【短編】マッチングアプリで出会った美女が完璧すぎて、どう見ても業者かAIな件。~課金も誘導もないのに、なぜか俺の人生が侵食されていく~

月下花音

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第4話:そのバグ(失敗)は、致命的なエラーのように彼女を壊した

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 彼女の完璧な演技に、俺の息が詰まりそうだった。
 会話も食事も、全部が「正解」しかない世界。
 まるで地雷原を歩くみたいに、慎重すぎる楽園。

 だから今日、俺はあえて「圏外」へ連れ出すことにした。
 
 現代の恋愛は、予測可能なアルゴリズムに支配されている。
 マッチングアプリの「おすすめ」、SNSの「いいね」、レビューサイトの「評価」——
 すべてがデータ化され、最適化され、リスクが排除された「安全な選択肢」ばかり。
 
 だが、俺は彼女の「想定外」を見たかった。
 完璧なプログラムが、予期しないエラーに遭遇した時、どんな反応を見せるのか。

「ここに入ろう」

 俺が足を止めたのは、駅前の路地裏。看板が油で黒ずんだ中華料理屋『昇竜軒』だ。
 俺だって普段は絶対に入らない。
 でも、だからこそ選んだ。彼女の膨大なデータベースにも、こんな不衛生な店の攻略法はないはずだ。
 
 これは、彼女の「完璧性」に対する意図的な攻撃だった。
 現代社会は清潔で安全な環境を提供する代わりに、人間の「適応力」を奪っている。
 彼女もその犠牲者の一人なのかもしれない。

 さあ、どうする?
 素が出て、嫌な顔をするか?

 彼女は一瞬、きょとんとしてた。
 瞳の奥が激しく揺れた。
 まるで、高性能CPUが想定外の処理に遭遇して、フリーズ寸前になっているような表情。

「……はい! 篠崎さんが選んだお店なら、きっと美味しいですよね!」

 笑顔。
 でもその頬は引きつり、首筋には冷や汗が流れていた。
 
 店内は油とタバコの匂いが充満していた。
 彼女の白いブラウスとフレアスカートが、異様に浮いている。
 まるで、高級デパートのマネキンが、場末の居酒屋に迷い込んだような違和感。

 崩壊は、すぐに訪れた。

 料理が運ばれてきた時。
 彼女がお冷を取ろうとして、隣の席の男が急に立ち上がった肘にぶつかったんだ。

 バシャッ。
 コップの水がひっくり返り、カウンターの醤油差しをなぎ倒した。
 黒い液体と濁った水が、彼女の純白のスカートに飛び散った。

 一瞬の静寂。

「――っ!?」

 彼女は、悲鳴すら上げられなかった。
 ただ、目を見開いて、自分の汚れた服を見下ろして。
 
 過呼吸みたいに、ヒューヒューと息を吸い始めた。
 
 これは、単なる「失敗」への反応じゃない。
 システム・クラッシュだ。
 彼女の中で、「完璧でなければならない」というプログラムが暴走している。

「あ……あ、あ……」

 震える手で、シミを擦る。
 でも、擦れば擦るほど黒いシミは広がっていく。

「汚い……汚い、ごめんなさい、汚い……!」

 その言葉は、俺に向けられたものじゃなかった。
 もっと別の、過去の誰かに向かって謝っているような、怯えた空気があった。
 
 これは、幼少期のトラウマが引き起こすフラッシュバックだ。
 「汚れること」が「存在価値の否定」と直結している——
 一体誰が、この子にそんな残酷な条件付けを施したのか。

「ごめんなさい、失敗しました、汚してごめんなさい……捨てないで、嫌わないで……!」

 彼女はパニックに陥っていた。
 ただの失敗じゃない。
 彼女にとって「汚れること」は、「存在価値の喪失」とイコールなんだ。
 
 顔面蒼白で、マスカラが涙で滲んで、黒い涙が頬を伝う。
 綺麗な顔が、恐怖で歪んでいく。
 
 現代社会の「完璧主義」という病理が、彼女を蝕んでいる。
 SNSの「いいね」、他人からの評価、数値化された自己価値——
 それらすべてが、彼女を「完璧な商品」に変えてしまった。

 俺は、その姿を見て、笑うことなんてできなかった。
 
 胸の奥が、焼けつくように痛んだ。
 誰だ。
 一体誰が、この子にこんな呪いをかけたんだ。
 「完璧で綺麗じゃなきゃ、生きている価値がない」なんていう、残酷なプログラムを。

 俺と、同じだ。
 俺も、あのディープフェイクの彼女に「汚れのない完璧さ」だけを求めていた。
 俺自身が、彼女を追い詰める「加害者」の側だったんだ。
 
 現代社会は、俺たちのような「完璧主義者」を量産している。
 デジタル・ネイティブ世代は、「編集可能な自分」しか愛せなくなってしまった。
 リアルタイムの、修正不可能な現実に耐えられない——それが俺たちの病気だった。

「……アイ!」

 俺は彼女の腕を掴んだ。
 細い腕は、氷のように冷たかった。

「見ないで!!」
 彼女が叫んだ。

「汚いから見ないで! こんなの私じゃない、『理想の彼女』じゃない……バグだらけの不良品なの……!」

「うるさい!」
 
 俺は怒鳴った。
 汚れたハンカチ(俺がさっき口を拭いたやつだ)で、彼女の涙と鼻水を乱暴に拭った。

「AIなら、醤油かかったくらいでバグらねえよ! それに、そんな人間臭い汚れ方……最高に可愛いじゃねえか!」

「……え?」

 彼女の動きが止まる。
 黒い涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔が、俺を見上げる。
 
 その瞬間、俺は気づいた。
 俺が求めていたのは、傷つかない「完璧な商品」じゃない。
 この、壊れやすくて、不完全で、予測不可能な「生身の人間」だったんだ。

「可愛いわけ、ない……汚いよ……」
「うるせえ。俺の基準(パラメータ)ではこれが正解なんだよ。文句あるか」

 俺は吐き捨てた。
 
 彼女はポカンとして。
 それから、糸が切れたみたいに、俺の胸に突っ伏して泣き出した。
 
 ごめんね、ごめんね、と繰り返しながら。
 俺のシャツも醤油と涙でベタベタになったけど、俺はどうでもよかった。

 俺が求めていたのは、傷つかないデジタルデータなんかじゃない。
 この、傷つきやすくて、脆くて、手のかかる「痛み」そのものだったんだ。

 彼女の完璧な仮面が割れて、中からドロドロとした人間性が溢れ出してきた。
 その重さと温かさが、俺には心地よかった。
 
 現代の恋愛は、互いに「理想のアバター」を演じ続ける仮想現実ゲームだ。
 だが、俺たちはついに「ログアウト」した。
 汚れた現実の中で、素の自分と向き合う勇気を見つけたのかもしれない。

(つづく)
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