【短編】マッチングアプリで出会った美女が完璧すぎて、どう見ても業者かAIな件。~課金も誘導もないのに、なぜか俺の人生が侵食されていく~

月下花音

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第2話:そのデートは、俺の検索履歴より俺を理解していた

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 日曜日。午後一時。
 待ち合わせ場所に現れた彼女を見た瞬間、俺の胃がきりきりと痛んだ。

 服装だ。
 ネイビーのロングスカートに、白のブラウス。靴はヒールじゃなくてローファー。
 
 これ、俺がマッチングアプリの『好みのタイプ』欄には書いてないけど、過去に「いいね」を押した女性たちに共通する傾向だ。
 しかも、彼女が立っているその角度。
 俺が学生時代に好きだった女優が、引退前のCMで見せた仕草と完全に一致している。

 偶然?
 いや、それにしては精度が高すぎる。
 まるで俺の無意識の欲望を機械学習で解析し、最適化されたアバターを生成したような不気味さ。
 俺の過去の行動ログ、検索履歴、さらには脳内の「理想の残像」まで——データマイニングの精度が人間の直感を超えた時代の、恐ろしい副産物。

「はじめまして、篠崎さん。……アイです」

 彼女は小さく会釈した。
 その顔を見て、俺は息を呑んだ。
 
 笑っている。
 でも、その頬が微かに引きつっていて、握りしめた指先が白くなっている。
 まるで、これから断頭台に上がる囚人が、処刑人に最後の慈悲を乞うような笑顔だ。
 
 現代の恋愛市場は、まさにこれだ。
 一つの失敗が即座に「ブロック」という死刑宣告に繋がる、デジタル・コロッセオ。
 彼女の震える唇は、そのシステムの残酷さを物語っていた。

「……はじめまして。写真より素敵ですね」
「ほんとですか? よかった……私、写真写りがいいだけなんで、がっかりされたらどうしようって……昨日の夜、眠れなくて」

 謙遜とかじゃない。
 本気で「がっかりされること」を恐れている声だ。

 俺たちはカフェに入った。
 店選びは彼女だ。俺が三年前、誰にも教えずこっそ通っていた路地裏の純喫茶。
 ここを選んだ時点で、デジタル・ストーキングの確証を得た。
 
 現代のプライバシーなど、所詮は幻想だ。
 SNSの位置情報、クレジットカードの決済履歴、スマホのGPSログ——すべてが「愛」という名の監視装置に変わる時代。
 彼女は俺という人間を「ハッキング」したのだ。

 席に着く。
 彼女はメニューも見ずに言った。

「私、マンデリンにします。篠崎さんは……深煎りがお好きでしたよね?」

 俺の手が止まる。
 合ってる。マンデリンは一番好きな豆だ。
 だが、この情報をどこで入手した?
 俺のコーヒー嗜好なんて、どこにも書いた覚えがない。

「……なんで分かったんです?」

「あ、えっと……なんとなく?」

 嘘だ。
 彼女の目の前に置かれたコーヒー。
 彼女はそれを一口飲んで、一瞬だけ顔をしかめた。
 
 無理してる。
 こいつ、本当は苦いのが苦手なんだ。
 なのに、俺に合わせて同じものを頼んで、平気な顔をして飲もうとしている。
 
 これは愛ではない。
 自己犠牲という名の、歪んだ承認欲求だ。
 「合わせなきゃ嫌われる」「違う選択をしたら、関係が終わる」
 そんな強迫観念が、彼女の味覚すら支配している。

 たまらなくなって、俺は少し意地悪なカマをかけることにした。
 この完璧なメッキを剥がして、楽にしてやりたいと思ったからだ。
 現代の恋愛は、互いに「理想の自分」を演じ続ける消耗戦だ。
 その虚構の舞台から、彼女を解放してやりたかった。

 サンドイッチの皿にある、付け合わせのパクチーを指差して言う。
「俺、実はパクチー大好物なんですよね。アイさんは?」

 大嘘だ。
 俺はパクチーが大嫌いだ。
 もし彼女が「話を合わせるだけのイエスマン」なら、ここで「私も好きです!」と乗ってくるはず。
 これは、彼女の「人間性」を測るリトマス試験紙だった。

 だが。
 彼女はきょとんとして、首を傾げた。

「え? ……嘘ですよね?」

「へ?」

「だって篠崎さん、2021年のツイートで『パクチーはカメムシの味しかしない。人類の敵だ』って……そのあとも2回、タイ料理屋で絶望したツイートしてますし……」

 時が止まった。
 2021年。就活の時に消したはずの黒歴史アカウント。
 デジタル・フォレンジックの恐怖が、俺の背筋を凍らせた。
 
 現代において、「完全な削除」など存在しない。
 ウェブ魚拓、キャッシュ、アーカイブ——インターネットは忘却を許さない永続記憶装置だ。
 俺の過去は、彼女の愛という名の執念によって「復元」されていた。

「……なんで、それを」

「あ」
 彼女はハッとして、顔面蒼白になった。
 
「……ご、ごめんなさい! 違うんです、ストーカーとかじゃなくて……!」

 彼女は涙目になって、早口でまくし立てた。
 
「篠崎さんのこと知りたくて……昔のアカウント、ウェブ魚拓で見つけて、全部読みました……ごめんなさい、引きましたよね? 気持ち悪いですよね? 捨てないでください……!」

 机の下で、彼女の手がガタガタと震えているのが見えた。

 「魚拓で5万ツイート全読破」。
 普通の神経じゃない。
 でも、その動機が「情報を集めて利用しよう」じゃないことが、痛いほど伝わってきた。
 
 彼女は「予習」していたのだ。
 地雷を踏まないように。
 一度たりとも間違えないように。
 俺という人間に、完璧に適合するために。

 それは現代の恋愛における究極の悲劇だった。
 「ありのままの自分」では愛されないという絶望が、彼女を完璧な「偽物」に変えてしまった。
 彼女の愛は、自己否定の上に築かれた砂上の楼閣だった。

「……アイ」

 俺はため息をついて、彼女の震える手に自分の手を重ねた。
 冷たくて、汗ばんでいる手。

「引いてないよ。……ただ、すごい執念だと感心してる」
「ほんと、ですか……? 嫌いにならない?」
「ならないよ。俺だって、お前のこと調べてきたしな(嘘だけど)」

 彼女は、へにゃりと情けない顔で笑った。
 その笑顔を見て、俺は確信した。

 この子は、AIなんかじゃない。
 「愛されるためなら、自分の味覚すら殺せる」
 そんな、どうしようもなく不器用で、哀れな人間だ。

 そして俺は、そんな彼女を「怖い」と思うどころか、
 「この手を離したら、こいつは壊れてしまうんじゃないか」
 という、奇妙な保護欲を感じ始めていた。
 
 俺たちは、デジタル時代の新しい共依存を発明してしまったのかもしれない。
 互いの傷を舐め合いながら、現実逃避という名の愛を育んでいく——
 それは、健全とは言えないが、確実に「人間的」な営みだった。

(つづく)
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