しているだけだ」
「一緒でしょ」
 玲奈は爪を噛む。彼女の悪い癖だ。ストレス値が上がっている。
「でもね、一番ムカつくのはそこじゃない。……あいつ、嘘ついてる」

 玲奈が画面の中のミオを指差す。
「『私は本物』みたいな顔してるけど、あいつこそ全部演技だよ。癒やし系? 笑わせないで。あいつの目の奥、私と同じくらい冷たい」

 俺は画面を凝視する。
 ……確かに。
 ミオの笑顔は完璧だ。だが、完璧すぎる。
 口角の上がり方、瞬きの回数、声のトーン。すべてが計算され尽くしている。
 これは「感情」ではない。「技術」だ。
 俺と同類だ。
 だが、決定的な違いがある。
 俺は黒衣(裏方)に徹しているが、彼女はそれを「自分の人格」として表に出し、視聴者を騙している。
 
 その時、ミオが爆弾を投下した。
『だからね、私、レイちゃんを救ってあげたいなって思うの。……今度のオフイベント、レイちゃんも来るよね? そこで直接、話してみたいな。ねえレイちゃん、聞いてる? その「裏方彼氏」さんに隠れてないで、出ておいでよ』

 宣戦布告。
 しかも、「裏方彼氏」というワードを明確に出してきた。
 これでネット上の「特定班」が動き出す。俺の存在が、表沙汰になるリスクが一気に跳ね上がった。

「……湊」
 玲奈の声が低い。
「どうする? また、無視して逃げる?」
「逃げる? まさか」
 俺は即答した。
 これはリスクではない。チャンスだ。
 ミオは「本音」を武器に玲奈を攻撃してきた。
 ならば、その「本音」という土俵で、彼女のメッキを剥がせばいい。

「オフイベント、参加するぞ」
「え、いいの? 湊、顔出しNGでしょ?」
「俺は出ない。出るのはお前だけだ」
 俺は玲奈の肩に手を置き、その瞳を覗き込む。
「ただし、今度は台本なしだ。お前の言葉で、あいつを叩き潰せ」
「私の言葉で?」
「ああ。……『湊がいなくなる確率をゼロにする』。その執念を、そのままぶつけろ。それが、あいつの薄っぺらい『癒やし』を粉砕する、最強の凶器になる」

 玲奈が息を呑む。
 視線が揺れた。
 ――もし、湊がいなかったら。
 その仮定が、一瞬だけ彼女の脳裏を過ったように見えた。恐怖にも似た色が瞳の奥を走り抜ける。
 だが、すぐにそれを振り払うように、彼女はゆっくりと口元を歪めた。

 それは、カイの時よりもさらに深く、暗く、美しい狂気の笑みだった。
「……分かった。私、あいつ嫌い。偽物のくせに、私と湊の邪魔をするなんて」
 玲奈が俺の首に腕を回し、体重を預けてくる。
 彼女の銀髪が頰に触れ、甘い香りが混じる体温が伝わってくる。

「湊。……見ててね? 私がどうやって、あいつの世界を壊すか」
 
 俺は彼女の背中を支えながら、静かに興奮していた。
 予定していたスケジュールが狂う。リスク管理の観点からは最悪だ。
 だが、俺は彼女を守ろうとしているのではない。
 ……いや、違う。
 進化する様を、観測しているだけだ。
 システムが「自律的に」敵を排除しようとするこの瞬間。その光景が、たまらなく美しかった。

 ――誤差の範囲?
 いや、これはもう誤差ではない。
 システムが、俺の手を離れて進化しようとしている。
 
 俺はその予兆に気づきながら、あえて無視することを選んだ。
 壊れるなら壊れればいい。
 その瓦礫の中で、俺たちがどう生き残るか。
 それこそが、究極の「運用テスト」だ。

 ――たとえ、システムが俺自身を壊し始めたとしても。

(第18話 おわり)
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